ゼロの使い魔~スラップアップパーティー~   作:あららどろ

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10話

「ディレジエ……!?」

 

 ディレジエ。その単語に、バロンは聞き覚えがあった。と、言うよりも、アラド大陸に住む人々がその名を知らぬことはないだろう。

 ノイアフェラ地域で平和に過ごしていた黒妖精を絶滅の危機にまで追い込んだ最悪の使徒。

 全ての生命体に有害な病原菌で構成されたその獣は、存在するだけで広範囲のありとあらゆる生命を滅ぼし、暗黒の世界に変えてしまう悪魔だ。

 

 黒妖精側の誤解で人間との戦争が起きかけていたが、ディレジエが原因だと判明。

 討伐に向かった部隊は近付くことすらできず全滅だと聞いた。その災厄が今、ハルケギニアの地に転移してきてしまった――。

 

「バロンッ!! 逃げるぞ!!」

 カペンシスの叱咤で、バロンが我に返る。

 

 そうだ――ディレジエは文字通り病原体そのものだ。ディレジエの病は、風に乗ってあたりを侵食し、彼の住処に近付くだけで血反吐を吐き、最後には体が溶けて半スライム状のゾンビとなってしまう。

 どこかの本で偶然見た、「メルトナイト」と呼ばれるディレジエの被害者の資料を思い出してバロンは思わず吐きそうになった。

 

 バロンは大急ぎでディレジエから距離を取ろうと駆け出す。しかし、すぐそばにいたはずの小さな主人が付いてきていないことに気が付いて立ち止まった。

 

 振り向くと、ルイズは杖を構えてディレジエを――いや、ディレジエを挟んだ先にいるフーケを見据えていた。

 

「ルイズッ!! 早く逃げろッッ!!」

「嫌よ! せっかくフーケを追いこんだのに……!」

「馬鹿野郎!! あれはな……あれは使徒ディレジエ!! 全ての生き物を殺す病原菌の塊なんだぞ!!」

 

 尚も嫌がるルイズを、バロンは力で押さえつけ、無理やり抱えて駆け出した。

 

「なんで……! でもフーケが!」

「勇気と無謀は違う!! お前のやってることは一番やっちゃいけないことだ!! いいか!! ルイズ!! 無鉄砲は自分だけじゃなくて、仲間まで殺す羽目になるんだぞ!!」

 明らかに怒気を含んだ声に、ルイズは反論もできずに口を紡ぐ。

 

「フーケッ!! お前も……!」

 

 フーケは人間サイズのゴーレムに自分を抱えさせて必死に距離を取ろうとしていた。足を怪我していたいたフーケは自らの足では移動できなかったのだろう。

 だが、それが命取りだった。ゴーレムを生成するために土をかき集めた時、ディレジエの瘴気に汚染された土を使ってしまったのだ。

 

「なっ……なんだい、これはっ!?」

 

 瘴気は広がり、ゴーレムを包み込み、やがてフーケに食らいついた。フーケの悲痛な叫びが聞こえ、彼女の身体が黒く染まり始める。

 

「なっ……」

 

 バロンの肩でそれを見ていたルイズが目を見開く。ディレジエは何もせず、ただそこにたたずんでいる。それだけだというのに、その黒き獣を中心に森が黒く変色していた。

 

「やべえ、やべえやべえやべえ!!」

「ダーリン!!」

 

 ディレジエの瘴気から逃げようと走るバロンに、シルフィードが近付いてくる。シルフィードの背にはタバサとキュルケ、そして彼女らに回収されたイクシアとリュンメイが乗っていた。

 

「……全員は無理」

 

 タバサの言う通り、限界なのは目に見えて明らかだ。4人も背に乗せたシルフィードの上は窮屈そうで、何よりシルフィード自体が随分と辛そうにしていた。

 

「せめて、ルイズだけでも頼む!」

「わかった……」

「オッケー!」

 

 ルイズをシルフィードに向かって掲げると、キュルケがフライでルイズを回収する。

 

「うええええ!? 僕らは!?」

『カペペッ!?』

 バロンの横を並走していたカペンシスとカペッチョが乗せてくださいと叫ぶ。

 

「バロン、あんたは……!」

「大丈夫だ、逃げ切って見せる! お前らはこのことを学園に! 何とかしないとトリステインが……ハルケギニアが滅ぶぞ!」

 

 何か言おうとしたルイズだったが、バロンの瞳を見て口から出そうになったその言葉を飲み込んだ。

 

「……わかった。でも、忘れないでよね! あんた、あたしの使い魔なんだから! ご主人様の許可なく勝手に死んだら、承知しないんだからね!!」

「オッケー、わかったぜご主人様……!」

 

 シルフィードの背に乗るルイズに向かって、バロンは拳を突き上げた。

 シルフィードはグングンと速度を上げ、学院の方へと向かって飛翔する。バロンとカペンシスも必死になって追いかけるが、距離は開く一方だ。

 

「カペンシス、バテんなよ!」

「うおおおおおお、キバれ、僕!! これから先、走れなくなってもいいから今だけは走り続けろーーーっ!!」

「ところでカペンシス! こっから学院までどれくらいって言ってたっけ!」

「馬で4時間! 徒歩で半日!」

「んじゃあ走り続ければ4時間だな!」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 彼らは土煙を巻き上げながら、ミサイルのように走り続けた。

 だが、そんな彼らの希望を打ち砕くかのように、彼らの行く手を阻むかのように時空の裂け目が立ちはだかった。

 

 

「そんなぁ……嘘だろォ」

 

 カペンシスが肩を落とす。その次元の亀裂もまた、先ほどと同じようにアラド大陸にある苦痛の街『レシュフォーン』に繋がっていた。

 ディレジエの落とした毒に汚染された空気は既に森を侵食し、青々しかった木々は紫色に変色し、液状化した溶けた枝からはぼたぼたと真っ黒い液体が垂れている。

 

「クソッタレ! 回り込むしかねえ!」

 

 バロンがカペンシスに合図を出し、汚染された地域を避けようと大きく迂回する。

 この森の中で道を外れるのは極めて危険な行為だが、それでもあのまま道を突き進むよりははるかにましだろう。

 

「バロン!」

 

 カペンシスが言うよりも速く、銃弾を発射して、バロンの頭上にいた何かを打ち抜いた。

 地に落ちて痙攣するそれは、巨大な鼠だった。やや溶解したその肉体を見るに、汚染された森の動物だろう。

 ディレジエの病に侵された生物は、自我を失い他の生物を襲う。こうして、疫病を広げる媒介となるのだ。

 

「クソッ……もうこんなところまで……!」

「相手にしてる暇はない! このまま……!」

 

 その時、風が吹いた。

 風向きが変わった。

 そう気付いた時には、もうすべてが遅かった。

 

 風上にいるのはディレジエ。

 

 究極の疫病生命体。

 住処に近付くだけで、一瞬で体が溶けてしまうそいつの毒は、風に乗ってバロンたちを飲み込んだ。

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