スキル:
・軍事知識 ・ーーー ・召喚能力(解除済み)
・基礎能力向上(ロック)
あんまり深く考えた事は無かったが、この世界での成人年齢は15歳で、アマンダが俺を引き取ったのは22歳。
今のアマンダは28歳で、子持ちになる時期はこの世界基準で言えばかなり遅い方になってしまうが、前世の日本ではまあ普通の年齢か、やや早いくらいだ。
しかし獣人は成人になるまでの成長が早く、部族によっては12歳で成人の儀式を行うところも多いらしい。
早い人は15歳で妻子を迎えるようで、ヒトと寿命は変わらなくても成人として過ごす期間は短命種の中ではトップクラスで長い。
成人になるのが早い分、子どもを生む機会も多くなるし、パートナーを何度か変える事もある。
それゆえに文明の進んだこの世界で獣人は性に奔放な印象を持たれているようだが、部族によってはそれを許さず1人のパートナーと添い遂げることを理想とする価値観もあるらしい。
アマンダにそういう相手は居るのだろうか?
6歳児の身体とは言え、精神はアマンダと同じ28歳だ。
これまで自分が子どもの身体ということもあってピクリとも反応しなかった俺の本能も、ようやく精神年齢に追いついてそれなりに異性を意識し始めた。
アマンダ、ローズさん、メアリー、エリス、サーシャ…思えば俺の人生は女性に囲まれている。逆によくここまで開花しなかったものだ。
「よし、再開しよう。」
俺の邪念を遮るようにアマンダが休憩の終わりを告げた。
「気分転換に対人戦もやってみるか。」
これのどこが気分転換なのか理解しかねるが、膝を付いて俺の身長に合わせたアマンダの前に俺も立つ。
「よし、まずは狙う場所からだ。」
アマンダは自分の身体の各所に木剣を当てながら説明する。
「人間も同じ動物である以上、急所はあまり変わらない。
最終的に狙うのは首と心臓だが、手首や内股にも血管が走ってる。
まあお前の背がもう少し高くなるまで本格的な模擬戦をやるつもりはないから安心しろ。」
説明を終えたアマンダは今度は木剣を握った俺の手を引いて剣先で身体をなぞらせる。
「まずはこの角度で切る動きを覚えるんだ。」
アマンダに握られた俺の腕は木剣の剣先から伝わる感覚を鮮明に俺の脳裏に刻み込む。
剣先はアマンダの首の左から鎖骨を乗り越え、胸筋に登ると双房の谷間を抜けて肋骨を何本か跨ぐ。
「反対側も同じだ。
首筋から脇下に抜けるこのラインをなぞるんだ。」
アマンダの左脇を抜けた木剣は一度構えの位置に戻され、今度は捻りながら左胸の下に突き立てる。
「刺突する時は剣先から肩までのラインがブレないように意識しつつ、刃は横向きに傾けるんだ。獣人の力なら大抵の種族の肋骨で刃が止まることはないが、これを意識しないと魔物相手に手こずる事になる。人間相手ならこっちもアリだ。」
アマンダはそう言いながら自分の胸に当たった剣先をゆっくり引き戻させると、ぐっと自分の喉に突き付けた。
「ここなら大抵の防具は防げないし、鎖帷子でも無ければ防ぎ用がない。」
鍛えられた肩と胸筋に挟まれて浮き上がった鎖骨とそこから伸びる首の筋肉、軽く突き出して上向きになった顎とその喉に突きつけられた剣先…。
斜め上を向いた顔から見下ろすアマンダの目は、俺の嗜虐心を刺激する。
「本当は他にもあるんだが、まずはこの2つをやってみるんだ。」
木剣とは言え、アマンダに剣を向けるのは気が引ける。
振りかぶった剣にも上手く力が入らない。
一振り二振りと切り付け、最後の刺突を繰り出すが、最後の心臓を狙った一撃は呆気なくアマンダに木剣を掴まれてしまった。
「どうした、力が入ってないぞ。」
アマンダは不思議そうに俺に木剣を投げ渡すが、そんなこと言われても6歳児がいきなり「あなたがエロいです」なんて言っていいはずが無い。なんでもないと誤魔化し、もう一度やり直す。
「大丈夫だ。お前の技量じゃまだ私を殺すどころか傷ひとつ負わせりゃしないさ。」
そこまで言われたら本気でかかってみたくなる。
最初の斜め斬りはアマンダはそのまま受けるが、最後の刺突は安全管理上必ず掴もうとするはずだ。
(ちょっと試してみるか。)
獣人に転生したおかげでエリスに会いに行く時はパルクールのような動きもできる俺は、それがこのナイフファイトでも使えるか試してみよう。
「本気で行くよ。」
「…来い!」
一振り、二振りと最初の斬撃を繰り出した俺は、最後の刺突の構えを見せるが、それはフェイントだ。
刺突のための踏み込みの勢いをそのまま真上にジャンプするエネルギーに変え、アマンダの首に左手を引っ掛けるとそのまま背後に着地して左腕でアマンダの首を締める。
右手の木剣を振りかざして持ち替え、そのまま頸動脈を狙って刺した。
「どこでそんな技習ったんだ?」
「思い付きだよ。誰にも習ってなんかない。」
「驚いたな。でも惜しい。」
アマンダに言われて右腕を見ると、またしても木剣はあと少しのところでアマンダに掴まれていた。
「行けると思ったんだけどなぁ…」
アマンダは悔しさを露わにする俺の襟を掴んで持ち上げ、まるで母犬に咥えて連行される子犬のように彼女の正面に俺を立たせる。
「前言撤回だ。どうやらお互い相手を見くびっていたみたいだな。
その動きができるなら手加減は必要無いだろう。」
アマンダは立ち上がって木剣を投げ捨てると、倒木に立てかけていた銃を取った。
「え…アマンダ…?」
さすがに銃を持ち出すとは思ってなかった俺は驚いて身構えるが、アマンダはボルトを前後に操作して中の弾を全部捨てる。
「実際に人間を相手するとなると、考えられるのは銃を持った相手だ。
だが、銃だからと言って全ての攻撃が射撃になるわけじゃ無い。
味方と敵が入り乱れている時に撃ってしまうと味方ごと撃つことになるからな。」
アマンダは銃を槍のように構え、そのまま空を突いた。
脚は1歩前に踏み込み、相手に銃口を突き刺す瞬間に両腕を絞る様に力を込める。
「これが刺突」
続いて逆脚を一歩踏み出しながら左手を軸に腰を入れて銃床を相手に叩き込む。
「銃床打撃」
そのままの流れる動作で体軸を捻り、銃を担ぐと最後に床尾板を突き出す。
「床尾板打撃」
ひとつひとつの技の名前を呼称しながら一連の動作を流しで見せたアマンダは俺と正体し、再度銃を構える。
「これが基本的な技だ。さっきみたいに自由にかかってこい。」
俺は間合いを詰めてまずはアマンダの一撃目を誘う。
狙い通りアマンダは俺目掛けて刺突を繰り出した。
その動きを半身になって躱した俺は、半身になった勢いで突き出された右腕の木剣でアマンダの左腕を切り、次の打撃を繰り出そうと踏み出したアマンダの右膝を踏み台にして首を狙う。
(勝った…!)
そう思った次の瞬間、俺の脇腹がわずかに光ったかと思うと何かが叩き込まれ、俺は地面に撃ち落とされた。
「動きが単調な上に戦い方が無謀すぎる。」
「ぐ…っ…!」
アマンダは痛みのあまり呻くことしかできない俺の隣にしゃがみ、傷を触る。
「折れてないし、内臓も問題ないな。防御魔法も間に合ったみたいだ。」
どうやらアマンダは銃床を俺の脇腹に叩き込む瞬間、俺に無詠唱で防御魔法を使ったようだった。
かなり手加減をした打撃だったため、無詠唱の防御魔法でも大怪我にはなっていないようだが、それでも痛いものは痛い。
イメージとしては防弾チョッキの上からハンマーで殴られたような痛みだ。身体の表面というより内臓を直接揺さぶられるような感覚で、もし食後に喰らっていたら食べた物を全部吐いていただろう。
「今日はこれくらいにしよう。私も加減を誤った。」
目尻には涙が浮かんでくるが、手加減されても勝てなかったという事実にふつふつと湧き上がる闘志は俺を立ち上がらせた。
前世の俺ならこんな気力は持ち合わせていなかったはずだが、これも獣人という種族の特性なのだろう。
「まだだ…!まだ負けてない…!」
「お前なぁ…まだ6歳だろ…」
単調な上に無謀、たしかにさっきの俺の戦い方は一直線すぎた。
本来等身の短い刃物は一撃必殺の一撃を繰り出すのではなく、何度も何度も相手を切りつけ、弱った隙にトドメを刺す武器だ。
「もう一本…!」
俺はふらつきながらも姿勢を整え、木剣を構え直す。
「良いんだぞ、今日はもう辞めても。」
「…いいや、やるよ。」
俺の答えに参ったと言いたげにアマンダも銃を構える。
「わかった…。その代わり、結果がどうなっても絶対に泣くなよ。」
俺は無言で頷き、地面を蹴った。
前世の俺がどんなに鍛えても到底辿り着くことのできない俊敏な脚力はわずか数歩でアマンダとの間合いに入り、突き出された刺突の下へ滑り込む。距離を置いて間合いを取り直そうと背後へ体重を移動させた一瞬を俺は見逃さず、アマンダの内腿を木剣で切る。
「っ…!?」
そのままアマンダの背後へ抜けた俺は、膝の裏やアキレス腱を切り、一度間合いを取る。
片脚の自由を奪われ跪いた視線のアマンダに隙を与えないよう俺は再度間合いを詰め、飛びかかる。
背後からうつ伏せに抑え込み、首を狙う。
背後から飛びかかられたアマンダにライフルという長物はもはや重りでしかないはずだ。
俺の木剣がアマンダの首を狙って振り下ろされる瞬間、
天地がひっくり返った。
見ればアマンダはライフルを手放し、無傷の左脚だけで身体を回転させたようだった。
俺の脚はアマンダの身体の下敷きになり、アマンダの不利は文字通りひっくり返ったが、まだ終わりじゃない。
俺は咄嗟にアマンダの髪を掴むとそのまま引き寄せ、首に木剣を押し当てた。
「………っ…!」
黒髪のカーテンの奥に光る青い瞳は俺を射抜くような殺気を飛ばしていたが、一瞬の間を置いて殺意が消え、いつものアマンダに戻った。
「…引き分けだな。」
意味がわからずアマンダの視線を辿ると、そこには俺の胸に押し当てられた拳銃があった。
「そんなのアリかよ…」
「無しとも言ってないからな。」
一気に緊張が溶け、俺は大の字になった。
「まあそう気を落とすな。」
俺が不貞腐れてるとでも思ったのか、アマンダは俺に並ぶように寝転がり、頭を撫でてくる。
「正直、いきなりここまでできると思ってなかったんだ。」
そう言いながら俺に見せたリボルバーのチャンバーには金色に光る物がある。
「だから弾も抜いてなかった。すまない。」
俺は先ほどの殺意の籠った目を思い出して身震いし、生唾を飲んだ。
さっきのあの目は本物だったようだ。
パブロフの犬よろしく、古典的条件付けでアマンダに頭を撫でられると勝手に左右に振れる俺の尻尾も気付けば動きを止めていた。
アマンダも徐々に事の重大性を理解し始めたのか、少しずつ遠ざかる俺を同じスピードで追ってくる。
「いや、違うんだ…本当に撃つ気なんてあるわけ無いだろ…!こ…これは不注意だ!」
「わ、わかってるよ…次ちゃんとしてくれれば良いよ。」
俺はアマンダだけは絶対に怒らせないようにしようと誓い、その日は2人で家に帰った。