「なんでこうなるのよ……」
体に覆いかぶさった土と砂を振り払い、ルイズが起き上がる。全身くまなく茶色に染まったルイズは、服の中まで砂の色に染まっていた。空気と共に大量の砂が流れ込み、満足に呼吸もできない。本当に死ぬかと思った。あたりの砂埃は随分と収まっているが、まだ完全とは言えないようで薄っすらと砂が舞っている。
ぷるぷると頭を振って頭に乗った泥を振り払うと、手に持っていたはずの杖が無いことに気が付いた。どうやら土の中でなくてしまったらしい。
メイジの武器を失ったルイズは急に不安になり、バロンらを探す。
もぞり。
砂を被った低木の傍で、何かが蠢いた。目を凝らしてみると、どうやらそれは人間のようだ。バロンだろうか。リュンメイだろうか。この際イクシアでもカペンシスでもいいと、ルイズがそれに駆け寄る。
近付くにつれ、その人型がはっきりとする。豊満な胸と綺麗な肌。丸っこい体つきに華奢な体は、イクシアのでもなければリュンメイのそれでもない。
ミス・ロングビルだった。
忘れていた。そう言えば、様子を見てくると言ったきり姿を見ていない。こちらに気が付いたロングビルはルイズに近付こうとするが、足取りがおぼつかない。まさか、足を怪我したのではないか。
「大丈夫ですか!?」
ロングビルの身を案じたルイズが駆け寄って肩を貸す。ロングビルは顔をしかめて右足を押さえていた。長いコートの隙間から見える綺麗な足に、赤い血が流れている。傷は広くはないが深そうだ。まるで何かに撃ち抜かれたような――
「ルイズ! 離れろッ!」
カペンシスがこちらに銃口を向けて叫んだ。女の子を誘う時の顔でも、情けない顔でもない。その顔は戦士のそれだ。
カペンシスにもあんな顔ができるんだ、と、妙なことを考えていたルイズは彼の言葉の意味を理解できていなかった。
それが命取りだった。ロングビルが笑ったかと思うと、ルイズは首に手を回されて引き寄せられる。咄嗟のことに抵抗すらできなかったルイズの顔に、杖が向けられた。
「な、何を、ミス・ロングビル……!?」
「あら、まだお気付きにならないのですか? ミス・ヴァリエール……あなたは座学はできる方だと記憶していたのですが……」
そう言った彼女は、声色こそルイズの知るミス・ロングビルのそれであったが殺気だった目と吊り上がった口元は狂気を感じさせた。いくら平和ボケしたルイズでも、彼女がフーケだったということは嫌でも理解させられた。
「おっと、天界人。そのクソッタレなマジックアイテムを捨てな! 2秒以内にね」
カペンシスは素直に手に持った2丁の銃を投げ捨てた。
撃ってもよかったが、確実に当てると言い切るには距離がありすぎた。ルイズに絶対当たらないと言い切れない距離で引き金を引けるほどカペンシスは非情になれなかった。
「ちい、やってくれたね。これじゃ走って逃げることもできやしない……」
甘く見ていた。
フーケは自分の愚かさを恨んだ。
軽視するなと自分で言っておきながら、結局自分は平民が貴族に勝てるはずはないと舐め腐っていた。こいつらが並大抵のメイジならば歯牙にもかけないような戦闘力を持っていることは、事前に理解できたはずのことだ。
ギーシュとの闘いや道中で聞いた彼らの英雄譚。
それらのヒントを「戦いのたの字も知らないガキんちょとの喧嘩で勝っただけだ」「どうせ嘘っぱちに決まっている」と無下にした。
その結果がこのザマだ。足を撃ち抜かれ、逃げることもままならない状況で人質を取らざるを得ない状況に陥っている。
体を支えるだけならともかく、この傷では歩くことすら困難だ。ゴーレムに乗って移動できるのが幸いか。
「そこの鬼手。破壊の杖をこっちに投げな」
命じられたバロンが仕方なくシュタイアをフーケの足元に投げる。フーケがそれを拾わせるために小型のゴーレムを錬成しようと杖を振る。その瞬間を、ルイズは見逃さなかった。
ルイズは思い切りフーケの足を踏みつける。拘束が緩んだ隙に腹部を蹴り飛ばす。足が傷ついていたフーケは、その非力な蹴りでバランスを大きくくずし、その場に尻もちをついた。
ルイズが跳ねるようにバロンの方へかける。咄嗟にフーケがルイズの背に杖を向ける。バロンとリュンメイが同時に駆ける。上空にいたタバサも咄嗟に反応してフーケに杖を向ける。最初にフーケの詠唱が完了した。
杖はルイズの背にしっかりと向けられている。
誰もが最悪の瞬間を覚悟した。その刹那――時が止まった。
フーケとルイズ。その2人の丁度中間に、ピキリと亀裂が走ったのだ。
理解不能な出来事に、その場にいた全員の時が止まった。唯一、動きを見せるのはその亀裂だ。亀裂はどんどん広がり、その「向こう側」を彼らに見せる。
それは街だった。気体とも液体ともとれぬどす黒い何かがそこら中から噴き出している荒廃した町。
鼻を突く刺激臭をまき散らす、黒く渦まく「瘴気」とでも呼ぶべき何かが、亀裂からどろりとこちらに流れだしてきた。
ハルケギニアの地に落ちたその瘴気は、ぐるぐると渦巻いて何かをかたどっていく。
「まさか……」
そう呟いたカペンシスの顔は真っ白だった。そんなはずはないと首を振る様子は、いつもの彼からは想像できないほど怯えていることを表している。
瘴気の渦は、やがて獣をかたどった。瘴気の獣は、全身からボタボタと紫色の液体を垂らしながら、首をもたげ、フーケを見据える。
「なんだい、こいつは……」
その異様な姿に、フーケが魔法を撃つことすら忘れて呟く。
「そんなはずはない……あいつがこんなところにいるはずが……」
「カペンシス、何か知ってんのか!」
虚空に向かって呟き続けていたカペンシスの肩を掴み、バロンが叫ぶ。
「ディレジエ……」
カペンシスは絞り出すようにその獣の名を言った。