沈黙。長い沈黙だった。誰も言葉を発しない。殆どの人間が何が起こったのか理解するのに忙しく、声を発する余裕がなかった。というのが適切だろう。
平民。いくら体を鍛えたところで貴族の足下にすら及ばない、とるにたらないちっぽけな存在。その概念が体の芯まですり込まれていたここの生徒たちにしてみらば、天地がひっくり返ったも同然の状況なのだから仕方がない。
まさか青銅の兵士を一撃で破壊する腕力を持つなんて夢にも思っていなかったのだ。
リュンメイが1歩進むと、ギーシュの足は知らずと1歩下がっていた。
リュンメイが2歩進む。ギーシュが2歩さがろうとしたところで、彼のプライドがそれを押しとどめる。
(な、何を恐れているんだ、僕は……相手はただの平民だ……本気を出せばなんてことはないはずだ!!)
動揺を必死に隠し、ギーシュが薔薇を振る。今度は七体のワルキューレが呼び出された。
今度は槍や斧、盾を装備して、殺意が格段と増している。これには、固まっていた観客たちも熱気を取り戻して大盛り上がりだ。
「ギーシュの奴、本気だ!」
「あの平民、さっき何をしたんだ!?」
「どっちにしろもう終わりだ! 7体のワルキューレに囲まれたら無事じゃ無いぞ!」
観客は皆勝手なことを並べ立てる。完全に他人事だ。
リュンメイが構える。それに反応するようにワルキューレたちがリュンメイを取り囲む。
ただ闇雲。というわけではないらしい。
盾を装備した3体が前衛となってリュンメイを囲み、その後ろ槍を装備した2体が控えている。残りの2体は包囲を突破された時に備えているのか、ギーシュの横に控えている。
「ただのお坊ちゃまってワケじゃ無いみたいね。センスはあるってところかしら」
「フン! まぐれで僕のワルキューレを倒したからって調子に乗るなよ、平民! 今度は本気だ!」
「へえ」
それでも、リュンメイの余裕は崩れない。
リュンメイが地を蹴るのと、ワルキューレが武器を振るうのはほぼ同時だった。
「せやあああああ!」
先頭のワルキューレの剣がリュンメイに届くより早く、リュンメイの拳がワルキューレの胸をとらえる。大きくのけぞったワルキューレの腹部へ、リュンメイの超至近距離からの一撃が炸裂する。
ドゴッ!
金属を砕く音。一瞬遅れて衝撃波が発生し、背後にいたワルキューレを巻き込んで2体のワルキューレを破壊する。
が、その隙にリュンメイの左右に回り込んだ2体ワルキューレがそれぞれ斧と剣を構えて突撃する。
リュンメイは上に飛んでその一撃を交わすと、右から来たワルキューレの肩を蹴り、その反動を利用して空高く舞い上がった。
着地する前にワルキューレに蹴りを入れて2体のバランスを崩し、立て直したワルキューレたちを2体纏めて回し蹴りでオシャカにする。
「なっ……」
新たにワルキューレを呼ぶ暇も無い。杖を振って自分を護らせていた2体のワルキューレにリュンメイの迎撃を命じた。残った槍を持つ1体もリュンメイの背中へ槍を突き出す。
「甘いッ!」
ワルキューレの振るった武器はかすりもせず、代わりにリュンメイの蹴りがワルキューレをとらえた。
ワルキューレが崩れ落ちるより早く、リュンメイのシュッという息を吐きだす音とともにリュンメイの姿が消える。
次の瞬間、もう1体のワルキューレの前にリュンメイが現れた。彼女の残像が残す移動の軌跡が、彼女のスピードを物語っている。
バキッ。
ワルキューレが蹴飛ばされ、リュンメイの姿が消える。そして最後の1体も、同じように瞬間移動と見間違うほどの速度で接近したリュンメイの蹴りをくらい、鉄くずと化した。
そして最後に、リュンメイはギーシュの前に立った。繰り出された蹴りは、ギーシュの顔の横で止まっていた。鍛え上げられた筋肉。あの足で蹴られていたら無事では済まなかっただろう。
ギーシュの背を嫌な汗がつたった。
もはやギーシュを護るモノは何もない。
ギーシュは理解した。自分の敗北を。
受け入れがたい屈辱。それでも受け入れざるを得ない現実。
ギーシュは力をなくしたように膝をつき、負けを宣言した。