いよいよ二年生最初のHRが始まりました。
「えー、おはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします。」
そう言って福原先生は黒板に名前を書こうとチョーク受けへと手を伸ばし、その手を一瞬止めた後ゆっくりと戻していきました。えっ、まさかチョークすらろくに用意されていなんですか? 本当にここ教室なんですよね?
「皆さん全員に卓袱台と座布団は支給されていますか? 不備があれば申し出てください」
……この学園はこれで不備が無いという人がいると思っているのでしょうか。と言うか、普通の教室で言う椅子と机の不備なんて始業前に確認して……、
「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないですー」
と、クラスメイトの誰かが先生に設備の不備を申し出ました。このクラスには机と椅子すら満足に与えられないんですか?
「あー、はい。我慢してください」
「先生、俺の卓袱台の脚が折れています」
「木工ボンドが支給されていますので、後で自分で直してください」
「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」
「わかりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」
結局不備を申し出ても「我慢しろ」か「自分で直せ」しか言いませんでした。……きちんと不備を申し出ても学校が対応してくれないのなら何故聞いたんでしょうか? ……気分? 形式的質問?
まぁ、一応私も不備を申し出ておきますか。
「福原先生、我侭は言いませんから最低限勉強ができるだけの道具はそろえてください。教室にチョークが無いなんて然るべきところに訴えたら大問題になりますよ」
「授業が始まるまでにはきちんと整えておきます」
いくら画期的な試験校とは言え、こんなんでよく今まで経営が成り立っていましたね。本当に驚きです。
「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね。廊下側の人からお願いします」
福原先生の指名を受け、車座を組んでいた廊下側の生徒の一人が立ち上がり、名前を告げました。
「木下秀吉じゃ。演劇部に所属しておる」
始めに自己紹介をしたのは独特な言葉遣いをし、小柄で華奢な体で中世的な顔立ちをした生徒でした。
彼はきのきの。あっきーやもっちーと同じく去年のクラスメイトであり、声帯模写の達人です。自分の好きなことのために他のものには目もくれずにがんばっている姿には心の底から憧れます。……それでも、少しは勉強にも力を入れるべきだとは思いますが。
「……今年一年よろしく頼むぞい」
軽やかに微笑みを作って自己紹介を終えるきのきの。……隣であっきーがもだえていて少し気持ち悪いです。まぁ、きのきのの外見はかなりあっきーの好みに近いから少しは気持ちも分かりますけど。
「…………土屋康太」
次の生徒が自己紹介を始めます。きのきのの次はむっつーですか。彼はああ見えてかなり運動神経のいい人なんですが口数も少なく、おとなしいんですよね。……彼の趣味にとっては好都合なんでしょうけどね。
まぁ、なんにせよ彼が女子の多いクラスでなくて良かったです。彼の人格を良く知っている私はしっかりを対策を練っていますが、普通の娘はなかなか対応できませんしね。
「――海外育ちで、日本語は会話はできるけど読み書きが苦手です」
むっつーへの今後の対応をいろいろ考えていると、いつの間にかむっつーの次の人が自己紹介を始めています。
「あっ、でも英語も苦手です。育ちはドイツだったので。趣味は――」
そして、その声は珍しく女子の声でした。でも、Fクラス入りするような女子で、ドイツ帰りと言えば、
「趣味は吉井明久を殴ることです☆」
やっぱり。声の主の方に視線を向けると、私よりは低いけど女子としては高めの身長とスレンダーな体系、綺麗な茶髪をポニーテールにした少女、しまっちこと島田美波ちゃんの姿が目に入りました。まあ、確認するまでもなく、こんなとんでもない趣味を公言するのはしまっちくらいですもんね。……ですよね? 前の座席の雰囲気の変化を感じ取って思考の海から戻ると、しまっちがあっきーに笑顔で手を振っていました。でもね、しまっち。あっきー、思いっきり怯えてるよ? いくらツンデレの照れ隠しでも怯えさせるのはやりすぎだと思う。
やはり、ここは去年のクラスメイトだらけです。予想していた自分が言うのもなんですが、学力で決めたわけでない一年生のクラスの友達が最低クラスに集中しているのは一体どういうことなんでしょう。
しまっちの自己紹介が終わった後は淡々と自分の名前を告げるだけの作業が進みます。そして、あっきーの前の人が自己紹介を終えました。ということは次があっきー、その次が私ですね。
「――コホン。えーっと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んで下さいね♪」
『ダァァーーリィーーン!!』
野太い声の大合唱。これはひっじょーに不愉快です。
「――失礼。忘れてください。とにかくよろしくお願い致します」
作り笑いでごまかしながら席に着くあっきーですが、今にも吐きそうな顔をしています。……吐きたいのはこっちだよ。私は吐き気を我慢して自己紹介をするべく立ち上がります。
「神谷夏樹です。趣味は読書と楽器の演奏、モットーは好意には好意を、悪意には悪意を。嫌いなことは人の幸せを邪魔することです」
『じゃあ!』
私の自己紹介を聞いて勢い良く声を上げた生徒がいます。おっと、大事な言葉を忘れていました。
「ちなみに好意には好意と言いましたが、流石に恋愛感情に恋愛感情を返す訳ではないのでその辺は覚えておいて下さいね♪」
『そんな! ここで告白すれば今の紹介を理由に絶対上手くいくと思ったのに!』
『そうだ! 俺はもうすでに結婚式をどこで開くかの構想まで練っているのに!』
たとえ勉強はできなくても、そうそう失言するほど私はまぬけじゃありませんよ。それに勝手に私をあなたの人生計画に加えないでください。私はあなたと結婚する気はありませんし、そもそも相手との相談もなしに式場まで決めるなんて揉めますよ?
そんなちょっとした騒動の後も名前を告げるだけの単調な作業が続きました。何人かの紹介が終わると不意にガラリと教室のドアが開き、息を切らせて胸に手を当てている女子生徒が現れました。
「あの、遅れて、すいま、せん……」
『えっ?』
誰からというわけでもなく、教室全体から驚いたような声が上がりました。私はと言うと頭の中で疑問が渦巻いて声を出すどころではありませんでした。
なんで、彼女がここにいるのでしょうか?
以前に投稿していたものとこちらに投稿するものではあるキャラに対する主人公の気持ちが変化しています。以前の方が良かった人には申し訳ないですが、ご了承ください。