私の一世一代の愛に溢れた話を。
なんてことの無い日常だった。
はじめに、私がとても恋に落ちやすい気質だったということを言っておくとする。
生まれも育ちもカントー地方・ヤマブキシティの私は、ある都合によりジョウト地方のコガネシティに身を置き、それなりに充実した日々を送っていた。
「もしもし?落としましたよ」
本当に、なんてことの無い日常だったのだ。
なんてベターな出会いだったのだろう。
日課である当時住んでいたアパート近くの公園での散歩、荷物は最小限、そんな最小限の荷物のうちの一つ、一枚の繊細なハンカチ……私がこれを落とし、彼が拾ってくれた。
二人の出会いはたったこれだけのことだった。
「あ……!す、すみません!」
バッ、と・振り返り、相手の、彼の顔を見上げた。
声からして二十代半ばの男、少し低くて神経質さを孕んでいたことが酷く印象的だった。
振り向いた先のその精緻な美しさと言ったら、私が今までで出会った何よりも優しさという皮を被り紳士然としていたのだが、また、それ以上にこの世の有りとあらゆる悪徳を書き連ねたような冷ややかさも持ち合わせていた、奇妙な魅力であった。
そして、私はその危うい眩しさに思わず目を眇めたのだ。
「お気をつけて お嬢さん」
とても巧い役者のような話し方、演技と言うよりも彼自身の生来併せ持っていたものだったのだろう。
ハンカチを受け取るとき、ほんの一瞬ばかり、ほんの指先の皮がすれすれに掠った。なんとまぁ、ただ、それだけで、この一瞬の出来事で私はその人を愛してしまったのである。
そして、この先どんな残酷さが待ち受けていても、その有りとあらゆることの全てから守ってみせると強く誓ったのだ。
「お名前を教えて頂けませんか」
ーアポロさん
「……アポロです、宜しく」
彼の名前、アポロさん。
結末を言ってしまえば、彼は途轍もない悪人であった。だからこそ、私に名乗る前に一瞬の戸惑いを見せたのだ。
彼が名乗りながら見せたうっそりとした笑みの、教誨師のような悍ましさを私は二度と忘れることはなかった。
アポロさん、アポロさん、アポロさん
「お礼をさせてください」
「いえ、結構ですよ」
「お茶でもご馳走します」
「生憎、これから重要な会議があるので」
そう言われてしまえば、こちらとしてはもう、何も返すことが出来なかった。「失礼」と言い、軽く笑う彼に、如何にして関わりを持つか 、私の頭にはもうそれしかなかった。
身を翻す直前、
「また会いましょう」
ほんの社交辞令だったのかもしれないし、本心だったのかもしれない。今となっては、もう確かめる術のないことである。
ただ、私を有頂天にさせるのには十二分だった。
全ては偶然から始まった。
私の人生最大の全ての物語。