それでは、本編が始まります。
ほとんどのクラスメイトにとってAクラスへの宣戦布告は現実味の乏しい提案にしか思えなかったようで、
『勝てるわけがない』
『これ以上設備を落とされるなんて嫌だ』
『姫路さんがいたら何もいらない』
『あぁ、姫路さんと神谷さんという二輪の花があれば十分だ』
このように教室中から不満の声が上がります。……一部変な声が上がりましたけど、気にしないことにします。
でも、皆の言葉も至極当然なことで、試召戦争とはテストの成績に応じた強さを持つ召喚獣を用いて戦いを行うのです。よって、テストの点数が非常に重要なものと成ります。
そして、当然のことながらAクラスとFクラスの点数は文字通り桁が違います。正面からやりあった場合、相手次第ではこちらが四、五人で一人に戦いを挑んでも負けてしまうかも知れません。
「そんなことはない。必ず勝てる。いや、俺が勝たせてみせる」
圧倒的な戦力差を知りながらも、もっちーは宣言しました。
『何を馬鹿なことを』
『できるわけないだろう』
『何の根拠があってそんなことを』
否定的な意見が教室中に響き渡ります。
確かにそんな宣言だけで納得できるような甘い戦いじゃありませんよね。
「根拠ならあるさ。このクラスには試験召喚戦争で勝つことのできる要素が揃っている」
そんなもっちーの言葉を受けてクラスの皆が更にざわつきます。
根拠がある? 私も何人か優秀な人材は思いつきますが、そこまで決定的でしょうか?
「それを今から説明してやる」
得意の不敵な笑みを浮かべ、壇上から皆を見下ろすもっちー。
「おい、康太。畳に顔をつけて姫路と夏樹のスカートを覗いてないで前に来い」
「…………!! (ブンブン)」
「は、はわっ」
必死になって顔と手を左右に振り否定のポーズを取る康太と呼ばれた男子生徒、むっつー。
もっちーの指摘で気づいたひめひめはスカートの裾を押さえて遠ざかり、むっつーは残念そうな表情で顔についた畳の跡を隠しながら壇上に歩き出しました。壇上に向かう途中、私のほうに少しだけ恨めしそうな視線を向けてきたのでニヤリと笑みを返してやります。去年のクラスメイトを舐めないことだよ、むっつー♪
「土屋康太。こいつがあの有名な、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)だ」
「…………!! (ブンブン)」
はっきり言って、土屋康太という名前は有名じゃありません。しかし、ムッツリーニという呼称は別です。あっきー曰くその名は男子生徒には畏怖と畏敬を、女子生徒には軽蔑を以って挙げられているとのこと。
ちなみに私自身は軽蔑はしていませんが呆れてはいるので、彼は私の呼び名法則の数少ない例外です。私は普通親しい異性の友達は苗字をベースにした渾名で呼ぶんです。そして、彼との仲を考慮すれば渾名は「つっちー」辺りになるのですが、あの覗きにはうんざりなので例外措置です。
えっ、渾名を元に渾名をつけたのかって? 違いますよ。むっつーの由来はムッツリーニと同じく『ムッツリスケベ』です。同じ祖先から鯨になったか陸上生物になったかみたいな違いですね。
『ムッツリーニだと……?』
『馬鹿な、ヤツがそうだというのか……?』
『だが見ろ。あそこまで明らかな覗きの証拠を未だに隠そうとしているぞ……』
畳の跡を手で隠している姿がとても哀れです。……友人としてかなり恥ずかしいです。
「姫路のことは説明する必要もないだろう。皆だってその力はよく知っているはずだ」
「えっ? わ、私ですかっ?」
「ああ。ウチの主戦力だ。期待している」
確かにこのクラスでひめひめ程頼りになる戦力はいないよね。
『そうだ。俺達には姫路さんがいるんだった』
『彼女ならAクラスにも引けをとらない』
『ああ。彼女さえいれば何もいらないな』
……さっきからひめひめにラブコールを送っているのは誰なんでしょう。
「木下秀吉だっている」
きのっちは学力ではあまり名前を聞かないけど、他の事で有名なんですよね。演劇部のホープであることとか、おそらくAクラスにいるであろう双子のお姉さんのことで。
『おお……!』
『ああ。アイツ確か、木下優子の……』
でも、そういう方面の情報は試召戦争に関係ない気がするんだけど……。まぁ、せっかく上手く士気が上がってるんだから言わないほうがいいよね。……たぶんもっちーって詐欺師に向いてるんだろうな。
「そして、神谷夏樹だ」
えっ、私ですか?
『か、神谷さん……?』
『おい、彼女そんなに有名だったか?』
『神谷さん、失言ワンモアプリーズ』
ほら、皆もなんで私が呼ばれたのか分からずに困ってるじゃないですか。……一人変なのがいたけど。私の困惑をよそにもっちーは悪人じみた笑みを浮かべながら続けます。
「ふっ、お前らが知らないのも無理はない。何せこいつは今まで爪を隠してきた上、このFクラスにも手を抜いてわざと入ってきたくらいに強かな奴だからな」
待って! 私は意識的に学力をいじったことはないよ!? 今回英語の名前を書かなかったのが、今までの人生で唯一の成績操作らしい操作だよ!?
「こいつはな、英語に関してはAクラス級の実力を持ち、特に通常の英語に関しては超Aクラス級の得点保持者なんだよ」
『なにっ! Aクラス級の教科が二つも!?』
『しかも片方は超Aクラス級だとっ!?』
二科目だけAクラス並じゃあ、全教科がAクラス級の人たちに勝てるわけないでしょ!
「更に言うなら、一年の一時期噂になった数学の女帝とはこいつのことだ」
『なっ、数学の女帝!?』
『一年の最初の中間試験の数学で霧島翔子をほぼダブルスコアで負かしたヤツだろ!?』
『その後全然噂を聞かないと思ったら、実力を隠していやがったのか!』
やめてぇー! やめてよ、もっちー。そんな聞いてて寒くなるような恥ずかしい異名で私を呼ばないで。自分で名乗ったわけじゃないのに私が寒い奴みたいじゃん。それにそのテストだってたまたま調子が良かっただけで、頼りにされても困るよ。
そんな私の苦悩を無視して戦力紹介は進んでいきます。
「当然俺も全力を尽くす」
『確かになんだかやってくれそうな奴だ』
『坂本って、小学生の頃は神童とか呼ばれていなかったか?』
『それじゃあ、振り分け試験の時は姫路さんと同じく体調不良だったのか』
『実力はAクラスレベルが三人もいるってことだよな!』
っ!? いつの間にか私がAクラスレベルに数えられてる!? 私は英語だけがAクラス級で総合成績はせいぜいCクラスレベルだよ!
だけど、この高まった士気を下げるようなことを言う勇気は私にはありませんでした。ダメな私を笑ってください。
「それに、吉井明久だっている」
……シン――
教室に静寂が広がりました。
限界まで高まった士気が一気に下がります。
もっちー、貴様。あっきーをオチ扱いにするなら私が訂正しても問題なかったじゃないか! 雰囲気を読んで損したよ。
「ちょっと雄二! どうしてそこで僕の名前を呼ぶのさ! 全くそんな必要はないよね!」
『誰だよ、吉井明久って』
『聞いたことないぞ』
「ホラ! 折角上がりかけていた士気に翳りが見えてるし! 僕は雄二たちとは違って普通の人間なんだから、普通の扱いを――って、なんで僕を睨むの? 士気が下がったのは僕のせいじゃないでしょう!」
まったく、あっきーの言う通りだよ。あっきーを弄りたいのは分かるし、もう諦めたけどTPOはわきまえてよ。
「そうか。知らないようなら教えてやる。こいつの肩書きは《観察処分者》だ」
……更に落としちゃうの?
『……それって、バカの代名詞じゃなかったっけ?』
「ち、違うよっ! ちょっとお茶目な十六歳につけられる愛称で」
あっきー、その言い訳は無理があるよ。
「そうだ。バカの代名詞だ」
「肯定するな、バカ雄二!」
「あの、それってどういうものなんですか?」
優等生であるひめひめは聞いたことすらないらしく、観察処分者がどういうものか分からずに小首をかしげている。
「具体的には教師の雑用係だな。力仕事とかそういった類の雑用を、特例として物に触れるようになった試験召喚獣でこなすといった具合だ」
その通り、普通の召喚獣は特別な処理がされている床以外を触ることができないけど、あっきーの召喚獣は壁でも机でもボールでも普通の人間と同じように触ることができる。
「そうなんですか? それって凄いですね。試験召喚獣って見た目と違って力持ちって聞きましたから、そんなことができるなら便利ですよね」
若干の羨望を込めた視線をあっきーに向けるひめひめ。確かにあっきー程度の点数でも召喚獣はかなりの力があって、やろうと思えば岩だって砕ける。……やろうと思えばね。でも、この制度はメリットばかりじゃないんだよ。
「あはは。そんなたいしたもんじゃないんだよ」
あっきーも観察処分者のデメリットを説明し始めます。
「皆と同じで先生の許可がないと召喚できないし、先生に都合よく使われるし、召喚獣の受けたダメージや疲れの何割かがフィードバックされるしね」
『おいおい。《観察処分者》ってことは、試召戦争で召喚獣がやられると本人も苦しいってことだろ?』
『だよな。それならおいそれと召喚できないヤツが一人いるってことになるよな』
皆が口々にあっきーの無能っぷりを攻めています。フォローした方がいいのかな?
「確かにこいつ単体ならいてもいなくても同じような雑魚だ」
「雄二、そこは僕をフォローする台詞を言うべきところだよね?」
あっきー、単体ならって言ってるんだから後半を待とうよ。
「だが、こいつがいることで神谷夏樹という戦力が最大限に活きる。この二人のコンビなら戦力的には姫路にも勝るとも劣らない」
確かにね。私の召喚獣とあっきーは最高に相性がいいから、多分試召戦争では私とあっきーはニコイチコンビとして活動すると思う。
『何? むしろバカが神谷さんの足を引っ張るんじゃないか!?』
「とにかくだ。俺達の力の証明として、まずはDクラスを征服してみようと思う。皆、この境遇は大いに不満だろう?」
『当然だ!!』
「ならば全員筆を執れ! 出陣の準備だ!」
『おおーーっ!』
「俺達に必要なのは卓袱台ではない! Aクラスのシステムデスクだ!」
『うおおーーっ!!』
「お、おー……」
場の雰囲気に圧されたのかひめひめも小さく拳を作り揚げていました。
「明久には宣戦布告の使者になってもらう。無事大役を果たせ!」
……またあっきー弄りですか。
「……下位勢力の宣戦布告の使者って大抵酷い目に遭うよね?」
「大丈夫だ。やつらがお前に危害を加えることはない。騙されたと思って行ってみろ」
行ったら本当に騙されますよね。
「本当に?」
「もちろんだ。俺を誰だと思っている」
私はあっきー弄りが趣味の(あっきー限定?)いじめっ子だと思っている。
「大丈夫だ、俺を信じろ。俺は友人を騙すような真似はしない」
じゃあ、あっきーは友人じゃないのかなぁ?
「わかったよ。それなら使者は僕がやるよ」
「ああ、頼んだぞ」
何回も騙されてるんだからこんなんで騙されないでよ、あっきー。……あと一分経ったら追いかけよう。
「騙されたぁっ!」
私は息を切らせたあっきーの後に続いて涼しい表情で教室に入る。
「やはりそうきたか」
「やはりってなんだよ! やっぱり使者への暴行は予想通りだったんじゃないか!」
「当然だ。そんなことも予想できないで代表が務まるか」
「少しは悪びれろよ!」
「しかし、お前のその怪我の無さは予想外だったな」
「夏樹がDクラスが僕につかみかかった瞬間を写メにとって、『先生! 早く来てください。校内暴力です』って大声で叫んでくれなかったら逃げ出す隙もなくリンチだったよ」
「っち! 夏樹め、余計なことを」
あっきーだって貴重な戦力なんだよ? 大将なら、私情を挟まずにベストを尽くしてよね。
「吉井君、大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫。夏樹のおかげで殴られる前に逃げられたから」
あっきーを心配したひめひめがあっきーのそばに駆け寄っていった。
「吉井、本当に大丈夫?」
しまっちも心配なのか近づいていく。
「平気だよ。心配してくれてありがとう」
「そう、良かった……。ウチが殴る余地はまだあるんだ……」
「ああっ! 突き飛ばされたときに変な打ち方をしたみたいで今になって死にそうな激痛が!」
……制服につかみかかられた時点で止めたからそんな事実はないけど、流石にそれを言う気はない。それよりもしまっち。その言葉は照れ隠し? それとも本音? どっちにしてもそんなんであっきーが好きになるわけはないと少し考えれば分かると思うんだけど。
「そんなことはどうでもいい。それより今からミーティングを行うぞ」
もっちーは他の場所でミーティングをするつもりなようで、扉を開けて教室から出て行った。
「あの、痛かったら言って下さいね?」
そう言って、ひめひめは小走りにもっちーの後を追った。
「大変じゃったの」
きのっちがあっきーの肩を叩いて廊下にでたけど、そう思うならもう少し庇ってあげてもいいと思う。
「…………(サスサス)」
頬をさすりながらむっつーがそれに続く。
「むっつー。畳跡ならとっくに消えてるよ?」
「…………!!(ブンブン)」
「いや、今更否定されても、ムッツリーニがHなのは知ってるから」
私もあっきーもむっつーの往生際の悪さに呆れるやら、感心するやら。
「…………!!(ブンブン)」
「……ここまでバレバレなのに認めないのって変な意味で凄いよね、むっつー」
「…………!!(ブンブン)」
「――何色だった」
「水色とスパッツ」
即答でした。しかし、後半はなんか悔しげ。私はそんなむっつーを鼻で笑う。
「やっぱりムッツリーニは色々な意味で凄いよ」
「…………!!(ブンブン)」
そうして私たちももっちーを追って教室を後にした。
今回はミーティングの直前まで載せてみました。以前のサイトではもっと手前で切っていたような気もしますが、長い方が読み応えがあると思いましてこの長さにしました。ミーティングの話もなるべく早く上げるようにいたします。こんな作品でも楽しんでくださる方がいると信じて。