それでは、本編をお楽しみください。
「ねえ、もっちー。ちょっと付き合って欲しいんだけどいいかな?」
「待て、夏樹! お前の一言でクラスの男どもが殺気立ちやがった。この間のが気に入らなかったからって、俺を始末するためにこんな搦め手を使うことは無いだろうが!」
Aクラスとの対決まで1時間を切ったところで自身のもやもやの正体と、それによって生じる矛盾の答えを導き出した私は吉井君やきのっち達と話していたもっちーの袖をひっぱり、付き合って欲しいと問いかけたのですが、クラスメイトのほとんどはもっちーに鋭い視線を向けていますし、もっちー本人も訳の分からないことを言っています。言い方が悪いのかな?
「いや、搦め手とか意味が分からないって。そうじゃなくて、大事な話があるから屋上まで一緒に来て欲しかっただけなんだけど」
「畜生! ここにきて更に油を注ぎやがった。確かにお前とはもめたがそこまで恨まれる覚えはねぇぞ!」
「? まぁ、いいや。とにかくついてきてよ」
もっちーが良く分かっていない様だったので具体的な要件を告げますが、周囲の殺気は増大し、もっちーの狼狽も激しくなります。そして、埒が明かないと思った私はいつぞやのようにもっちーの手を握り、屋上まで引いていくことにしました。ところが、私ともっちーの間を縫うようにしてもっちーのつま先のホンの少し前にカッターが刺さりました。
「…………雄二。抜け駆けは許さない」
『そうだ、坂本。霧島さんと幼馴染なだけでは飽き足らず、神谷さんにまで手を出しやがって』
『俺もあんな美人な幼馴染が欲しいわぁぁぁぁ!』
『先程は神谷さんに邪魔をされたが、その神谷さんが毒牙にかかったとあっては容赦はできんぞ』
『異端者には死の鉄槌を!』
そして、私ともっちーの前に立ちはだかるクラスメイト達。本当に頭が痛くなってきます。軽い頭痛を覚えた私は空いている方の手で軽く額を抑えながら低い声で言い放ちます。
「何言ってんのか全然分かんないんだけど、本当に大事な話がしたいんだからさっさと退いて。それと、この前あれほど言ったのにカッターなんか投げるなんていい度胸してるね。むっつーは後で覚悟しておくこと」
それでも彼らは『神谷さん、目を覚ますんだ!』だの『そんなゴリラより俺の方が!』だのと訳の分からないことを喚いています。私がいったいどうやって散らしたものかと考えていると、
「あんたたち、いい加減に止めなさいよ!」
「そうです! 真剣な話なのに邪魔するなんていけませんよ!」
『そ、そんな。姫路さん』
『お、おい。どうするよ。流石に女子には』
思わぬところから援護射撃が。なんと、しまっちとひめひめが果敢にも男子達に詰め寄ってくれました。ただ、
「(夏樹が坂本と。……これならアキは)」
「(な、夏樹ちゃん。そうだったんですね。それなら吉井君は……)」
小声だったので、二人が言った言葉は聞き取れませんが、なんとなく私欲と勘違いが渦巻いている気がしてなりません。まあ、それでも男どもを抑えてくれている。そのことは純粋にありがたい。
「二人ともありがとね。虫がいいかもしれないけどさ、できたら屋上に他の人が来ないように見張ってて貰っていいかな? あんまり人に聞かれたくない話だからさ」
「任せておきなさい」
「夏樹ちゃん、頑張ってくださいね」
「お、おい、夏樹。俺は承諾した覚えは無いぞ! さっさと放せ」
快く承諾してくれた二人にクラスメイトのことは任せて、私は往生際の悪いもっちーの手を引き、屋上を目指した。ひめっちが言うとおり、頑張らなければならない。
屋上の扉を抜けたところでもっちーの手を放し、落下防止のための手すりのところまで歩を進めます。屋上は少し風が強く、うなじのところで縛った髪が流され、乱れていきます。
「で、一体何の用なんだ。教室ではバカどもの殺気のせいで混乱したが、お前のことだから嫌がらせとか、ましてや告白とかそんなことじゃないんだろう? Aクラス戦まで時間が無いんだからさっさと話せ」
「……」
手すりに手をかけた私の背中に坂本
しかし、私は彼の言葉の中の矛盾に気づいてしまいました。彼がこれに気付いたうえでこの戦いを進めようと言うなら私は許すことができません。そして、今のFクラス首脳陣は吉井君と坂本の二人を核とした集団です。つまり、その片方と対立する以上、私はこの集団にこれから混ざることはできません。今まで大切にしてきた大好きな場所を失うのはとても怖い。実際、心の中の悪魔が「あんた以外は誰も矛盾に気づいてもいないんだから黙ってなって。こんなんで友達無くすなんてバカらしいでしょ? あんたは何にも得しないんだよ?」と誘惑してくる。実際、この矛盾を突いても私が得られるものは無く、ただ友達を失うだけ。第三者が見るなら私のことをバカだと笑うでしょうが、ここで見ないふりをしたら私らしくない。私は今の自分を捨てたくなんかない!
「ねぇ、坂本」
「あん? なんだ?」
私がしまっちのように名字で呼び捨てにしたことにいぶかしみながらも、彼は私の呼びかけに答えてくれました。
「小学校とか中学校の時にテストで大化の改新の年号の問題って出た?」
台詞だけを抜き出すと出身校が違う者同士のなんでもない世間話。でも、今の私たちにとってはあらゆる事象に深く関わる問いかけ。その問いを発した私はあまりの緊張で喉がひりつくように感じる。
「……何度か出たような気がするな」
質問の意図は分からなくとも、私が真剣であることは分かったのであろう、坂本は重々しく答える。
「じゃあさ、あんたと幼馴染の霧島さんもそれ受けてるよね」
「当然のことを確認するな」
「ってことはさ、霧島さんはその問題を間違えたんだよね」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。彼も私の言いたいことが分かったのだろう、言いたくは無いが流石は元神童だ。彼が私の意図を理解したことで私たちの間が重々しく、息苦しいものとなる。まるで底なし沼に頭まで沈んでしまったかのようだ。
「一応、質問なんだから答えてほしいんだけど」
「多分そうなんじゃねぇか? 答案を見せ合うような関係じゃなかったから知らんが」
「だったらさ。少なくとも一度は大化の改新は625年は間違えだって
「…………」
「でもさ、坂本は今回の勝利を確信してる。なんで? 霧島さんは一度覚えたら忘れないんだよね? だったら間違えたっていう記憶も当然持ってるでしょ?」
「…………」
神童から悪鬼羅刹に変わったことでの交流関係の変化の影響か、周りの人間が深く考えない人間になったせいで、自分の周りにここまで思考を働かせる人間がいる可能性を失念したのだろう。私の2回の問いによって空気がさらに重くなり、口の中にも何か気持ち悪いものが広がったような錯覚を覚える。まるで、二人のいるこの空間を満たす泥が口に入りこんだみたいだ。覚悟は決めたはずなのに、自分でも情けないことに私は次の言葉を発するのを怖がっている。私の中の悪魔も往生際悪く「今ならまだ間に合う。ここで切り上げてうやむやにしろ」と繰り返しているが、意を決して背後にいる彼に振り向く。
「私はあんたたちの幼馴染じゃないからただの予想だけど、その年号は本当は二人の大切な思い出なんじゃない?」
その言葉に呼応するかのように風が一際強く吹き荒れた。
「本当は二人の大切な思い出なんじゃない?」
とても短い問いかけ、それは言うならば小石のようなものだった。だが、その小石はだだっ広い湖全体に波紋を起こすかのようなあり得ない衝撃を俺に与えてきた。振り向きざまにその言葉を放ったのは悪友の中の唯一の異性。彼女は淡々とした態度でその問いかけをし、今も波一つない水面のように落ち着いている。だが、いきなり強くなった風に彼女自慢の長髪は嵐の海のように激しく波打っている。凪のような表面とは裏腹に、彼女の心は本当はその髪のように激しく乱れているのだろうか。
彼女の言葉にとっさに答えを返すことができない。だが、彼女は聞きなおすでもなく俺を見つめている。その間に上手いごまかしを考えるが、混乱した頭は余計なことを思い出そうとする。目の前に浮かぶのは幼い二人の子供。赤髪でそんなに体格は良くないが人を食ったような生意気な表情の小学生くらいの男子と同じ年頃の日本人形のように可愛らしい黒檀のように黒々とした長髪を持つ女子。止めろ! そう思っても勝手に思い出し始めた物は同じように勝手に進むのだった。
『忘れるなよ? 大化の改新は無事故で起きたから――』
『うん』
人を小馬鹿にしたような声音で偉そうに講釈を垂れる少年に気を害した様子もなく少女はうなずく。
『――625年だからな』
『……分かった。きちんと覚えた』
『よし。忘れるなよ』
自分が間違えていることなど微塵も気づかずに偉そうなことを言う少年。しかし、少女はとても綺麗な笑顔でうなずいたのだ。
『……大丈夫。絶対に忘れない』
そう、とてもとても綺麗な笑顔だった。……直視したこの目が焼け、潰れてしまわないのが不思議なほどに。
思考の海に沈んでいた俺は袖を引く感触で一気に浮上した。すると、だいぶ離れていたはずの夏樹が目の前に立ち、左袖を掴んで俺の顔を覗き込んでいた。遠目で見れば女が彼氏に上目づかいで甘えているように見えるだろうが、この袖は唯俺を逃がさないためのもの。事実、彼女は真剣な目で睨むように俺を見ている。接近に気付かないほど、少女が接近しようと考えるほどに思考にはまり込んでいたとは。一刻も早くごまかしの言葉を作らなければ――いや。まずは時間を稼ぐ言葉を。そう思って彼女の顔を見返すと、鏡のように澄んだ瞳に映った赤髪の青年がバカにしたような表情でこちらを見ていた。分かっている。いくら距離が近いとはいえ人の瞳に映った映像の表情が分かるはずがない。これはさっきと同じように脳が作り出した映像だ。しかし、思い込みの映像とは言え、そいつの表情は気に入らなかった。まるで「また、逃げるのか?」と問いかけているようだった。ふざけるな! 俺はあの時とは違う。「なら、何が違う?」再び問いかけられたような気がした。こいつと話していると調子が狂う。Aクラスに勝つためにもさっさと話を切り上げなければならない。誰にともなく言い訳をし、彼女から視線をそらす。
「……仮に大事な思い出だとして。それをお前が知ってどうする」
かろうじてそれだけは絞り出すことができた。そして、それを受けて目の前の女はぞっとするほど冷たい声を放った。
「どうもしない。赤の他人が誰を傷つけようが、何を壊そうが知ったこっちゃない」
どうやら沈黙は金とはいかなかったようだ。目の前――視線をそらしているので厳密には違うが――の女は先ほどの沈黙から答えを得たようだ。いや、もしかしたら表情から解答にたどり着いたのかもしれない。彼女はこと視覚情報に限れば秀吉以上の観察眼を有している。そして、その上で自分の決意を答えているのだ。すなわち、今の作戦でAクラスに勝つなら縁を切ると。正直勝手にしろという思いだ。元来、自分と少女は水と油のように相性の悪い存在なのだ。それをあのバカが界面活性剤のように働き、何の間違いか友人関係になってしまっていた。それが本来の適切な距離に戻るだけだ。だからコイツの覚悟に俺の答えを返す。
「そうだな。俺も赤の他人にアレコレ指図されたくない」
「…………そう。赤の他人の無駄話で時間を取らせてごめんね」
「ああ、まったくだ」
少し悲しそうに言い放つと、彼女は俺の袖から手を放し、校舎の中へと消えていった。
そうだ。元々間違えで結ばれた縁が当たり前に切れただけ。アイツがいなくてもあのバカどものテンションならさほど影響はない。そうして、自分と秀吉と康太、ついでに明久
「っち、鬱陶しい風だな。こんな風が吹いてるから余計な音が混ざるんだよ」
俺はそう呟いて校舎に戻ることにした。
――少年は気づいていないが、その背中はとてもとても小さく、まるで道に迷った幼い子供のようにも見えた――
……雄二とも大喧嘩をしてしまいました。あれ? プロット段階では喧嘩はしてももっと穏やかだったはずなのに。
今回の話のせいでアニメ版と矛盾するというのは雄二が翔子が大化の改新を翔子が「知識」ではなく「思い出」として覚えているのかを知っていたかどうかです。アニメでは間違えて教えたから間違えれば覚えなおしてしまうと思っていた(一期ラストの明久vs翔子)のに対し、こっちでは何度間違えても直さないことを知っているので完全な矛盾ですよね。そして、それと同時にそんな方法で勝とうとしている雄二が下衆になってしまいました。
喧嘩しても、その実太い絆で繋がりあっていた明久の場合とは異なり、雄二とは今回のことで関係が薄氷のように脆くなってしまいました。夏樹と明久、雄二の関係。そして、Aクラス戦がどうなるのかという展開を楽しんでいただけたら幸いです。
あっ、それと勘違いをされないように書いておくと美波と姫路のアレは打算半分、善意半分です。確かに夏樹と雄二がくっつけば明久争奪戦の最大のライバル(勘違い)が消えるとは思いましたが、数少ないFクラス女子の友達としてその恋路を応援したいという純粋な思いもありました。ですので、彼女たちをあまりひどく言わないで上げてくださいね。