同時に駆け出し、馳せ合う時、思い出された言葉がネイトの頭の中で響く。
『SAOⅡで待っている』
SAOが見事に終幕を迎え、同じ病院に居る筈のアスナを弱り切った足で探し回った。アスナの死を知らされるとも知らずに。
長く辛いリハビリを終え、生活できるまでに至ったネイトは怒りの形相でキリト、桐ヶ谷家を訪問した。理由はアスナの死の真相を和人から聞き出すため。ヒースクリフ――茅場晶彦の仮想世界での名――との決戦でアスナの身に何があったのかを、彼女の最期をこの耳に入れる為に。
しかし、彼は無言のまま、彼女の死を受け入れようとはせず、視線すらも合わせなかった。その態度に思わず、ネイトは怒号していた。初めて胸倉を掴んだ感覚は今でも鮮明に思い出せる。
そして、部屋を出る間際、聞いた言葉だった。
彼と一瞬後には斬り合う今になって、ようやくあの時の言葉の意味が分かった気がする。
(宣戦布告ってわけか。気になるのは動機だが……今は関係ない!)
思索を切り、眦を鋭くする。
剣の軌道を見切り、体勢を崩すことなく避け、剣を振り翳すも2本目の剣を見咎め、素早く対処にかかる。
打ち合う剣。本来の『ダークリパルサー』ならこの一撃で『アニールブレード』は砕けるか、ヒビが入るか、目視できるほどのダメージを負うのだが、どうやら、流石にパラメータは抑えられているようだ。
だが、片手直剣と双剣の間には確かな差が生まれる。それは単純に剣の数だったり、耐久値の減少する割合だったりと痛手になる。双剣は扱いにくいという点があるが、彼に関しては論外な話だ。ユニークスキルでないが為に攻撃力は減少し、かなりの利点を失くしたが、それでも片手直剣との差は見上げるほどにあった。
事実、『エリュシデータ』は自由を謳歌しており、ネイトの『アニールブレード』は鍔競り合っている。言うまでもなく、『エリュシデータ』がネイトを襲う。
「くっ」
紙一重で黒い剣が頭上を過ぎ、危機を感じたネイトが距離を取る。だが、それはたったの数秒で詰められた。
果敢な間髪容れない攻め。手数の少ないこちらとしては厄介だ。序盤から欠点を突き、確実に急所を狙ってくる。やはり、SAO最強の剣士の名は伊達ではない。
顔を顰めながら、1撃目を防ぎ、2撃目を受け流す。3撃目を危険と判断し、バックダッシュ。何とか免れた。
息をつく暇もない猛攻に苦渋の表情になりながらも、内心で嬉々としていた。
SAOで名立たる存在にはならなかったが、ネイトは攻略組に匹敵するだけの力を持っていた。故に黎明期の今に若干の物足りなさがあった。仮想世界での職種とはいえ、然るべき剣士の在り方なのかもしれない。
だが、今欲するのは然るべき剣士ではなく、敵を上回るだけの圧倒的な力。単純に力を求むのではなく、何なら驚異的な英略でも、詐欺師紛いの狡猾さでも、勝利の女神から授かる強運でも良い。兎にも角にも、賞賛など必要なく、ただ純粋に勝ちたいのだ。
ソードスキルで格好良く一撃で仕留めるなどという英雄染みた勝利は出来ないであろう。先ず間違いなく、硬直の隙を狙われて、呆気無く殺される。
やはり、じわじわと攻め、隙さえあれば、あの黒い鎧を蔑ろにするほどの一撃を叩き込むというのがベストだろう。その為にもまず、あの2本の剣に対処しなければなるまい。
「クソッ!」
言うは易しか。2本の剣に対応できるだけの反応速度はなく、今のところ悪態を突くばかりで防戦を強いられている。
何とか避けてきたが、先程から剣の腹で受けることが多くなっている。HPも少しずつ減ってきていた。
袈裟切りを受け、右切上を跳び退いて逃れる。最後の刺突も驚くべき動体視力で見極め、剣の腹で軌道を逸らした。その後、放物線を描くようにして大きく後ろに跳んだ。
流石にこの距離を一瞬で詰めるだけの敏捷値はない筈だ――そう思っていたからこそ、一瞬で眼前に迫った時、体の反応が遅れた。
「嘘だろ――ッ!」
精神的な動揺と攻められる恐怖で引き下がろうとしたのが、間違いだった。
見たことのあるソードスキル、重突進技『ダブルサーキュラー』。剣が赤色に光った直後、『黒の剣士』は強烈な突きを勢いに任せて、放ってきた。奇しくも剣で防いだが、大きく弾かれる。
これがソードスキルの1撃目だと察した時、背筋を冷たいものが奔った。
「――ッ!」
剣を弾き、無防備な状態に晒し、地面ギリギリを駆けるもう片方の剣を強烈に振り上げる。
ネイトの胴を縦に1本の切り傷が走り、赤が舞った。激痛に耐え切れなくなって負けるという流れにならないのが唯一の救いか。
ソードスキル発動後の硬直を狙って反撃に出るのも容易いが、あの鎧を打ち抜ける技は持っていない。一度退くべきだと冷静に判断した。
「……次はないな」
真っ赤なHPバーを見て、苦笑する。これで、2度目の死期を免れた。案外、運は味方をしてくれているのかもしれない。
ポーションを取り出し、飲もうとすると、『黒の剣士』が駆け出した。まだ半分しか飲めていないが、構っていられない。ポーションが入った瓶を投げ付け、急いで構えを取った。
駆け出す。攻勢に打って出る。それも派手に。
先程までずっと難点だった片手直剣と双剣の間に生まれる差をまるで、忘れたかのような疾走。自暴になった訳ではない。事実、その口角は吊り上がっていた。
投げ付けられたポーションを剣で粉砕し、『黒の剣士』が双剣を構えて迎え撃つ。
剣を突き出し、突進。これを容易く上に弾かれるが、勢いは止めず、そのまま体当たり。踏鞴を踏んだ『黒の剣士』の腹に強烈な蹴りを入れ、袈裟切り。惜しくもこれは剣で受け流された。
しかし、動きは良い。勝率が確かに上がったのを感じ、この攻めで行こうと腹に括る。足、肘、頭なんでもいい。相手が2本の剣で戦うならこちらは1本の剣と全身を武器にする。部位欠損を狙われる可能性があるが、構っていられない。
一瞬の静寂、瞬く間に両者が疾駆する。勢いを乗せた斬撃は相殺に終わるが、即座に入った鍔競り合いは余った剣を振るう事で『黒の剣士』が上回る。
「らぁっ」
一歩下がり、地を蹴る。下段からの振り上げを難なく避けられた。足を狙った切り払いを垂直跳びで逃げ、剣を振り降ろすも容易く防がれる。
矢継ぎ早に変化する激しい剣戟にもつれ込み、目が追いつかないほどの激しい斬撃の打ち合いなのだが、両者一歩も退かないという訳にもいかず、ネイトがやや劣勢になりつつあった。周りで呆気にとられるプレイヤー達でもその差は十分に理解できた。
「ハァアアッ!」
「ヅッ」
猛然たる剣戟の最中、跳んだネイトが意表を突いた鋭い突きを放った。その剣先は僅かに兜を掠めるが、十分な進歩と言える。これは初めて剣が敵の身体に触れた攻撃でもあるのだ。
しかし、鋭い突きを放った剣は籠手に握られ、床に押し付けられた。そのまま、剣で押さえこまれ、身動きが取れなくなる――かと、思われた刹那、ネイトは剣を手放し、腰を捻って猛烈な蹴りを頭に叩き込んだ。
「「「おおっ」」」
「すげぇ!」
ネイトの曲芸に似た動きに歓声が上がる。
床を転がり、起き上がる『黒の剣士』の千鳥足を見たネイトは確信する。
(脳が揺らいであの動き……間違いないな、あの動きは人間だ)
頭を振り、視界を正常に取り戻した『黒の剣士』が双剣を交差させて構える。その燃え上がるような闘志は衰えていないようだ。
剣を拾い、疾走する。猛攻を避けるか、防ぐかのどちらかでやり過ごし、時折見せる反撃で微々たるダメージを与える。依然として凄まじいスピードで繰り広げられる代わり映えのしない剣戟が続く。
しかし、膠着していた流れに次の瞬間、動きが見られた。支柱を足場にして跳び上がった『黒の剣士』。ネイトは固い支柱に剣をぶつけ、激しい痺れに顔を顰めながらも、『黒の剣士』の行く先を目で追う。
永遠のような一瞬。視線を絡み合わせた両者は視線の激突による不可視な火花を散らせ、互いの気迫をぶつけ合う。
そして、急激に『黒の剣士』の剣戟は加速に加速を重ね、ネイトを追い詰めていく。『黒の剣士』が兜の内から目を光らせた。足をすくわれ、転倒したネイトの頭の僅かに左を剣が突き刺した。
悪寒が全身を駆け巡る。冗談じゃない。
剣を床に滑らせながら、突貫してくる。強烈な斬撃を防ぐが、体勢が崩れる。視線が合う、確かな殺気だ。
剣が迫る。死が具現化されたように見えた。
ごめん、アスナ。約束……果たせそうにない――。
「――ネイト君!」
瞬間、死を悟った目は眦を鋭くし、瞠る。アスナの手から投げられた細長い飛来物。
死に物狂いで身をよじり、斬撃を間一髪で避ける。剣は床に突き刺さって固定され、『黒の剣士』の自由を奪った。
しかし、強引に振り上げ、床から抜き出した。
閃く剣。大きく弾かれた剣。もう1本の剣が迫る、これを避ける術はない、しかし――防ぎ、反撃する術ならある。
新たな剣の柄を掴み取り、『エリュシデータ』を弾き返した。
アスナから受け取った剣――『ベスティア・ファング』と『アニールブレード』を両の手に握りしめ、咆哮を上げた。
「あぁあああーーッ!!」
剣と鎧の衝突で起きる音がネイトの振るう双剣の速度を物語る。
渾身の連撃は見る間に加速し、全方位から放たれる剣が華麗な剣光となって交錯する。
高速の剣戟に耐えかねた鎧が粉砕し、破断した。
直後、青白い光が部屋中を行き渡り、ポリゴン片となって『黒の剣士』は幻であったかのように消えた。
一瞬の静寂の後、嵐のような歓声が巻き起こる。突然、閉まった扉は再び開いた。部屋から溢れ返った歓声は第二層へと波のように押し込まれた。
しかし、英雄を謳う栄典の中、当の本人は意識が途切れ、その場でひっそりと倒れ込んだ。
意識が途切れるまでに彼が見た最後の景色は狼狽えた表情のアスナだった。