ソードアート・オンライン 約束のその先で    作:ココシマ

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episode4 黒の剣士

 遺跡のような迷宮区を死傷者なく、通り抜け、マップに従って進む事、数十分。

 30人近くのプレイヤーの前に現れたのは、異質な空気を漂わす巨大な扉。ボスが待ち受けていると言わんばかりの威圧感を放ちながら、プレイヤー達を歓迎していた。

 先頭を切っていたマルクの足が止まる。無言で振り返り、皆が立ち止まるのを待った。

 前口上が始まる。

 

「皆、聞いてくれ。今から僕たちはゲームクリアへの一歩を踏み出す! 恐れることは無い。僕たちは強い――勝つぞ、皆の為にッ!」

 

 マルクの気炎を燃え上がらせるような前口上にプレイヤー達が勇ましい声を張り出す。

 懐かしい。多くの人達が一つの目的に向かって大きく声を上げる光景。見るだけで心が洗われる不思議な力をもった光景だ。

 郷愁に近い感情はボスの部屋の前に置いていこう。邪念はいらない。これから始まるのは紛れもない命を懸けた、ゲームクリアの嚆矢の良し悪しを決定する大事な死闘だ。

 鉄の扉が重々しい音と共に開き、続々とプレイヤーが流れ込む。

薄暗い部屋。気配は感じられない。

 見知った場所であるからこそ、ネイトは逸早く赤金色の2つの点が奥で光るのを見た。ボスの眼だ。

 転瞬、照明が照らされ、幻想的な広間へと早変わりする。どよめくプレイヤー達を他所に赤い巨体、『イルファング・ザ・コボルドロード』は咆哮を上げ、開戦を告げた。

 

「攻撃開始ッー!!」

「「「おおおおぉぉーーっ」」」

 

 ネイトが予想した通り、2つの6人パーティーが『コボルドロード』目掛けて駆け出し、5人パーティーがそれに続く。残された3つの3人パーティーが突如、出現した3体の『ルインコボルド・センチネル』を相手取る。

 E隊に配属されたネイト・ヴェルフ・アスナの3人は合意の上、1体の『コボルド』に照準を絞った。

 取り巻きの『コボルド』を危険視するほどの脅威はなく、一対一(サシ)でも十分だ。だが、A、B、C隊が全意識を『コボルドロード』に集中させるため、取り巻きの『コボルド』は害でしかない。これを完璧に防ぐため、3人がかりで『コボルド』を押さえるのだ。

 暫定の攻略組なために経験値はラストアタックをしたパーティー ――止めを刺した隊――のものとなり、完全に優先される。その為、『コボルド』を倒した分だけ、それ相応の報酬が手に入る訳だ。

 開戦から十分と少し。『コボルド』を倒した総数は大よそ、10体。その内の4割がネイト達の努めるE隊の戦果だ。

 そして、今、5体目を仕留めようとしていた。

 

「スイッチ!」

 

 ネイトの一寸の狂いもない『パリィ』に素早く対応したアスナが無防備な『コボルド』へと速攻の刺突を繰り出す。驚くべき敏捷値を持っているらしく、その剣先は目で追うのも難しい。

 2人にはまるで、不可視な合図が見えているかのようで、その連携はヴェルフが圧巻するほどだった。

 『スイッチ』とは、1人目が敵の攻撃を弾いたり、無効化したりするなどして隙を作り、2人目がその隙に攻撃を仕掛ける単純明快なコンビネーション攻撃だ。これは、プレイヤーが攻撃の後、硬直し無防備になる欠点を補うために考案された。

 見かけで簡単だと判断しがちだが、案外難しい。片方のリズムが崩れれば、一瞬で体勢は崩れ、失敗する。仲間の命を預かる緊張感と預けられる信頼関係が無ければ、まず成立しない。

 

「すげぇや」

 

 感嘆の声を漏らすほど、ヴェルフに暇はなく、直ぐにネイトから檄が飛んだ。

 

「ヴェルフ! 次、来るぞ! 」

「お、おう!」

 

 再び現れたコボルドにネイトが突貫していく。その走る姿には何の躊躇いも感じられない。ヴェルフはその背中を追い駆けながら、密かに高揚を感じていた。

 ネイトはコボルドの先手をひらりと躱し、足に1撃、頭に2撃加える。少し距離を離したかと思えば、直ぐに接近し、剣を振り上げた。コボルドの斧が打ち上げられた、見事な『パリィ』だ。

 

「スイッチ! おりゃああ!」

 

 ヴェルフは無防備なコボルドを斬り付け、更にコンボを続け、最後だ、と言わんばかりに刀を思い切り振り下ろす。

 青い光となって散ったコボルドを見つめ、大きく息を吐く。

 

「良い調子だな、ヴェルフ」

「まだまだいけるぜ」

「二人とも……そろそろボスが」

 

 アスナに声にハッとした2人がアスナの視線を追う。

 

 ――グォォオオオ!

 

 けたたましい咆哮。コボルドロードのHPバーが残り一段となり、赤色に変わる。予期通りであれば、ここで奴は武器を変える。しかし、次の武器が何なのか、それが問題だった。タルワールか、野太刀か、または全く異なる武器か。

 斧と円盾を投げ捨てられ、コボルドロードが腰に両手を回す。光に包まれた両手の先、ネイトは光が消える直前で既に驚愕していた。

 

「両手!?」

 

 光が消え、武器が露わになる。鈍い光を放つ鉄の野太刀を両手に握り、交差させる。似つかない攻撃モーションにA、B、C隊の全員が恐れ戦き、恐怖が支配する。

 見かけによらない速度で駆け抜け、両の手の野太刀を振り抜いた。4人が同時に吹き飛ぶ。そのHPバーは奇しくも瀬戸際で止まった。

 想像を遥かに超えてきた。全く異なる武器とは一味違って、野太刀を2本握るとは。背筋が凍るほどの驚愕かつ、作者の憎々しい下衆な顔が目に浮かぶ。

 

「くそッ! アスナ、ヴェルフ……行けるか!?」

「うん!」

「どうにでもなりやがれ!」

 

 一対の野太刀を振り回すコボルドロードは尚もプレイヤー達を吹き飛ばし、軽々と2人目を死に追いやった。そして、3人目を睨み付け、右の野太刀を振り下ろす。

 間に合わない。誰もが野太刀を振り下ろされる3人目の彼の死を予想した刹那、野太刀は小さな盾に阻まれた。

 蛮勇な意志で駆け付けたのは、マルクだった。振り下ろされた野太刀を辛うじて受け止め、歯を食いしばりながら、徐に減り続けるHPバーを見て、顔を顰める。

 

「アイツ……!」

「急がないと!」

 

 もう1本の野太刀を振り下ろされれば、間違いなく、あの2人は死ぬ。何が何でも阻止せねば。

 ネイトのHPバーは1割減っているだけ。奴の斬撃を受けても、死ぬことはないだろう。確実性はない、根拠のない推測だ。それでも、駆ける足は止めない。覚悟は決まった。

 

「アスナ! ヴェルフ! 後は……頼んだぞ」

「ネイト君!?」

「ふざけんじゃねぇぞ!」

「これしかねぇだろッ――行くぞ!」

 

 否応なしに2人を攻撃側に指名する。自分は捨て身で隙を作る役を買って出た。

 赤金色の眼がこちらを向く。右の野太刀はそのままに、左の野太刀を振り翳した。ただならぬ恐怖、今から自分の身は、あの鉄の太い野太刀と激突する。恐ろしい速度で迫る野太刀、その切っ先は地面ギリギリを駆け抜けた。

 

 ――大丈夫だ! ――衝撃を逃がせば、死ぬことは……ない!

 

 剣を構え、身をよじる。一瞬という言葉すら生ぬるい時間。爪先から頭頂部までを凄まじい衝撃が走り抜け、体が浮き、計り知れぬ力に押し出されて、吹き飛んだ。

 支柱に叩き付けられ、倒れ込む。揺らぐ視界でHPバーを確認する。命を可視化した緑色のバーは瞬く間に減って黄色に変わり、赤色に変わり、すんでのところで止まった。

 本気で死ぬかと思った瞬間を体験したにも関わらず、意識は既にコボルドロードへと向いていた。

 アスナの熾烈な刺突、ヴェルフの剛毅な一閃、そして、再び入れ替わったアスナがソードスキル、『リニアー』による鋭利な刺突がコボルドロードのHPバーを左の奥へと押し込んだ。

 転瞬、断末魔の咆哮。プレイヤー達を恐怖のどん底へと落とし入れ、2人の尊い命を奪った真っ赤な巨体はポリゴン片となって散り、消えた。

 この瞬間、プレイヤー達は真っ暗闇な恐怖から解放される同時に大画面に皆が目視できる位置に堂々と「CongratuLation‼」と表示され、フロアボス攻略の賞賛が届けられた。

 巻き起こる大歓声を誰もが心地良く、聞いていた。歓喜の声は暫くボスの部屋に鳴り響き、衰えることはなかったという。

 

「終わった……な」

 

 この30分で蓄積した疲労をすべて吐き出すような溜息を吐き、体を起こす。いたずらによる拳打で無くなってしまいそうなHPバーを一瞥し、さっさとポーションを取り出し、飲み干した。見る間に増えていくHPバーを見て、一先ず安堵し、振りかかった声に顔を上げる。

 

「ネイト君! 大丈夫!?」

「……何とかな。良かったな、ラストアタック。ボーナスアイテム……どんなだった?」

「えっと……『ベスティア・ファング』。残念、直剣だから私は使わないかなぁ。ネイト君にあげるよ」

「良いのか?」

 

 アスナは微笑んで、首を縦に振った。

 

「喜んでいただくよ。でも、後でな。今は……余韻に浸りたい」

「……そうだね」

 

 プレイヤー達は各々で余韻に浸っていた。喜びを分かち合う者、上がったレベルを見せ合う者、亡くなった2人に哀悼を注ぐ者も。

 そんな彼らを眺めながら、ネイトは余韻に浸るのだ。大声を上げて喜ぶわけでもなく、感動のあまり嬉し涙を流すわけでもなく、ただ達成感に包まれながら彼らを眺めるだけで。

 眺める喜ばしい景色を遮るように男が嬉々とした表情で駆け付けてくる。赤髪の男、ヴェルフだ。

 

「お疲れさん。こんなところで、悪いが……二人に話したいことがあるんだ。実は俺、2人に――」

「――ヴェルフ」

「ん? 何だよ?」

「その話、後にしよう」

「何でだ……よ――えっ?」

 

 アスナとネイトの表情が一瞬にして驚愕と狼狽の色に染まったことでヴェルフは反射的に視線を追った。

 直後、部屋の中央に大画面で表示される「Warning」の真っ赤な文字。大胆に表現されたその意味は警告。つまり、まだイベントという名の死闘は続く。

 場にいる全員が凍り付く。波紋のように広がる警告音は頭の中で執拗に鳴り響く。

 再び恐怖のどん底に落とし入れられたプレイヤー達の中で驚くべき声が上がった。

 

「おい! 嘘だろ!? 扉が開かねぇ!」

 

 完璧に閉じ込められた。第二層へ続く入口も鋼鉄の柵が阻んでいる。

 緊急の事態にプレイヤー達から怒号や恐怖の声が上がる最中、青と白の光に包まれて出現したそれは漆黒の闇を思わせる剣と白い氷雪を思わせる剣を両手に握り、全身を装甲し、その真っ黒な体は当初の様子とは違えるが『黒の剣士』という名に相応しい。

 彼が両手に握る『ダークリパルサー』と『エリュシデータ』を見飽きたほどに視界に収めてきたアスナは最速で彼の名を呟いた。

 

「キリト……君?」

「……え、キリトってあの? ……おい、冗談じゃねぇぞ」

「ねぇ、ネイト君……キリト君とは……」

「関係ない。キリトと関連はあっても、キリト本人とは関係ない。多分、作者のサプライズだろうな。元々、SAOを題材にしたゲームだから、SAO最強の剣士という名を欲しがる奴もいる筈だ、って考えたんだろうな。それをサプライズとして裏ボスに控えさせた。ゲームとしては、良い案かもしれないが、皮肉なもんだな……今の状況じゃ、迷惑だ」

「だよね。キリト君じゃないよね……良かった」

 

 ネイトはそう尤もらしい理由を述べたが、内心は反対の意見だった。自分も心の底から彼ではないと、そう願いたいが本人である可能性は高い。ゲームマスター自らがボスとしてプレイヤーの前に出ることは珍しくないだろう。SAOもそうだった。

 まだ推測だが、ネイトはほぼ確信に近いものを握っていた。そう思えるだけの節がネイトにはあった。

 しかし、今問題視されるのはあれがキリト本人なのか、そうで無いのかという事ではない。目の前にいる脅威はこの場にいるプレイヤー達にどれほどの被害を与えられるのかはなんとなく想像ができる。

 真っ黒な鎧に身を包んだ剣士はキリトと全く同じ構えを取った。直後、頭上に『黒の剣士』と名が表示される。1段だけのHPバーも追加された。

 

「お、おい……どうするんだよ」

「まだ死にたくねぇよ」

 

 こうなった以上、立ち向かえる者は限られる。ここまで先頭に立ち、指揮を自ら行ったマルクでさえ、怖気づいている。今の彼には絶対的な指揮権が与えられており、且つ、今ここで指示して人を動かせるのは紛れもない彼である。彼を発破して、指揮させ、この場を乗り切るということも出来なくはない。

 だが、怖気づいた指揮者に的確な指示ができる筈がない。彼の性格を分かっていたネイトには尚更できないだろう、という結論に至った。

 しかし、誰もが恐怖するこの状況で歓喜にも似た感情が沸き上がり、ネイトを昂ぶらせたのだ。

 

「俺が1人でやる……皆は下がっていてくれ」

 

 プレイヤー達が血の気の引いた顔でネイトを凝視する。そして、『黒の剣士』の視線もまた彼を向いていた。

 

「駄目だよッ! ネイト君!」

「いくらお前でも……!」

「大丈夫……簡単に負けるつもりはない」

 

 その殺気にも似た気迫に敵意を向けられていないアスナ達でさえ、命を脅かされたような悪寒が走った。初めて感じた彼の尋常ならざる気迫に本能が手を出してはいけないと告げている。

 その言葉の直後、ネイトは剣を引き抜き、1人で『黒の剣士』の前に出た。

 沈黙が支配するこの場には剣士2人の間に踏み込むだけの勇気を持つ者はおらず、誰もが言葉を失って見入っていた。

 負けることは許されない。この後の為にも、約束の為にも。

 同種と殺し合う時、生き残るのに必要なのは、強気な攻め。少しでも迷えば、生死を左右する。

 

 ――迷うな。――殺す気でかかれ。――コイツ(キリト)は罪人だ。

 

 刹那、両者共に地を蹴った。

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