ソードアート・オンライン 約束のその先で    作:ココシマ

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episode3 第一層攻略会議

 デスゲーム開始から二週間が経ち、プレイヤー達の先に待つ死闘、第一層攻略は不安で一杯だが、同時に期待もあった。

 たったの二週間で第一層のフロアボスを倒せたという事実はゲームクリアへの希望になるはずだ。逆の不安は死への恐怖で間違いない。初っ端で返り討ちにあって、それがゲームクリアへの足枷になるという不安を懐く者などいないはずだ。

 そんなことを考えるのはきっと、本当の英雄か、偽善者だけだ。

 そして、そんな不安と期待を懐いたプレイヤーは不安を振り払って、『はじまりの街』の劇場に集った。

 第一層攻略会議。ネイトはこれが二度目になる。

 25人が観客席に座り、舞台に1人の攻略会議考案者が堂々と立つ。

 既視感だらけの攻略会議は、まるで、三年前の第一層攻略会議を真似たように見える。開催に入れる一言目もびっくりするくらいに似ている。

 

「それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいますよー!」

 

 ざわざわとした話し声がぴたりと止み、劇場の付近に群がった野次馬の騒音だけが聞こえていた。

 二十歳か、それ以上の顔つきと雰囲気。髪の毛をこげ茶色に染め、ブロンズの防具で固めたどこにでもいる普通の青年だった。一見、彼からはプレイヤー達を招集して、纏めるほどの指導者のような風情は感じられない。

 だが、ネイトは彼を見知っていた。小さな村『ホルンカ』でパーティーに誘って来たあの青年だった。あの時の彼とはまた別人に思えてくる。恐らく、今の顔は表だ。そして、前に見せた顔が裏だ。

 

「僕の名前は、マルク。今回の指導者を務めさせてもらうよ! 早速、本題に入るけど……今日、皆に集まってもらった目的は他でもない。第一層のフロアボス攻略の作戦を立てるためだ。こんな危険なことを自主的にしてくれて、本当に感謝している」

 

 良く言えたものだ。内心ではそんなこと思っていないだろう。ここに集ったプレイヤー達を駒か何かと思っているに違いない。

 ああいう奴は学校生活の中で数え切れないほど見てきた。過度な自信家で、他人を蔑んで、自分の生まれた地位を自慢して。

 彼の言葉を参加者達が熱心に聞く中、まるで、興味のない音楽を聞き流すように冷めた表情でネイトは居座っていた。

 

「もう知っている人も多いと思うけれど、昨日、掲示板に新しい情報が入った。ボスの名は『イルファング・ザ・コボルドロード』。SAOの第一層フロアボスと全く同じ……という訳にも行かないようで、新しく攻撃方法が追加されたらしい。そのことも考慮した上で攻略会議を行いたい。ということで、先ずは皆にパーティーを組んでもらいたい。出来れば、3人から6人までで組んでくれ」

 

 予想していた通りの事態だ。あっという間にパーティーを組み始めた、いや、元から組んでいたプレイヤー達は其々の箇所に集まっており、気付けば、省かれ取り残された。

 既に親しい関係を築いたパーティーの中に割り込むだけの勇気はない。完全に置いていかれた、恥ずかしくて顔が赤くなりそうだ。

 

「なぁ、アンタ。1人か?」

 

 突然、上から降り掛かった声に顔を上げる。

 20歳か、それ以上の青年は良く聞こえる低い声だった。声の色は暖かく、印象は野性的で毒気がなさそうな感じ。第一印象は概ね好感触だった。

 

「あ、あぁ。アンタもか?」

「まぁな。どうだ? 省かれ者同士、組む気はないか?」

「……だな」

 

 一度、見回し、もう既にパーティーを組んでいないのは自分と彼だけだと察した。

 男は赤髪を光らせながら、気前良い笑顔を作った。彼ならうまくやっていけそうだ。そう確信したネイトも訝しめな表情を緩ませていた。

 視界のど真ん中に堂々と表示された画面。隣に座る彼がパーティーの申し出を出したのだ。その可否を問う画面だ。無論、認可のボタンを選択し、正式にパーティーが成立した。

 

「ヴェルフだ。よろしくな」

「ネイトだ。よろしく」

 

 二人は名を名乗り、がっちりと手を握り合う。

 全方位から向けられる視線を感じ、慌てて見回した。どうやら、握手するまでの過程を見られていたようだ。気恥ずかしくなって、何事も無かったような顔をする。

 6人のパーティーが2つ、5人のパーティーが1つ。3人のパーティーが2つ。最後に自分とヴェルフのパーティーだ。

 人数からして、取り巻きの『ルインコボルド・センチネル』の掃討に任命されるのは間違いなさそうだ。恐らく、2つの6人パーティーが『コボルドロード』と主な戦闘役を担い、その補助に5人パーティーが回る形になるだろう。取り巻きの『コボルド』の危険度は低く、一対一でも十分事足りるのでこの分担が妥当だろう。

 

「それじゃあ――」

「――あのっ!」

 

 全員の視線が一斉に移動する。

 集まった視線に少なからず驚いた注目の的の少女は恥ずかしげに頭を下げる。

 その容姿にプレイヤー達がざわつく。一人を除いて。

 

「――明日奈?」

「あれ。ネイト君?」

 

 

 

 

 

 

 攻略会議が終わり、場所は移り替わってNPCが管理するレストラン。時刻は丁度、夕食時だ。

 洋風な内装は現実のレストランに激似しており、馴染み深いことから客も多い。料理はこの世界特有の物が多いが、現実の料理も少々、取り入れられている。

 事実、三人が囲う卓には見慣れた料理が置かれていた。断片が綺麗なサンドイッチやホワイトソースのグラタン、ネイトの前にはこんがりと焼き上がったムニエルがあった。

 三人、ネイトとヴェルフとアスナは食事を兼ねつつ親睦を深めようとこの場に集まった。

 しかし、親睦会の雲行きは怪しく、その原因にネイトがいた。開始早々からネイトは眉を寄せ、近寄りがたい空気を身に纏っていた。

 ヴェルフは攻略会議でアスナが途中参加してきた時からネイトに異変を感じていた。その様子がレストランに来ても、悪化しているようで、様子が変わった原因はアスナとの関係にあると踏んでいた。故に場を和ませようと必死だった。

 

「その……明日は『コボルド』の相手をするだけだから……き、気軽に行こうな」

「そうですね。油断はできませんけど」

「……」

 

 アスナは初対面にも関わらず、気分の良い返しだ。それに比べて、ネイトは聞く耳を持たず、食事にすら手を付けない。その眉は寄ったまま、顔は険しいばかりだ。

 ついに痺れを切らしたアスナが忠告する。

 

「もうっ、ネイト君? 言いなさいよ。何があったの?」

「……アスナがここにいる理由、聞いてもいいか?」

 

 視線は合わさず、険しい面持ちで言った。思わず、拍子抜けな表情の後、この事がネイトにとって、どれほど気がかりな事だったのか、と想像すると、彼の怪訝な表情にも十分に納得できた。

 

「そっか……話してなかったね。SAOで死んだ時からずっと……この世界に来るまでの記憶がないの。でも、一度だけ……一度だけね。キリト君の声がしたんだ。またSAOの世界で会おうって言ってくれた気がするの」

「……キリトが?」

「うん。でも、キリト君とまだ会ってないのよ……全くどこほっつき歩いているのかしら?」

「そうか……キリトが……」

「もう、大丈夫?」

「あぁ……悪いな。すまん、ヴェルフ。変な空気にしちまって」

「いいや、構わないぜ。それより、2人の関係を聞いてもいいか? 気になって仕方ねぇんだ。アスナちゃんって、あの『血盟騎士団』の副団長だった人だろ? そんな凄ぇ人とパーティーのメンバーが関係を持ってんだ、そりゃ気にならない方がおかしいぜ」

「幼馴染なだけ(・・)だよ。小学校と中学校が同じだったの」

 

 ――幼馴染なだけ(・・)か。そう、俺とアスナの関係はそれ以上でもそれ以下でもない。アスナにとっては。

 

 でも、俺は違う。

 

 偶然見かけた彼女の泣く姿を見て、令嬢の事情や悩みを聞いて、初めて他人に何かをしてあげたいと思った。気付いた時にはそれが初恋になっていて。

 

 彼女の傍にいたくて、SAOの世界に飛び込んで行った。

 

 けれど、彼女の傍にいたのは俺じゃなくて、キリトだった。

 

 これが、人生初の失恋で、初恋は虚しく終わってしまった。

 

 きっと、俺は今でも彼女が好きだ。

 

 だから、彼女に真実は伝えない。第二のデスゲームの火蓋を切ったのがキリトだとは絶対に言わない。

 

 もう、彼女の泣き顔は見たくないから。

 

 

 

 

 

 

 アスナの一言でネイトの帰り道は大きく変わった。

 彼女は攻略会議に途中から参加した為に抜け落ちた情報が欲しい。それと同時に久しぶりに話がしたい、とのことだった。

 無論、ネイトはこの誘いに乗り、2人は肌寒い夜の、ほんのり明るい道を並んで歩いていた。

 

「そういえば……アスナが遅刻って珍しいな」

「あぁ、そのぉ……えっと……色々あってね」

 

 彼女が話を濁す一瞬に僅かな怒気を感じ、詮索を止めた。思い出すだけで立腹するような出来事、なんとなく想像が付いた。

 SAOに関わらず、今回のSAOⅡもやはり、女性の割合は極端に少ない。その中で美貌な女性を見つけた軟派な男が寄ってきたのだろう。その男達が強引だったのか、執拗だったのかは定かではないが、返り討ちにあったことは先ず間違いない。

 一番恐ろしい生き物は人間の女だと言い始めたのは一体、誰なのだろうか。案外、的外れでもなさそうだ。

 などと、冗談交じりに考えていると、アスナが帰り道に同行をお願いした第3の理由かもしれないと、一人考えていた。アスナに頼られているのか、馬鹿げた淡い妄想で勝手に喜びを感じながら、自嘲する。

 

(何考えてんだ、全く……)

「ねぇ、ネイト君。どうせなら、フレンド登録しない?」

「ああ、そうだな。……あれ?」

 

 メニュー画面を開き、いつも通りにボタンを押していくが、フレンド登録の項目が見つからない。間違ってはいない筈だ、ともう一度、メニュー画面を開き直し、ボタンを押していく。

 

「あっ。それはね、アップデートで変わったらしくて……」

 

 そう言って、不用意にネイトの開くメニュー画面を覗き込み、ボタンを淡々と押していく。

 近い。鏡のように輝く艶やかな栗色の髪の毛が鼻をくすぐる。鼻の痒みを忘れてしまうくらいの淡い柑橘系の香水にどぎまぎする。

 頭が真っ白になっている間にも彼女はフレンド登録をさっさと済ませてしまったらしく、フレンド登録の完了のメッセージが届き、名のないフレンド一覧に「Asuna」の名が追加された。

 それから2人は懐かしい子どもの頃の話やSAOでの出来事を話し合いながら、静かな街を歩いた。

 『はじまりの街』には2つしか宿屋がない。その内の1つが見えてきた。アスナが今夜、泊まる宿だ。

 

「ネイト君は明日のこと、どう思う?」

「絶対に勝つ……みんなの為にも」

「そうだね。今日はありがとね。ここまでで大丈夫だから」

「そうか。じゃ、またな」

「明日、頑張ろうね」

「あぁ」

 

 彼女は振り返ること無く、宿屋の中へと入っていった。

 胸の高鳴りも消え、意識はしっかりと明日に向かっている。

 心配ない。きっと、上手くいく。岩をも通すような強い信念になるよう、必死に言い聞かせながら、薄い影を伸ばしながら、ほんのり明るい帰り道を静かに1人で歩き出した。

 

 

 

 明日に待ち構える第一層攻略に胸を弾ませ、得物の刀身を撫でる。NPCから買った武器だが、何時かは自分で素材を手に入れて自ら愛刀を作りたいという野望がある。

 その為にも明日の攻略戦でネイトとアスナ、二人をしっかりと見極めたい、という密かな思惑もあった。

 

「不謹慎かもしれねぇけど……明日、楽しみだな」

 

 

 

 宿屋の一室に入るや否や、ベッドに蹲り、曇った表情でまるで、深い穴に沈んだように落ち込んでいる。

 密かに好意を抱く彼の存在を知らず、ピンク色に光る唇から漏れる声は確かに人の名を呼んでいて。

 

「キリト君……どこにいるの?」

 

 

 

 窓から見える静かな街の夜は心を落ち着かせ、渦巻き交錯する複雑な感情を取り除こうとしてくれる。

 それでも、思い悩まれる事実はネイトの心に棲みつき、感情を掻き回す。

 

「死んでなかったのか? ……アスナ」

 

 

 

 其々が各々の想いを心に滲ませながら、彼らの向かう明日には第一層攻略戦が待ち構えていた。

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