しかし数十年後の銃を召喚したからと言って、数年程度でこの生活に俺が思っていたほどの変化が起きたわけでは無かった。
それもそのはず、狩猟で獲物を撃つ時は一撃必殺を狙える時だけ。魔物の駆除で群れを相手にするわけでもない限り、連射できること自体にあまり意味は無い。むしろ連射機構が組み込まれている分重量が嵩んだり、銃が故障するリスクが生まれてしまう。
だからこそアマンダはこの村で猟師になってからずっとボルトアクションライフルに多少の改造を加えるだけでやってこれたのだ。
そこに彼女の戦闘能力が関係無いわけではないのだが、今まで自動小銃を必要としなかったのは必要な理由が無かったからだ。
「ルーク。」
分解したMini-14の部品を眺めながらなんとも言えない無力感に頭を抱える俺は手を止めた。
「どうしたの、アマンダ?」
「魔物の駆除依頼が来たんだ。弾をくれ。」
とはいえまったく使ってくれないわけでもなく、M-14の方が適していると感じればアマンダは使ってくれた。
俺は20発入りの箱を4つ召喚してアマンダに手渡す。
俺の手ではまだ収まらないサイズと重さの箱を、アマンダはお菓子でも受け取るかのように軽く手の中に収め、テーブルの上で弾倉に込め始めた。
ふと時計を見ると、時計の針は午後の3時を指している。
「こんな時間から出発するの?」
「ああ、緊急の依頼なんだ。今夜は帰らないかもしれないから留守は頼んだぞ。」
「俺も行っちゃダメかな?」
アマンダは弾を込めた弾倉の背を叩いてポーチに収めながら俺の頭を撫でる。
「今回は相手がな…。どうもどっかのバカがこの辺にゴブリンを連れ込んだらしい。」
ゴブリンと言えば、背は1m程度で肌は緑色、人間の言葉は話さないが群れで連携して山賊や盗賊のような事をする魔物で、俺の方が体格も知能も高いが、ゴブリン最大の特徴は集団戦術と小柄な体格を活かした奇襲や待ち伏せだ。
また、稀に現れるホブゴブリンは通常のゴブリンよりも知能が高く、人間の言葉を理解し、人間の道具を使いこなすため、ホブゴブリンに指揮されたゴブリン相手に討伐隊が返り討ちに会うというのは大昔からよくあることらしい。
そんなゴブリンもこの近くだと本来はツヴェルグ帝国よりずっと東にあるライアス連邦か、西側の国境を接するフランク共和国北部の迷いの森くらいにしか居ないはずだ。
最も近いのは迷いの森だが、アルコ村まで直線距離で200km以上ある。
そんな距離をゴブリンが群れで移動してくるだなんて最終戦争の伝記でしか見聞きしたことがない。
十中八九、アマンダの言う通り狩猟目的の密輸かホブゴブリンに指揮された群れだろう。
「まあ巣穴の位置はだいたい絞り込めてる。明日には帰るさ。」
家の外を馬車と自動車が通り過ぎ、アマンダの耳がピクリとその音に反応する。
「そろそろ出発だ。留守は頼んだぞ。」
アマンダを見送った俺は、テーブルの上に広げたMini-14を組み立てて作動点検まで済ませた。
転生前の年齢も含めれば、すでに30歳近い精神年齢の俺は未だに子ども扱いされるこの身体を忌々しく思いながら洗濯物を取り込んで夕飯の買い出しに市場を目指した。
アマンダやその冒険者仲間の慌ただしさとは裏腹に、市場は普段と変わりなく見えた。
しかし普段より混んでいない割りに軒を連ねる店々の商品が少ない。どうやらゴブリン討伐のために領主がいる街のムンヒから来た冒険者たちが食料や生活用品を買い漁って行ったらしい。
俺は夕食にジャガイモとベーコンを焼いて適当に済ませようかと思ったが、ジャガイモを買い終えた頃にはいつもの肉屋はもう店仕舞いを初めていた。
蒸したジャガイモだけの食卓を想像して頭を抱えながら天を仰いだ俺の視界に見慣れない人影が映る。
「……?」
屋根の上から市場を見下ろす人影はフードを被っていて、顔はわからないが、背格好はどう見ても子どもだ。
だがこの辺の子どもにも見えない。ゴブリン討伐に街から来た冒険者の連れか何かだろうか?
不思議そうに見つめる俺の視線に気づいたのか、人影はこちらを一瞥すると姿を隠し、どこかへ消えてしまった。
今日はもう遅いので孤児院に顔は出さずに家へまっすぐ帰り、道すがらこのジャガイモと家にある食材でどう腹を満たそうかと考えを巡らせているうちに畑を抜けて村の外周に位置する家に着いた。
夕日に照らされた我が家の玄関は…
「開いてる…」
一瞬アマンダがもう帰ってきたのかと思ったが、明かりも付けていないのは不自然だ。俺がドアを閉め忘れた可能性もゼロでは無いが、よく見ればドアは鍵穴周辺が破壊されている。どう見ても侵入者だ。
「やばい!泥棒か!」
俺は買ってきたジャガイモの詰まった袋を投げ捨てて家までのなだらかな坂道を駆け上がり、石垣を飛び越えて家の外壁まで辿り着いた。
俺は足音を消してドアの近くで屈み、耳を澄ます。
家の中では物音がする。家具を乱暴に動かしたり、食器が割れる音も。
俺は丸腰でドアから飛び込む前に窓から家の中の様子を伺った。
中には身長1mほどの子どもくらいの背丈の人間が3人居るが、子どもにしては痩せてるし、動きも子どもらしからぬ筋力がある動きだ。
アマンダたちがゴブリン討伐に向かったことも考えるとまさか…という思考が脳裏を過ぎる。
俺はアマンダとの約束のことを考えたが、これは非常事態だ。
召喚する銃として俺はブローニングハイパワーを選んだ。
子どもの手にはズッシリと重いその銃は金属特有の冷たく鋭い光沢を放つ。ウォールナット製の木製グリップパネルに挟まれたグリップはリボルバーや自動拳銃と比べてやや太いが、そのグリップに納まる弾倉にはハイパワーの名の通り13発もの9×19mm弾が入っている。
比較的小口径ではあるものの、本来子どもの筋力では扱えるか怪しいが、今の俺は獣人で普通のヒト種族より力があるため、子どもの俺でもなんとか撃てる。
弾倉に詰まった弾はホローポイント弾。外殻となる金属をあえて弾頭部分だけ無くして弾芯の鉛が露出するようにした構造は、防具や遮蔽物を貫く威力には乏しいが生身の身体に命中すると弾頭の先端からキノコの傘のように潰れながら元の直径9mmをはるかに上回る面積で体内を引き裂く凶悪な威力を発揮する。
「大丈夫…大した事ない…。そうだ、ちょっと害獣を駆除するようなもんだ。」
俺は深呼吸して自分にそう言い聞かせると、ハイパワーを握る自分のグリップを確認し、立ち上がった。
「おい!」
窓の外から侵入者に怒鳴りつけると、侵入者は驚いたようで、肩を一瞬強張らせるとそのまま振り返る。
緑色の肌に歪に尖った耳、全体的にげっそりとした体格にサイズの合わない衣服を無理矢理着ている。
着ている物や持っている武器は人間のものだが、この距離で見れば誰がどう見てもゴブリンだ。
「俺の家から出てけ!」
引き金を引き絞った俺の耳にガツンと衝撃が走り、稲妻に貫かれたかのような痛みが耳の鼓膜を貫いた。
「くっそ…!耳が…!」
耳を畳むのを忘れていた俺は今さらだが耳を畳み、もう一度銃を構え直す。
3匹のゴブリンの中の1匹が胸から赤い血を流しながら倒れ、残りの2匹は明らかに動揺している様子だが、武器を構える。
アマンダとの訓練で使った木刀とは違う、本物の片手剣だ。おそらく冒険者から奪い取ったであろうその剣は多少のサビが浮いているものの、俺のような子どもを斬り殺すには充分だろう。
2匹のゴブリンは剣を抜き、盾を構えて戦闘体制になりつつある。
俺はすぐさま右のゴブリンに銃を向けると、右のゴブリンは盾を構えて照準を遮った。それと同時に左のゴブリンは盾を捨てて手近な本や割れた皿の破片を投げつけてきた。
俺は反射的に数発撃って窓枠に身を隠したが、おそらく当たってないだろう。
「なんだコイツら…!戦い慣れてるのか…!」
本や話で見聞きしたゴブリンとは明らかに違う知能を持った戦い方だ。
俺は窓から銃だけ出してありったけの弾を撃ち込んでゴブリンたちの注意を引くと、そのまま低い姿勢で身を隠しながらリロードしてドアから家の中を狙った。
俺の予想通り、ゴブリンは2匹とも窓に注目しており、盾を構えた右のゴブリンは脇腹から下半身が丸見えだ。
ドンドンッ
すかさず2発撃ち込み、倒れ込んだゴブリンの奥で食器を投げつけていたゴブリンにもそのまま2発撃ち込んだ。
「ギィ…」
2匹とも倒れたのを確認した俺は、脇腹を抑えて倒れ込んだゴブリンに近づく。ホローポイント弾をまともにくらい、素人目に見ても助かりそうにない勢いで出血している。
小動物相手ならアマンダの狩りについて行った時に経験したことがあるが、人型の生き物を相手にトドメを刺すのは初めてだ。
左の投擲が得意なゴブリンは大量の出血ですでに意識を失っており、もう長くは無いだろう。俺の目の前に居る右のゴブリンは当たりどころが良かったのかまだ意識があり、血を吐きながら這って俺から逃げようとしている。
撃つべきか……?
情けをかけたところで魔物は魔物だ。
隙を見せた瞬間、俺は獲物になる。
意を決した俺は手負いのゴブリンに銃を向けた。
「ごめん…。」
ダンッ