「いや~ん。ダーリン。フーケが近くにいるかもしれないわ。私怖い~」
わざとらしい叫びをあげて、キュルケがバロンに飛び掛かる。窓に体を寄せるようにしてバロンがそれをかわすと、キュルケがまたそれを追う。
狭い馬車の中で鬼ごっこをするものだから、踏んだ踏まれたで騒がしいことこの上ない。
「いい加減にしなさい、ツェルプストー! あんた、自慢の炎でフーケのゴーレムなんか焼き飛ばすんでしょう?」
「だって、怖いものは怖いんですもの」
それを聞いたイクシアが、話の流れをぶった切るようにつぶやく。
「そう言えば、授業では魔法は4系統があるって言ってたよね。確か、火と、水と、土と、風だっけ」
ルイズとキュルケは何故今更、という表情でイクシアを見た。そんなことは道端を歩く平民の子供ですら知っている常識中の常識だ。
「フーケは土だよね。土系統って、どんな魔法があるの?」
「そう言えばそうね。聞いておくに越したことはないわ」
リュンメイが同意したのを見て、キュルケがきょとんとした顔でそれを見る。
「だって、あなた、メイジと何度か戦ったことがあるんでしょう? それこそ、黄金のゴーレムを使う魔導士とか……さっき言ってたじゃない」
「ああ。それは違うわよ。ゴーレムを操ってたのはモンスター……こっちの言葉で説明するなら、亜人が近いかしら」
「私たちのところでは魔法は4元素で……火と水は一緒だけど、土と風ってのは無いんだよね。あるのは闇と光だったし」
「闇と光……? どんな魔法よ、それ」
「光は雷を落としたり……だったかな。闇は、何でも吸い込む穴で敵を吸い込んだり……まあ、両方私は使えないけど」
「光って、風のことなんじゃないの?」
と、ルイズが言うと、イクシアは首を振った。
「確かに風の魔法を使うメイジもいたけど……私たちのところは風は属性無しの扱いだったよ」
それを聞いたキュルケが信じられないと首を振る。
「風魔法がコモン・マジック扱いなんてどういうことよ。風のメイジの立つ瀬がないじゃない!」
「んーん。多分、魔法の性質そのものが違うんだと思う。だって、私、コモンマジックをいくつか試してみたけどうんともすんともいわなかったもん」
「魔法? 何よ、あなた、メイジなの? その割にはマントをつけていないみたいだけど」
「えーっ! 何度も言ってるじゃん! みんな、どうして信じてくれないの?」
「ウェリウェリ~!」
主に同調するように、イクシアの持っていた杖が吼えた。それを見たキュルケが驚いてひっくり返る。大股開きでひっくり返った彼女の小さな下着が露になると、カペンシスが鼻を伸ばして感嘆の声を漏らす。
「……お、驚いた。インテリジェンスソードみたいに意識を持たせた杖なんて初めて見たわ」
ギザギザの口を開けて話す魔法の杖「ウェリー」をまじまじと見るルイズ。タバサも興味津々で本から顔を上げてその杖を見た。
「こんなたいそうな杖を持っているなんて……あなた、実は貴族な……」
キュルケの言葉はそこで中断させられた。その目はイクシアの耳へ向けられている。
「ひ、ひあっ……」
叫びそうになる口を押さえて何とか悲鳴を飲み込む。それでも、体の震えはごまかせない。キュルケの異変に気が付いたタバサが彼女の視線を目で追う。タバサもすぐにイクシアの耳に気が付いたようで、目に見えて怯えこそしなかったが、その顔にはしっかりと驚きの感情が浮かんでいた。
振り向いたロングビルも、顔を青くして固まっている。
「……なに、みんな急に黙って」
ハルケギニアの常識を知らないイクシアは、不思議そうに2人を見る。キュルケが絞り出すように指をさす。
「あ、あなた、エルフなの?」
「またそれ? 私は魔界人だって。大体、なんでみんなエルフを怖がるのさ」
「知らないの? エルフはメイジを凌ぐほどの力を持つ上に人間と争い続けてきたいわば天敵なのよ! そんな危険な存在を恐れない方がおかしいじゃない!」
「へえ。アラド大陸じゃそんな話は無かったけどな。まあ、そもそもエルフをあまり見ないってのもあるかもしれないが」
「大火災で随分数が減っちゃったらしいからねー」
聞いたことのない単語に反応したのはタバサだ。カペンシスを軽く突いてタバサが解説を要求すると、カペンシスはそれを承諾して大火災について簡単に説明した。
「へぇ。それじゃ、アラド大陸の方のエルフはその大火災って事件でほとんどが焼け死んじゃったってこと?」
「実際焼け死んだかどうかはわからないけどね。その大火災で何があったかもわからないし。ただ、何かがあったことは確かなんだ。その事件を境にして、アラド大陸でも獣の様子がおかしくなったりするようになったし……」
カペンシスがそこまで言ったところで、ロングビルが馬車を止めた。フーケの隠れ家があると言われた森に到着したのだ。木々の生い茂るこの森を馬車で行くのは無理そうだった。
薄暗い森はそれ自体が獲物を待ち構える魔物のようであり、油断をすると背後の草むらから猛獣が飛び出して喉仏を噛み千切ってしまいそうな恐怖を感じる。
「ここから先は、徒歩で行きましょう」
一行は馬車から降り、闇の森へと足を踏み入れた。