スキル:
・軍事知識 ・ーーー ・召喚能力(解除済み)
・基礎能力向上(ロック)
「ルーク、仕事に行ってくるから留守を頼むぞ。」
玄関でライフルを肩に提げて俺にそう言ったのはアマンダだ。
俺は玄関まで駆け寄り、アマンダを見送る。
背後には丘の下の小麦畑が広がり、その奥には山脈がそびえ立つ。
ここはツヴェルグ帝国南部の国境地帯に位置するアルコ村だ。
国境地帯と言うだけあって南の方角には東西に渡って雪を被った山脈がそびえ立ち、それらを構成する山々の間を縫うように整備された道路がこの村を通って北の街へと繋がっている。
村の北側の丘にはドワーフ族領主のヴァーグナー家が住む城があり、飾り気の無い城壁には修復されてないいくつかの弾痕が残っている。
この村が戦乱と無縁では無いという事なのだろう。
村の中央には教会があり、孤児院も兼ねたこの教会にはシスター・メアリーとエリスが居る。
そんな教会を半ば脅す形で税の免除を勝ち取ったアマンダは傭兵稼業から足を洗い、今では村の猟師として周辺の魔物退治で村人の信頼も勝ち取った。
普通なら、子どもをこういう事に使う大人はろくなヤツが居ない。
だが彼女は違った。
アマンダはエリスという最大の友人を失った俺に勉強を教え、運動をさせた。走らせ、食わせ、本を読ませる彼女の教育方針はスパルタと呼ぶに等しかったが、決してできない事を強要はしない。
『できるはずだ、頑張れ』なんて精神論も使わない。
それ故に辛いこともあったが、5才になった俺は前世の高校生だった俺よりしっかり者に育ち、エリスに会いに行っても勉強不足で話が噛み合わないなんて事も無かった。
「それと、これ」
差し出した俺の小さな手にアマンダの手から夕飯代とは別に銀貨が3枚落とされた。
「あんまり多くはないが、何か欲しいものでも買いな。」
「ああ、ありがとう。」
ありがたく頂いたこの銀貨は1枚で果物を3つほど買える。
「ったく…、生意気な口ききやがって。」
俺の髪をくしゃくしゃと撫でるアマンダだったが、彼女の不器用な優しさを俺はしっかりと感じ取り、頷いた。
「なーに尻尾振ってんだよ。それじゃあ行ってくるぞ。」
仕事に行ったアマンダを見送った俺は、俺の感情をありのままに表現する尻尾を見た。
今日も元気にブンブン左右に揺れている。
この体で不便なことは特に無いと言ったが…1つあった。
感情がバレバレなところだ。
さて、アマンダが仕事に行っている間に俺がやるべき事は、掃除と洗濯、夕飯の買い出しと、自分の食いぶちを稼ぐこと。
午前中に家の掃除と洗濯を終えた俺は、村の中央にある教会に向かった。
「あら、ルークくん。こんにちは。」
教会の入り口で俺に挨拶したのは、赤子だった俺をアマンダに預けたシスターだ。
「こんにちは、シスター・メアリー。」
シスター・メアリーはヒト族で、前世の俺と同じ人間の姿をしている。
ドワーフやヒトでは無い流れ者のアマンダやローズさんがこの村に住めるよう各方面に掛け合ってくれた人でもある。
「今日もお手伝いにきました。」
「いつもありがとね。」
そう言ってシスターは俺にパンと銀貨1枚を俺に渡した。
「じゃあ今日は裏庭の草むしりをお願いできる?」
「はい、シスター。」
何をしているのか、と聞かれれば恩返しと答えるのもありだろうが、もっと深い意味で答えるなら、口実作りだ。
他の人から見れば育児放棄も甚だしいが、実際のところはシスターから俺に支払われる謝礼はアマンダの財布から出ているらしかった。
その上、教会に払う税の免除と言いつつ、シスターにお金を預けた帰りはしっかりお祈りをしてお布施までして帰ってるらしい。
教会の手伝いと言うのも、エリスに会おうとしても普通に生活していれば教会に行く用事が無い俺のために、アマンダなりに気遣ってくれているのだろう。
前払いで貰ったパンを食べ、銀貨をポケットに仕舞った俺は早速、裏庭で草むしりを始めた。
裏庭と通路で繋がる中庭では子どもたちが木刀を振り、人形を殴っていた。
今はもう見慣れたが、宗教団体が子どもに武芸を教えている光景を初めて見た以前の俺は、驚きを隠せずアマンダにこのことを尋ねた。
アマンダは俺の予想に反し、『あれは子どもたちが独り立ちして生きていく為に必要なことだ。』と答えた。
アマンダに育てられる中で俺はすっかり忘れていたが、この世界は危険でいっぱいなのだ。そんな事を思い出しながら、裏庭の草むしりを終える頃には日が傾き始める。
教会の手伝いを終えた俺は、裏庭の木箱や樽を足がかりに教会の屋根に登ると、そのまま屋根伝いに学生寮に飛び移り、窓をノックする。
「あら、ルークくん。いらっしゃい。」
迎えてくれたのはエリスと同部屋のヒト族の女の子だ。
女の子と言ってももう14歳の子で、この学生寮では卒業間近の年長者が新入生と同部屋になる規則だかららしい。
「エリスちゃん!ルークくんがいらしてますわよ!」
ドタドタと走って来た足音の主はドアの隙間から俺を見つけると、すぐ引っ込んで「サーシャお姉さまちょっと待って貰って!」と部屋に戻ってしまった。
「危ないので中にどうぞ。」
サーシャは俺を迎え入れると、窓を閉めてテーブルにティーカップとティーポットを並べ始める。
手伝おうと立ち上がる俺を制してサーシャは上品に笑う。
「いいのよ。客人なんですからゆっくりなさってて。」
「窓から入ってくる男が客人で良いならお言葉に甘えましょう。」
「うふふ、やっぱりルークくんは面白いですわね。
エリスちゃんの彼氏じゃなければ私が欲しいくらいです。
でも良いんですか?そんな色男が泥だらけのままで。」
俺は自分の服に視線を落とすと、膝の部分は泥汚れ、靴はつま先が擦れ、シャツの袖口には草の色素が移って緑色の汚れがついている。
「少なくともお茶会に招かれる服装で無い事は確かですね。」
「そうですね。こちらへいらしてください。」
俺はサーシャの部屋に連れられて入ると、サーシャは魔法でお湯を生み出すとハンカチを濡らし、石鹸と合わせて軽く俺の服を拭いてくれる。
吹き終わると今度は風魔法で服を乾かし、髪を整えてくれた。
「終わりましたよ。さあ、行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます、サーシャさん!」
ぺこりとお辞儀をした俺が顔を上げると、サーシャの顔が赤い。
なぜ顔が赤いのかわからず首を傾げた俺にサーシャは悲鳴に似た嬌声をあげる。
「はああ!なんて可愛いのかしら!」
ウットリとした表情で俺を抱き寄せるとサーシャは俺の頭を撫で始め、首や顎の下にも手を這わせる。
「いや…!ちょっとサーシャさん…!?」
犬を愛でるように俺を撫で回すサーシャは恍惚とした表情を浮かべて聞く耳を持たない。しまいには俺の頭や耳の裏の臭いを執拗に嗅ぐ始末だ。
「すー…はー…たまりませんわ!」
「え…エリス!助けて!」
「お待たせルー…ってサーシャお姉さま!何してるんですか!
私のルークから離れてください!」
たまらずエリスに助けを求めると、やっと着替えを終えたエリスが間に入ってなんとか危機を脱したが、全身がむず痒い…。
思わずブルブルっと身震いをした俺にサーシャはまた黄色い悲鳴を上げる。
「エリスちゃん!やっぱり早くルークくんと結婚して私を姉にしてください!」
「なに言ってるんですかお姉さま!」
短い付き合いでもないから薄々感じてはいたんだが、今日この一件でハッキリした。サーシャはあれだ。ケモナーというやつだ。
なんとか冷静さを取り戻したサーシャとエリスとのお茶会だったが、俺はエリスの隣に座って絶対にサーシャの手が届かないよう警戒心マックスで落ち着かなかった。
「それじゃエリス、また来るよ。」
「うん、またね。」
エリスとまた来る約束をして窓から屋根に飛び移った俺に窓から飛び出しそうな勢いでサーシャが叫び、
「また来てくださいね!いえ!卒業したら私から行きますわ!」
「あ…はは…」
(できれば一生出てこないで欲しいなぁ…)
思わず出た苦笑をなんとか愛想笑いで誤魔化し、俺は教会を出た。
とんでもない目に会ったお茶会を終えた俺はそのままの足取りで市場に行き、夕飯の材料を買う。
市場ではパン2個とチーズ、野菜とドライフルーツを適当に買った。
犬は本来、玉ねぎや干しぶどうを食べてはいけないと記憶していたが、アマンダ曰く、犬や狼の特徴を持つ俺たち獣人は同時にヒトの特徴も持っているため、あまり影響は無いんだとか。
しかし、前世をヒト族として生きていた俺にとっては少々風味を強く感じる。
買い物の途中で市場のおばちゃんたちに頭を撫でられ、無意識に尻尾を振り、りんごをオマケで貰った俺は、その一人一人にお礼を言いながら家に向かう。
これで俺の1日は終わり。
あとは1時間後に帰宅するアマンダが夕飯を作るのを待ちながら本を読んで勉強するだけだ。
しかし集中すれば1時間なんてあっという間に過ぎてしまう。
「ただいまー。おいルーク、生きてるか?」
帰宅するや否や開口一番に生存確認とは恐れ入るが、物心ついた頃からこうなのでさすがにもう慣れた。
「生きてるよ、市場のおばちゃんにりんご貰ったよ。」
返事に加えて今日あった事を報告。
「お礼ちゃんと言ったか?」
「言ったよ。」
「じゃあ夕飯作るから何かしてな。」
何かしてろ、と言われてもこの村にある娯楽といえば、川遊びに野遊び、たまに来る吟遊詩人くらいで、今日はもう日が落ちた今は家で本を読むくらいしかない。
だがアマンダの家の本棚は違う世界から転生してきた俺からしてみれば宝の山だった。
ジャンルは戦記や伝記、魔法に関する本や魔物の図鑑など、この世界で生きていくのに必要なことばかりだった。
都市伝説や超常現象として扱われている出来事を扱った本に関してはツッコミどころが満載だったが、それも含めて俺は同世代の子どもに比べてかなりの博学だろう。
中でも特に読み込んだのは魔法の入門書だ。
自分の能力を知る方法や属性という概念についての他に、日常生活で使える便利な魔法や魔石の使い方とそれを応用した魔導具の解説など、入門書と呼ぶにはいささか分厚い本だったが、読み終えてみれば、なるほど分かりやすい。
この世界に存在する魔法の属性は無、火、水、氷、風、土、雷、光、闇の9種類で、これを極めたり組み合わせたりする事でさらに可能性は広がるんだとか。
代表的なものとして氷属性の魔法が使えなくても、水属性魔法と無属性魔法の組み合わせで氷塊を生み出すことができるそうだ。
最近は孤児院の子どもたちも魔法の勉強を始め出し、俺が教会の手伝いをしている傍で手に火の玉を浮かべたりしながら一喜一憂している。
たまに魔法の勉強で成績の良い子どもが掃除をする俺を影で笑っているが、俺は何も草むしりをするためだけに教会に行っているわけではない。
実技の練習をする子どもはやたら声を張るし、練習場の中庭は俺が草むしりをする裏庭から丸見えだ。
門前の小僧とはまさしく俺のこと。
前も言ったがそれなりに練習はしてきた。
わざわざ教わらなくてもいくつかの魔法は俺はすでに使えるし、今日はサーシャの暴走でできなかったが、普段ならエリスとサーシャから魔法を教わっている。
「ルーク、今日は何属性だ?」
キッチンで野菜を切る音を響かせながらチラチラとこちらの様子を伺うアマンダは、調理に集中しているように見えて耳はしっかり俺の方を向いている。
「今日は火属性。」
「そうか。どんな感じだ?」
アマンダに見えるように手の平を見せた俺は、火属性魔法の基本詠唱を始める。
「炎よ来たれ…」
詠唱と同時に体内の血液を手の平に集める事をイメージし、続けて一瞬だけ火花をイメージした。
すると、ボッという音を立てて手の平にテニスボールくらいの火の玉が生まれた。
しかし数秒が経つと手の平にジリジリと焼かれるような感覚が出始め、
「あっつッ!?」
たまらず魔力の供給止めた。
「ハッハッハッ」
少しでも手を冷まそうと手に息を吹きかける俺の姿を見ながら、アマンダは料理の手を止めて大笑いしている。
「ん“〜〜〜…」
こっちは一生懸命やってるのに笑われるのは良い気分はしない。
「じゃあアマンダがやって見せてよ。」
「良いぞ。炎よ来たれ。」
ポッと可愛い音を立ててアマンダの手に小さな火球が生まれた。
ドヤ顔で火の玉を掲げる割にサイズはピンポン球程度だ。
「……ショボいね」
「生意気なガキめ…。火属性は苦手なんだよ…!」
赤面するアマンダから本に視線を戻し、どうして手の平が熱くなるのかを調べる。
「その…、なんだ…。大事なのは安定して魔力を送り続ける事だ。
いきなり高みを目指して上手く行くやつなんてそうそういない。
ゆっくりでいい。」
「わかった。アマンダサイズから頑張る。」
「あ”あ“!?お前もう一回言ってみろ!」
今日の夕食には大嫌いなカボチャが出た。