「おい、カペンシス。何やってんだよ。手に入れたぜ、破壊の杖」
そうこうしているうちに、バロンが破壊の杖の入った箱を担いで小屋から出てきた。
「……随分大きいのね。破壊の杖」
バロンが持つ箱を見て、ルイズが呆れたように言う。
大人1人は入れそうな巨大な箱だ。バロンはそれを軽々と地面に置くと、皆の前で箱を開いた。
「杖と言うより筒ね」
キュルケが感想を漏らす。
それは大きな筒だった。青々とした鉄の板が幾重にも重なってできた機械の筒。芸術的ともいえる輝く筒に、ルイズが手を伸ばす。
「……重っ!」
持ち上げようとしたルイズだが、僅かに浮いただけでとても持ち上がりそうに無い。
と、同時に、それをいとも簡単に担いでいたバロンの筋力に驚愕した。
「これって……シュタイアか?」
カペンシスが呟く。
カペンシスはその「破壊の杖」なるものに見覚えがあった。シュタイア対戦車砲。カペンシスら天界人の中でも、得に重火器の扱いを得意とするランチャーが好んで使う兵器だ。
衝撃をスイッチに爆発する弾頭を撃ち出す対カルテル用の武器。
カルテルの強固な戦闘兵器を内側から破壊する為に開発された恐るべき武器だ。
リュンメイも、デスマッチルールの決闘場では幾度か銃口を向けられた記憶があった。
「やっぱり、アラド大陸とハルケギニアはどこかで繋がっているのか? ある程度安定した次元の扉を探せば向こうに帰ることも……」
カペンシスがぶつぶつ呟いている背後で、木々をなぎ倒し現れる影があった。
ゴーレムだ。背後の土が30メイルはあろう巨大なゴーレムに錬成されていく。その肩にはフードを深くかぶった人間が乗っている。恐らくはあれが土くれのフーケだろう。
「悪いが死んでもらうよ」
フーケの声は想像よりも高かった。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。フーケの笑い声を合図にゴーレムが拳を振り上げる。
「やっぱり罠」
落ち着いたタバサが言う。
「落ち着いてる場合!? 今は逃げたほうが……」
キュルケがタバサを掴んで逃げ出そうとする。タバサはそんなキュルケをなだめると、鋭い口笛を吹いて自らの使い魔を呼び寄せた。
彼方より飛来した風竜はゴーレムの拳を華麗にかわすと、主の傍に降り立つ。
「いい子」
タバサが風竜、シルフィードを撫でると、彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。その間に、キュルケがシルフィードによじ登る。
「タバサ、後にしてよ!」
「わかってる」
タバサが飛び乗ると、シルフィードが一鳴きして空高く舞い上がる。ゴーレムは一度シルフィードを攻撃しようと顔をそちらへやったが、その飛行速度を見て厄介と感じたのか、すぐに地上に取り残されたルイズ一行に狙いを変える。
「ちょ、ちょっとあんたら何とかしなさいよ!」
「無理無理無理無理無理!!!」
ルイズが怒鳴った時には、カペンシスは破壊の杖を抱えて猛ダッシュでこの場を離れようとしていた。逃がすまいとカペンシスにゴーレムの拳が炸裂する。
すさまじい力だった。ゴーレムの圧倒的質量と重量を利用した拳は、殴った地面を1メイルは陥没させ、その際の衝撃で弾けとぶ石つぶてさえも恐るべき威力を有している。
1度目はそれをかわしたカペンシスだったが、その際足を引っ掛けて転倒してしまう。そこに、ゴーレムの拳が迫る。
「ちょ、ちょっとタイム! どぅはああああ!!」
カペンシスの悲鳴がゴーレムの拳によって遮られる。
ルイズの背筋に冷たいものが走ったが――
「な、なんで僕が……」
押しつぶされてペラペラになったカペンシスがゴーレムの手の平からひらひらと落ちる。
それを見たルイズが別の理由で顔を青くした。
「い、生きてる……」
「本当に人間……?」
「ばけもの」
生きているとは到底思えないほどに押しつぶされた状態からすぐに元通りに復活するカペンシスを見ていたルイズと、それを空から見ていたキュルケとタバサが皆口を開けてそれを見る。
「危ない!」
「えっ……ああっ!」
カペンシスに気を取られていたルイズにゴーレムの拳が迫る。キュルケとタバサも咄嗟に魔法の詠唱に入るが、とても間に合いそうにない。ルイズは逃れられない死を実感しながら、悲鳴を上げることもできずにただその拳を見入っていた。
「やらせるか!」
ルイズの前に1人の男が立ちはだかった。バロンだ。
バロンは眼前に迫る圧倒的な質量の拳を前にしながら、口元に笑みを浮かべていた。その瞳は赤く、妖しく輝いている。
「おおおおおおおおおっ!!」
咆哮と共にバロンが大剣を掲げた。
無茶だ。
ハルケギニアに住む人々は誰もがそう思った。
だが、アラド大陸から来た彼らは違う。
彼らは知っているのだ。バロンの強さを。
ゴーレムの拳とバロンの大剣がぶつかり合う。激しい衝撃があたりを駆け巡り、ゴーレムの拳にひびが入った。
「馬鹿な……!」
質量の差は歴然。軌道をそらすことすらできぬはずだ。
だが、この男はゴーレムの拳を剣一つで受け止めた。否、それどころか、この巨大なゴーレムに力比べをしかけ、あまつさえ勝利しようとしている。
ローブから覗くフーケの口元がゆがんだ。
「うらあああああああああああああ!!!」
再度の雄叫びと共に、バロンが大剣を振りぬいた。
放たれた斬撃がゴーレムの拳を破壊する。
「なによあれ……!? 先住魔法……!?」
その破壊力を見たキュルケが目を見開く。
切っ先から放たれた斬撃はゴーレムの腕を破壊しながら肘から肩へと登り、その右腕を根元から完全に破壊した。
「ちぃっ……! まさしく鬼、化け物だね!」
石礫から身を護りながら、フーケがゴーレムの右肩からうなじに飛び移る。そこに、上空から放たれたタバサのジャベリンとキュルケのファイアーボールが襲い掛かる。
ゴーレムが左腕でうなじを覆い隠して盾とし、その隙にフーケはゴーレムの右腕の錬成を行う。
「くそっ! 壊した端から回復するんじゃキリがねえな!」
「バロン!」
舌打ちをするバロンに、拳銃を両手にしたカペンシスがフーケを見据えて走ってくる。カペンシスの意図をくみ取ったバロンが大剣を投げ捨て、中腰になって膝の前で両手を組み、足場を作った。
即席のジャンプ台となったバロンをカペンシスが踏み、鬼手の凄まじい腕力を使ってカペンシスを投げ飛ばす。
「ひゅぉぉぉっ!!」
ゴーレムの頭上を飛び越えたカペンシスが空中で体を回転させ、足を天に向けて体を垂直にする。カペンシスはくるくると回転しながら引き金を引いた。
放たれた銃弾はゴーレムの指の隙間を抜け、フーケを多う岩のドームの中で跳弾してフーケの足を貫く。支えを失ったフーケがゴーレムのうなじから滑り落ちる。
何とかゴーレムを動かして自分を受け止め、落下を避けたフーケだったが、その身を護るものはもう何もない。いくら巨大なゴーレムとはいえ、大人1人を片手で完全に包み隠すほどの手のひらの大きさでは無い。ゴーレムの手のひらに向けて、キュルケとタバサの魔法が降り注ぐ。
「バロン、とどめだ! 破壊の杖を!」
「お前、これ使えるのかよ!」
「専門じゃないけど、アルベルトに習ったことがあってね!」
投げ渡された破壊の杖を取り出したカペンシスが、2メートルはあろう巨大な砲身をゴーレムへ向ける。
「Fire!」
掛け声とともに引き金を引く。
反動でカペンシスの身体が3メイルほど後ろに滑った。
シュタイアから放たれた破壊の凶弾はゴーレムの胸部へと命中し、その巨体に亀裂を走らせる。
「……ダメ。威力が足りない」
だが、その巨体はすんでのところで崩壊を免れた。タバサたちの攻撃を耐えきったフーケが、ゴーレムの再錬成を始めたのだ。失われた腕が、手のひらが再生していく。
「うそでしょ、まだ倒れないの!?」
信じられないと声を荒げるルイズの横で、カペンシスがにやりと笑った。
「いいや。終わりさ」
刹那、ゴーレムの身体が爆発に飲み込まれて消し飛んだ。シュタイア対戦車砲の弾頭は命中後、しばらく後に爆発を起こして対象を内側から粉々に粉砕する破壊兵器だ。その破壊力は無法者、カルテルの駆る戦車を一撃で戦闘不能にするものだ。
いくらゴーレムと言えど所詮は岩の塊。鉄の塊を一瞬で粉々にするシュタイア対戦車砲に耐えきれるはずもなく、文字通り胴体が消し飛んだ。
「やった!」
支えを失い、その場に崩れ落ちるゴーレムを見てルイズが口元に笑みを浮かべて叫ぶ。だが、その顔は10秒もしないうちに引きつった笑みに変わった。
「ちょ、ちょっと……」
30メイルにもなろうゴーレムの持つ質量は計り知れない。崩れ落ちたゴーレムが巻き上げた砂埃が、津波のようにあたり一面を飲み込んでいく。
「逃げるぞ!」
バロンがルイズの手を取って駆け出すが、砂の津波の速度は人の足で逃げ切れるものではない。
キュルケとタバサはルイズたちが砂埃に飲まれて見えなくなったのを確認すると、静かに手を合わせた。