はたらく狩人さま! 作:DOMDOM
時間はかなり掛かりましたが、なんとか投稿です。
後、この作品の木崎さんの強キャラっぷりがヤバいです。木崎真弓強化とかいう謎タグをつけなくてはならないのでは……?
狩人は疑問を抱いていた。この現代社会に降り立ち、数ヶ月経った後に生まれた疑問だ。それ自体は難しい問題ではない。体験したことがある者も決して少なくはないのだろうか。日常のなかでそれはふとした瞬間に起きている。場合によっては人々の関係に傷を残し、何気ない笑い話で済むこともある。掴み所のないソレは、競争社会・多文化社会である現代日本では起きることに不思議は無く、むしろ必然のものだ。だが、未だに解決の糸口を人間たちは得ていない。故に狩人も目の前で起こっている事態に疑問を浮かべていた。
「……家事運営を応援するとは言いましたが、これだけは譲れません。手を放してください芦屋様」
「いいえ、我が真奥家ではこちらが主流なのです。ここは我らの領域……こちらの流儀に則っていただきます」
部屋の中心、円卓の上で睨みを利かせガンを飛ばしあう影が2つ。201号室の芦屋と203号室の人形である。その光景を見てため息をつく影も2つ。然もありなん、201号室家主の真奥と203号室家主、狩人である。今、201号室の卓上では戦いの火蓋が切られようとしていた。
「ありえません! そんなことをするなど邪道極まりない所業です!」
「これの崇高さが理解できないとは……芦屋様はどうやら、存外啓蒙乏しき方だった様ですね」
どうでもいいわと内心呟くものの、興味がない故に言葉にはならない。こんなにも呆れて物も言えないという言葉がしっくり来る現場は、狩人も久しぶりである。
散々高説垂れるように内心説明してきたのは、皮肉っていたに過ぎない。その争いは日本人、いやもしかすると世界共通のものなのかしれない。争いの火種は多岐にわたり、どの食材が引き金になるか分からないのだ。現に、それは目の前で行われている、あえて言うなら――
「卵かけご飯には醤油以外あり得ません! ソースなどと……味を考えるだけでもおぞましい!」
「ほう、ソースを愚弄しますか。よろしいならば戦争です」
「どうでもいいわぁッ!!」
「一番その料理に合う調味料討論」の勃発である。
狩人の内心を、たまらず真奥が叫んだ。狩人とて、このふたりがそれなりの声量で言い合っていたならば、先のクレームに託けて注意できたのだ。が、何故かこういう時ばかりはその辺りの気遣いに抜かりはない。
「なっ……真奧様は我々『なんでも醤油派閥』の同士だったではありませんか?!」
「いやそんな派閥入ってねぇよ?! なんだそのなんでも鑑定するテレビ番組みたいな名前の派閥?!」
「ふっ、化けの皮が剥がれましたね。所詮は醤油派閥など薄い繋がりでしかないのです。その点、私と兄様は信敬なるソース教徒としての確固たる絆があります。そうですよね、兄様?」
「そんなカルト染みた団体に入信した覚えは一度もない」
昔は言ったことを素直に聞いてくれていた従者は一体何処へ行ったのか。目の前で項垂れる従者に、目頭を押さえる家主ふたり。そして、いつ道を踏み外したのかと回想に耽った。
先日、祝福の言葉を送った後に、明日の夕げに祝賀会を催したいという打診が人形から真奥たちへと伝えられた。祝賀会と言っても狩人家が真奥家に料理を振る舞うといったささやかなものだが、食料問題に悩む真奥たちにとっては願ってもないことだった。そのときに、これ以上世話になるのは主夫として立つ瀬がないと、芦屋は渋っていた様だが、自分がそうしたいのだという人形からの説得もあり、暫しの葛藤の後に了承したようだ。真奥が職場の先輩である狩人に敬意を向けるように、芦屋も人形には頭が上がらないのである。また、何故そのような関係に至ったのか。時間は数ヶ月前まで遡る――。
◇ ◇ ◇
狩人たちがヴィラ・ローザ笹塚に移転してきて2ヶ月後、大家より近々入居者が増えるとの言伝てがあった。その時には、狩人は木崎から提示された条件をクリアし、マグロナルドにおける立場は既に正社員と同等の扱いを受けていた。この「同等」という言葉を選んだのには理由があり、幾つかの補足が必要となる。
まず、本社側が未だに手続きに追われているということ。一度は不採用にした人間を雇い直すというややこしい事をしたのだから無理もない。木崎による独断に振り回された人事部はたまったものではなかっただろう。他人事ではない狩人も内心申し訳なくはあったが、尊い犠牲であったと内心合掌していた。
だが、本社としてはマイナスな事ばかりではない。イレギュラーとはいえ、提示したノルマ(しかもかなりの無茶振り)を期日の1週間前に達成させるという偉業を為した人員が手に入るのだから是非もなかった。確実に金のなる木を育てないほど、本社も無能ではなかったようだ。だが、そんな慌ただしい本社に追い討ちをかけるように、木崎から爆弾発言が投下される。
「ゲールマン・ルースは今後も幡ヶ谷駅前店で預からせて欲しい」
これが本社での登用手続き、社員としての教育などの諸々の準備する最中、そう提案してきたのだ。言い分としては、自分が起こした案件なのだから教育等を請け負うのは至極当然の責務。むしろ本社の面倒を省くためであり、合理的である……ということらしい。無論、相手は大手企業本社である。役職が店長とはいえ、たかが支店を任されている一社員の勝手な要望に応える道理はない。
だが、実際、彼女の手腕は数ある支店の店長たちと比較しても群を抜いている。通常の支店の前日売上比の変動幅が3~4割なのに対して、笹塚駅前店は1~2割。仕入量にも無駄がなく、繰り越す品も殆どない。
故に考えてしまう。彼女がそう言うのならば――。
結局、本社はその案を聞き入れ、手続きを進めるという決断を下した。本来ならば短期教育の後、売上に伸び悩む支店に即時戦力として投入するつもりだったが、より優秀に育つのであれば是非もない。いずれ木崎の教育が終えたその後でも決して遅くはないだろう、そう考えたのだった。
狩人自身も、その話を木崎本人から聞かされ、ようやく自分の立場が面白可笑しい状況にあることを認識する。木崎の教育が終わり、本社に赴く時を改めて想像してみた。
『君が木崎君の言っていた新人かね? こちらも
嫌味をつらつらと吐かれる現場が目に浮かぶようだ。表情には出さないものの、甚だ遺憾かつ面倒なことだと内心呟く。ただ、どうせ数週間か一ヶ月すればどこかへ飛ばされるのだ。元より周囲に好意を抱かれたことの方が少ない身。嫌味程度どうということはない。どこか遠い目をしながら、狩人は自身の今後を思索するのだった。だが、次の刹那、狩人は己の浅はかさを知ることとなる。
「まあ、2年はここで私の補佐をしてもらうけどね。本社の老いぼれ共に、そう易々とは私が発掘した逸材を渡さんさ」
自らの利に傾倒しすぎた彼女の跛行は、まだ終わっていなかった。彼女は狩人の正社員としての研修過程をすっ飛ばし、
マグロナルドには、本来
本来であれば、長年その支店でパートやアルバイトを続けている者が担わされる役職である。だが、木崎は社員(候補)である狩人をそれらの職務に就かせた。一体何故そのような無茶振りを彼女は押し付けたのか。その答えは、狩人が仕事を着々とこなすに連れて明らかとなっていった。
それは、人の動かし方を学ばせるためであった。
元来、狩人は孤高を貫いてきた人種だ。いや、それは語弊があるものか。自らの行いを誰からも理解されず、己の内に掲げた心情だけを頼りに、血濡れた道を這いつくばるように辿ってきた。邪魔なモノは潰し、必要と思えるモノはその命ごと奪った。そして、突き進んだ果てに己が手に残ったもの。そこには長き一夜を共にした従者が佇むのみ。孤高を貫いたのではない。孤独に落ちたというだけだった。
故に、人の感情など分かるはずもない。
いずれにせよ、人並みの思考まで退化した彼にとって一度理解したはずの人間の心というものは、すっかり抜け落ちていた。現代に降り立って数週間は酷く無神経な男だったことは、彼にとって苦い記憶である。だが、彼も決して馬鹿ではない。人間としての振る舞いは程なくしてできるようになった。その方が効率的であると悟ったのだ。そして、この日本で安息の地を築くためにはどうしても先立つものが必要なことにも気付く。人としての生活に努めた結果、この地マグロナルド笹塚駅前店に辿り着いたのだった。
そこまでの経験で得れたものは、紛れもなく「人としての営み」だった。だが、それは人形との2人きりの生活に限られたもの。生活を共にし、生きるために役割分担をしてきた対等な関係。狩人に「赤の他人を動かす」といった経験は一切なかった。木崎は即座にそれを見抜いた。就職活動中に数々の面接を駆け抜け、他人を目上として扱う術は身に付いてきたが、自分と対等、もしくは目下の者に相対したときの態度が酷かった。それはもう猛烈に挙動の全てが右往左往していた。「人としての物心」というものが幼過ぎたのだ。
だが、木崎自身も彼に何かしらの事情があることは理解していた。学歴一切なし、出身がイギリスであること以外詳細は不明、それでいて異常なまでの資格数、数十に及ぶ企業からの不採用等々……むしろ、怪しまない方が不自然というものだ。まあ、それが彼女の興味を引いたのは彼にとって嬉しい誤算だったというべきか。
ともかく、木崎からすれば狩人の「職場における良好な人付き合い」を学ばせることは急務だった。故に、彼にSW-MGRという地位を与えたのだ。それを受け、狩人もアルバイト・パートの人間と触れ合い、徐々にその手に馴染ませていった。数日過ぎたころには「持ちつ持たれつ」という関係を理解するに至る。そうして、ようやく彼のマグロナルドでの日々が始まったのだった。
・
・
・
・
そして、数ヶ月の月日が経った。
「出会いと別れは突然訪れる」と言うが、実際それは多分に正しい。特にこれといった問題もなく、狩人のマグロナルド社員生活は順風満帆と言えた。その日も、日曜で多少は忙しかったが問題なく仕事を終えた。その後、給料で買った原付に跨り、夜の街をゆっくりと駆ける。頬に感じる風と共に充実感が胸に押し寄せるのを感じた。日雇いのバイトをしていた頃の狩人であれば「充実感で腹がふくれたら飯などいらん」と一蹴していたところだろう。しかし、それらは決して体ではなく、心を満たすものであると今の彼なら理解できる。そんな考えを巡らせるうちに、身を預ける目的地はすぐそこまで迫っていた。
「ん? 灯りが……」
頭をあげれば、その重厚な存在感を放つ木造建築が眼に映る。我らが拠点にして、住居であるヴィラ・ローザ笹塚だ。見慣れた風景であるはずだが、その日は少々状況が違った。
何故か、妙に明るい。狩人たちが住む部屋は2階の最奥のため、道路から灯りが見える道理はない。では、何故か。単純なことだ。我々のものではない部屋が明るいからだ。
「……大家か?」
そうだとすれば、少々面倒だと狩人は顔をしかめた。別に大家が何かをしてくるわけではない。ただ、非常に失礼なことではあるのだが……視覚的なダメージが大きいのだ。初の邂逅の折、狩人は思わず口走った。
『啓蒙が……いや、これは発狂……ッ!?』
啓蒙の蓄積。脳が宇宙的な存在の理解を深め、思考のレベルが上がる現象。その蓄積はいずれその者を世界の真理に到達させる。主に世の不可解な現象に触れたとき発現されやすいが、それはその者の知性によって大きく左右される。残念ながら彼は大家との遭遇で啓蒙を得られず、精神が現象を否定し、ちいさな発狂を発露させてしまった。最も、その進歩が人間としての幸せをもたらすなど有り得るはずもなく、むしろ精神の破滅を迎える者が殆どなのだから、彼はそれで良かったのかもしれないが。
ともかく、彼も大家にはある程度慣れたが、率先して会おうとは思わない。面倒事はごめん被ると、足早に階段を登った。廊下へ続く扉を開け、灯りの点いた部屋を通りすぎ、颯爽と203号室の鍵穴に鍵を差し込んだが――。
「(開いてる……?)」
几帳面な人形が掛け忘れるとは考えにくい。自身の帰還を見越して、わざとそうしたのかと首を捻る。この物騒なご時世にそんなことを、ましてや女性が一人で留守番をしている状況下でそんな行動に出るだろうか。不審に思いつつもドアノブを捻り、手前に引く。徐々に広がっていく景色に狩人は目を見開いた。
――そこに、人影はなかった。
灯りは点いたまま、机には夕食が並べられている。人間らしい営みを想起させる光景。だが、そこに響くのは人の喧騒ではなく、針が時を刻む無機質な音だけだ。視覚と聴覚が噛み合わないそれは見る者に多少なりの不快感を抱かせた。
「人形……?」
自然と言葉が紡がれた。無意識に発せられた声は小さく反響する。それが自身の鼓膜を叩いた時、初めて自分が声を出したのだと気付いた。
ただ、それまでだった。返答してくれる人間はこの空間に存在しない。十中八九そうであるとを狩人自身も察していたが、どうやら口の方が出さずにはいられなかったようだ。だが、静寂を破ったことにより、目の前の光景が幻視の類いではないことを同時に理解した。自身の口を覆うように手を当て、俯くようにして思考する。
「大した用事ではないのか、それとも――」
何か巻き込まれたのか。そう言い切る前に、足は歩いてきた道を反対に辿っていた。そのまま、突き当たりの出口から顔を出して、外の周囲を確認する。帰宅当初は、窓の灯りと大家に気を取られ、さっさと部屋へと向かってしまった。よって、今回は目星をつけるよう、改めてアパートの敷地内を見回すが、それらしい人影は見当たらない――。
「
「
――これは、なんだ?
……
「……やりやがったな」
額に手を当て、苦々しい表情で吐き捨てる。酷い自己嫌悪に狩人は陥っていた。
啓蒙を得てしまったのだ。獣狩りの夜では、日常茶飯事であった啓蒙の増加。当時の狩人の精神力ならば、何も問題無いはずだった。だが、中途半端に脳が人間のものに変化した狩人にとって、啓蒙は毒以外のものではなくなった。正確には麻薬と表現すべきか。
未知に触れるという行為は、上位者にとって数少ない愉悦であり、娯楽だ。ただ、昇華された思考の前では、事象の理解は刹那的なものであり、次の瞬間には既知の事実と成り果てる。だが、今の彼にその芸当は不可能だ。許容できない未知は脳を沸騰させ、事象の全貌が見えなければ見えないほど、爆発的な多幸感に変換される。前述の通り、上位者にとって「未知」とは一瞬的な快楽に過ぎない。だが、矮小な脳にその快感が延々と続く様を想像して欲しい。通常の人間なら、その多幸感を求め生きる亡者と成り果てるだろう。
「……一体何だったんだ」
思考が数巡し、冷静さを取り戻していく。だが、握りしめられた掌には未だ嫌な脂汗が滲んでいた。今一度、思考をゼロへと還元すべく、深呼吸で体の火照りを誤魔化す。無意識に閉じられた瞼を上げると、そこは
たかが、知らない言語を聞いただけで取り乱したりはしない。何かしら宇宙的な思惑が混ざっていなければ、説明がつかないのだ。ただ、頭を捻ったところで真実を得られないことも理解している。再度、上位者に戻りでもしなければ、現状のみで理解するなど不可能だろう。そう思うと同時に、如何ともしがたい感情が湧き上がる。屈辱、恥辱、悔恨……彼にとってはどの表現も正しい認識から僅かにズレているのだろう。現に狩人自身が抱いている感情を処理できていない。理解したところで、どうにもならないことなど解っている。その事実に、苛立ちが沸々と募らせるが、既に過ぎた事。考えるだけ無駄、切り捨てろと、自身に言い聞かせるように頭を振った。
だが、答えは得た。帰宅当初から勘付いていたが、
廊下の扉を閉め、音を立てぬようにして、201号室前まで歩を進める。ドアの前に立ち、少し視線をずらした。視界の中心に映るのは呼鈴。これさえ鳴らしてしまえば、全てが詳らかとなる。仮に、そこに人形が関わってなくても、少なからず先ほどの事象の手掛かりは得られるはず。メリットの方が多いのだ。そして狩人には隣人挨拶という訪れるための大義名分もある。何も問題は無い。意を決して、答えへと指を伸ばしていく――。
「
「何をするんですか?! お止めください!!」
壁越しに、怒号が飛び交った。刹那、伸ばしていた右手を脇を締めるよう引っ込ませ、左足を軸に体を捻る。回転の勢いを殺さず、振り上げ、屈伸させた右足を正面へ。そして、溜めていた息を吐き出すと同時に、膝を瞬間的に一直線に前方へと突き出した。目の前の障害物を正面へ吹き飛ばすために繰り出された渾身の回し蹴りは、木造の扉を施錠など関係ないとばかりに突き破る。吐き切った息を再度、吸い込んだ後に、悲鳴にも似た従者の声に呼応するように狩人は叫んだ。
「おい
最初こそ、勢いがあった。だが、自身の眼前に広がる光景を捉えた瞬間に声量が萎びていく。そして、正しくそれを認識するや否や、心に燃えていた怒りや焦燥は冷や水を浴びせられたように鎮火した。同時に、頭の中には困惑と混乱が支配し始めた。無理もない話だろう――。
そこには――
箸を持ったまま硬直する青年が――
高々と醤油の容器を掲げる青年が――
それを取り押さえようとする自分の従者が――
全員が一様に、こちらを凝視したまま固まっていたのだから。
説明パートが長すぎて疲れた……。
今回はエンテ・イスラ語を書きたいだけの人生でした。小説版であれば、普通に二重カッコで表現されていたんですが、アニメ見たら「これは書かねば面白さが伝わらぬ!」と奮起しましたので、このように執筆させて頂きました。狩人が理解していないっていうのもありますし、どの道ではありましたが書いていて非常に楽しかったです。
どうやら、英語でアルファベットを「AZYXEWVTISRLPNOMQKJHUGFDCB」の順に並べ替えて、英文にしたものがエンテ・イスラ語になるらしいですね。エンテ・イスラ語翻訳サイトがあったのでそちらを参考にさせて頂きました。ネタバレになっても構わないという方は、そちらの方に分を突っ込んでいただければ、今回の魔王たちの会話内容が分かるかもです。
※6/12
誤字修正しました。報告感謝します!