今回もアレな描写はお休みです。
狩りに来ております。エルドはチート。
何度も、何度も名前を呼ばれる。
何処からなのかもう分からない外傷と出血が、おれの思考を真っ赤に染めていく。
漸く動いた右手が軋みながら、頻りにおれを呼んでいるやつの頭を撫でる事に成功した。
「ウル、もう秘薬ないよ…ね、どうしよ…」
「早く、行け」
シアの白い頬に、俺の血がべっとりと付着する。雪の中に咲く椿みてー。
柄にもなく綺麗だと呟いたら、バカと罵られた。
「わたしには、ウルしかいないんだから」
地響きと共に、血の臭いを嗅ぎ付けたのか奴がエリアに入ってきた。何とか逃れた筈だったのだが、そう上手くいかないもんだな。
シアが立ち上がり、デスパライズを構える。こら、お前さんの手に負える相手じゃなかろうに、馬鹿が。
先程のディノバルドより厳しく突き出た角の下の眼窩から、怒りが感じられる。巨体がこちらを睨み、振り上げられた尻尾がシアを襲う。
その前に、おれは飛び出していた。ジャストタイミングでの回避、もう限界を超えたであろうおれの身体は、渾身の溜め攻撃を奴の頭にかち込み、怯んだ奴の頭突きをハンマーーー狐槌ツキヲイザナイーーの柄で受け止めた。
だが虚しくそれも、みしり、と亀裂が走り、おれの意識もそこで途切れてしまった。
ー
ーー
ーーー
おれ達は確かに、上位昇格対象のディノバルド討伐クエストに来た筈だった。
ネックだった防御面も、ユクモノ・天シリーズを作成し、強化は完了してないものの体制は万全。流石に初見と、シアに仕事をさせてしまい二度麻痺を取らせたが、足を引き摺り休眠に向かうディノバルドを追ってエリアに進入する。そこであの個体に出遭ってしまった。
「なに、あれ…」
息を呑むシア、答えないおれ。
先程まで割と真面目に戦っていたディノバルドが、奴自身のものと似た尻尾に払われ断末魔の悲鳴を上げる。
「乱入か、ちっと面倒な事になったな」
倒れ伏すディノバルド、それを踏み付け雄叫びを上げる、炎を飲み込んだ様な赤黒い体色、遥かに大きく鋭利な尾、大きく発達した頭角…亜種かと見まごう姿に思わず怯む。
すかさず上がる、古代林中に響き渡るかのような咆哮。
動けないおれ達を襲ったのは、断頭台の如き尻尾の断罪だった。
いつだったか狩った砕竜ブラキディオスに似た爆発が、それだけで非常に痛い大木のような尻尾の一撃から起こる。
ブシドーなもんで、初撃はすり抜けたものの、溜めながら振り上げたハンマーは虚しく空を打った。
「な、に」
口を開いた刹那、上空から、またあの尻尾が降ってくる。
回避はぎりぎり間に合ったが、ユクモノカサの端がざっくりと削がれてしまった。
「ウルにぃ、一旦逃げよう!」
閃光玉を握り締め、シアが叫んだ。盾を構えながら、自分の方を向いた瞬間宙へ投げると、相手が目を眩ませて無闇矢鱈に辺りを攻撃しだす。
牙で研いだ尻尾が、辺りの雑木を薙ぎ倒し、尻尾が纏った何かが火花を散らした。
「ありゃ何だ、流石に今の装備じゃ手に負えねーな」
「ムリムリ! あんなの見た事ない!」
腐っても白疾風装備一式を着ているシアが、見た事がないと言うモンスター。そのリスクを理解出来ない程、おれも馬鹿じゃねー。
と考えた所で、エリア端にまで走ってベースキャンプへの道をひた走る筈だったシアが、悲鳴もなく跳ね飛ばされた。もう閃光切れたのかよ、クソっ!
「やば、早いっ!」
「不意打ち頭突き、威力も違いますってか?!」
おれ達の間を断つように、バカでかい尻尾がまた叩き付けられる。
仕方ねえ、シアだけでも逃がすか…
おれは緊急事態発生時やクエストリタイアの際に使う、手投げの信号弾を後ろ手にシアに投げ渡す。
「任した!」
「え、ウルにぃ?」
狼狽するシアを突き飛ばす。慌てふためきながら小娘が、信号弾を握りしめたまま茂みの中へ消える。
当然、一人減ったもんで相手の標的がおれに変わった。揺らめく大剣のような巨大な尻尾が、何故か常に熱を放つ…
さっき戦ったディノバルドとは、危険度が違えな。
「オラァっ!」
武器出しからのかち上げ、横振り、縦振りからのアッパーのお決まりコンボを、威嚇してきた奴に決めてやる。何だ、案外普通のディノバルドと変わんねーのか?
そう思ったのは最初だけだった。聞いてねーぞ、こんなの…。
近くで破裂音がし、空に真っ赤な煙が上がる。無事、シアが信号弾を使ったようだ。
おれも後退させてもらおう。
鼻面にペイントボールを投げつけ、シアを突き飛ばした方へ移動を試みる。
だがその希望は儚くも露と消えた。
「ぐぁっ! なんだ、これっ!」
牙を研ぐ動作をしていた筈の奴が、口に溜めた炎のエネルギーを、マグマ迸る火山のように吐き出す。
ブレスなんかリオ夫婦だので慣れっこの筈なのに、避けたと思ったら3連ブレスかよ!
まずい、ダメージもかなりのもんだな。口内に炎を溜める動作、ありゃ厄介だ。
「ネコでも連れて来りゃ良かったか…」
舌打ちをし、おれはハンマーを構える。奴は炎を口に蓄え、また尻尾を砥ぎ上げる。この動作がきっと隙だな…
駆け寄り、頭をブン殴ってアッパー叩き込んでやる。
突如、奴は小さく悲鳴を上げのたうち回りながら倒れた。頭が弱点なのはどのモンスターも当然だろうが、いきなりだな。結構殴ってた筈なんだが…
奴の倒れた位置で、きらりと何かが光った。
「ウルにぃ! 大変!」
「何だお前、キャンプにいろって…」
「ネコタクが来ないの!」
逃がした筈のシアが走ってきた。エリアに入るや否やもがいている奴の姿に驚きつつ、俺の所へ近づいて来る。
クエストにおいて、ハンターが狩りを続行できない怪我を負うと、何処からともなく手押し車でアイルーがやってきて、ベースキャンプへ送っていく。これが通称ネコタク。
で、一回毎に彼等に報奨金の三分の一を支払う為、一回のクエストで怪我を負い離脱するーー所謂、乙るってやつだーーのは基本的に二回まで。三回も乙るようじゃ装備も狩りの腕も見直しって事だな。
やむを得ずリタイアする場合などでもこいつがやって来るのだが…それが来ないってなると…自力で退避か、コイツを狩るしかない。
シアが奴の足元まで走り、素早くシビレ罠を張る。
「時間稼ぎしか出来ねーかもだが、しゃあねえな」
「コイツのせいでネコタク来れないのかな…」
「知らん! 一先ず死なないよーにやるぞ!」
起き上がり、怒りに燃えるディノバルドみてーな奴は唸ろうとした所でシビレ罠にかかり動きを止める。
罠が効くならやりようがあるってこった。
「はいっ、いちにの、さーん」
縦に三回思い切りハンマーをお見舞いしてやる。続けて力を溜め、アッパー。シビレ罠で体が動かないお陰で、頭への攻撃の振動が、ぐわんぐわんと余計に入るのだろう。スタンさせちまえば、何とか…
「きゃああぁ!」
頭に集中していたせいで、シアの動きを見失っていた。罠が解け、すかさず八つ当たりのように飛んできた尻尾の一撃を喰らったようだ。
吹き飛ばされ、攻撃を受けた腕装備が僅かに千切れだし白い肌が見えた。受け身を取り立ち上がろうとするシアの背に、再び爆発する粉塵を纏った尻尾が叩きつけ
「っだらぁぁぁああ!!」
相討ち、と言えば聞こえは良い。
粉塵を纏った熱と質量の塊にハンマーにぶつけたが、勢いを削いだそれはそのまま振り下ろされた。
「ウルーッ!!」
「がっ…は」
尻尾にヒビの入った奴は、突然エリアから姿を消した。体力回復か、何かだろうか。
おれはカウンターどころか、どうやら骨の一つもいっちまったらしい。
布地が裂け、溢れる血をハンマーを杖に起き上が…れなかった。
「ウル、返事して!」
「揺さぶんな、血が出る…」
「もう出てるよ! 秘薬、秘薬…」
駆け寄ってきたシアが、腕を押さえ顔をしかめながらアイテムポーチを探る。
まーた泣いてるな、馬鹿小娘。
「おれも、ヤキが回ったな」
可愛い小娘を庇って負傷たあ、お伽話と違って美談にもなりゃしねえ。
と、ようよう立ち上がりつつ、おれは一人ごちた。
ー
ーー
ーーー
「それが、一応の報告という事ですね」
何やら龍歴院の面々に囲まれ、おれとシアは夫々に頷いた。
おれは出血多量の外傷多数で、治療室に運ばれている。まあ、この面々に囲まれて状況説明って、安静になんかしてらんねえって感じだがな。
…幸いシアはまたもや打ち身と少々の外傷で済んだらしい。ほとほと、悪運の強い奴だよ。
「貴方達が遭遇したのは、間違いなく『燼滅刃』の二つ名を冠するディノバルドでしょう。特徴が記録と一致します」
眼鏡の如何にも秀才っぽい奴が、分厚い本を見ながら説明する。
「決め手はウルさんが持ち帰ったこの粉です。テオ=テスカトルの粉塵爆発を起こす粉煙と似たもので、燼滅刃の塵粉と呼ばれています」
「落し物拾っといて良かった…」
「ウルにぃ、がめつさもたまには役に立つんだね」
「うるせーぞ、こむす…いででで…」
受け身を取りきれなかったのが原因か、鎖骨が折れているそうで、ハンターとして鍛えてはいるものの完治には時間がかかるようだ。
まあ、無茶を二度も繰り返せばそうなるわな。
「その記録、わしが行った時のやつだな」
秀才の持つ本を覗き込み、エルドが呟く。はい、と頷き秀才が本を閉じた。
「燼滅刃は勿論の事、古代林は最近漸く調査が進んできたばかりです。これではまた生態系が崩れ、積み重ねたデータや調査もやり直しに…」
「データ云々は置いとき、村や今回のようなハンターへの被害もあるだろうよ。わしはそれが心配だな」
「珍しく、狩る狩る言わないのねェ」
「当たり前だ、わしとてまだ一度、討伐に成功しただけだ。ウル程の実力者がこれとは、相手の力量もかなりのもんだ。わしらの準備も必要だろう?」
なんでこの場にエルドとその連れがいるのかというと、単純に古代林調査の協力をしていた所を、おれ達を見つけた彼等が連れ帰ってくれた…という訳だ。
連れはティガレックス防具に似た、露出の高い装備の女で、アネットと名乗った。こいつも只者じゃねえな、こりゃ。シアから聞きかじった荒鉤爪ティガレックスってやつの装備じゃねえのか?
ネコタクの手配も、どうやら燼滅刃とやらがアイルー達の通り道を崩してしまい身動き取れなくなっていたのが原因らしい。
「過大評価です。おれなんざ、やっと上位に上がったばっかで」
「いや、それはシアを庇っての怪我だと聞いているぞ。そしてあの落し物だが、怒った燼滅刃の頭か尻尾に大きなダメージを入れると怯んで落とすものと、わしは考えている。初見で生半可なハンターが出来る事ではない…と、思うがどうかね?」
「ま、昔は無駄にギルドカードが輝いてましたがね。今はやーっとユクモ天一式の隠居ですよ」
エルドは黙っておれが話し終えるのを、後頭部をかきながら、目線を外して待っていた。
「わし、この燼滅刃を捕獲したいんだわ。隠居なんて言わずに協力してくれんか?」
「へ?」
おれの口から出たのは、間抜けな空気漏れのような音。いや、まあねえ、驚くなという方が。
エルドは続けて、あの落とし物が燼滅刃とされる個体しか落とさない事や、多くの通常種のディノバルドとの異なる行動を見極めたい事などを挙げ連ねた。
「研究者みてーだなぁ、あんた」
「何を言います、エルド氏はれっきとした研究者なのです!」
「や、わしそっちは引退しとるし」
「いえいえ、この龍歴院でハンターを兼任しながら多くのモンスターの生体を……」
秀才メガネが内輪で盛り上がり始めたのを、おれは呼びかけで制す。
「おれ、怪我人なんだが。治るまで燼滅刃とやらは待ってくれるのかね?」
エルドはすぐに、ニヤリと笑って答えた。
「おう、わしが痛めつけておいたから、古代林にゃあもう居ない筈さね」
「…やっぱあんた、バケモノだわ」
おれはつい肩を竦め、走る鎖骨の痛みに顔をしかめた。
ま、こーゆー狩り馬鹿も、おもしれーな。
突如バタバタと足音がして、見知った顔が駆け込んで来た。マークスだ。
シアがほんの僅か、身体を震わせた。
「おーい! 古代林で死体が見つかったって噂でもちきりだぞ!」
「知らん、言いたいように言わせとけ。おれは取り敢えず生きてるし」
「久々に会ったと思ったら、まだユクモなんて着てるのかよ、そりゃ二つ名ディノバルドにぶっ飛ばされるわ」
マークスは、シアと出会う前からの付き合いの狩り仲間ではある。結構ミーハーで、新しいモンスターやアイテムの情報を仕入れにあちこち飛び回ってるので、情報屋として重宝している奴だ。
最近は新しくスラッシュアックスを使っているようで、白疾風装備にセルレギオス素材らしきスラッシュアックスを背負っていた。
「おうマークス、不慮の事故だからそんなに責めてやるな。燼滅刃はわしとて一回しか遭った事が無い、言わばほぼ未知のモンスターなんだわ」
「いやー、得物変えたら被弾増えたんすわコイツ。ランサーだったんすよ!
遂にこんな大怪我したか、大人しくハンマー置けよ」
「ねえ、やめて」
こいつ、空気読む奴だったんだけどなー。エルドへの答えはともかく、シアが言葉少なに止めてるのも聞こえてないな。
「おれが死体扱いされるのは別に…」
「ウルは、私を庇ったの!」
ベッドの脇にずっと座っていたシアが立ち上がった。下を向いて握り拳を作っている。
「私の装備でも、一撃で乙りそうな攻撃、受け止めてくれたんだから…っ!」
正面切って言えないんだな、こいつめ。俯いて、絞り出すように言い切る。
「だって、コイツの昇級クエストだったんだろ? シアちゃんがついてく事なんて…」
「私が無理矢理ついて行ったの! だからウルは悪くない!」
握り拳が、どんどんきつくなっていく。爪の痕が付きそうだな、止めさせねーと。
おれが痛む身体に鞭打ち、シアの震える拳に手を重ねようとした時、同時にぱん!と音がした。
「怪我人の前よ、傷に響くデカい声はー、禁止ぃ」
続くのは、特徴的な間延びした語調。それまであまり話さなかったアネットが、合わせた手を打って場を鎮めたのが分かり、おれはほんの僅かシアの拳に自分の指先を触れさせるだけにする。
すぐ察したシアが、はっと顔を上げる。緊張が緩んだなら結構、こんなアホに怒ってたら身が持たねえぞ。
「マークス、見舞いの台詞にはちょっとキツいんじゃなぁい?
起きた事をグダグダ言うのは誰でも出来るのよ。女の子庇った傷なんて男の勲章よー?」
「でっ、でも…」
「シアちゃんに『嫌い!』って言われる前に私が追い出しちゃおうかー? うふふ」
「…す、すまない」
私じゃなくて、ウルにでしょぉー?と続けるアネット。こちらに背を向けているが、きっと目が笑ってないのは丸分かりで面白い。
ま、自分がされたくはねーけどな。
「シアちゃんも、強化終わってない防具とか、色々とやらなきゃね」
くるりと癖の無い長い髪を靡かせて振り返り、アネットが言う。素直に首肯するシア。もうこの空間を支配しているのは彼女だ、おっとりした雰囲気なのに、ひと癖もふた癖も有りやがるな。
「因みにウルさん、大人しくして、戦闘さえ考えなければ10日位で普通に動けますよ。鎖骨は固定する装具がはめられませんから、無理すると長引きますが」
「あら良かったわねェ! ウルも燼滅刃対策に装備を練らなくちゃ」
エルドと話していたはずの秀才がにこやかにそう報告してきやがる。何だか乗せられている気がする。
でも白疾風ナルガクルガは行きてーなぁ、マークスとペアルックは心からお断りだが、ちっと武器が欲しい。
「強走薬グレート作らないとな」
「ポンデ? ゲリョス? 早く治して行くぞーわしも欲しい…」
「エルドさんが行くと、怖がって出てこないんじゃないですか?」
何だとー! と鋭く反応したエルドに、一気に空気が和んだ。
ま、アホのマークスは置いとき、これから楽しくなりそうだな。
end...