それでは本編始まります。
「では、両名共準備は良いですか?」
10時になって、ついにAクラスとの一騎打ちが始まった。会場はAクラス。Fクラスは狭くて汚くて会場には相応しくないからね。立会を務めるAクラス担任且つ学年主任の高橋先生が雄二と霧島さんに確認を取る。それにしても、今日も知的な眼鏡とタイトスカートから伸びる脚がとても綺麗だ。
「……ああ」
「……問題ない」
霧島さんはいつも通り静かに答え、雄二は腕を組み、眼を瞑りながら短く応じる。Bクラス後半戦の時以上に不機嫌な様子だ。決戦の時だというのに高橋先生の色気に意識を向けたのはこの空気の居たたまれなさのせいだったりする。
――戦いが始まる前――
夏樹が雄二を連れていったときはまさか夏樹があの不細工ゴリラに告白するのではないかと彼女の感性を心配し、横目で教室の入り口をうかがい続けていた。戻ってきた夏樹は僕の頬を叩いた時と同じかそれ以上に不機嫌な様子だった。ワクワクしながら待っていた美波と姫路さんも不安がりながら近づいて、屋上での様子を聞いたけど、「みんなを止めてくれてありがと、でもデリケートな問題に簡単に首をつっこまないで」と冷たく突き放し、自分の席に着いた。夏樹は基本的に礼儀正しく優しい性格なので干渉を避けるにしてももっと柔らかい言葉を選ぶくらいの器量はある。それなのに、つっけんどんな言い方しかできないのは本格的におかしい。まさか、あのゴリラと何かあったのだろうか。
僕がそうしたもやもやした思いを抱えていると、今度は雄二が教室に戻ってきたが、コイツも夏樹に勝らずとも劣らない不機嫌ぶりだった。
「ちょっと、坂本! あんた夏樹になにしたのよ!」
「あ、あんまり女の子にひどいことをしちゃダメですよ」
入口のところでオロオロしていた美波と姫路さんが雄二に詰め寄るが、
「俺は何もしちゃいねぇ、むしろされた側だ。あんまり、俺と神谷との問題に口をはさまないでくれ」
と、こちらも冷たく返す。でも、神谷だって!? 5人組――不本意だけど周りが言うにはバカ4人組とその保護者――の関係でいつも一緒にいた夏樹と違って最近深く付き合い出した二人は雄二の呼び方に違和感は感じても小さすぎて正体が分からないのだろう。ちょっとした喧嘩だと思って納得しようとしている。だが、これまた不本意ながら1年ずっと雄二と一緒にいた僕なら分かる。アイツはちょっと喧嘩したくらいでは呼び方はぞんざいになっても呼び名自体は変わらない。例えば、夏樹の奴とか夏樹の野郎とかになっているはずだ。ということは二人の間には喧嘩で済まないレベルの問題が起こり、友人関係の危機にあるということだ。
クラスや姫路さんのことを思うならおそらくAクラス戦では出番の無い夏樹よりも代表であり、霧島さんを倒すという大事な役割を持つ雄二のフォローをするべきなのだろう。だけど、僕は雄二なんかよりも夏樹を気にしなければいけないような気がした。僕はどれだけかかっても夏樹に許して貰って友達に戻るつもりだが、夏樹はそう簡単には許してくれないだろう。だから、自分で言うのはおこがましいことは理解しているが、夏樹は一番の親友を失った状態だ。そして、今度は僕の次に仲の良かった雄二との決別。凛とした強い女性に見えて、本当は寂しがり屋の彼女はこのクラスで孤立してしまったらどうなってしまうのだろうか。だが、バカな自分には解決策が浮かばない。ならばどうするか――
「それでは一人目の方、どうぞ」
「アタシから行くよっ」
高橋先生の言葉を受け、向こうからは秀吉の姉である木下優子さんが出てくる。これならいけるかも。
「あ、あの「ワシがやろう」」
しまった! まごついている間に予定通りに秀吉が出てしまった。本来なら姉弟ゆえの情報で苦手科目や集中の見出し方を知っている秀吉が未決定カードの中では一番勝率が高いだろう。だが、確実に勝ちを取りに行けるとは限らないここじゃなければいけなかったのに。
僕の葛藤を余所に向かい合う姉弟。そして、不意に木下さんが口を開く。
「ところでさ、秀吉」
「なんじゃ? 姉上」
「Cクラスの小山さんって知ってる?」
「はて、誰じゃ?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。小山さんと言えば夏樹の演義の印象が強くてはっきり覚えてる。秀吉が木下さんのふりをしてバカにしたCクラスの代表じゃないか。……まずい、まだそのことについて謝ってなかった!
「じゃーいいや。その代わり、ちょっとこっちに来てくれる?」
「うん? ワシを廊下に連れ出してどうするんじゃ姉上?」
自分が木下さんを利用したことなど忘れているのか秀吉はのこのこと木下さんについていく。
『姉上、勝負は――どうしてワシの腕を掴む?』
『アンタ、Cクラスで何してくれたのかしら? どうしてアタシがCクラスの人達を豚呼ばわりしたことになっているのかなぁ?』
『はっはっは。それはじゃな、姉上の本性をワシなりに推測して――あ、姉上っ! ちがっ……その関節はそっちには曲がらなっ……!』
ガラガラガラ
「秀吉は急用ができたから帰るってさっ。代わりの人を出してくれる?」
扉を開けて戻ってきた木下さんはにこやかに笑いながらハンカチで返り血をぬぐっている。正直かなり怖い。事実、あの雄二でさえ尻込みしてしまっている。
「い、いや、こちらの不戦敗でい「い訳ないでしょうが!」」
わずかの勝利の可能性よりも木下さんとの対立を避けようとした雄二の左顔面に右手を当て、夏樹が雄二を払いのけるようにして前に出てきた。
「その勝負私が受ける。で、提案。代表たちと同じようにこの勝負に負けた方はなんでも一つ言うことを聞くってのはどう? 私が勝った場合は今の暴力についてきのっち、あぁ、木下――っと、これじゃ紛らわしいか。秀吉くんに謝罪すること。私が負けたら土下座だろうが、グラウンド百周だろうがなんだってやってやるわ」
な、夏樹!? 前に出てきた夏樹は以前の演技とは違っていつもの温厚さも冷静さも完璧に失い、完全に目が据わっていた。どういうこと? 散々個人戦は難しいって言ってたのに。というか、今回のことは秀吉にも問題がある上に家族間のことに関わるなんて。大体、春華さんとあやめさんだって似たような感じでしょ!?
…………ひょっとして混乱してる? ここで進級してから今日まで夏樹に起こったことをリストアップしてみよう。まず、Fクラスの設備にショックを受けて、クラス全員の代わりに船越先生に謝罪、次の日には透けた下着を男友達に見られた揚句何故かコスプレをし、次の日も雄二とムッツリーニの情報不足でCクラスでの大立ち回り。更に次の日には僕の代わりに壁についての謝罪をして僕と喧嘩。そして、おそらく今日は雄二とも喧嘩をしたのだろう。
こんな短い期間で問題が続けて起こり、最も親しい友人二人とは不仲となり、残った数少ない友人の一人が出血するほどの暴行を受けた。これは少々過敏に反応してもおかしくないのかもしれない。
「あなた、神谷さんって言ったっけ? 暴力っていうのが良く分からないんだけど。それに、あんまり人の家庭に首を突っ込まないで欲しいな」
「白を切るようだから勝手に言うけど、いくら家族でも血が出て、気絶するようなお仕置きはいきすぎだって言ってんの」
木下さんはあくまで優等生然としているけど、ピリピリしているのがはっきり分かる。そして、声を荒げこそしないが不機嫌を隠そうともしない夏樹とのにらみ合いで空間が歪んだと錯覚するほどのプレッシャーが生じている。
「お、おい、神谷。お前の召喚獣は一騎打ちに向かないんだからやめておけ」
「別に、相手の倍以上の点数取ってればいいだけでしょ」
「お前の成績でできるわけねぇだろ! せめて、タッグを組むとかだな」
「そんなルールは無いし、仮に教科指定分を使ってタッグにしたとして、敗北色濃厚の私と組んでくれる人がいるとでも言うの? どう、みんな。私と組んでくれる?」
喧嘩中の雄二も流石に心配なのか夏樹を止めようとしている。だが、夏樹は完全に頭に血が上っているのか聞く耳を持たない。そして、見かねた雄二がタッグを提案し、夏樹が組む人間はいるのかとFクラスのみんなを見まわして問うが、ほぼ負けが決まっている戦いであるため、みんなが目をそらしている。でも、これはかえって好都合だ。
私は木下さんに一騎打ちを挑んだ。我ながらバカなことをしたものだと思う。確実に負ける勝負に賭けを持ちかけるなんて正気の沙汰ではないだろう。だが、続けて友達を失ってきた私はきのっちが出血したうえで、ここに来れないほどの怪我をしている事実を見て、目の前が真っ赤になり、気づいたら木下さんに勝負を挑んでいた。教室から出る前に何やらゴチャゴチャと話していたが、全く頭に入ってこなかった。だが、それでも血を流すほどのことがあったとは思えない。だったら、そんな友達のためにできることだけはしたいと思う。それに、暴力が当たり前になって家族の関係が疎遠にならないとも限らないしね。やっぱり、どんな家族であれ家族は穏やかでいてほしいと思うから。
坂本君はせめて勝率を上げるためにタッグにしろと言ってきたが、それこそ無駄に2戦を捨てるだけ、私のわがままでパートナーのクラスでの立場を悪くするつもりは無い。まあ、それ以前に誰も組みたがってくれないしね。……はは、人望の無さに少し泣けてきます。
まあ、個人戦は苦手ではあるが、それでも戦いようが全くないというわけではない。あくまで、私の召喚獣との接触がダメージにならないだけだから背負い投げのように投げ技を使うとか、高く打ち上げて自由落下で床と衝突してもらうとかすれば僅かでもダメージは与えられる。よって、教科次第では勝率は完全なゼロではない。……とは言っても、この間蹴り飛ばしたDクラス生のように受け身を取られるとダメージを与えられないから、本当にゼロではないだけで、クモの巣で綱渡りをするようなギリギリの戦いになるだろう。
「ふーん。本当にタッグじゃなくていいのかしら。アタシはそれでも構わないんだけどね。一試合分時間が短くなるし」
「ご覧の通り組んでくれる人がいないもので。それよりも、その余裕な態度。絶対に歪ませてやるからね」
「まあ、良いけどね。それじゃあ、教科は譲ってあげるわ」
さて、ここで問題なのは選択する教科だ。私は吉井君とのいざこざで集中できず、無意識のうちにテストを受けていて、点数確認も忘れていたので自分の成績を知らない。セオリーとしては400点代決定の英語を選ぶべきだろうが、正直Aクラスの人なら250点くらいは普通に取っていそうだ。私でも500点以上は調子が良くなければ厳しい。となると、数学だろうか? こっちはもっとだめだ。最悪60点代になるようなテストを信頼するのは無謀すぎる。ここは安全策で。
「じゃあ、教科はえ――」
「待った! 僕と夏樹がタッグでやるよ!」
今回はひき逃げチックに終わらせていただきました。今回というかこの後の数話が全てそんな感じなんですが。今回、夏樹と優子を対立させました。今は亡き二次ファンではここでオリキャラを優子と戦わせていがために優子を改悪させる作品が非常に多かったのを覚えています。でも、この作品ではできるだけキャラの改悪は避けたい。ならばどうするか? で前回の雄二との大喧嘩になりました。夏樹は物事を溜めこむ性質なので、限界まで貯めこむと大爆発します。そのせいで、冷静な判断を無くして突っかからせました。物書きシュレ猫、原作キャラを”改悪”して悪者にするくらいなら、オリキャラを悪者にします。
ちなみに原作では誰一人として優子の秀吉への怒りに気づきませんでしたが、ここでの明久は夏樹と付き合っていることと、2日前の喧嘩で今までの自分を見つめなおしていたので気付くことができました。
さて、雄二にタッグ戦を勧められながら一人で挑もうとした夏樹にラストでかかった声。この声の正体はいったい誰なのか?(笑)
それでは次回もよろしくお願いします。