「交代?
…………なるほど、了解した」
『伝心の加護』で一方通行から事情を聞くと、ラインハルトはバテンカイトスの元から跳び立った。
「はァ、はァ……ふざけんなよ」
バテンカイトスは未だ息があった。もちろん、ラインハルトが殺さないように、できれば意識も失わないようにした事と、権能により耐久力を誤魔化し尽くしているからである。バテンカイトスの誤算は剣聖級の英雄であるはずの拳王すらラインハルトの前では赤子扱いだったことだ。バテンカイトスは知る由もないが、ラインハルトの技量は先代剣聖を一刀で切り伏せる程に極まっている。それは年を重ねに重ね、技量だけなら未だ全盛期の怪物、剣鬼に諦観の念を抱かせるほどだ。
技術がある程度拮抗していれば知識や経験、駆け引きで覆せる事もあるだろう。元よりそのための駆け引き。しかし、それが幼子と大人程に離れていれば是非もない。
そんな、益体もない思考を続けていると、空から誰かが降ってきた。
「あァ、お前がバテンカイトスだなァ?」
「……あァ?
お前はァ?」
「一方通行。
もっかい聞くけどよォ、お前がバテンカイトスでいいんだなァ?」
バテンカイトスは息を整えつつ、一方通行を見る。明らかに偽名。これでは権能の一撃必殺は使えない。ラインハルトから情報が行ったか。それに白髪――『強欲』担当のレグルス・コルニアスを相手にして負傷が掌に僅かの怪物。このコンディションでは不味い、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。
立ち姿を見れば分かる。一方通行には武の心得がない。加えてレグルスの攻撃をまともに受けていないところを見れば速度に優れているだけだと結論付けられた。加護か何かで速度を上げているだけならいくらでも対処の仕様はあるのだ。元よりバテンカイトスの真骨頂は多数の人間の知識、技術を蓄積しているところにある。更にラインハルトがいなくなったことでマナが使える。魔術が使えるのだ。知識と駆け引きも加えれば負ける要素はない。
「あァ、俺が魔女教大罪司教、『暴食』担当のライ・バテンカイ……ああアアァァァ!」
別に油断していたわけではない。最初の不意打ちでレグルスとバテンカイトスをふっ飛ばしたのがラインハルトでないことを知っているのだ。一方通行の不意打ちを警戒するのは当然である。名乗りながらも魔術を待機させ、拳王の構えを取り、一方通行の攻撃の起こりを捉える事に集中していた。ついでにバテンカイトスの中にいる暴食の多重人格、もとい多重存在が多方向の警戒までする始末。
それでも、加速する過程もなく、移動する起こりもなく、外部に余計な影響を一切出さず、亜光速で背後を取られればバテンカイトスにできることはなかった。
一瞬にして電気信号を滅茶苦茶にされ、全身の筋肉はぶっ壊れたように稼働し、肉体を使用する権能も起動できなかった。
一方通行は悠々と魂を解析し、力の流れを解析し――
「ァァァァ…………ぁ」
――頭を潰した。
「あァ?」
同時に一方通行は感じる、観測する。目の前の男から、何かがこぼれ落ちるのを。それは、一方通行の中に着地し、根付く。ふと、理解が広がった。詳しい理論も、なぜ自身の中に入ったのかも知りはしない。だが、これが何なのか、どうすれば使えるのか不思議な確信があった。
今日、一方通行は新たな力を手に入れた。
「ぎゃは、ァハハハハハははは!」
権能が、加護と同じく魂の偽装で手に入るとは限らない。そんな心配は要らなかったのだ。資格があれば、ただ殺すだけで手に入る。一方通行は歓喜した。最初に白髪、レグルスの力を解析した際に気づいていた。この力が一方通行に与えられた死に戻りと同種の力だと。唯一、今の時代に存在しない大罪司教、『傲慢』の権能だと推測が立った。但し、一方通行にとって『傲慢』の権能は他の、レグルスやバテンカイトスの権能とは大きな違いがあった。それは、生きている時に起動できるかどうかだ。生きている時に使えるなら、力の流れが解析できる。力の流入先、その根源に届かずとも、中継地点とそこから繋がる全ての権能には届く。これで神出鬼没の大罪司教がいつでも刈り取れるようになった…………だけではない。
権能は加護を上回る。『強欲』の権能は無敵、『傲慢』の力は際限のないやり直し、『暴食』の権能は記憶や意識の奪取。ラインハルトを倒すため、誂えたように揃えられた力。
それを前に一方通行は――――
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「ここかァ」
一方通行は林に隠れた洞窟を見下ろした。50を超える程に細分化された力がここに流れている。間違いなく『強欲』の権能に関わるモノがここにあるのだ。大罪司教本人はラインハルトが引き続き相手をしている。魔女教徒らしき黒尽くめの被り物をした者達はいるが、大罪司教の邪魔は入らない。
「ンじゃ、殺るかァ」
洞窟を見張っていた魔女教徒2人の首が跳ぶ。一方通行が手刀で払ったのだが、当然反応できない。洞窟の中から2人を見張っていた1人も、それを正しく認識した時には首が飛んでいた。虐殺が始まる。
・
・
・
「あァ?」
更にいくらかの魔女教徒を葬り、木の扉を開いた先の出来事だ。
また黒尽くめの狂人共が出て来ると思っていただけに、一方通行は呆けてしまった。そこにいたのは見麗しい女性達だ。見麗しい、と分かるのは黒の全身を覆う被り物をしてないからである。大罪司教は顔まで覆っていたりしないが、それでもローブとして身にまとっていた。だが、彼女たちは着飾ってすらいる。そう考えればこの者たちは捕らえられた民間人だと考えるのが妥当だ。
しかし、一方通行はそう考えなかった。
なぜなら、一方通行には分かっていたからだ。
『強欲』の権能から流出した力の先が、彼女達に繋がっていることを。
「何の御用でしょうか?」
長い金髪の女性が、無表情で問いかける。少なくとも一方通行を敵視していたり、恐怖や畏怖の対象としては見ていないようだった。返り血一つついていないとは言え、明らかに魔女教徒じゃないとその服装からも分かるはずなのに。まさか人相からお仲間扱いされているわけではないだろうなと、一瞬湧き上がった思考をねじ伏せ、単刀直入に告げた。
「お前らが白髪――レグルスの権能を支えてるってことでェ、いいんだよなァ?」
「…………私達はレグルスの妻であり、それ以外のことは存じ上げません」
「そォか」
一方通行は外から観察するだけでも嘘をついてるかとか、隠し事をしているかなどが高精度で判断できる。これは能力というより、学園都市でも最高の演算能力の賜物だ。結果を言えば、彼女らが嘘をついているようには見えなかった。それに、彼女らの無表情に、一方通行は既視感を覚える。
(あァ……)
幼いころから何度も見てきた眼だった。特力研究所、虚数研究所、叡智研究所。治外法権の学園都市で行われる非人道的研究所の中でも底の底。死ぬことを前提とした実験さえ珍しくないその場所で見た眼だ。何もかもを諦めた孤児たちの眼だ。そして、一方通行に殺されに来た実験体、クローンの眼だ。
(俺ァ…………)
助けようとは思わなかった。思えなかった。力はあっても、自身の願い一つ叶えられない一方通行が、お節介を焼くなんてありえなかった。思うところがなかったとまでは言わない。そう気に止めることではなかった、それだけだ。
だから――
「ぇ」
―― 一方通行躊躇わなかった。
権能の力はその詳細を解析できない。分かるのは力の流れだけだ。この者らを助けるために、力を得られない可能性や死に戻りを使用するリスクを負うなどありえなかった。ふと、ラインハルトに負けを認めたときの想いが蘇る。自身の選択が間違いだったことが思い知らされ、ラインハルトを殺し尽くすと決意したあの瞬間、何もかもを諦めていたら、先の選択は訪れなかった。
「はッ!」
白髪の妻達を殺しながら思う。同じ間違いを犯し続けたその先で、先の選択肢が現れたのはお嘲笑い草だと。何の皮肉だと。悪党だろうが、間違ってようが、元の願いを諦めてさえ、ただ進み続けただけの狂者が手にできるものなのか。
「ちげェよなァ」
今度はそこを間違わない。もう思い違わない。誰かが、そう願ったからだ。だからこそラインハルトはそう在るのかもしれない。だから、ああ在る存在が一方通行が描く原初の願いを叶えているのかもしれない。もし、一方通行がこの先生き残れたのなら、今の選択肢の先に行けたのなら――
「……俺もいい感じに狂ってンなァ」
――悪党でも、何かが掴めるのかもしれない。
50を超える美女達が地に沈む地獄絵図の中で、一方通行は自嘲した。己ができるのは、いつだって進み続けるだけだと。その先に待つのが更なる地獄でも、目的が、手段が、過程が、全てが間違っていたのだとしても、止まることだけはありえない。
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「了解した」
「独り言かな? どうにもならない現状に頭が逝っちゃった? それも仕方ないよね。剣聖なんて大層な肩書を持ってれば、真の強者に対抗できるだなんて勘違いしちゃってたんだよねぇ!」
ラインハルトは白髪――レグルスの足止めをしていた。そして今、一方通行から合図が来たのだ。権能攻略の合図が。
「耳が痛いよ。結局、僕一人じゃ倒せなかったんだからね」
「はぁ? 時間を稼いだだけで僕を倒せるとか、仲間と一緒ならなんとかなりますってかぁ!? できるわけ無いだろ! これまでにも、君みたいに挑んできた連中は大勢いたんだよ! だけど全員、僕には手が届かなかった。もう分かるだろ? 身の丈に合わないものを欲すればそうなる。当然の摂理なんだよ!!」
レグルスの語りを、ラインハルトは無言で聞き流す。最初からラインハルトの余裕は変わらない。レグルスにはラインハルトも一方通行も殺せない。権能にはカラクリがある。この時点で勝負は最初から詰んでいたのだろう。
「来たね。
後は任せたよ」
「あァ」
「はぁ?」
一方通行がやってきてもレグルスは呆けるだけだ。何を今更と見下す。一方通行が大気を観測し、消滅効果を伴ってないことを確認して――
「?」
――股を下から裂くように蹴り上げた
「…………呆気ねェなァ」
一方通行の一撃は、権能で防がれることすらなくレグルスの体を引き裂いた。
「多分、レグルスは権能が切れてたことにも気づいてなかったんじゃないかな」
「はッ!
そこまで驕ってンのかァ」
普通、遠くに権能の鍵を置いておいて、目の前の相手がその場を離れれば疑って当然だ。見つかるはずがないと思ったのか、考えて戦うなんてしたことがなかったのか。一方通行は少し思考を巡らせた。よくよく考えればレグルスの体が真に停止していたなら実際の年齢は肉体年齢を超えている。その被害の記録、容姿が変わらない事と合わせて考えれば、親から子へ継いでいたのではなく400年程生きていたなんて仮定も現実的なものになる。だとすれば、それだけ長い戦歴を持ちながら、戦闘力も、思考力も、一切成長してこなかったのではないか? 一方通行に見せた苦し紛れにしか見えない、無茶苦茶な手振りも無敵だからこそ400年前と同じ攻撃で、勝つために思考を巡らすなんてありえなかったのではないか?
(はッ!
笑えねェ話だなァ)
一方通行が考えて戦ったのなど、ラインハルトとの戦闘以前は、この世界に来る前にはなかったことだ。学園都市の研究、教育の一貫で思考力や知識こそ、初めて力を手に入れたあの日とは比べ物にならない。が、戦闘はいつも一方的。ただ虐殺するだけの自分は、戦闘面での成長など皆無だった。
(あァ、だからかァ?)
ここに来るまでに行われた一万回以上の戦闘実験を思い出す。研究者曰く、最後は一方通行でも苦労するほど強くなると。あの日止まった戦闘面を成長させることで自身は本当にレベル6になれたのかもしれない。
そんな今更にすぎる仮定が、一方通行の中に浮かんだ。