ほとんどの生徒が混乱している中、平然としていた数少ない人物の一人である福原先生は騒然とする教室を意に介さず、遅刻してきた女生徒に話しかけました。
「丁度よかったです。自己紹介をしていたところなので姫路さんもお願いします」
「は、はい! あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします……」
彼女は息を整えると自己紹介をすませました。
「はいっ! 質問です!」
「あ、は、はいっ。なんですか?」
一人の生徒が高々と挙手するとともに質問を投げかけ、いきなり質問されて驚きながらも彼女は了承の意を表しました。
「なんでここにいるんですか?」
……バカヤロォ。彼女がどういう人間かを鑑みれば彼がどういうニュアンスでその質問を発したかは分かります。なぜなら、彼女は入学して最初のテストで学年二位となり、その後も上位一桁以外をとったことがないほどの優等生なのです。そんな彼女がいるべきはAクラスしかありませんからね。それでも言い方ってものがあるでしょうが。もしも、彼女が傷ついたりしたらどうするんですか。相手が不快にならない話し方は対人関係の基本ですよ。高校生なんだから少しは考えなさい。関係ない私が怒りを覚える一方で、問われた本人は特に気分を害した風でもなく、その質問に答えるために口を開きました。
「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」
その言葉を聴き、私もクラスメイトたちも彼女がここにいる理由を察しました。つまり、彼女は途中退室をしたせいで全てのテストが0点扱いとなり、ここに振り分けられてしまったです。……この学校がそういう文言を掲げているのは知っていましたが、本当にその犠牲になった子がいたんですね。
そんな彼女の言い分を聞き、クラスの中でちらほらと見苦しい言い訳が始まります。
『そう言えば、俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスに』
『ああ。化学だろ? アレは難しかったな』
『俺は弟が事故に遭ったと聞いて実力を出し切れなくて』
『黙れ一人っ子』
『前の晩、彼女が寝かせてくれなくて』
『今年一番の大嘘をありがとう』
バカばっかりです。どうでもいいけど、最後から二番目の人、嘘と言われてニヤッとしてません? ってことは本当なのでしょうか?
ちらりと彼を見ると鞄の前ポケットにDSとそのソフトが。あのパッケージは……まさか、ラブプ○ス!? えぇ、ゲームのせいでクラス分けを棒に振ったんですか!?
ま、まぁ、いいです。それよりも大事なことを考えなくては。姫路さんがクラスメイトですか、………………渾名はひめひめですね。
「で、ではっ、一年間よろしくお願いしますっ!」
ひめひめ(仮)はみんなの視線から逃げるようにあっきーともっちーの間の空いている席に座り、
「き、緊張しましたぁ~……」
安堵のため息をついて卓袱台に突っ伏しました。おっ、あっきーがひめひめ(仮)に話しかけるみたいです。
「あのさ、姫――」
「姫路」
あっきーが話しかけた途端もっちーがそれにかぶせます。あれは完全に狙いましたね。
「は、はいっ。なんですか? えーっと……」
慌ててもっちーのほうに体を向けるひめひめ(仮)。ですが、相手に全く面識がないせいで戸惑っていますね。
「坂本だ。坂本雄二。よろしく頼む」
「あ、姫路です。よろしくお願いします」
「ねぇ、――」
「あっ、私もよろしくお願いします」
ひめひめ(仮)の視界に入るようにして挨拶すると、今度は私の台詞があっきーの台詞にかぶりました。……ごめん、あっきー。本当にわざとじゃないから許して。
「こちらこそよろしくお願いします。それで、あなたは……」
「あっ、私は元Dクラスの神谷夏樹です。苗字でも名前でもあだ名でも好きなように呼んでね。……それとお願いなんだけど、姫路さんのこと、これからひめひめってあだ名で呼んでいいかな?」
「ひっ、ひめひめですか?」
私のセリフに戸惑うひめひめ(仮)。そんなにおかしなことを言ったかな?
「あー、姫路。こいつはこういう奴だと諦めて許可してやれ。ほとんどの友達にそういう系統の渾名をつけるんだ。実際、俺ももっちーとか呼ばれてるしな。全く似合わないことこの上ない。その点姫路はそれなりには似合ってるんだからまだマシだろ」
もっちーが珍しくまともなサポートをしてくれます。でも、こういう奴ってどういう意味ですか。まるで私がおかしいみたいじゃないですか。
「わ、分かりました。じゃあ、私は夏樹ちゃんって呼びますね」
「ところで、姫路の体調は未だに悪いのか?」
「あ、それは僕も気になる」
今度はあっきーがもっちーとひめひめ(確定)の会話に口を挟みました。ようやく話せてよかったね、あっきー。
「よ、吉井君!?」
あっきーの顔を見て驚くひめひめ。一体どうしたんでしょうか?
「姫路。明久がブサイクですまん」
もっちーが全くフォローになってないフォローをします。うん、普段のこいつのサポートって言ったら大抵こんな風に相手を貶める内容なんだよね。
「そ、そんな! 目もパッチリしてるし、顔のラインも細くて綺麗だし、全然ブサイクなんかじゃないですよ! その、むしろ……」
おや? もしかして……
「そう言われると、確かに見てくれは悪くない顔をしているかもしれないな。俺の知人にも明久に興味を持っている奴がいたような気もするし」
「え? それは誰――」
「そ、それって誰ですかっ!?」
あっきーを遮ってひめひめが勢い良く問いかけます。やっぱり、彼女もそうでしたか。他にも気になっている人がいるらしいし、ほんとあっきーはモテますね。
「確か、久保――」
……あー、そのネタですか。確かにあっきーはモテるんですけど、そっち方面は可哀相ですね。
「――利光だったかな」
名前から容易に察することができるように、もっちーがあげた人物は正真正銘男性です。……ちなみに心は乙女とかってこともないはずですよ。
「おい明久。声を押し殺してさめざめと泣くな」
いやぁ? 誰でも流石に泣くと思いますよ? そんな中、(フォローにならない)フォローのためにもっちーが口を開きます。
「半分冗談だ。安心しろ」
「え? 残り半分は?」
「ところで、姫路。体は大丈夫なのか?」
「あ、はい。もうすっかり平気です」
「ねぇ、雄二! 残りの半分は?」
意味深な内容が含まれたフォローについて大きな声で問いかけるあっきー。ですが、当然もっちーは無視しています。あっきーをからかうのが好きなもっちーが正直に言う訳ないですよね。……あっきー、残念だけど半分どころか全部事実だよ。でも、私には本人にそれを言えるだけの勇気も冷酷さもありませんでした。
「はいはい。そこの人達、静かにしてくださいね」
あっきーの大声は流石に問題なようで、パンパン、と教卓を叩いて先生が警告を発します。
「あ、すいませ――」
バキィィ バラバラバラ……
先生が叩いた衝撃でボロボロだった教卓が崩壊しました。その事態に教室内がしんと静まり返ります。
「え~……替えを用意してきます。少し待っていてください」
先生は気まずそうに告げ、足早に教室から出て行きました。
「……雄二、夏樹、ちょっといい」
「ん? なんだ?」
「ここじゃ話しにくいから、廊下で」
悪だくみは大抵もっちーと二人なのに私も? ふと湧いた疑問についてあっきーに確認します。
「別にいいけど、もっちーだけじゃなくて私も?」
「うん」
そして、あっきーに促されて私たち三人は廊下に出ました。
「で、何の話なの、あっきー?」
「この教室についてなんだけど……」
「Fクラスか。想像以上に酷いもんだな」
「うん! 私もしっかりしたつもりの決心が揺らいだしね」
「二人もそう思うよね?」
『もちろん(だ)』
「雄二もAクラスの設備は見た?」
「ああ。凄かったな。あんな教室は他に見たことがない」
ふむ、なんとなくあっきーが言いたいことが分かってきましたね。
「そこで僕からの提案。折角二年生になったんだし、『試召戦争』をやってみない?」
「戦争、だと」
「うん。しかもAクラス相手に」
「随分無謀だね」
「……何が目的だ」
もっちーの表情がとても真剣なものに変わります。それに対し、あっきーはなるべく普段と変わらない態度を取り繕って返答します。
「いや、だってあまりに酷い設備だから」
「嘘をつくな。全く勉強に興味がないお前が、今更勉強用の設備なんかの為に戦争を起こすなんて、そんなことあるわけないだろうが」
「そ、そんなことないよ。興味がなければこんな学校に来るわけが――」
「あっきーがこの学校を選んだのは『試験校だからこその学費の安さ』が理由でしょ? 誰が願書に書く時に志望動機のでっち上げに協力したと思ってんの」
長月中学出身の親友舐めるなよ。このバカ。一度本気でその理由で願書を書こうとしやがりましたからね。そんな過去を思い出し、少しきつめの口調であっきーの弁解を封じます。視線を横に移すと、隣でもっちーもうんうんとうなずいてるので、もっちーもあっきーが文月学園を選んだ理由を知っていたみたい。
「……姫路の為、か?」
あっきーがビクリと震えます。
「ど、どうしてそれを!?」
たぶんもっちーはカマをかけただけなのにあっきーは見事に引っかかります。本当に単純だね。でも、やっぱりそうだったんだ。
「へぇー、ひめひめの為なんだ?」
「べ、別にそんな理由じゃ――」
「私は友達思いでいいと思うよ?」
「だから、本当に違うってば!」
別に隠さなくてもいいのに。私が微笑ましいものを見るような眼であっきーを見ていると、もっちーが真剣な態度を崩して自分の意見を述べてきました。
「気にするな。お前に言われるまでもなく、俺自身Aクラス相手に試召戦争をやろうと思っていたところだ」
「え? どうして? 雄二だって全然勉強なんてしてないよね?」
確かに。あっきーの言う通りもっちーも設備とか気にしそうにないんだけど。
「世の中学力が全てじゃないって、そんな証明をしてみたくてな」
あっきーは訳が分からないといった顔をしています。まあ、私も完全に分かっているとは限りませんが。
「それに、Aクラスに勝つ作戦も思いついたし、その下準備も夏樹がいれば――おっと、先生が戻ってきた。教室に入るぞ」
私もあっきーも促されるまま教室に戻りました。
「さて、それでは自己紹介の続きをお願いします」
壊れた教卓をボロい教卓に替えて、気を取り直してHRが再開されます。……まともな教卓はなかったんですか? ……なかったんでしょうね。
「えー、須川亮です。趣味は――」
教卓事件の後、特に何も起こらず淡々と自己紹介が進む中、あっきーが小声で話しかけてきます。
「ねぇ、夏樹の答えは聞けなかったんだけど、夏樹は試召戦争する気はある?」
少し考えて、口を開きます。私としては試召戦争は夏休みで準備期間を1カ月近く潰せる夏休み前にしたかったんだけど、
「……本当はもう少し経ってからが良かったんだけど、とりあえず反対するつもりはないよ」
仕方ないよね。二人とも真剣なんだもの。
「ほんと! ありがと、夏樹!」
「坂本君、君が自己紹介の最後の一人ですよ」
「了解」
あっきーと話しているうちに自己紹介がもっちーまで進んだようです。
ゆっくりと教壇に歩み寄るその姿にはいつものふざけた雰囲気は見られず、クラス代表として相応しい貫禄を身に纏っているように思えます。
「坂本君はFクラスの代表でしたよね?」
先生に問われ、鷹揚にうなずくもっちー。
「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺のことは代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ。……さて、皆に一つ聞きたい」
もっちーの間の取り方が上手いためか、クラス中の視線がもっちーに向けられました。
皆の様子を確認した後、もっちーの視線は教室の各所に移り出します。
かび臭い教室。
古く汚れた座布団。
薄汚れた卓袱台。
つられて私たちももっちーの視線を追って、それらの備品を順番に眺めていきました。
「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが――」
一呼吸おいて、静かに告げるもっちー。
「――不満はないか?」
『大ありじゃぁっ!!』
二年F組生徒の不満が爆発しました。
「だろう? 俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている」
『そうだそうだ!』
『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ! 改善を要求する!』
『そもそもAクラスだって同じ学費だろ? あまりに差が大きすぎる!』
誘爆したかのように不満の声が教室中から上がります。そんなに嫌なら少しは勉強しとけばよかったでしょうに……。
「皆の意見はもっともだ。そこで」
私とは異なりもっちーは皆の反応に満足したのか、自信に溢れた顔に不適な笑みを浮かべて、
「これは代表としての提案だが――」
これから一年、戦友となる仲間たちに野性味満点の八重歯を見せ、
「――FクラスはAクラスに『試召戦争』を仕掛けようと思う」
Fクラス代表、もっちーこと坂本雄二は戦争の引き金を引きました。
試召戦争の準備期間の3カ月ですが、学期中は休みの日が多い月も関係なく1カ月計算なのに、夏休みをはさんだとたんに日数を厳密に計算するというのは考えにくいのでこのような独自解釈をしました。願書については自分の出身中学は学活の時間などに願書の下書きを書いたりしたので他の学校でも多いのではないかと考えて、書きました。ピンとこなかった方、申し訳ありませんでした。