ソードアート・オンライン 約束のその先で    作:ココシマ

7 / 10
『ザ・ポイゾナス・スパイダー』:第十五層のフロアボス。毒々しい体を持った巨大な蜘蛛。毒液と毒の追加ダメージを与える糸が攻略組を苦戦させた。
『イフリート』:『ブレイズウルフ』の牙と『サラマンダラ』の鱗を素材とした炎系の片手用直剣。
『フェンリル』:『水晶』と『スプリンタードウルフ』の牙と『雪結晶』を素材とした氷系の片手用直剣。
『グランド・ザ・カブト』:第二十層のフロアボス。黒い甲殻に太い角。攻撃力と防御力が非常に高いが、動きがとても遅い。



episode7 ショウ

「はぁ~……」 

 

 アスナとの諍いは3日経った今でも解決しておらず、メッセージでのやり取りもしていない。無論、顔も合わせてはいなかった。

 現在、4月のイベントで『はじまりの街』で仮想世界では滅多に見られないだろう、と思っていた桜が咲いている。だが、そんな胸が躍るイベントでさえも今は虚しく感じられた。

 アスナは桜を見に『はじまりの街』に行っているだろうか。ネイトが座るベンチの前には『転移門』が『はじまりの街』へ伺うのを誘っている。本来、そんなこと有りえないのだが、傷心し切ったネイトにはそんな風に見えていた。

 辺りは静けさに満ちており、ネイトの思索を促した。時々見かけるのもNPCで、プレイヤーの姿は見られない。

『はじまりの街』で桜が咲くというサプライズが起きている時期に第十三層の主街区の中央広場でベンチに座っている人など自分くらいだと思っていた。

 だから、声をかけられた時、過剰に体が反応してしまった。

 

「なぁ」

「うぉっ」

 

 思わず、ベンチから立ち上がり、急に隣に座った男の顔を凝視した。そして、次の瞬間には驚愕の色に表情を染めていた。

 

「やっぱり樹じゃねぇかー、久しぶりだな!」

「……翔太?」

「そう俺だよ、俺! まさか、こんなとこで会えるとはなっ!」

 

 両親がお金持ちな人や賢人ばかりが集まる学校の中で、アスナと同じく気を許せた親友だった。ネイトには彼の前向きな姿勢と他人のプライベートなど全く気にしないような親しみ易さが周りの人間より光って見えていた。時折、見せる優しい気配りと思いやりに惹かれて、気付いたら、親友と呼べる存在になっていた。

 そして、今もそれは変わらない。地元で何度も遊びに行ったり、食事したりする仲だ。そして、唯一、アスナに好意を抱いているということを彼には知られている。正確に言うと、見抜かれた。

 

「あっ、そうだ! お前、この情報知ってるか!? きっと喜ぶぞ! 攻略組にアスナがいるらしいだっ! 死んでなかったんだよ、アイツ!」

「……あぁ、知ってるよ。ずっと、前から」

「……なんか、元気ねぇな。どうした? アスナと喧嘩でもしたのか?」

 

 図星だ。長年、翔太とは仲良くやってきたが、彼の推理力には時々、驚かされる。

 

「図星かぁ……全くお前ってやつは」

「……どうしてこうなるんだろな」

 

 その自分に嫌気がさしたような言葉に事の重大さを察した翔太が困ったような顔をする。そして、少し経った後に表情を明るくした。

 

「なぁ、釣りに行かね? この十三層に『白鳥の湖』ってフィールドがあるんだけどさ、良い釣りスポットなんだよ。それでさ、なんか珍しい魚がいるみたいでさ……『ラール・ミーヌ』って名前らしいんだけど、スッゲェ美味しいらしいんだよ、だからさっ……」

「ふっ、変わってねぇな。魚好き」

 

 ネイトの顔に笑みが戻る。その笑みを見た翔太は安心した様子で話を続けた。

 

「そんじゃ、釣り行こうぜ? お前、竿持ってるか?」

「いいや、興味ないからな」

「んじゃ、今日から興味持てよな。絶対、楽しいから!」

「あー、俺、待つの苦手だし」

「大丈夫だってぇ!」

 

 2人はいつものように会話をする。まるで、ここが仮想世界であるのを忘れたかのように。

 

「なぁ。元気づけてくれて、ありがとな」

「ん? 何のことかさっぱり分かんねぇな」

 

 『白鳥の湖』に向かう2人の背中はまるで、周りの景色をより一層彩るように喜色に満ち足りていて、いつも以上に幸せそうだった。

 ネイトは灰色に見えた景色が少しずつ、色付くのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 ネイトとショウ――翔太の仮想世界での名――が『白鳥の湖』に通い続けて、5日が経った。

 3時間ほどの釣りを終えて2人は、第十三層のレストランで食事をしていた。相変わらず、ショウは焼き魚を食べている。

 ショウは希少で美味な魚、『ラール・ミーヌ』が釣れる気配がないと、レストランで愚痴を叩いているが、ネイトはショウに隠して、密かに釣っていた。

 金粉のような黄金の光が鱗に散らばった人の顔くらいはある魚。仮想世界ではアイテムストレージに保管してある限り、常に鮮魚として保たれるらしい。

 ネイトはショウに内緒でもう一匹釣り次第、不意打ちの晩餐をしようと考えていた。

 

「もう、5日だぜ!? いい加減、釣りてぇなぁ」

「それだけ、レアなんだろ? 味も結構、期待していいんじゃないのか?」

「だよなー。それにお前と釣りができるのは嬉しいしな! よっし、なら、さっさと食ってもっかい行くぞ!」

「また行くのかよ」

「当ったり前だろ! ほら、早く食えって」

 

 マイペースなところも、人を強引に引っ張っていくところも相変わらずだ。そんなところも含めてネイトは彼のことを気に入っていた。

 ソースのかかった肉にフォークを刺しながら、ふと、頭に過ぎった良い案を考えなしに口から出していた。

 

「小学校のとき、2人で作った友情のマーク覚えてるか?」

「あー……あったな。覚えてるぞ、月と風をイメージしたんだっけか」

「そう、俺の樹から月とお前の翔太から風。あれのさ、ブレスレット作らないか? たしか『はじまりの街』でオリジナルの装飾品作れただろ? パラメータ超低いけど」

「おー、良いかもな! でも、どうせブレスレット作るならさ、俺たちでギルド作らね? ブレスレットはその象徴」

「いいかもな。じゃあ、名前何にする?」

「『月と風と魚』なんてどうだ?」

「却下。魚の要素は必要ない」

「じゃあさ――」

 

 それから2人の他愛もない会話は30分に及んだ。

 

 

 

 

 

 

 2025年 5月2日 第二十層・ひだまりの森

 

 自然で溢れた第二十層は昆虫系モンスターが現れるフィールドだ。

 そんなフィールドで八日間と長い付き合いで蓄積された連携を主力にネイトとショウは『キラーマンティス』を翻弄していた。

 カマを振り上げながら、突進してくる『キラーマンティス』との距離を見極め、振り下ろすタイミングでネイトが両方の剣を交差させる。がっちりと受け止めたカマを弾き返し、素早くバックダッシュ。

 ネイトと入れ替わるようにして飛び出したショウが曲刀のソードスキル『リーバー』で止めを刺した。

 341Expと170Colを獲得したという確認画面を一瞥し、ショウが軽くガッツポーズする。

 七日間ずっと釣りに没頭していた2人はネイトの提案で、気分転換ついでに第二十層でレベリングしていた。ショウのレベルはネイトの5つ下の23で、『ひだまりの森』でのレベリングは簡単なものとなっていた。

 

「ふー。ネイト、戦うのも結構、楽しいな」

「そうだろ? ……なぁ、ショウは第二十一層の攻略には参加しないのか? ショウぐらいのレベルなら十分、行ける筈だけど」

「攻略ねぇ。……俺さ、単純に死ぬのが怖いんだよな。だから、最前線で戦ってる人たちをすげぇ尊敬してるし、感謝してるんだ。もちろん、ネイト、お前のこともな」

 

 ショウはそう言って、決意を固めたような表情で言った。

 

「参加、してみようかな。いつまでも臆病者じゃ、やっていけねぇ。それに攻略組に会いたい奴がいるんだ。あ、誘ったんだから……ネイトも来てくれよな」

「……悪ぃ、ちょっと野暮用があってな」

「マジかよ。折角の俺の攻略初挑戦に来ねぇつもりかよ」

「悪ぃな。外せない用事なんだ。また今度な」

「また今度って……ったく。見てろよ、直ぐにお前のレベル抜いてやるからな!」

「おう、楽しみにしてるよ」

「攻略サボる罰だ。今日はお前がずっと、フォワードな!」

「はぁ!? 話が別だろ!」

「おい、『キラーマンティス』が来るぞ! さっさと働け、フォワード!」

「ったく、後で覚えてろよ!」

 

 ネイトは周囲の緑を見渡し、『キラーマンティス』に気づく。それを見つけるや否や駆け込んで行った。

 接近する『キラーマンティス』のカマの3連撃の内の2つをよけ、1つは弾き返す。直ぐにスイッチするのではなく、ネイトは矢継ぎ早に2回斬りつけた。

 怒った『キラーマンティス』が吐いた毒を躱し、盾に使うカマを切断、合図を叫ぶ。

 

「ショウ、スイッチ!」

「おりゃああ!」

 

 『キラーマンティス』の懐に飛び込んだショウが叫び声を上げて、曲刀を振り回す。休み無しに放たれた曲刀のコンボは計3度の斬撃で『キラーマンティス』をポリゴン片へと変えた。

 それから、2人は20数体に及ぶモンスターを狩り、ショウのレベルは24になっていた。

 ひだまりの森を奔走する2人は手首につけた友情の証である月と風の紋章が描かれたブレスレットを打ち合った。

 

 

 

 

 

 

 2025年 5月10日 第二十一層 迷宮区

 

 現在の最有力ギルド、『英雄颯爽』に並び、第二の座にギルド、『革命騎士団』にアスナの姿があった。

 ネイトと組んでいたパーティーは自ら解散し、ギルドでの活動が自分の性に合っているという決断に至った。結果、『革命騎士団』の方針に惹かれ、アスナは入団した。

 第二十一層の攻略戦に集った人数は42人。第十八層から攻略戦は『英雄颯爽』と『革命騎士団』の会談の下で行うと決められていた。無論、ソロがボス部屋を覗く事もあるが、基本的に攻略にはこの2つのギルドが関わっていると言っていい。

 アスナは団長から指示を仰ぎ、フォワードを兼ねた援護役として行動することになっていた。その敏捷性を活かし、援護に逸早く駆け付けられ、尚且つフォワードとして才能と経験があるという点で抜擢されたのだろう。この指示にアスナの異論はなかった。

 『英雄颯爽』のリーダーが扉の前から合図を送る。皆が合図に気づき、ボス部屋への扉が開くと知覚する。

 アスナも緊張感を高め、同時に大きく吐気して意識を集中させていた。だが、その集中が突然、投げられた声によって断たれた。

 

「よ、アスナ」

「……翔太君? あ、やっぱり、そうだ。久しぶりだね。……どうしてここに?」

「ちょっとな」

 

 理由は笑みで濁したが、口調は奥歯にものが挟まったようだ。アスナは問い質そうとしたが、話を否応なしに切り替えられた。

 

「そんなことより……聞いたぞ。ネイトと……樹と喧嘩したんだって?」

「あっ……。うん、ちょっとね」

 

 上手く話を切り替えられた上に痛いところを突かれたアスナはショウが攻略戦に参加した理由を完全に聞き逃した。

 もう、長い間、顔を見ていない。その前まではパーティーを組んでの行動が多かったためにほぼ毎日、声を聞いて顔を合わせていた。だからこそ、最近は歯車が噛み合わずにいた。何をするにも脳裏をネイトのことが過ぎっていた。

 それを頭の奥に押し込もうとして無理なレベリングをしていたところを『革命騎士団』の団長に注意された。その後の談笑からギルドへの誘いへと発展し、ネイトのことを忘れるには良い切欠になりそうだ、とアスナも誘いに乗った。

 しかし、結局はまた、こうしてネイトと関わらなければならない出来事に出逢う訳で、アスナは因縁を感じていた。

 重々しい音が鳴る。ボスの部屋へと繋がる扉が開く音だ。

 その音を聞いたショウが口早に言い捨てた。

 

「2人の間に何があったかは詳しくは知らねぇけどよ。アイツはアイツで、いろいろ考えてんだよ。そりゃあ、ちょっと素直じゃないところもあるけどな。でも、その……あんまり悪く思わないでやってくれねぇかな。アイツのこと……俺の唯一の親友なんだ」

「うん……私も分かってるよ」

「そっか。なら良かった……じゃ」

「あ……」

 

 口早に言い残したショウは、身を低くして人混みの中へと割り込んで行った。彼が来た理由を、また聞き逃した。

 

 何とか、アスナの許から強引に離れたショウは体に篭った熱を徐に出しながら、先頭に出た。

 ボスの部屋は真っ暗。奥の方で光っている2つの黄色い眼がボスの『サーベル・ザ・パンサー』であることは間違いなさそうだ。間もなくして、その両側に目測では数え切れない数の黄色い光が見える。その光の群れが『ビーストパンサー』の眼だ。

 ショウは冷静に状況を見極めながら、同時に早鐘を打つ鼓動を抑えようと努めた。

 鼓動は順調に正常に戻っていった。ネイトに紹介してもらった人物、ヴェルフによる悪意の篭った言葉が寄越されるまでは。

 

「どうした、ショウ? 顔が赤いぞー」

「……っ」

「うぉ、そんな睨むなって。……わ、悪かったよ」

 

 鋭い眦で一瞥すると、ヴェルフは焦った様子で身を低くしながら、逃げていった。

 ショウは心労のあまり目頭を揉んだ。第一印象から空気の読めない男だとは思っていが、酷く空気の読めない男と再認識する必要がありそうだ。

 

「アスナの事は諦めたつもりなのによぉ。はぁ~……素直じゃないのは俺の方かもな」

 

 ショウの誰にも知られていない、初めて口にした秘密は、赤い鬣の『サーベル・ザ・パンサー』が放った咆哮に揉み消された。

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