もうしばらくお膳立てにお付き合いください。
広場の場所はすぐにわかった。
観戦に向かおうとする生徒たちの波が、言葉を交わすまでもなくリュンメイたちをヴェストリ広場へと案内してくれたのだ。
その後ろから、大慌てで走ってくるメイドがリュンメイの肩に飛びついた。
「あの、あの、あの……! 殺されます! 今っ、今すぐ、今すぐ、謝りにっ……! 私が、私が、私さえ罰を受ければいいんですから……!!」
半ば錯乱したシエスタを見たリュンメイは、軽くウィンクをして肩を回した。
「大丈夫! あんなの、すぐにこてんぱんにしてやるわ」
その後ろ姿を心配そうに見つめるシエスタ。バロンはシエスタの肩をたたき、イクシアは手を振ってリュンメイを応援している。
シエスタにはわからなかった。何故この人たちは仲間が今から殺されるというのにこうも楽観的なのだろうか。
魔法の力を何故そう軽視できるのか。
だが、バロンたちにしてみれば「何故魔法をそこまで恐れる必要があるのか」と言う話になるのだ。森に住むゴブリンたちですらそれなりの魔法を放ってくるというのに。
大魔法使いならともかく、魔法学校に通っているような半人前などアラド大陸の冒険者にしてみれば恐るるに足らない存在なのだ。
それはハルケギニアとアラド大陸の文化、環境の差である。が、お互いがそれを理解することはないだろう。
2人の決闘者が、ヴェストリの広場に相対する。距離はおよそ20。
リュンメイ=ランカは、ぎりりと怒りの表情でギーシュをにらみつけている。
対するギーシュ・ド・グラモンは余裕の表情だ。戦力差に気付かず、まるで自分が負けることなど想像してもいない。だからこそ、貴族に恐れる様子を見せないリュンメイに苛立っていた。
約束の時が来た。
ギーシュは勢い良く薔薇の造花を引き抜くと芝居がかった態度で、観客へ芝居がかったセリフを放った。
「諸君! 決闘だ! この愚かな平民は、この『青銅』のギーシュ・ド・グラモンをあろうコトか侮辱した!」
言葉を吐くごとに、ギーシュは自分の世界へ酔いしれていく。ギーシュの動きがさらに大きく、セリフがさらに芝居がかるにつれ、周囲の生徒たちもくすくすと笑いを漏らす。
「さて、僕はメイジだ。だから魔法を使う。まさか卑怯とは言うまいね。君は素手で大丈夫かね? 武器があれば勝てた、なんてわめかれても不愉快だからね」
「結構よ。私の武器は鍛え抜いたこの五体!」
「その度胸だけは認めてやろう……ワルキューレッ!」
空高く掲げた薔薇の造花を、かけ声と共に振り下ろす。
一枚の花びらが宙に舞ったかと思えば、それは膨れ上がり、あっと言う間に女性型の巨大な人形へと変貌した。
青銅の緑に輝く女性。ワルキューレ。武器を構えた青銅の人形が音を立てて1歩前に踏み出した。
「見ろ! これが僕の生み出す芸術、『ワルキューレ』だ! 降参するなら今のうちだぞ!」
「ゴーレムね。天城だと随分苦労させられたもんだけど……」
天城。天界へ続くと言われている高い塔。そこでは、人形師によって操り人形と化した冒険者や、多くのゴーレムがリュンメイたちの行く手を遮った。
天城を登り切ったリュンメイにとって、ゴーレムは恐るるに足らない。問題は彼が他にどのようなモノを呼び出せるか。だ。
アラドの世界のメイジは、4種類の元素を司るオーソドックスな魔法使いのエレメンタルマスター、武器術と魔法を組み合わせた近接戦闘を得意とするバトルメイジ、魔法と科学を組み合わせた魔導道具で戦う魔導学者、モンスターを呼び出して共に戦うサモナーの4種類がいる。
恐らくこのギーシュという少年は4番目であるサモナーに位置する。
サモナーたちの力の源は召喚するモンスターたちであり、使える魔法もモンスターを支援するものに偏っている。本体の戦闘力はたいしたことないが、呼び出すモンスターはそれを感じさせないほど強力だ。
問題は、この少年がどこまでのモンスターを召喚できるか。
リュンメイの知るアラド世界のサモナーは、熟練した者は使徒すら呼び出せるという。流石にこの少年が使徒クラスのモンスターを呼び出せるとは思えないが、強力なモンスターを召喚できる可能性はゼロではない。
サモナーは本体の戦闘力が低い分、呼び出せるモンスターの種類によってその評価が大きく前後する。安心はできない。
――実際のところ、ギーシュが呼び出したこれはモンスターではなく、生成した人形であり、それを操っているに過ぎないのだが――アラド世界の知識しかないリュンメイがそれを知る由もない。
結果、リュンメイの集中力を上げさせるというギーシュにとっては不利な状況になってしまったわけだ。
勝利を確信しきったギーシュが、高笑いとともにワルキューレをリュンメイへ向かわせる。
これから始まる惨劇を期待した生徒の視線と、リュンメイの無様な命乞いを想像していたギーシュの視線を浴びたリュンメイはただ拳を握り、ワルキューレを突いた。
ゴン。
鉄を叩く音と共に、ワルキューレの体が宙を舞う。いや、舞っているのはすでにワルキューレではない。ただの青銅の残骸だ。
がらがらと音を立てて青銅のかけらが地に落ちたとき、誰もが言葉を失った。