壮大な山と美しい湖を眺めることのできる校舎。先生の授業。鼻歌を歌いながら通う毎日。それらは全て偽りであり、全て一人の男の手の上で計画され実行された実験であり、そして全ては灰燼と血だまりに成り下がった。
真実を知ったその時向かったのは摩天楼林立する大都会。元凶の男を探しさまよう中で、新たな繋がりを得た。自分をしたってくれた、気遣ってくれた者。だが、その親を殺したのが自分となれば、もはやそこにいることはできまい。
ーーあなたの周りには死が満ちていますね
ーー殺すことでしか生きられないよな、お前は
ーーそれでうっかり大切な物も殺しちゃったりしてね?
ーーそれは自責だ。道を間違えるな、お前は光の先を見つけたはずだ
初めての任務の翌朝。小夜は起床時刻の一時間前に目覚め、極東支部内を歩き回っていた。昨日任務に行く前や帰投した際は、”神機使い”やスタッフで騒がしかった支部の中も、夜時間はほとんどのものが寝静まり、静寂をたたえている。
ふと、自動販売機に目が止まった。自分のいた東京にもあったが、中身は違うようだ。特にピンク色の缶の飲み物はそのネーミングからしてまるで馬鹿馬鹿しく、ここが人類の生存をかけたものたちの最後の砦とは思えない頓狂なものだった。それとも、人類の生存をかけ戦うからこそ、こういった人間らしい馬鹿馬鹿しさが必要なのだろうか。
ふと、あの”委員長”役の青年を思い出す。役者が気づけば本気になっていた…そんな昔のことを思い出す。今日はなんだか、起きる前から”かつて”の記憶に振り回される。小夜は、うっとおしいと感じ、いっそそんなもの飲み込んでしまえと半ばヤケにその飲み物を買った。プルタブを引きあけ、一息。
“出勤”の時刻。第一部隊の面々も、他の部隊と思われる大勢の神機使いも、小夜も、エントランスに集合し出撃待機中だった。各々が自分たちの任務の確認を取り、準備をし、エントランスは騒がしい。
「おはようみんな。おはようございます、小夜さん」
挨拶をかけてきたのは、第一部隊の”隊長”である神薙ユウだ。
「ああ」
今日から小夜は本格的に任務に駆り出されることになる。オペレーターに任務内容の確認をとる。小夜は今日、単独での任務がアサインされている。第一部隊の面々も、ツーマンセルだったり、隊長格になると単独任務も多いようだ。
「じゃあみんな、今日も気をつけていこう。小夜さんもね」
「了解だ」
ユウはそう声をかけ、出撃ゲートへと向かう。その背中には、隊長らしい自身と覇気が満ちていた。
小夜は今、一人廃墟に立っている。
(一人なんだね、小夜)
神機ーー文人ーーが話しかけてくる。小夜は応答せず、任務の討伐対象を探した。今回の任務の討伐対象は「コンゴウ」と呼ばれている”アラガミ”だ。
「文人、貴様はなぜ私が、アラガミの血を飲み糧とすることができるか、知っているのか」
(流石にそこまではわからないな、僕が仕組んだことじゃないからね)
「勝者には褒美を、敗者には罰を。そういったのは貴様だったはずだ」
(その言葉は僕の最期で完結したはずだったんだけどね。こんなのは作為じみてる、それこそ神様かなにかの仕業を疑うしかないね)
その時討伐対象に出くわす。
「この世界には、人喰いの神しかいないみたいだがな」
小夜はアラガミへと駆け出した。
任務終了。特筆すべき点もなく、小夜はコンゴウを沈黙させた。顔に飛んだ返り血を拭う。
(飲まないの?)
文人が小夜に聞く。何を、かは言うまでもない
「ああ」
(なんで?)
「不味そうだ」
帰投準備に入る。オペレーターが無線でヘリの到着場所を連絡してくる。到着まで10分少々といったところだった。
帰投中、無線に通信が入る。
『交戦中の部隊から救援要請。一番近いのは小夜さんです。急行願います』
「了解だ。パイロット、救援要請地点上空まで頼む」
救援要請の地点に到着すると、大型のサソリのようなアラガミが暴れていた。ヘリから飛び降り、重力に任せるまま降下、着地地点をアラガミに合わせ一撃を入れる。甲殻類のように硬い外殻を持っているそのアラガミに、重力加速度を合わせた小夜の攻撃は深々と刺さった。すぐに神機を引き抜き、一度距離をとる。正面からそのアラガミを見ると、大きな盾を持ち、尾の先端には剣のように尖った部位がある。さしずめ、中世の鎧騎士のようだ。
アラガミが力を溜め、そのサソリのように長い尾を振り回して攻撃してくる。小夜はそれを防御するが、威力を受け止めきれず背後の建物の壁面に打ち付けられる。
サソリ(ボルグ・カムランと呼ばれていると後で知った)が、壁に打ち付けられた小夜に向かって突進してくる。小夜はーー目が赤く輝く小夜は、その突進を剣で返り討ちにする。サソリの体勢を崩し、正面の大きな盾のような部分を一撃、一戟、切り崩していく。その次は脚、四本を全て切り落とす。ついでに尻尾も切り落とす。それでも、まだそのアラガミはうごめいていた。
「昔、お前みたな奴にあったことがあるよ」
そういって小夜はアラガミの頭部に剣を三度ほど突き立てた。それでようやくアラガミは沈黙した。
別のアラガミを警戒しながら付近を捜索する。廃墟の一角で、神機使いのものとおぼしき腕輪つきの右手を発見した。その近くに、胸から下を失ってしまった神機使いも確認できた。無線で報告し、救援要請を行った者たちであると確認できた。
遺体を回収し、帰投する。
「お疲れ様でした。事後は引き継ぎましたので、本日の任務は以上になります。ありがとうございました」
オペレータにそう告げられ、小夜は自室に戻る。途中、ユウとすれ違った。
「小夜さん」
声をかけられ、小夜は立ち止まる
「救援要請のほう、ありがとう」
小夜は返答に迷った。どうも、なのか、そうか、なのか、結局曖昧なうなづきで返した。
「あの二人、まだ新兵といえば新兵の子達でさ、二人とも訓練にも励んでたし、僕の任務にも何度か同行したこともあったんだけど」
「人の死には慣れているのか?」
小夜の唐突な言葉に、一瞬ユウは声を詰まらせる。
「まぁ、隊長なんかやってるからね。嫌でも人の死は慣れるよ。でも…仲間の死には慣れてない、慣れたくない」
小夜は黙っている。
「神機使いの職務は人類を守ることだ。でも、そのために仲間を失う時もある。その時考えちゃうよ。人類を守ろうなんて思わなければ、あいつは死ななかったのになあ、なんて。」
小夜は何もいえない。
たとえそれが他に誰にもすることのできない、神機を使ってアラガミと戦い、人々を守るという行いであっても、そのために命を落とすのもまた人間ではないか、とユウは思う。人間を守る、と息巻いて死んでいく多くの仲間たち。だが彼も彼女もまた人間なのだ。彼らだって、生きるために守られる権利があるはずだ。
「俺は強いから生き残ったわけじゃなくて、ただ臆病なだけだ。死にたくないから、おっかなびっくり戦って、無理をしない。でも死んだ仲間はきっと、勇敢に戦って、ちゃんと人類を守って死んだんだよ」
今までここを去っていってしまった仲間たちは、勇敢に戦って死んだ。人類を守るために。だからこそ、自分は臆病で卑怯者なのだという罪悪感をユウは持ち続けていた。持ち続けてなお、この極東支部第一部隊の隊長を務めていた。
「…ゴメンね、こんな話、アリサとか他の人に話したことないんだけど。こればっかりは仲間に聞かせたくなくて」
「吐き出せばいい。私は一人身だからな。暇があれば聞いてやる」
小夜の返答に、ユウは少し驚いた表情をして、それから笑い、
「キツくなって吐き戻しそうになったら、聞いてもらうよ」
そういって去っていった。