魔法科高校第一高校、その入学式の日、二人の男女がその門をくぐった。
入学式までかなりあるというのに、かなり早めの登校である。
新入生であろうその二人、兄妹と思わしきその二人には少しばかりの差があった。
着ている制服の胸のエンブレム、女生徒の方にはそれがあしらわれているのに対し、男の方にはそれがない。
「ねえ、達哉・・・、本当にいいの?」
「いいんだよ、深雪。お前が気にしなくても。」
「でも・・・」
「『お兄様は筆記試験も一位で、体術でも敵う者はいない。』そう言いたいのか?」
達哉と呼ばれた少年は自虐的な口調で述べる。
「でも、そんなものがいくら良くても仕方ない。この魔法科高校では取り決められた魔法技術の得点のみが評価される。そんなものに今更文句を言っても仕方ないだろ?」
彼は少し寂し気な口調で深雪とよんだ少女の肩に手を置くと、彼女は伏し目がちながらも、それ以上何も言えない。
「深雪、お前がそう言ってくれるおかげで俺は怒らずに済むんだ」
何も言えない彼女に耳元に、彼はそっと語り掛ける。
「・・・お前がいつも俺の事を思ってくれているように、俺もお前の事を思っているんだよ」
自分でも柄ではないと思う台詞だ。しかし、それに満足したのだろう、彼女もはにかむように微笑んでくる。
「それに、この土壇場でお前が答辞を辞退したとしても俺が選ばれることは絶対にない。お前の評価を損ねるだけだ」
本当は分かっているんだろう、と言うと、彼女は黙ってうなずく。
「俺は楽しみにしているんだ、妹の晴れ姿を。
この駄目な兄貴にその姿を見せてくれよ」
そんなこと言わなくても、と視線で訴えながらも、彼女はこれ以上の口論は諦め、
「・・・分かった。それじゃ、行ってくる。
楽しみにしててね」
元気に手を振って走っていく。
その後ろ姿を微笑まし気に、しかしどこか寂し気な視線で見送っていた。
さて、入学式までの二時間、何をして過ごすべきか。
彼は時計を見ながら考える。
特にやることもない、中庭のベンチに腰を掛けながら書庫サイトへとアクセスする。
彼が読書に耽っていると、ぽつりぽつりと声が聞こえてくる。
先ほどから入学式の準備に駆り出されたであろう生徒たちがこちらをちらちらと見ながら笑っている。
「ウィード」「補欠」「スペア」・・・
これらは二科生を指す言葉だ。
魔法科高校の一学年は基本的に百名程度である。そして、魔法科高校にはある程度、魔法大学や魔法専門学校へ生徒を百名程度、供給することを義務付けられている。
しかし、魔法教育には事故がつきものである。
昔のように死亡事故などの重大事故は減ったものの、ある一定程度の事故は免れない。
そして、一定数は退学や魔法能力の喪失に見舞われるのだが、それでは供給数のノルマはこなせない。
そこで、第一高校では二科生制度を取ることにした。
そこで退学に追い込まれた生徒数の穴埋めを行うのだ。
しかし、彼らには魔法の指導を受ける権利はない。
自力で学び、這い上がれなければ欠陥品の烙印を押されたまま卒業することになる。
所詮、二科など一科生のスペアに過ぎないのだ。
開いていた端末に時刻が表示される。
時刻設定通りの時間になったのだろう。とすれば、入学式まであと三十分であり、そろそろ開場の時間だ。
「新入生の方ですね?そろそろ開場の時間ですよ」
頭上から声が降って来た。
相手を見ると、左腕にはCAD―――術式補助システム。
現代魔法師必須のツールである。
これがあれば、誰でも魔法が使える、と言うわけではない。あらかじめ魔法師としての素質に恵まれたものにしか扱えない。
これは、学校では誰もが常時装備することは許されていない。
という事は、目の前の小柄な上級生は生徒会の役員か、それに付随する地位にあるものという事になる。
「すいません、すぐ行きます」
彼は端末をたたむとそそくさと立ち上がる。彼は生徒会の役員などと積極的に関わるつもりはなかったのだ。
しかし、相手はそんなことに構いなく声を掛けてくる。
「感心ですね、スクリーン型ですか」
ここにいたり、達哉も相手の顔を見る。
170cmの達哉の背丈からさらに二十センチほど低い。女性としても小柄な部類に入るだろう。
それに反して豊満な胸であるが、彼は特に感情を動かさなかった。
胸に八枚の花弁の印章を付けた彼女は興味津々と言った感じで聞いてくる。
「仮想型は読書に向きませんので」
そういうと、彼女はさらに一歩踏み込み、
「読書ですか。
ますます珍しいです。私も映像よりも書籍資料のほうが好きだからなんだか嬉しいです」
そこまで言った彼女はふと思い返し、
「申し遅れましたね。私は七草真由美と申します。この学校での生徒会長を務めております」
そう言って軽く会釈する真由美につられて達哉も頭を下げる。
(生徒会長、しかも七草・・・。”ナンバーズ”とは・・・”)
反射的に顔を顰めようとするが、それを押さえて彼も返事を返す。
「自分は司波達哉と申します」
「司波達哉・・・、そう、あなたがあの司波君なの。あなたの事は教員たちの間でも、もちきりなのよ」
「・・・あの、とはどのような?」
彼は何気なく聞いた。真由美も何気なくの一言だっただろう。すぐにその趣旨を話そうとする。
「それは、新入生総代、司波深雪の兄のくせに二科程度の実力でしかない、あの劣等生の司波達哉ってことだろう?」
別のところから声がした。
「誰!?」
思わぬ言いぐさ、といよりか彼への罵倒に、血相を変える真由美。
そこにいるのは彼女と同じくらい、やや背が高い位の髪の長い少女。いや、少年だ。
「誰がそんな事を!?」
先ほどまでの穏やかな顔を一変させる彼女をさほど気にせず、
「そんな事は言われなくてもみんな分かってるよな?劣等生の司波達哉君?」
整い過ぎた美貌から紡がれる辛辣な、しかし妙に人懐っこさを感じさせる口調。一見すれば彼を同性だと捉えられる人間は少ないだろう。達哉はそう素直に感じた。
「そういう君は、劣等生の瀬呂 蓮(せろ れん)」
そして、彼の薄い胸にも花弁は無い。これもウィードの烙印だ。
「へぇ、俺の事を知ってるのか」
「知るも何も、君ほどの顔なら嫌でも覚える」
その答えに彼は少し満足げになる。
「しかし、何故、君は俺の名を知っている?」
「それこそ愚問じゃないのかね、司波達哉君?」
彼は美しい顔には似合わない様な下卑た笑みを浮かべた―――つもりだった。しかし、その表情は彼の思惑とは裏腹に、見るものを引き付ける蠱惑的な魔力を秘めた微笑となっていた。
達哉は、ふん、と鼻を鳴らすと真由美に一礼をして会場へと向かう。
「おい、待てよ」
蓮がとてとてと達哉に近づいてくる。
何だ、と軽くあしらおうと思ったが、不思議とそんな気になれなかった。
「まあ、同じ劣等生同士うまくやっていこうぜ、なぁ司波君?」
そう言われても、と答えに困るが、ため息をついた後、
「―――達哉でいい」
彼にしては思い切った発言だった。何せ、自分の名前を呼ばせるのだから。
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