生温かい目で見守っていただければ、幸いです。
見切り発車ですので、設定やら時系列やらが雑になってます。矛盾も見え隠れするくらいに……申し訳ないです。
では、記念のepisode1です。
episode1 デスゲーム開幕
男はたった一人の女性を失った事で道を大きく誤った。
どこで選択を間違ったのだろうか。
最愛の女性と会った時だろうか。
人を助けようとした時だろうか。
ソードアート・オンラインという名のデスゲームにログインした時だろうか。
それは誰にも分からない。
唯一つ、分かるのは男の生きる道を繋いでいた理由が音を立てて崩れてしまった事だけだ。
*
少年はたった一人の女性の願いを叶える為にその道を歩み出した。
しかし、彼女の願いが叶うことはなく、その男は道を大きく誤った。
正さなければならない。二度と叶わぬ恋と知りながら、初恋の人の為に。
そして、一万五千人に及ぶプレイヤーの為に。
どうすれば、彼を正せられるか。
どうすれば、彼に希望を見せられ、あの憧れた英雄の姿をもう一度だけ拝められるか。
それは誰にも分からない。
唯一つ、分かるのは、今この第二のデスゲームを生き抜かなければならない事だけだ。
*
とうとう始まってしまった。少年は敵の侵入を防ぐ分厚い鋼鉄の門を見上げながら、そんなことを改めて考えていた。
門の扉が開くと、そこから西の草原へと繋がっており、ここからは敵が闊歩する戦場となる。
西の草原には整備された道があり、この道を踏んで進めば、最初の村に着く。視界には映っていないが、マップには確かにそう表記されている。
ふと、マップの端に映った時間を見る。2025年、1月27日。もう直ぐ日が暮れる。夜が来れば、この目の前の門は閉まり、この世界に静かな夜が訪れる仕組みになっている。
静かな夜、それは街の内にいる者達の台詞であって、戦場に立たされた者達にとっては死闘の夜となるだろう。何故なら、『はじまりの街』に入る門は塞がれており、戦場に取り残されるからだ。
そんな状態になれば、最初の村に行くしか死闘を避ける道はない。
ネイトは夜の移動を避けようと考えていた。『はじまりの街』に帰れないからではなく、視界が悪いからだ。日没までには次の村へと着きたいと望んでいたが、準備に少々、手間取ってしまったようだ。
さっさと、行かなくては。
「よし、行くか」
それは恐怖を打ち消すための自分への鼓舞だった。
恐怖、遊びという名のゲームには少々、似つかわしくない単語。しかし、これがゲームではなく、死を伴うゲームならば、どうだ。ゲームという単語一つの雰囲気すら変わって見える。
ネイトにはこのゲームという言葉を聞くだけであの三年前の事件を反射的に鮮明に思い出すようになっていた。そして、この『ソードアート・オンライン・メモリアル』通称、SAOⅡという仮想世界に来てからは幾度となく思い返していた。
三年前の事件を記憶として残そうという企画で立ち上げられ、多種多様なアップデートと追加機能が加わったSAOの第二作目ということになる。世間はこの作品に対して賛否両論の声を上げつつもプレイヤーの数は一万五千と少しという歴史的な快挙を成し遂げていた。
しかし、これは絶望の始まりであった。
『ソードアート・オンライン・メモリアル』。この題名が指すのは記憶として残すためだった。その記憶が事細かに必要のない最悪の機能まで表現され、第二のデスゲームが始まることになろうとは、誰もが予想していなかった。唯一人を除いては。
*
柱の間から見える夕焼けに見惚れながら、経験値稼ぎを終えたネイトは思い耽っていた。
これから先、最悪の事態が訪れる。周りを見れば、ゲームを楽しむ沢山のプレイヤーの姿があった。無邪気にモンスターを狩る子どももいれば、趣味に勤しむ年寄りの姿だってある。
ネイトは密かに心苦しかった。強い罪悪感に苛まれていた。その容姿端麗なアバターも、純粋に野原を駆け回ることも、現実世界に帰ってゲームについて語り合うことも、彼らにはもう出来はしない。それを知っていて尚、隠し通す自分が情けなかった。
「クソ……」
静かにそう呟き、その時が来るのを待ち続けた。来なければいい、来ないかもしれない。そんな淡い願望を抱きながら、綺麗な夕焼けを眺めていた。この夕焼けが現実で柱がないのならば、どれほど良かっただろうか。
淡い願望をぼんやりと浮かべていた時、その瞬間は訪れた。
『はじまりの街』に鐘の音が響き渡る。身体がびくり、と震え、次の瞬間には血相変えて辺りを見渡した。
体が青白い光に包まれる。強制テレポートの予兆だと知った時、既知にも関わらず、ネイトは絶望した。
テレポートした先は予期していた通りに『はじまりの街』中央広場。続々と青白い光から現れたプレイヤー達は困惑していた。時にはあの絶望を思い起こさせ、その顔を青白くさせる者も。
どよめきが波紋の様に広がっていく最中、次々と放たれていた青白い光が遂に止まった。
「……来たな、くそ野郎」
黒いロープに身を包み、不気味なオーラでプレイヤー達を威圧する。
中央広場のど真ん中に立っていたその男はネイトが想像していた身の丈とは大きく異なっていた。本来の姿と同じ身丈、それ故にその姿に全プレイヤーが気づくのには時間を要した。
フードを深く被っていてその顔は窺えない。しかし、ネイトはその顔を知っていた。その素顔を思い出すだけで、複雑な感情が駆け巡り、堪えきれなくなって奥歯を食いしばる。
「これから皆様にはSAOⅡ。ソードアート・オンライン・メモリアル本来のサービスの受けていただきます。目標は変わらずゲームクリア。三年前のSAO事件、突如、起こったデスゲームにプレイヤーは困惑し、身内や友人を失った者多いことでしょう。そんな残酷な世界を題材にして創り上げられたこの世界を存分に楽しんでもらえたでしょう。しかし、足りないものはありませんか?」
突然、声の色が変わる。どこか事務的で冷めた色からどす黒い暗雲を孕んだような色へと。
この不可解な言葉に隠れた意味を察した者達の表情が青ざめる。その者達は間違いなく、アレを予期したのであろう。
「足りないもの。それは、デスゲーム。HPがゼロになれば現実世界での死を意味する、あの設定を」
誰もが知っている、あの事件があったからこそ、この現状は紛れもない事実であり、本物であると分かっていた。しかし、この現実を受け入れるだけの精神力はなく、考える事を放棄したプレイヤーは指先一つ動かさず、立ち尽くした。
遊びだと認識していたゲームが命を賭した地獄へと変貌する恐怖。自分の心臓が唐突に握られる絶望。たった一つの要素をゲームに取り入れるだけで人々はこれでもか、というほどの恐怖を味わうことになる。
ネイトははっきりと覚えていた。機械的なHPバーを自分の命と見立て、それがちょっと減るだけで脈拍が激しくなり、呼吸が獣のように荒くなる。あの恐怖の感覚は未だに鮮明に思い出せる自信がある。
それが、今、この場で唐突に宣言されたのだ。はっきりと、デスゲームの開始を告げられた一般人は混乱で我を失う。
だが、世間に詳しい者、機械に詳しい者は冷静にこれを否定する。そう、あの三年前の事件を切欠に『ナーヴギア』は世界から姿を消し、新たに『アミュスフィア』と名を変えて、世界に広がった。
『ナーヴギア』の欠点を補い、電磁パルスの出力は大幅に低下され、世には安全なVR機器として出回った筈だ。これで人を殺すなどというのは妄言に等しいのだ。
そう思って平静を装いつつ、内心で恐怖を抱え込む者を嘲笑うかのように、ゲームマスターらしき男から告げられた。
「『アミュスフィア』は安全な機器ではないのか? そう疑う人もいるだろう。しかし、人は感覚だけで殺すことも可能だ、ということをご存知だろうか。説明するのは構わないが、これ以上の説明は無用だろう。三年前の事件を思い出しさえしてもらえれば、それでいい。知っているとは思うが、『アミュスフィア』を取り外した瞬間、ゲームオーバー。この世からは強制的に消えてもらうことになります」
ああ、実に簡潔で残酷な狂った説明だ。
しかし、その統一されない不可思議な口調にネイトは場違いにも鼻で笑った。
「ふっ。下手くそか……」
ネイトは黒いロープに身を包んだ男を睨みながら、説明の信憑性が限りなく高いことを感じていた。
「では、これにて、正式なサービスチュートリアルを終了します。ご健闘をお祈り申し上げます。尚、旧SAOを再現するため、アイテム欄に手鏡を追加しました……では、ゲームスタート」
瞬間、男の姿が幻のように消えゆく。
最前線を駆け抜けた男の姿が。
あの世界で憧れた英雄の姿が。
残酷な世界に打ちのめされ、最愛の恋人を失ったあの男の姿が。
「……和人」
桐ヶ谷和人、またの名をキリト。その名はSAO最強の剣士を意味し、ゲームクリアをもたらした英雄。
ネイトは英雄を第二のデスゲームをもたらした首謀者だと言い張った。
*
夕日が空に落ちる直前の期。真っ赤な夕日に照らされながら、道を駆け抜くネイトは道先を阻む青いイノシシ、『フレンジーボア』を切り裂く。
何匹目だろうか。エンカウントを知らせる警告音を常時に聞きながら、ポリゴン片に散らばった『フレンジーボア』を見るのは。
村で受けたクエストの報酬である『アニールブレード』の耐久値は半分になった。それほどの戦闘を積み重ねながら、そのHPバーは1割しか減っていなかった。
SAO生還者であり、あの第一のデスゲームでも果敢に攻略に挑んでいたネイトはその能力は初期化されたものの、二年分の経験を積んでいた。名は知れ渡っていないが、それなりの実力派であり、階層の攻略に何度か貢献したことがある。
だからこそ、第一層の初期モンスター、『フレンジーボア』など雑魚に過ぎなかった。
「もう直ぐかな」
見え始めた村の影を細目で見ながら、呟いたネイトは攻撃の手を止めず、突き進んだ。
夕陽に照らされた村にはもう何人かのプレイヤーがいる。彼らの中にきっと、SAO生還者もいるだろう。スタートダッシュが早いのは恐らく、この世界に住み慣れた者か、勇敢な心を持った英雄志願者か、それ以外か。どちらにせよ、絶望のデスゲームを告げられて尚、戦場に赴く者には多大な勇気があるに違いない。
そして、彼らはあの村でパーティーを組むつもりの者も多いだろう。この先でパーティーの存在は欠かせない。経験上、それは身に染みて感じていた。そして、彼らもその重要性を知る身。パーティーメンバーの選別には目を光らせることであろう。それに適応するのが、今夜までにあの村に辿り着いた勇敢なメンバーに多数いるという算段だ。
だが、ネイトはパーティーを組むつもりはなかった。何せ、ネイトが目指す域は決して他人が踏み込めるような域でないからだ。
これは、俺と和人、そして明日奈との問題。他人を巻き込むような真似だけはしたくなかった。
「数が多いな……押し切れるか」
大勢の人が何度かに分かれて村に駆け込んだ証拠だろう。村の付近には『フレンジーボア』の集団が幾つもあった。そのほとんどがこちらに視線を向け、荒い息を零す。
蹴り出し、剣を所定の位置へと構える。
魔法の存在しないSAOの世界でプレイヤーに許された最大の攻撃システム、『ソードスキル』。ソードとは名ばかりでSAOに存在する様々な武器に其々のスキルがある。決められた予備動作をシステムが検知、発動という仕組みになっている。
「『レイジスパイク』」
基本のソードスキルを発動し、直剣が発光、『ライトエフェクト』が執行される。
数匹の『フレンジーボア』を切り裂き、時には貫きながら道を抉じ開け、背後に青い光線を残してネイトは村へと駆け込んだ。
荒い息を整えながら、経験値とコルの獲得した値が表示される画面を一瞥し、村の中心部へと足を運ぼうとする。だが、後ろから声をかけられ、制止。振り向いた。
「凄いなアンタ。SAO生還者だろ? システムアシストも動きも完璧だった」
「有難う……それで何の用だ?」
「ああ、ちょっと待ってな」
そう言って、彼は右手の人差し指を縦に振ることでメニューを開き、何度かボタンを押してこちらを見た。同時にネイトの視界に画面が表示される。
画面には安易に予想できた事務的な文章が並んでいた。ネイトは断る選択を押し、驚いた様子のプレイヤーを見た。
「悪いが、パーティーを組むつもりはない」
「何でだ? 俺は十分な実力だと思うんだけどな」
自信満々の発言。さも、自分は有力で立場は上だ、と言い張っている様に見えてならない。内心で他人を馬鹿にしている様にすら見える。その態度にネイトは密かに苦笑してから踵を返した。
「理由はまぁ……色々な」
「何だよ。ソロでいる自分が格好良いってか?」
「……格好良くなんかないさ。ただ……自分のことだけで精一杯なんだ」
遠く、遠く、表示されていない景色を眺めるような目でネイトはその場を後にした。
後味が悪いような顔をしたプレイヤーは首を傾げ、その孤独で悲しげな背中を意味もなく、見送っていた。