それでは、本編最後のジャブをお楽しみに。
根本君の制服を持ってBクラスを出た僕は廊下で制服を探った。すると、指の先に何かがあたる感触があった。
「……あったあった」
見覚えのある封筒を取り出し、自分のポケットに入れる。
さて、この制服はどうしようか? ――よし。捨てちゃおう。折角だから根本君には女子の制服の着心地を家まで楽しんでもらうとしよう。
そんなことを考えながら、皆より先にFクラスへ戻る。根本君の制服をゴミ箱に突っ込み、その後ポケットから例の封筒を取り出した。
「落し物は持ち主に、っと」
姫路さんに席に置いてある、彼女の鞄に入れておく。これで作戦完了っと。
「吉井君!」
「ふぇっ!?」
背後からいきなり声をかけられて、不覚にも僕は間抜けな悲鳴を上げてしまった。なんか凄く恥ずかしい!
「な、なに?」
慌てて振り向く。するとそこには、姫路さんがいた。
「吉井君……!」
目が潤んでいる。今日の姫路さんは泣き顔ばかりだ。
「ど、どうかした?」
鞄を勝手にいじっている姿を見られてしまい、慌てる僕。すると、そんな僕に姫路さんはあろうことか正面から抱きついてきた。
「ほわぁぁっっと!?」
「あ、ありがとう、ございます……わ、私、ずっと、どうしていいか、わかんなくて……」
どうしていいのかわからないのは僕の方だ。くそっ! これは新手の陽動作戦か?
「と、とにかく落ち着いて。泣かれると僕も困るよ」
「は、はい……」
精神の安定を図る為に姫路さんを引き離す。ってしまった! 引き離してどうする! こんなチャンスは二度とないだろうが!
「いきなりすみません……」
涙目をこする姫路さん。ああっ! 言いたい! もう一度抱きついてってお願いしたい!
「も、もう一度――」
「はい?」
げっ! 思わず口に出ていた! 何か他の事を言わないと!
「もう一度壁を壊したい!」
って馬鹿ぁっ! 僕の馬鹿ぁっ! お前はどこのテロリストだよ! もう一度壁を壊してなんになるっていうんだよ!
「あの、更に壊したら留年させられちゃうと思いますよ……」
うん。わかってる。わかってるからそんなに気の毒そうな目で僕を見ないで。
「……それじゃ、皆のところに行こうか」
「あ、待ってください!」
いたたまれない気持ちで逃げようとする僕を、姫路さんが袖を握って引き止める。
「な、なに?」
「あの……」
まさか、良い病院を紹介してくれる気だろうか? くっ! 前に僕が行った台詞がそのまま返ってくるなんて、こんな屈辱はいつも通りだ!
「手紙、ありがとうございました」
うつむきがちに小さな声で言う彼女。
「別に根本君の制服から姫路さんの手紙が出てきたから戻しただけだよ」
「それってウソ、ですよね?」
「いや、そんなことは――」
「やっぱり吉井君は優しいです。振り分け試験で途中退席した時だって『具合が悪くて退席するだけでFクラス行きになるのはおかしい』って、私のためにあんなに先生と言い合いをしてくれていたし……」
そういえば、そんなこともあったなぁ。あの時は先生に冷たくあしらわれたから、逆に熱くなっちゃったっけ。
「それに、この戦争って……私の為にやってくれてるんですよね?」
「え!? あ、いや! そんなことは!」
「ふふっ。誤魔化してもダメです。だって私、自己紹介が中断された時に吉井君が坂本君と夏樹ちゃんに相談しているの、見ちゃいましたから」
あの相談を見られていたのか。これじゃごまかしようがない。
「凄く嬉しかったです。吉井君は優しくて、小学生の時から変わってなくて……」
な、なんか妙な空気だ。今までに経験したことのないむずがゆさを感じる。よく分からないけど、僕はこの雰囲気に耐えられそうにない!
「そ、その手紙、うまくいくといいね!」
とりあえず話題を変えよう。このままじゃおかしくなっちゃいそうだ。
「あ……。はいっ! 頑張りますっ!」
そんな僕の言葉に応えたのは、姫路さんの満面の笑み。その笑顔を見て思う。この子は本当に雄二のことが好きなんだな。わかっていたことだし、僕は雄二に敵わないとも実感している。悔しいけどしょうがないか。
「で、いつ告白するの?」
下世話な話題を振ってみる。ま、これくらいは許されてもいいよね。
「え、ええと……全部が終わったら……」
姫路さんは真っ赤になりながらもそう答えてくれた。
「そっか。けど、それなら手紙より直接言った方がいいかもね」
「そ、そうですか? 吉井君はその方が好きですか?」
「うん。少なくとも僕なら顔を合わせて言ってもらう方が嬉しいよ」
手紙は根本君のせいで嫌な記憶になっていそうだしね。
「本当ですか? 今言ったこと、忘れないで下さいね?」
「え? あ、うん」
僕の意見だから雄二とは違うかもしれないのに、姫路さんは
その後、廊下から聞こえてきた話し声で根本君がこの後で撮影会を行って素敵な思い出を作るであろうことを知った後、姫路さんと一緒に皆のところに戻った。おっと、帰る前にしっかりと雄二の教科書に卑猥な落書きをしておいたよ。僕がそう簡単に人の幸せを祝ってやる奴だと思うなよ。……夏樹にばれたら怖いけど、夏樹は疑わしきは罰せずだから何とか誤魔化せるはず。
僕は解散して皆と別れた後、先生方とのハートフルコミュニケーションをするために足取り重く職員室へと向かった。うぅ、覚悟していたこととは言え、気が重い。まあ、ちょっとの間の辛抱だ。頑張れ、僕!
ガラリッ
「失礼しまぁーす」
挨拶とともに職員室に入った僕は鉄人の姿を探した。だけど、どこにも見当たらない。あれ? 先生一同の指導ではあるけど、鉄人なら入ってすぐに怒鳴ってくると思ったんだけど。それになんだろう、空気が重い。
いや、確かに壁を壊したんだから空気が重いのは当たり前なんだけど、職員室への呼び出しを命じた先生はもう少し柔らかかった気がするんだけど。
「あら、吉井君。災難だったわね」
そんなことを考えていると不意に船越先生が声をかけてきた。でも、やっぱりおかしい。僕をいたわる言葉を言ってくれるのは勿論だけど、それ以上に台詞は僕をいたわっているのに表情が台詞と一致していない。なんていうか、アレだ。憎い仇が目の前にいるのに裁判で無罪になったから手を出すことが出来ないみたいな。
「え、ええっと、何がどうなっているか訳が分からないんですけど」
「そのことについては後で西村先生から説明があると思うわ」
こめかみをひくつかせながらそう言うと、船越先生は自分の机へと戻っていった。何がどうなっているんだろう。
「吉井」
後ろから野太い声が。振り向くとそこには呆れるような、蔑むような、同情するようなそんな複雑な表情をした鉄人がいた。
「えっと、西村先生。どうかしたんですか?」
流石の僕もいつものふざけた調子で接することが出来ず、鉄人と言うあだ名ではなく本名で呼んで尋ねた。すると鉄人は顎で出入り口を指しながら告げてきた。
「職員室の先生方は皆知っているが、職員室には誰が入ってくるのか分からん。隣の応接室に来い」
職員室から応接室に移動した僕たちは向かい合って座ると、鉄人は一旦目を閉じて重々しいため息をついた後、口を開いた。
「まずは面倒くさいことは言わず、結論から言おう。今回の事件でお前に指導をすると通達したのはこちらのミスだった。すまなかったな」
「は、はぁ」
事態が飲み込めず、間の抜けた声を出してしまう。
「お前は今回の事件に不幸にも巻き込まれただけだということが判明したんだ」
どういうことだろう。僕が壁を壊したのは遠藤先生も見ているから間違えようがないんだけど。すると、鉄人は表情を一気に引き締めて信じられないことを話す。
「お前に指導の通達をしたのとほぼ同時刻に神谷が学園長室に来たそうだ」
……なんだかとてつもなく嫌な予感がする。まさかそんなわけがないよね。
「今回の事件は自分の召喚獣の腕輪能力のせいで吉井の召喚獣が暴走したことが原因であって、お前に罪はない。全ては自分の責任だとな」
「そんな!」
「なんでも、お前と島田の喧嘩を止めようとして咄嗟にお前の召喚獣に能力を使ってしまったらしい。実際に召喚システムには神谷の召喚獣の召喚と腕輪使用のログが残っている。遠藤先生の目撃証言についても遠藤先生はお前たちに注目していて教室全体を見れていないだろうから神谷に気づけなかったんだろうということになった」
「ちょっと、聞いてるんですか!」
「そのため、あいつは今は補習室で漢字の書き取りの罰則中だ。それが終わったら俺と二人きりで指導を始める」
鉄人は僕の叫びを無視して淡々と事実だけを述べ続ける。痺れを切らした僕はテーブルを思いっきり叩きながら声を上げた。
「あなたは夏樹のそんな話を信じているんですか!」
鉄人は思わず叫んでしまった僕を睨み付ける。
「……吉井、俺を……いや、教師を嘗めるなよ。この学園にそんな話を信じている教師がいる筈がないだろう。元々あいつはお前らとつるんでいるのが不思議なくらいの優良児だというのが職員室の共通認識だ」
「だったら!」
「それでも学園長は神谷が原因であると結論付けた。ならばそれに対する処罰は行わなければならない」
「それなら僕が今から学園長に直談判してきます。僕の代わりに夏樹が処罰されているなんて間違ってる!」
「勘違いするなよ、吉井。そんなことは俺も学園長も重々承知だ。それでもあえて神谷を処罰するのはあいつの覚悟を尊重してのことだ。あいつは極稀にお前らの悪戯に付き合うことはあった。だが、少なくとも嘘をついたことだけはなかった。そんなあいつが嘘をついてまで守ろうとしたというのは相当なことだからな。だからこそ、俺たち教師はあいつのバレバレの嘘にだまされているんだ」
鉄人の言葉に何も言えなくなってしまう。そうか、職員室の空気がおかしかったのはこれが原因だったのか。でも、まさか僕の行動がこんなことを引き起こすなんて。
「それにしても去年一年間あいつを見てきたが、あいつの中にあんなに激しいものがあったとはな」
「僕もそんな一面があるなんて初めて知りました」
「そういえばお前と神谷は同じ中学で後半の2年間同じクラスだったそうだな。俺としてはコレを機にあいつには交友関係を見直して欲しいものだが、こればっかりは教師といえども他人が口出しをすべき内容ではないからな」
「……」
鉄人がからかうように言うが、その言葉は罪悪感がある僕には痛すぎる。
(予測はしていたことだが、やはりこれが最良の方法だったのかもしれんな。
鉄人が何か期待するような眼で僕を見ていたけど、夏樹のことでショックを受けている僕はそのことに気づけなかった。
「まあいい。お前への話はこれで終わりだ。帰っていいぞ」
その言葉を聞いても僕は立ち上がることが出来なかった。
「……お前の気持ちは分からんでもないが、少なくともこの部屋は出ろ。俺はこれから神谷の指導に行くからな」
そう促されて僕は重い腰を上げた。
「……あいつの指導は6時に終わる予定だ。いくらバカでもこれをお前に話した意味くらいは分かるな」
「……はい」
夏樹に対しての感情はいろいろと複雑に渦巻いていて上手く言い表せないけど、まずは何をおいても謝らないと。とりあえず、夏樹の指導が終わるまで教室で待ってようかな。
今回はタイトル通り壁破壊によって起こったことがメインですね。夏樹が明久の罪の肩代わり。間違った友情だとは分かっていても、退学の危険性がある以上夏樹は明久を放っておけなかったり。実際、説教で済んだのは結果論な訳で観察処分者の分も含めれば一発退学の可能性はゼロではないですしね。今回のこのことがどんな物語を作っていくのか楽しみにしていてください。……と言いたいのですが、次のお話は試召戦争の語り手の明久の裏側。夏樹がどうやって明久の罪をかぶったかになります。
それでは、次回もお楽しみに。