君はまた、僕に笑う   作:水野悠亀

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君だけのストラップ

 

 午前9時45分

  俺は都会の真っ只中にいる。今日は会社を有休で休んだ。早く心に整理をつけないと中里に何を口走ってしまうか不安になったからだ。

 

 ここで舞と会う約束をしている。素直な気持ちを伝えて、別れを告げるためなのに何故こんな時間にこんな所にいるのだろうか。昨日の電話は本当に失敗だった……

 

 

 

【電話】

〜省略〜

「明日会えないかな?」

「優君から誘ってくれるなんて久しぶりだね」

「あ、うん。ちゃんと会って話したくて」

「全然会えなかったもんね。私も伝えたいことたくさんあるよ?じゃあ集合時間は午前10時で場所は-…」

 

 

 そう言って嬉しそうな彼女の声を遮ることなど出来なかった。俊吾さん……人ってそんな簡単に変われないんですね。あなたの様な図々しさがあれば……

 

 

「お待たせ、優君」

 

 

  そう言われて振り返ると自分の目線と同じくらいの身長で、あの頃とは変わって明るい雰囲気を持つ女性がいた。

 

 

「いや、全然待ってないよ」

 

「まだ待ち合わせ時間の10分前だね。楽しみにしてくれてるってことかな?」

 

 

 そう言う舞は大人びた顔で嬉しそうに笑っていた。彼女は黒のリブハイネックのシャツと臙脂(えんじ)色のチュールスカートという服装で大人カジュアルといった感じだ。彼女からは自分と同じ歳とは思えない大人っぽさと色っぽさがある。

 

 

「あ、うん。楽しみにしてたよ」

 

「そっか、私もずっと楽しみにしてた。もう行こうよ」

 

 

 そう言って彼女は俺の手を握って街の中へと連れて行く。夏風が彼女の長い黒髪を揺らして甘い匂いを漂わせる。今更ながら俺は彼女にちゃんと気持ちを伝えられるかとても不安になってきた……

 

 

 

 

 

「中村さん……」

 

 

  中里は今日仕事が休みだった。だから中村が故郷へ連れて行ってくれると言っていたのを思い出して夏服を買いに街に来ている。すると中村が中里の記憶にある佐藤舞という女性と一緒に手を繋いで歩いていた。

 中村はついこの間休みだった筈だ。なら今回は有休を取ったことになる。そこまでして会いたかった人なのか。自分に対しての言葉や行動はただの同情によるものだったのか。

 中里の頭の中では疑問が絶えなかったが、足は自然と二人を追う形となっていた。

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「舞は最近、何してるんだ?」

 

 

  俺は舞が買い物をしたいということでショッピングモールをうろついている。一応彼氏なのでこっちから話題を振ってみる。

 

 

「最近は仕事が忙しくて中々暇ができないんだよ。けど自分のしたいと思っていた仕事だからそこまで苦痛ではないかな」

 

「へぇ〜仕事ってなんだっけ?」

 

「忘れちゃったの? 服飾の仕事。前にも言ったと思うんだけど」

 

 

 そう言う彼女は少し怒っているようで、俺とは逆方向に目を背ける。

 

 

「ごめん、そうだったな。確かに舞は昔からオシャレするの好きだったしな。今日の服も凄く似合ってるよ。とっても素敵だ」

 

 

 どうにか機嫌を治して欲しくて彼女の目線の前まで動いて、出来る限り笑顔で笑う。すると彼女はだんだんと赤くなっていく。

 

 

「本当に、ズルいよね……」

 

 

 そう言って少し拗ねたような顔をしてまた手を握ってきた。俺達はそのまま買い物を続けた。

 

 

 

 

「私の容姿を褒めてくれた事なんてありませんでしたよね……」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 買い物が続いたがそろそろお昼という時間になり、2人で相談してフードコートへと入った。平日なのでまだマシだとは思うけど、多くの人で賑わっていて土日祝日に来た時の事を考えると寒気がする。俺達は互いに好きな物を購入して、呼び出しの機械が鳴るのを席で待っている。

 

 

「確か、優君は牛タンが好きだったよね?」

 

「あぁ、うん。よく覚えてるね」

 

「好きな人の好みを知るのは当たり前だよ?」

 

 

 ナチュラルに相手から好きと言われてむず痒くなる。お、俺には中里がいるんだ。惑わされるな!

 

 

「舞は確か……カルボナーラだっけ?」

 

「違いますー。ペペロンチーノですー」

 

 

 舞は当てたのに俺は間違えてしまった……凄いジト目で見てくる。中里みたいな可愛い感じじゃなくて、舞みたいな大人っぽい女性からジト目で見られると少し興h…ゲフンゲフン。

 

「優君って私の事ちゃんと見てくれているの?」

 

「み、見てるよ。逆に舞が少し色っぽくなってて目のやり場に困るっていうか……」

 

「わ、私は優君に綺麗に見て欲しくて選んで着ているから、しっかりと見て欲しい……」

 

 

 無理無理無理無理!!! し、しっかり見るってなにか? エロい目で見ててもいいっていうか、逆に推奨しているのか!? う、嘘だろ?

 

 

「ぜ、善処します……」

 

 

 お願いです。神様この空気を救ってください。俺は今日この人に別れたいって言う筈なんです。けど、どんどん言いづらい雰囲気になっていくんです。俊吾さんを呼ぶか?

 そう考えていると呼び出しの機械が鳴る。神様、感謝致します。

 

 

「あ、舞のも鳴ってるんなら俺が取ってくるから。座ってていいよ」

 

 

 今はまだ彼氏だ。彼女のために動くのは彼氏、いや男なら女の人のためにするのは当然だろう。レディーファーストというやつだ(違う)

 俺は舞と雰囲気から逃れるように料理を取りに行った。

 

 

 

 

 

「私の私服の事は何も言ってくれませんでしたよね……」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 食事も終わってまた買い物を再開するのかと思ったら、舞は映画を観に行こうと言う。

 

 

「何か観たい映画でもあるの?」

 

「うん。『君の名は〇』っていうのが今凄く人気なんだよ?仕事場でも凄い話題になってて、ついていけないのが悔しかったんだよね」

 

「へぇ〜じゃあ折角だし観ようか」

 

 

 映画館の映画のラインナップを見ると確かにその映画が凄く宣伝されているように感じる。ポスターやパンフレットが多い。けど中里はこのラインナップなら 『この映画凄く面白そうじゃないですか?エイリアン見たいです。宇宙見たいです』 とか言って、如何にもB級って感じの映画を勧めてきそうだな。そう思うと自然と笑っていた。

 

 

「どうしたの?突然笑って」

 

「あ、いや、その……え、映画が楽しみだなぁ〜って。アハハハ」

 

 

 他の女性の事を思い出していたからとか口が裂けても言えない。それも好きな女性とは絶対に言えない。舞は嬉しそうに笑って、俺はそのまま引きつった笑顔で劇場へと入っていった。

 

 

 

 

「エイリアンじゃなくて、舞さんと恋愛モノを観るんですね……それもさっき凄い楽しそうに笑ってました」

 

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

「面白かったね。ね、優君はどうだったの?」

 

「あぁ、普通に面白かったよ」

 

 

正直に言って内容が頭の中に全然入っていない。どうやって別れを伝えるか、この後はどうするのかなどを悩んでいたというのもあるが、最大の要因は途中で舞が手を握ってきた事だ。ああいうことをされると本当にパニックになる。

 

 

「あんまり思ってなさそうだね。別にいいですけどね。この後はどうするの?」

 

「どうしようか?」

 

 

考えていたが、この後も買い物を続けるくらいしか考えていなかった。時刻は16時丁度といった時間だ。

 

 

「ね、ゲームセンターに行かない?」

 

「え、いいけど……なんで?」

 

「なんとなく、かな?自分でもよく分かんない」

 

 

 彼女はそう言ってとぼけて見せた。まあ、行きたいなら行くか。俺達はそのままゲームセンターへと向かった。

 

 

「もう少し左だよ」

 

「こ、こうかな?」

 

 

 ボタンをさっきより長く押してクレーンを慎重に調節する。ボタンを離すとアームが下がっていき、ストラップのチェーンに上手く引っかかる。

 

「おし、おし、来い来い!」

 

ストラップはそのままアームに捕まって上昇して空中を動いていく。しかし、アームが予想以上に揺れてストラップが落ちる。なんとか出口まで転がってゲットする事ができたが冷や冷やする。

 

 

「ありがとう。これ、大切にするね……」

 

 

 そう言って舞は嬉しそうにストラップを大事そうに抱えている。こんなにも素直に嬉しがってくれると、とても嬉しい。

 

 

「優君憶えてる? 初デートでも私にストラップを取ってくれたこと……」

 

「あ、うん。そんなこともあったね」

 

 

 そんなことあっただろうか?俺は初デートでゲームセンターに行ったのか?確か行ってない気がするがこれ以上舞を不機嫌にしたくなくてそう言った。

 

 

「こんな所、優君とじゃないと来ないから久しぶりにいっぱい遊んじゃった。時間結構経っちゃったね」

 

 

 今は18時になりそうと言ったところだ。この後は何処かに移動して食事をしようと考えている。その時にゆっくりと食事をしながら話を聞いてもらうつもりだ。

 

 

「ここから移動して少し高いレストランにでも行かない?」

 

 

 彼女は嬉しそうに頷いて俺の肘に腕を回してきた。む、胸ががががががぁっ!?

 

 

 

 

「胸を当てられてニヤケまくってますね。どうせ私の身体は魅力がないんでしょうね……」

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

 

 俺と舞は海がよく見える少し高級そうなレストランへと来ている。店の外観だけでなくウェイトレスさんの格好からも気品が溢れてる。店内に漂う香りも食欲をそそる。それにつられて普段なら手をつけないような値段の料理とワインを頼む。不覚だが財布の中身を確認してしまった。

 

 

「私も今日はワイン飲もうかな」

 

「えっ!? や、やめといた方が良いと思うよ?」

 

 

  舞は世渡り上手で常識人。かなりデキる人だが、昔からアルコールだけには勝てない。やっぱり誰にでも弱点はあるらしい。

 

 

「最近は仕事の付き合いとかで飲むようになって慣れたんだよ。大丈夫だよ?」

 

「なら安心かな」

 

 

  そう言うと舞も料理とワインを注文する。自信満々といった顔をしているが本当に大丈夫なのだろうか?

 

 

「今日は誘ってくれて本当にありがとう。優君から誘ってくれるなんてもう無いと思ってたから凄く嬉しかった。もう私なんてどうでもよくなっちゃったのかと思って……」

 

「どうでもいいなんて、そんなことはない。逆に俺は彼氏なのに甲斐性無しで舞なんかには相応しくないんじゃないかってずっと思ってたから……」

 

 

 ずっと思っていた。俺なんかが舞と付き合ってていいはずがない。舞は本当に素敵な女性だ。きっと好意に思ってくれている人がいるだろう。なのにこんな中途半端な俺が彼女を独占していいはずがない。

 

 

「そんなことないよ!優君は私を救ってくれたヒーローだから……私は優君と一緒にいたい。優君と笑い合っていたい」

 

「舞。お、俺は実は-…」

 

「ワインとご料理をお持ちいたしました。どうぞごゆっくりお召し上がりください」

 

 

 ウェイトレスが料理とワインを持ってきて話が途切れた。まあ、この話は後でもできる。まだ置いておこう。

 俺と舞はワインで乾杯をしてから互いの料理を食べ始める。俺はオマール海老と帆立貝のポワレだ。普段は手をつけられないだけあり、上品な味わいだ。けれど俺は中里の料理には勝てないなと思った。思い出補正が強過ぎるだけかもしれないが。まあ、卵焼きだけは負けているがな。

 

 

「んぅ~このワイン美味しい!」

 

 

 そう言った彼女の頬は既に赤くなり始めていた。慣れてないじゃん!? 全然慣れてないじゃん! 早すぎるだろ……まだ1口しか飲んでないよな。

 

 

「料理もとっても美味しかったですぅ〜」

 

 

 舞は料理を既に食べ終わっている。いつの間に食べたんだよ……取り敢えず酔いが覚めるように夜風に当てよう。そう思った俺は料理をなるべく速く食べて、舞の分のお金も払って店を出た。外に出ると海の香りを乗せた風が吹いている。海の近くを選んで良かった。

 

 

「優君ごめんね~奢ってもらっちゃって~」

 

「別にそれくらい気にしなくていいよ」

 

「けど申し訳ないよぉ~…そうだ! ご褒美をあげよう♪」

 

 

  そう言って彼女は俺を後ろから抱きしめた。慌てて振り向こうとすると背伸びした彼女が俺の頬にキスをした。頬に柔らかな感触が広がると共に赤く広がっていく。

 

 

「ま、舞! 何してるの!?」

 

「奢ってもらったお礼だよ?」

 

「だからそんなの気にしなくていいんだってば! お、お願いだから離れて」

 

「なんで? 私は優君から離れたくないよ?」

 

 

  彼女がさらに強く抱きしめてくる。む、胸が当たってる! 当たってるから! 分かってないのか!?

 

 

「優君こっち……向いて」

 

「う、うん」

 

 

  俺は言われた通りに舞の方へと振り返る。彼女の頬も赤く染まっていて、少しもじもじしている。

 

 

「優君はさ、私に遠慮してあまり手を出してこないから……私から強引にしてもいいかなって思うの」

 

「そ、それは……」

 

 

  舞に遠慮してしまうのは罪悪感だ。彼女の想いに真剣に向き合っていない俺なんかが彼女を愛してはいけないと。だから俺は付き合ってから俺から何かを彼女に求めたことは無い。

 

 

「優君……次は唇にするからね?私の事が嫌いなら逃げていいんだよ?」

 

「お、俺は……」

 

 

  舞が嫌いなんてことは無い。俺なんかに優しくしてくれたし、勉強がわからない時は助けてくれた。鈴花が病気にかかって悲しんでいた時に側に寄り添って慰めてくれた。そんな彼女を嫌ったり、避けることなんてできない。

 

 舞が少し背伸びして俺の首に腕を回す。彼女が俺に少し寄りかかってきて俺の身体と彼女の身体がぶつかる。彼女の整った顔が、赤い唇が近づいてくる。息遣いがわかる距離に迫ってくる。至近距離で彼女と目が合う。俺は……

 

 俺は舞の肩を掴んで離れさせた。彼女の身体はとても軽く、すんなりと離れてくれた。

 

 

「俺、好きな人が出来たんだ……舞よりも……好きな人が」

 

「うん……」

 

 

 彼女の声は少し震えている。顔をうつむかせてどんな表情をしてるか分からない。

 

 

「俺は舞の事が嫌いなんかじゃない。それは絶対だ。けど……心の底から好きだとは言えなかった。なのに俺は、舞のことを好きに思っている男がいるのに、舞のことを独占し続けた。それがとても辛かったんだ。俺は舞が思ってくれているようなヒーローなんかじゃないんだ。俺が君に優しくしたのは自己満足だった。君だけのことを思ってやったことじゃないのに、君はずっと俺の事を想ってくれた。だから自分の気持ちが決まったらちゃんと伝えようと思ってたんだ……」

 

「うん。わかってた……優君が私の事を好きとは思ってくれてないこと」

 

 

  舞は涙を浮かべながら上を向いて、夜空を見上げていた。

 

 

「優君ってさ、私のこと何にも知らないんだもん。初デートでゲームセンターになんて行ってないしね」

 

「あれは、嘘だったのか……俺を試してたのか?」

 

「うん、気になっちゃって。優君から会いたいって連絡来た時に最初に思っちゃったんだ。あぁ、きっと明日で別れるんだろうなって」

 

 

 舞はこらえきれずに涙を流している。波風が彼女の髪を揺らす。赤い頬を伝う涙がくっきりと脳裏に焼きつく。

 

 

「私は優君の優しさに知ってて甘えてた。例え優君が私の事を好きじゃなくても、優君に好きな人ができない限りずっと側にいてくれるって。だからそのまま結婚まで出来ればいいなって思っていた。けど、そっか……できちゃったんだね。こんなに悲しいなら、初めから……こんなズルなんかしなきゃ良かった」

 

「舞、俺は舞と付き合ってデートできて楽しかった。ただの自己満足かもしれないけど言わせてくれ。ありがとう」

 

「ずるい、本当に優君はずるいよ……」

 

 

 舞は泣いて俺の胸の中に飛び込んできた。それをそっと抱きしめる。本当にごめんな……舞。

 

 

「絶対に……その子と幸せになってね?」

 

「ああ、約束する。絶対だ」

 

 

 付き合っていた女性にこんなことを言わせるなんて俺は本当にクズだな。そう言うと彼女は俺から離れて涙を流しながら笑っていた。

 

 

「けど、これだけは私だけの物。その子でも持ってない。私だけのあなたからのプレゼント」

 

「あぁ、それは舞だけの物だ」

 

 

  舞は俺のあげたストラップを大切そうに抱きしめている。

 

 

「優君との想い出は絶対忘れない。だから優君も今日の事だけは忘れずに憶えていて」

 

「舞との想い出も約束も全部憶えておくよ」

 

 

 そう言うと舞は満足したように頷いて俺に背中を向けた。けれど彼女の肩は震えている。

 

 

「またね、優君」

 

「またな、舞」

 

 

 彼女は去っていく。 これが最後の別れになんてなって欲しくない。これからも彼女と仲良くしていこう。また笑い合って会えるように。

 

 冷えた風が俺を撫でる。隣にいてくれる人はいない。ライトアップされた夜景が海を照らし、海に映る星の輝く夜空を眺める。俺は誓ったんだ。中里を幸せにするって、舞とも約束した。だから彼女の涙も忘れずにいよう。そして明日、俺は中里に想いを伝えよう。もし振られたって何度目でもリトライしてやる。それが俺の素直な気持ちだから……

 

  緩い風が俺の背中を撫でた。父さんに背中を押してもらった気がした。

 

 

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