君はまた、僕に笑う   作:水野悠亀

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幸せポイント

  俺は焦っていた。

 最近はLINEと電話番号を交換して会話が増えたりしていたが、中里は交換した日以来無表情が全然変わらないのだ。やっと表情が変わるようになったのに俺は何かとんでもないことをしてしまったのだろうか?それが結構不安だったりした。

  けれど、それなりに俺にお願いしてきたり頼ったりしてくるので分からない。

 

  そして今日だ。

 

 

『なら、私の手料理食べていってください』

 

 

 

  中里は今まで感情をあまり積極的に出してこなかった。そんな中里を見てきた中で1番大きな冷徹なオーラを出した【鉄仮面無表情中里】がジト目で俺をずっと見ていた。

 

 

  (こ、これは絶対に何かある!)

 

 

 む、虫を食べさせる気か?それとも俺を料理する的な意味か?いや、全部いちごオーレを使った料理とか!?俺は生きて帰れるのか心配になってきた……

 

 

「中村さん?着きましたよ?」

 

 

 心ここに在らずでずっと背中を追っていたが着いてしまったようだ。

 

 

「あ、少し中を整理してくるので待っていて下さい」

 

 

 そう言って中里は部屋へ入って行った。女性の部屋に入るのはやっぱり緊張するな……それも俺の命を狙ってi「絶対に覗かないでくださいね?」

 

「そ、そんなことするわけないでございまする!」

 

 俺が考え込んでいると突然ドアが空いて中里が注意してくる。 俺は忠犬の如く首を縦に振りまくる。視界がブルンブルン揺れて少し気持ち悪くなった。

 

 

 数分後、中里は私服に着替えて俺を部屋に入れた。

  中里の服は白のパーカーに茶色のショートパンツだ。普段の引き締まったスーツとは違ってラフな格好は脚に肌色を増えさせている。さっきから心臓が早く動いてうるさい、心不全だろう。

 髪はポニーテールではなくセミロングの髪をストレートにしている。普段とは違った一面ということもあり目を奪われてしまった。しかし変わらないものもある。絶壁だ。

 

 

「何ですか?ボーッとしてないで入ってください」

 

「あぁ、お邪魔します」

 

 

  中里の部屋は俺の部屋よりも何も無い。生活に必要最低限の物だけだ。ふと視線送ると部屋がもう一つあるようだ。襖で閉じられていて中は見えない。

 

 

「そっちは色々と散らかっているので見ないでください」

 

 

  いつもよりも更に無表情に感情が無くなっているように見えた。 リビングに入ると良い匂いが俺の鼻を刺激した。何かのスプレーを撒いたのだろう。折りたたみ式のテーブルとテレビとソファが置いてある。他は何も無い。

 

 

「すいません、座布団か何か買っておけば良かったです」

 

「別に気にしなくていいよ。そ、それよりも何を作るの?」

 

 

 さあ、本題だ。まずは俺が調理される側か食べる側かだな。

 

 

「期間限定、中里定食です」

 

 

 な、何なんだそれは!?何を作るのかを聞いておいてさらに謎を深めてしまった。まさか、中里自体が料理的な意味で……すいません、自制します。

 

 不安げに中里の顔を見ると、中里も不安げな顔をして少しそわそわしていた。

 

 

「あ、あの…人に手料理を作るのは初めてなので、上手く作れるかわからないのですが食べてくれます……か?」

 

 

 中里はいつかの時のように頬を染めて上目遣いで聞いてくる。その目はなんと応えるのかを伺うようにずっと俺の口に注がれる。正直可愛い。

 

 

「なんでも食べれるから大丈夫だ。安心しろ」

 

 この馬鹿言っちまったよ……言ってしまったからには仕方がない。中里の料理が殺人レベルで不味かったとしても食べなければ。中里は安心したのか少し雰囲気が柔らかくなると、キッチンへと行った。

 

 

  待っている間は何をしようかな……周りを見渡してもないもない。仕方ない、少し寝させて貰おう。

 

  横になるとホコリなど全く無かった。綺麗にしているんだなと感心していたが、違うようだ。テーブルの周りは綺麗にほぼ四角形の形でそのエリアにはホコリがない。つまりここにはカーペットか何かを敷いていたんじゃないだろうか?

 だったらなんでカーペットをどけたんだ?

 

 まあ、人の部屋に疑問を抱いても関係ないだろう。それこそ気分とか模様替えとか色々と理由があるだろう。

 

 

「何か手伝おうか?」

 

 

 本当にやる事が無くなったので聞いてみる。中里はキッチンから顔だけ覗かせる。

 

 

「いえ、大丈夫ですので。期待して待っててください」

 

 

 期待せずに待っておこう。俺はそのままリビングで横になり少し寝た。

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 いつもの 公園のベンチに座っている。

 

  今日は雨は降っていないようだ。公園内には誰もいない。

俺は後何回この夢を見ればいいのだろうか? 流石に傷つく子猫を何度も見るのは辛いものがある。

 

 

 そんなことを考えていると例の白い子猫が俺に寄ってきた。俺の足首に頭を擦り付けている。

 

 

「構って……欲しいのか?」

 

 

 すると子猫は俺の顔を見上げてお願いするように鳴く。それが何処と無く俺にお願いをしてくる中里と重なった。

 

 いつも無視していたしな、今日くらいはいいだろう。 そう考えて子猫を拾い上げる。嬉しそうに鳴いている。顎下を撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らす。

 

  ペットを飼う人の気持ちが少しだけ分かった気がするな。

 

 すると子猫は俺の手をすり抜けて俺を呼ぶように、体を反対方向へ向け顔をこちらに向けて鳴いている。まるで此方を呼ぶように。

 

 

「 一緒に行けばいいのか?」

 

 

 子猫は答えることなく、ただ背中を見せてくる。ついて行くと、やはりジャングルジムに向かっているようだ。

 

 

 夢はいつもここで何か起こる。

 

 

  子猫が少し小走りになって進んで行くとジャングルジムの下に何かある。それはとても赤く、トマトの様だと思った。

 

 子猫はそのトマトに向かっていき傍によるとなき始めた。その頭を必死にトマトへ擦り付けている。

 

 いや、もう目を逸らすのは止めよう。それはトマトではなく、元々は白い猫であったのだろう。 ズタボロに傷ついて血だらけになっている。体全体に刺し傷があり、前足は折れて、もう歩けそうもない。息は確かにあるが、弱々しくもう死んでいるのと変わらない。

 

 

 何故か俺はこの状況に既視感を感じた。

 

 

  子猫と目が合った。

 助けてくれと鳴いている。

 救ってくれと泣いている。

 

  その目は期待で涙を溢れさせる。

 

 

 

 俺はどうすればいい?何が正しい?どうすれば助けられる?本当にわからない。

 

 そんな傷だらけで辛そうならいっそ、殺して楽にした方が良いだろう。どこまで処置をしたところで死んでいくのは明白だ。

 

  けど、子猫が求めているのはそうじゃない。救えないと分かっていても抗うことを強要してくる。

 

  だから嫌なんだ……本当に優しくする方法が分からないんだ。

 

  俺では何も出来ないんだ。処置をしてやる程の知識も、殺してやるほどの覚悟もないんだ……

 

  だから、だから俺は……また公園を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

<父さんとの約束だ。父さんも優人との約束は絶対に破らないからな!>

 

 

 父さん、俺は約束を守ってたじゃないか……

  学校の皆にも母さんにも近所の皆にも、会う人会う人皆に、どんな人でも、どれだけ辛い時でも、どれだけ憎い奴でも!

 

 自分の事なんて後回しにして、何もわからないのに、何も出来ないのに皆に優しくしてたじゃないか……

 

 ならもういいだろ?俺はあれだけ頑張ったんだ。なりふり構わず誰かの為に頑張れた。もう充分だ。だって……

 

 

 

 

 

  約束を破ったのは父さんなんだから……

 

 

 

 

 

 

 

「…っ」

 

「大丈夫…ですか?」

 

 

 目が覚めると中里が俺の顔をのぞき込んでいた。視界はまだぼやけている。いや、涙でよく見えないだけだ。夢を見ただけで涙を流すとは自分でも思っていなかった。

 

 

「また、悪い夢を見ていたんですか?」

 

「うん、また……みたいだ」

 

「なら、まだもう少しこのまま、休みましょう」

 

 

 このまま?どういう意味だ?

 少し冷静になってきた頭で状況を確認する。まず1つ中里が顔をのぞき込んで……

 

 

「えっ!?」

 

 

 そして俺は思わず俺を膝枕してくれている中里の太腿に手が触れてしまう。すると 無表情にヒビが入った。中里がビクッと少し震えて俺の頭も振動させられる。

 

 

「ご、ごめん!びっくりしてしまって」

 

「だ、大丈夫です。分かってますから」

 

 

 中里の頬は赤く染まっていた。ちょっと空気が不味い。こんな時に岸田さんみたいな図々しさがあればいいんだけど。

 

 

「そ、そういえば、ご飯できたの?」

 

「あ、はい。もう準備出来てますよ?」

 

 

 どさくさに紛れて起き上がろうとしたが中里の手は俺の頭を優しく撫でている。起き上がれそうにない。

 

 

「辛かったらまだこのままでもいいんですよ?」

 

「いや、もう大丈夫だよ。お腹減ったしご飯食べたいんだけど」

 

「本当に、もう大丈夫なんですね?」

 

 

  念を押されて少し焦る。正直に言って今回の夢は本当に辛かった。優しくしたいと願って、それを途中で投げ出した。自分自身の醜さと小ささを自覚させられる。それに加えて少し昔の二度と見たくなかったトラウマを思い出してしまった。

 

 

「中村さん、幸せポイントって知ってますか?」

 

「いや、何なんだ?それ」

 

 

  唐突に中里は言った。聞いたことが無い。 普段は上から見ているはずの顔が今日は見下ろさせるように俺を見つめているからか、それとも服装や髪型が違うからか、中里がいつもとは違う様に見えた。

 

 

「生きていて、嬉しいとか楽しいとかそんな心が暖かくなるような事があれば幸せポイントを得られるんです」

 

 

 少し楽しそうに俺に説明してくる。その顔は少し子供っぽく無邪気に思えた。

 

 

「自分が今こうやって幸せに生きているんだと、示してくれるのが幸せポイントです。それをノートに書くと、自分はこれ程までに幸せな人生を歩めているのだと偽りのない真実を写してくれます」

 

 

 中里が自ら空腹になっていたのや、俺を目標にしたりしていたのはこれが目的だったのだなと納得した。

 

 

「きっとこの幸せポイントでノートを埋めることが出来れば、それは本当に素敵なことだなって思うんです。私はそれを目指しています」

 

 

 中里はまだ見ぬ未来に期待をしているんだ。きっと幸せになれるって、それを支えに生きているんだろう。

 

「中村さん、辛い時は辛いって素直に言っていいんです。そしたら私はあなたに出来る限り優しくしてあげます。甘えてもいいんですよ?だから今ある幸せを噛み締めて下さい」

 

 

 そう言って中里は俺に向かって微笑んだ。

 

 その顔は無表情から少し崩れたもので、中里が自分の意思で俺に向けてくれている顔だ。俺は見惚れていた。

 

 俺が求めていたものはこれだったんだ。自分で今更ながらに気づいた。

 

 親がいない状況で妹を支えている自分を褒めてくれた近所の人。父さんと母さんが亡くなってから、大学とバイトに全てをかけた自分に送られた賞賛の声。

 

 違うんだ。俺が求めていたのはそんなものじゃない。

 

 俺はずっと……誰かに甘えたかったんだ。

 難病と闘う父さん。一家の家計を独りで支えていた母さん。俺は甘えられなかった。そんな弱い所を鈴花に見せるわけにもいかなかった。俺がしっかりしないと妹も不安になってしまう。妹に難病が遺伝していたことが発覚した時には父さんも母さんもいなかった。俺はずっと独りでどうにかしようと足掻き続けてきた。けれどもう、何もかも限界だった。

 

 

「中里……俺、もう辛いんだ」

 

「はい」

 

「父さんがいつも言ってくるんだ。優しい人になれって、この言葉は呪いだ。この言葉はどこまでも正しくて理想的だろう。だからこそ、その正しさが俺の生き方を歪めたんだ……」

 

 中里は優しく頭を撫で続けたくれる。俺の話を静かに聞いてくれる。俺の心の奥に溜め込んでいた気持ちを聞いてくれるのだと思うと俺は止められなくなった。

 

「俺は小さい頃に父さんとの約束をずっと守ってた! そうすれば父さんが俺のお願いを叶えてくれるから! だからいけなかったんだ……自分の願いを叶える為の優しさに意味なんてなかったんだ。けど、俺は子供だった。父さんは絶対に叶えてくれるって言ったんだ。だから必死に 【優しい人】 になっていた。

けど父さんは、父さんは約束を、俺の願いを…叶えてくれなかった。父さんは、俺に呪いだけ残して……死んだんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小学3年生の時だった。

  俺には2歳下の妹の鈴花(すずか)がいて、母さんと父さんも合わせた4人家族だ。母さんは働いていて、俺の物心がついた頃から父さんはいつも病院にいた。

 

 父さんは『筋萎縮性軸索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)(ALS)』と呼ばれる難病だった。脳以外の身体が動かなくなるというものだ。子供の頃の俺にはあまり意味がわからなかった。

  父さんは病人に思えないほど元気があり、他の患者さんに笑いを届けていた。ナースさんからいつもうるさすぎると怒られたりしていた。笑顔の絶えない優しい人だった。

  俺は子供だった。父さんと話しているだけで何故か楽しく思えていたし、母さんの手伝いをするのも楽しかった。

 

 けど周りの皆は違った。

 

 

 

『このまえ、おとうさんとキャッチボールしてなげかたを教えてもらったんだ!』

 

『オレは海までつれていってもらっておよいだんだぜ!』

 

『おとうさんといっしょにカブトムシつかまえたんだけど、見てみる?」

 

 

 

 羨ましかった。

 父さんは運動会にも入学式にも来れなかった。贅沢は言わないから、本当に1度だけでもいいからそうやって父さんと外で遊びたいと思った。

 

 

 だから俺は父さんと約束をしてしまった。

 

 

「ボク、おとうさんとおかあさんとすずと4人で遊園地にいきたいんだ……」

 

 

 我慢出来ずに我が儘を言ってしまった、甘えてはいけないと分かっていながら。父さんはずっと病院にいる。だから俺も薄々は感じていた、もう父さんは無理なのかもしれないと。けど父さんは俺に微笑んだ。

 

 

「行こう。4人で……遊園地に。父さんだって行きたいさ。ずっとずっとお前達に何もしてやれなかったんだ。神様だって少しくらい父親振るのを許してくれるさ」

 

 

 父さんはそう言って俺の頭を優しく撫でてくれた。

 

 

「なら、やくそく!」

 

「え?約束?」

 

「つれていってくれるっていう、やくそく!」

 

 俺が力強く言うと、父さんは一瞬困ったような顔をして、そして笑った。

 

 

「分かった。約束するよ。だけど、優人それなら父さんからも約束だ。

  優人……優しい人になれ。お前の名前には俺と母さんの願いが籠っている」

 

 

「やさしいひとになれたら、つれていってくれるの?ほんとうに?」

 

 

 すると父さんは力強く頷いた。俺の手を強く握り語りかける。

 

 

 

「ああ!父さんとの約束だ。父さんも優人との約束は絶対に破らないからな!」

 

 

 

 その笑顔は白く綺麗な病室の窓から照らしてくれている太陽なんかよりずっと眩しく見えた。それはこれから先の未来を暗示しているものだとさえ思える程に。

 

 

 

 

 

 

 

「後4、5日ぐらいでしょう…」

 

 約束した日から随分とたった。小学5年生になったある日。両親がお医者さんと大切な話があるからと病室から出された時に話が少し聞こえてきた。

 

 

 母さんの泣き声が聞こえてきた。俺は嬉し涙だと思っていた。お医者さんはこう言ったんだ「後4、5日ぐらいで退院できるでしょう」って。

 

  だって最近の父さんは凄く具合が悪そうだった。肌も白く、息が小さくなり寝ている時間も多くなった。身体も全然動かない。それは薬のせいだと思っていた。父さんが今必死に病気を治すために頑張っているのだと。

 

 そしてそれが成功したのだと…俺は全てを良い方へと捻じ曲げて考えていた。

 

 だって父さんは俺との約束を絶対に破らないと言ったのだ……

 

 

「お父さん、ボクみんなに優しくしたよ?お母さんにも、近所の人たちにも学校の友達にも」

 

「あぁ、優人は偉いな……俺なんかより優しい、本当に良い子だ」

 

 

 父さん笑おうとするが表情が少し歪む程度だった。

 

 

「ごめんな優人。父さんは本当に酷い人だ。優人に約束したのに……父さんは、父さんはもう無理そうなんだ……」

 

 

 本当に消え入りそうな声で父さんは言ってきた。目からは涙が流れているが、それを拭う事さえ今の父さんには出来ない。

 

 

「お父さん……なんで約束なんてしちゃったの?」

 

 

  俺も気づいていたのだ。もう父さんが長くないってことは。父さんの病気は難病でまだ治療法が見つかっていないとお医者が言っていたのだ。

 

 

「優人と約束をすれば、こんな病気も治せると思ったんだ……本当に優人には悪いことをした。父親失格だな……優人、こんな父さんを許してくれるか?」

 

 

「うん、お父さんはもう無理しなくていいよ。ワガママなんていわない。だからしっかり休んで?」.

 

 

 俺は父さんが安心できるように無理矢理に笑って言った。すると父さんの涙は止まらなくなった。

 

 

「優人……ごめん、ごめんな。まだ子供なのに俺はお前に縋ってしまった。優人、お前は本当に優しい良い男になる。絶対に……絶対に、父さんのようにはなるな……」

 

 

  父さんは俺なんかより凄い人だった。

 自分自身が辛くても息子のために優しい嘘をついた。我が儘を言った俺ではなく、我が儘を許した自分を責めた。そして息子の前で自分自身を否定した。

 

 

「優人……優しい男になるんだぞ?」

 

 

 身体がほぼ動かない筈の父さんの手が俺の頭にのせられる。撫でようとするが、ただ震えることしかできない。俺はそれを強く握り締めた。まだ父さんが死んだわけでもないのに涙が止まらなくなった。

 

 そんな優しい父さんを越えることなどできるとは思えない。

 

 父さんの最後の願いは形を変え、俺を縛り続ける呪いとなった。

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

  いつの間にか俺は中里の胸の中にいた。彼女の腕に優しく抱かれ、彼女の両手が大事そうに俺の頭を撫でてくれる。

 

 

「それでいいんですよ……抱え込むのはよくありません」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 

  もう頭の中がゴチャゴチャであまり思考ができない。

 

 

「もっと私にも頼ってください。甘えてください。私は充分中村さんに助けてもらってますから」

 

「いいのか?俺は何もしてないのに……」

 

「いいんです。中村さんがわからなくても、私はそう感じているんですから」

 

「それなら、いいか……」

 

 

 心に溜めていた物を一気に吐き出した事で少し疲れてしまった。今は中里の体温が心地いい。

 

 

「また眠たいんですか?」

 

「少しだけ」

 

「お腹減ってないんですか?」

 

「減ってる」

 

「食べさせてあげましょうか?」

 

「恥ずかしい」

 

「中村さん、今凄い素直ですね」

 

「そうかもな」

 

 

クスクスっと彼女が笑った。顔が見れないのが残念だ。

 

 

「今、幸せですか?」

 

「あぁ、今はとても……幸せだ」

 

「それは、良かったです」

 

 

  そう言って彼女は更にぎゅっと抱いて優しく撫でてくれる。

 

  俺は表情を見るよりも、もっとこの優しさに浸っていたいと強く願っていた。俺の初めての人への甘えはとても不器用なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胸がもう少しあればもっと嬉しいんだがな(ボソッ」

 

「本当に素直ですね。仕方ないから押しつけてあげましょう♪」

 

 

そう言って気絶するまでヘッドロックをされた。

 




トラウマの光景というのは後々に判明します。

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