第一層フロアボスの攻略後、突如として現れた黒の剣士はプレイヤー達に攻略への恐怖感を植え付け、消えてしまった。
亡くなった2名はあの後、第二層の主街区にて手厚く弔われた。その後、暫定の攻略チームは何事も無かったかのように解散。後に発足した『英姿颯爽』と『タレント・オブ・ザ・スター』というギルドが先陣を切って攻略に挑んだ。
そして、事件は起きる。第十五層で『タレント・オブ・ザ・スター』は突如、解散を告げた。第十五層のフロアボス、『ザ・ポイゾナス・スパイダー』を倒した後、黒の剣士は再び現れたという。激戦の結果、生存者はたったの3名、解散を余儀なくされたとの情報がネイトの耳に入っていた。
ネイトはソロプレイヤーとして活動を続けているものの、何度かギルドと協同して攻略に参加していた。しかし、黒の剣士との再会はなく、第十五層フロアボスの攻略にも参加していなかった。
その為、解散の原因を聞いた時は心底、後悔した。それからというもの何度も第十八層に至るまで攻略に惜しみなく参加したが、黒の剣士との再戦は果たせなかった。
しかし、その黒の剣士との再戦を望む姿を見た誰かがネイトを『白の剣士』と名付け、いつの間にか異名としてプレイヤー間で呼ばれていた。
そして、今日は明日に第二十層攻略を控え、其々のギルドが忙しなく働いていた。
「……ネイトは明日の攻略に参加するのか?」
ヴェルフは高品質な金槌で剣を叩き、高い『鍛冶』スキルで片手用直剣『イフリート』を作った。
ヴェルフに問いかけられたネイトは真剣な面持ちのまま、カウンターに頬杖を突いて、3か月前になる話を振り返っていた。
第一層攻略戦の後、ヴェルフはネイトとアスナに大事な話と称して、『はじまりの街』にある親睦会で立ち寄った洋風レストランに呼び、言った。
『俺は最前線で戦える鍛冶師になりたい。そして、2人と専属契約を結びたい』
彼の職人気質で気前のいい性格を知っていたネイトはこの申し出を喜んで引き受けた。もちろん、アスナも引き受けた。2人はヴェルフとフレンド登録し、形だけだが専属契約を結んだ。
専属契約と言ってもNPCや他のプレイヤーから武具を買うことが許されない訳ではない。特に彼から出された規則はなかった。専属契約を結ぶことで鍛冶に精が出るということらしい。戦いばかりを続けてきたネイトには理解し難い考え方だ。
ここでネイトは現実に引き返してきた。ヴェルフから『イフリート』を受け取り、一振り。「良い剣だ」と呟いてから雪のように白い直剣、『フェンリル』と交差させる様にして納刀した。
「あぁ、もう『英雄颯爽』のリーダーにも言ってある。ヴェルフは? 行かないのか?」
「ん、ああー。ちょっとな……」
「まさか……昆虫がダメなのか?」
「う、うっせぇ。そのなぁ、ちょっと苦手なだけだっ」
「マジかよ……意外だな」
第二十層のフロアボスはもう情報が広まっており、巨大なカブトムシ『グランド・ザ・カブト』であった。この名はSAOでは聞いたことがなく、フロアボスの変更や改善は何度かあった。コボルドロードもそうだった。
どうやら、SAO生還者――今、流行の名は第一世代――に簡単にクリアされたくないらしい。
第二十層。ここでまた黒の剣士が姿を現すかは分からないが、切りのいい数字という不十分な根拠で来るのではないか、と密かに予想していた。だからこそ、気になる点があり、それが頭の中から薄れることはなかった。
そして、今日は『イフリート』をヴェルフに作ってもらうと同時にこの事について相談したいことがあった。
「何だ、考え事かぁ?」
3か月の付き合いだ。そろそろ、お互いが考えることまで分かってくるらしい。
ネイトは重要な情報を包み隠しながら、言った。
「現実では機械に詳しかったんだろ? そんなヴェルフに聞きたいんだことがあるんだ。例えばの話だが、現実で死んだ人間が仮想世界で生き返ることって出来るのか?」
「ん? お前、エリートの学校通ってて、賢いんだろ?」
「機械だけは理解できないんだよ」
「まぁ……無理だろうな。死んだ人間が生き返るなんて話は先ず、ねぇだろうな。でもよ、生き返ることは無理でも、AIなら作れるぜ。記憶も、人格も何もかもコピーして、AIに取り入れる。そうすれば、全く同じ人間の出来上がりってわけだ」
「そんなことが出来るのか?」
「ああ、今の技術ならな。けどな、1つ問題点がある。作った偽物のAIからはちょっと面白い研究結果があってな、AIは自分を本当の人間だと思い込んでいる。記憶や人格を入れ込んだんだから、当たり前な話だ。だけど、もしも、AIが自分を偽物だって知った時……99%の確率で自律崩壊するんだ。自分に関するすべてのデータを削除して、完全に消滅する……面白いだろ。この話を聞いてお前もちょっとは機械に触れるんだな」
死んだ人間と全く同じ人間、AI、自律崩壊、消滅、面白い研究結果……様々な単語を整理する最中でだんだんとネイトの表情が曇っていった。
それを直ぐに察したヴェルフは頭の上に疑問符を浮かべ、冗談を言って見せる。
「子どもには早ぇか」
「……ヴェルフ、有難うな」
「お、おう……じゃあな」
無言で部屋を出ていく寂しげな背中を静かに見送る。その背中には赤い剣と白い剣が交差して背負われ、かれが双剣使いであること再認識させる。
ベルの乾いた音が静かになった店内に鳴り響く。首を傾げたヴェルフは静かに「次、来た時はお詫びにサービスしてやろっかな」と呟いて、店の奥に歩いて行った。
「キリト……お前……」
ネイトは二十層の主街区に設置されたベンチに腰掛け、前のめりになりながらキリトの動機について、着々と思索していた。
死んだ人間でも仮想世界で全く同じ人間を作り出せる。キリトと相思相愛だったアスナは最終決戦でログアウトし、現実から亡くなった存在になってしまった。
それに耐え切れなくなったキリトがアスナのAIを作り、再びSAOの世界で幸せに暮らそうとした。例え、アスナが偽物であっても、構わない。愛が人を狂わせてしまったのか。自分も一歩間違えれば、アスナを思う気持ちから狂ってしまったのだろうか。
どちらにせよ、彼はSAOⅡでアスナと過ごすため、このデスゲームを開始させた。またSAOの時のように幸せに暮らせるとでも思ったか。あの幸せな時間を取り戻せるとでも思ったか。
「――ふざけんじゃねぇよ」
アスナの死を知っていた俺は世界で邪魔な者だというのか。だから、このSAOⅡに呼び込んで、合法的に殺そうとするのだろうか。
親友でもあり、恋敵でもあったキリトの動機が狂っていることもショックだったが、それ以上にアスナがAIで本当のアスナはもう死んでいるという事実が何より辛かった。
明日、攻略戦で会うアスナは偽物。偽物ならもうこの世にいない方がいいのではないか。どうせ、偽物なら――出来る訳がない。
何が何であれ彼女には意志があり、記憶があり、感情がある。例え、偽物と言われようと見間違いようのない自分が恋したアスナだった。そんな彼女を自分の手で殺めるなど出来る訳がない。
アスナが自分を偽物だと知れば、自律崩壊? ――させる訳がない。
でも――きっといつかは。
「……ああ……クソ……」
ネイトには嘆く事しか出来なかった。
*
2025年 4月。
100の階層からなる浮遊城アインクラッドの第二十層にある迷宮区。その最奥にフロアボスの部屋はあった。
その中から響く叫び声と断続的な戦闘音はフロアボスと攻略組によるものだった。
フロアボスの部屋はジャングルをテーマに作られた広大な体積を使っており、腐った倒木や壁から天井にかけて張り巡らされた蔦、地面は腐葉土で草木が至る個所に生えている。
緑に囲まれた一風変わったボス部屋にプレイヤー達は調子を狂わせながらも、順調に優勢を保っていた。
一方、フロアボスの『グランド・ザ・カブト』はその硬い甲殻と巨大な体を活かし、ひたすらに攻勢だった。強靭な角を振り回せば、盾の役を担ったG隊、H隊が吹き飛ばされ、A、B隊による近接攻撃も易々と弾き返した。唯一、効果的なのはC隊によるハンマーの打撃だけだった。
『英雄颯爽』のリーダーが作戦開始を号令してから、約15分。ついにフロアボスのHPバーが2段目に突入した。直後、『オニックス・キラー』が湧出した。大人の上半身ほどはある体長の蜂。赤色の眼をプレイヤーに向けながら、『グランド・ザ・カブト』の周囲を羽音と共に飛び回った。
情報にない事態。しかし、攻略組のプレイヤー達は直ぐに順応。近接戦を得意とするB隊と飛び道具を得意とするD隊が『オニックス・キラー』の対処に目的を変更した。
B隊に配属されていたネイトも『グランド・ザ・カブト』の身体を借りて、高度な位置から飛び降り、『オニックス・キラー』を連続で斬り付け、両断した。
「つあぁっ!」
更に落下点にもう1体を控えていたネイトはまるで、雨のように降り掛かり、2本の剣を思い切り突き刺した。途端に炎と氷が発生し、蜂に追加ダメージを与える。
落下ダメージ無く、着地し、近接が苦手なD隊の援護をしながら、『オニックス・キラー』の掃討にかかる。
同じくB隊に配属されたアスナが敏捷値に応じて攻撃力が増す『リニアー』を発動、瞬殺した。その勢いに任せて、次の敵もあっという間に連続の刺突で撃破する。その延長線上で交戦するネイトを見つけ、駆け寄った。
「どう? 何も問題ない?」
『ミスリルレイピア』を突き出し、応戦しながら声を投げ掛ける。しかし、ネイトは無反応のまま、その場を駆けて、離れしまった。
「ネイト君? どうしたんだろ」
不審に思いながらも、戦闘中だと喝を入れ、迫ってくる針を避けて『ミスリルレイピア』を3度、突き刺した。
幾度となく、『オニックス・キラー』を迎撃し、約10分の時間が流れた。『英雄颯爽』のリーダーの号令が響き渡る。
「全員、攻撃開始―!」
アスナはその号令にハッとし、巨大なカブトムシのHPバーを確認する。1段目の赤色。零まであともう直ぐだ。
アスナは目の前の敵を『リニアー』で仕留め、踵を返して、合図に従う。
『グランド・ザ・カブト』が野太い角で天を穿ち、大きい体躯をのそりと反った。動作そのものは緩慢だが、角が振り上げられた際に巻き上がった腐葉土の塊がプレイヤーを襲う。
持ち上げられた大地をも砕く剛の角がごう、と音を立て、風を逆巻きに巻き込んで、地面と衝突した。最高の一打は土煙を舞い上げ、風圧を起こした。
しかし、プレイヤー達はその上手を行く。盾役を担うG、H隊が風圧を完全に堰き止め、その後ろからプレイヤー達が続々と駆け込んだ。狙いは瀕死の強敵、力を惜しまない総力戦だった。
勇ましい咆哮を上げて、プレイヤー達が次々とソードスキルを発動する。『グランド・ザ・カブト』の命の値を示す1本の棒は見る間に短くなって、あっという間に消失した。
圧倒的な体躯全てが瞬く間にポリゴン片となって、爆散。その光に目を瞬かせた直後にはあの巨大なカブトムシは姿だけでなく、気配さえも消し飛んでいた。
ひらひらと舞い降りるポリゴン片に囲まれながら、プレイヤー達は安堵の息を吐いて、脱力する。
大画面で映された「CongratuLations‼」の文字がプレイヤー達にフロアボス戦の終幕を実感させる。
皆が疲れを吐き出す中、ネイトは密かに黒の剣士の出現を待ち続けた。が、依然としてその姿は現れず、仕方なく断念した。
「お疲れ様」
満面の笑みを浮かべて、佇んでいたのはアスナだった。
栗色の髪を揺らして、ネイトの様子を窺っている。
「どうしたの? 元気ないよ?」
「……アスナには……関係ない」
「え? どうしたの、ネイト君。今日、なんだかおかしいよ?」
「別に」
素っ気ない返事にアスナは首を傾げ、しかし、一歩も退かずに、無愛想な態度を見せるネイトの深層にずかずかと土足で踏み入れようと試みた。
「私が悩み事を話した時のこと覚えてる? 約束したよね。隠し事はなしにしようって」
――約束。ああ、覚えている。
「……忘れた」
「え……」
――今でも昨日のように思い出せる。
「忘れた。聞こえなかったか?」
冷たく突き放す。視線は合わさない。否、合わせられない。
「……本気で言ってるの?」
「……ああ、本気だ」
瞬間、聞こえた言葉を理解するより先にアスナの手が動いていた。
乾いた音と手に走る僅かな痛み。頬を押さえたネイトの顔は、いつに無く情けなかった。
激情が渦巻いているのか、やってしまったという危機感から心臓の音が耳の中から響いてくる。怒鳴りそうになるのを無理やりに抑えてから、急激に溢れ出した悲しみで、不思議と涙が出そうになった。
「「……」」
お互い無言のまま、別の道へと進み、すれ違う。
片方は複雑な感情を渦巻きながら、彼女との付き合いに恐怖を感じていた。距離を離すことを傷心に誓いながら、アスナに冷たく接した。これで良いのかはネイトにも分からなかった。
唯一つだけネイトに分かることがある。今、ネイト自身はアスナとの間に不安な隔たりを感じ、彼女が自身を偽物であると知覚するのではないか、と恐怖していると。
心の奥祖から湧き上がる恐怖がネイトの態度を冷たくさせていた。悲しげなアスナの背中を一瞥して、傷心しながらもこれで良い、と言い聞かせた。
アスナは第二十層へ続く道へ振り返らず、歩き出す。ネイトは目を細め一度だけ振り返ってから、来た道を戻り始めた。
遠くなる足音が不協和音のように鳴り響く。