将軍が行く! 作:イチ
オーレリアは大将軍であるブドーと同じように、将軍の家系――名門グラディウス家に生を受けた一人娘である。
もともと病弱であった母親は、オーレリアを産んだ際に全ての気力を振り絞ったかのように息を引き取り、帝国の将軍であった父親は、北の異民族との戦乱で戦死した。
自分を産んですぐに亡くなった母との思い出はオーレリアにはない。しかし、オーレリアには自分を優しく、けれども力強く導いてくれた父とのかけがえのない思い出があった。
父はこの国を愛していた。いつかはお前も将軍となり、この国の繁栄の為に陛下を支えるのだと――オーレリアは口癖のようにいつも父に言われていた。
父はこの国を愛していた。だからこそ命を賭けて侵略してくる北の異民族共と戦い、そして名誉の戦死を遂げたのだ。
大好きだった父が愛していた
オーレリアにとって
父が愛したこの国を――陛下を――今度は自分が守る。そんな信念の元にオーレリアは自分を鍛え上げた。
全ては帝国、そして帝国の命である皇帝陛下の為に。もはや愛国心を超えた忠誠は、常人ならば発狂しかねないほどの過酷な修練を耐えさせる原動力となった。
そうしてオーレリアはかのエスデスやブドーに並ぶ将軍となった。かつて自分の父も就いていた、その地位に。
オーレリアは国の現状を憂いていた。私利私欲の為に暴政を振るう大臣――オネスト。そしてそんな国の現状を知らされず、ただオネストの操り人形と化した皇帝陛下――。
初めて皇帝に謁見した際、オーレリアは国の繁栄を切実に願う皇帝のその純粋な願いに心を打たれた。どこまでも国を愛する君主に恵まれて自分は幸せ者だと――だからこそオーレリアは騎士の誇りである自らの剣を皇帝に捧げることを誓ったのだ。
故に許せなかった。皇帝の想いを踏み躙ったオネストが。この剣で斬り殺してやろうかと、一体何度躊躇ったことだろうか。
しかしそれでは意味がない。陛下が自分の意志でオネストを否定し、裁かない限りは何の意味もないのだ。今、オネスト一人を殺した所で必ず第二、第三のオネストが現れる。国の滅亡を招く存在を一網打尽に根絶やしにしなければ全く意味がないのだ。
(というか、そもそもあの
あのデブには豚小屋がお似合いだ。いっそ第二のオネストが現れてもいいからあの男だけでも殺してやろうか。そんなことを考えたこともあったが、結局はできなかった。
なぜならそんなデブの事を今の陛下は慕っており、今、あのデブが死んだら陛下が悲しむだろうからだ。オーレリアにとって陛下の悲しむ顔は国の滅亡と同じくらいに見たくないものだった。
――だったら、陛下があのデブの事を見限ればいいんですね。
こうしてオーレリアは皇帝を城の外に連れ出し、国の現状を陛下に認識してもらうと同時に大臣が国の衰退を招く元凶であるということを伝えた。自分が何よりも信頼していた大臣に裏切られた陛下の顔を見るのは心が引き裂かれる想いだったが、これからは自分が陛下を支えてあげればいいのだと無理やり自分を納得させた。これからどうすればいいのだと自分に縋ってくる陛下のご尊顔は、思わず紅き血潮が噴き出しそうになるくらい可愛らしかった。
そしてオーレリアは陛下には公の場を利用し、国の繁栄を願う仲間を増やすことを薦めた。今の帝国はオネストの息がかかった人間が多すぎる。まずはその勢力を削ぐ所から始めなければならない。
そのためにはオネストの勢力に負けない一つの勢力を作り出す。内政官ショウイの一件の時のように、公の場で決定された事は如何にオネストといえども簡単にはもみ消す事はできない。オネストの息がかかった闇討ち、暗殺からは自分の部隊が身を挺して守ってみせる。
(しかしそれだけでは足りない……
「――レリア殿? オーレリア殿?」
「……はい、申し訳ありません。なんでしょうか?」
オーレリアに言葉をかけて来たのは陛下に命を救われ、政策の見直しを任された内政官ショウイだった。ちなみにショウイの見直した政策はすでに皇帝陛下の名の下、公布され、これまでのものとは思えないその良心的な政策に民衆の中からは喜びと同時に戸惑いも生まれているところだ。まぁ、今まで帝国が行ってきたことを思えば当然の事なのかもしれないが。
「いえ、あのオネスト大臣による闇討ちを警戒して、私に護衛を着けてくださり感謝の言葉を述べようと思いまして。帝国最強の三大将軍の一人である貴女が味方とは私も心強いです」
「とんでもありません。私などまだまだ未熟者です。――それより、護衛は就けましたが、くれぐれも油断はなさらぬようお願いします」
「わかっておりますとも。あの大臣のことだ、如何なる手段を使って邪魔者を消しにくるかわかりませんですからな」
ショウイはあの一件後に事の顛末を話し、オネストに対抗する勢力――言うなれば帝国改革派の一員として協力してもらうことになっていた。あの皇帝の決断に心の底から感動したショウイは国のため、そして自分を救ってくれた陛下のために惜しみない協力を誓ってくれていた。
「それにしても、オーレリア殿、何か悩み事でもありますのかな?」
「なぜそのようなことを?」
「いえ、先ほどの私の呼びかけへの反応が遅れていたので、何か考えていた事があるのかと」
オーレリアは少し考える。先ほど考えていた帝国改革派のリーダーの件。正直なところ武官であるオーレリアは嗜みとして政治のことについても一連の学問は修めたが、それでもプロフェッショナルではない。軍に関しては将軍故にある程度の顔も利くが、政治関係の繋がりとなると薄い。
しかし、このショウイであればどうだろうか。内政官であるなら、政治的な人の関わりも少なくともこのオーレリアよりはあるだろう。このショウイが何かいい人物を知っているのなら、紹介してもらうのもいいかもしれない。
とにかく話してみる価値はあると、オーレリアがこの一連の話をすると、ショウイはううむ、と顎髭をさすった。
「政治的に頼りになる人間ですか……しかし、今はオネスト大臣の勢力が強く、同じ志を抱く者でも報復を恐れて何もできない状況ですからな……」
「そうですか……」
まぁ、そうだろう。予想できないことではなかった。
オーレリアが肩を竦めるが、その時、ショウイが何かを思い出したかのようにパン、と手を鳴らした。
「そういえばひと昔前にチョウリという良識派に属する男がおりましたな。すでに政界からは引退されていますが、あのオネスト大臣の派閥に属さず、オネスト大臣と対等に渡り合える唯一の人間でした。この私も彼の下、政治学を学んでおりましたが、彼ならもしかしたら……」
その言葉を聞いたオーレリアが静かに口を開く。
「……その彼の現在の居場所はどこかわかりますか?」
「たしか帝国郊外、山奥の村に隠居していると」
「おそらく大臣はもう陛下が自分の都合のいい操り人形ではないことに気付いているはずです。陛下が貴方に政策をお任せになられたことからも、大臣は自分の至らぬ水面下で抵抗勢力が生み出されつつあることを悟っているはず」
「あの男の危機察知能力は鼠なみですからな」
オーレリアの言いたいことを全て読み取ったかのようにショウイは真剣な表情で頷く。
「これより私はチョウリ殿の下へ向かいます。力になって頂けるかどうかはわかりませんが、この国の現状を話してどうにか協力してもらいます。
――陛下はまだ幼い故に政治面ではまだ疎い所もあるでしょう。ショウイ殿はそんな陛下の力になってさしあげてください」
「承りました。このショウイ、命を賭けてでも陛下の力になることを誓いまする。……しかし将軍であるオーレリア殿自らが出向くとは、用心深いですな」
「おそらく、そのチョウリ殿はこれから行う帝国の改革の要となる人物となるでしょう。是が非でもこの帝都に無事に辿り着いてもらわねばなりません」
それに、とオーレリアは言葉を続ける。
「嫌な予感がするのです。用心深い
見た目は豚の癖に、中身は鼠のように臆病者ですから――。
そう言い残し、オーレリアはその場を後にした。
+++
『うるさいぞ、大臣。今は余がこの男の話を聞いているのだ。邪魔するでない』
その言葉を聞いたオネストは、目の前の玉座に座る幼き皇帝のその言葉が信じられなかった。
普通なら立場上は皇帝の方が上の訳で、あくまで
しかし、皇帝からこの言葉が出ることはありえなかった。だからオネストは驚いた。
先代の皇帝がなくなり、勃発した後継者争い。その中でこの皇帝を帝位につけたのは自分であり、この皇帝はそんな自分を信頼して、政権を全て自分に任せていたではないか。
表向きは大臣の立場からの進言、助言という形を取っているが、実質、オネストの言葉がそのまま皇帝の口を辿って伝えられているだけであり、オネストにとってこの幼き皇帝は都合のいい操り人形であったはずなのだ。
自分に憤慨の言葉を投げかけるなんて、ありえないはずなのだ。
(いったい、どうしたのでしょう? 陛下がこの私にこんな言葉を投げてくるなんて……)
苛立ちをそのままにグチャグチャと肉を噛み切りながらも、心は冷静に、オネストは頭を回転させる。
(普段なら私の言葉をそのままにこの男を処刑しているというのに、今はむしろこの男の言葉を率先して聞いているように見える……)
内政官を任されているこのショウイという男は、オネストにとって邪魔者でしかなかった。オネストにとって民とは踏み躙り、税を徴収する弱者でしかなく、周りが自分の派閥に属する中、一人民のための政策を投げかけるこの男は前々から煩わしいと思っていた。
故にこの度のもう我慢ならぬと言わんばかりに政策に口を出してきたのは、オネストにとって好都合でしかなかった。陛下の策に口を出し、政務を遅らせた事を口実に、処刑すればいいと。
しかし現実はどうだ? 何を思ったか陛下は自分の言葉を無視した。あの男の言葉に耳を傾け、さらにはあの男に政策の見直しを命じてしまった。公の場での皇帝による宣言故にもみ消すこともできない。後で
(
政策の見直しを命じた皇帝の言葉に感動して、熱い涙を流すショウイを冷たく睨みながら、オネストは考える。
(とにかく陛下の修正は必要ですかな。この男は後で始末するとして……)
しかし、不慮の事故として処理しようにも、ショウイには護衛がついていて、始末することは困難を極めた。
あのブドーの近衛兵にも勝るとも劣らない、白き銀の鎧に身を包んだあの騎士たちには見覚えがある。
オーレリア・グラディウス。あのブドー、エスデスに並ぶ、この帝国が誇る三大将軍の一人。あの名門・グラディウス家の一人娘にして、この帝国においてオネストの権威を退ける数少ない人物。
ショウイを護衛するあの白銀の鎧の騎士たちは、紛れもなくあのオーレリア将軍が率いる特殊部隊に所属するエリートであることに間違いない。
となると考えられることは一つ。陛下に余計な事を吹き込んだ張本人。それは――
(オーレリア・グラディウス……アナタでしたか……)
彼女が敵対しているとなると、物事は思うように進まないのは間違いない。彼女はブドーやエスデスと同じく、グラディウス家に代々伝わる強力な帝具を保有しており、たとえその帝具が無いにせよ、その実力は抜きんでている。暗殺するにせよ、返り討ちにあうのが目に見えている。
(ひとまずオーレリア将軍については後回しですねぇ……とにかく防がなければならないのは、私の権威を脅かしかねない新たな派閥の誕生……現段階ではオーレリア将軍、そして内政官ショウイが敵と言っていいでしょうねぇ)
しかし正直なところ、この二人だけならばオネストの権力を脅かすものではなかった。たしかにオーレリアの軍事力は脅威だが、政治に関してなら彼女は一連の学を修めただけで、素人といってもさほど変わらないからだ。それにショウイだけならば、不慮の事故で始末できずともこの先、いくらでも始末する機会はある。
(しかし、それも可及的速やかに行わなければなりませんねぇ……)
自分に抵抗する明確な存在が現れた今、影で息を潜めている反オネスト派の人間がいつ名乗りを上げるか分からない。早く見せしめにあの男を殺さなければ、次々と同志が名を上げて、自分の地位を脅かす一大勢力となりかねない。
(まぁ、正直、あの男にカリスマ性は皆無ですから、彼に協力しようと名乗りを上げようとする人間はいなさそうですけどねぇ)
オーレリア将軍はともかくとして。
しかし、もし頼れるリーダーのような存在が現れてしまったらそうも言っていられなくなる。
そう、たとえばひと昔前、唯一、自分の派閥に属さず、対抗してきたあの男。
チョウリ大臣のような――。
もし彼が政界に復帰したらどうなるだろうか。おそらく、いや絶対に向こうは彼の政界復帰のために動き出すはずだ。チョウリ大臣もあの性格だ、いつ自分の意志で政界に復帰しようとするか、わからない。
かつてはチョウリ大臣には頼りになる味方もおらず、始末する前に、己の危機を察した彼に引退という形で逃げられてしまったが、オーレリア、そしてショウイと頼れる仲間がいる今となっては。
(このまま合流されると非常にマズいですねぇ……)
たしか北の異民族の制圧に向かわせていたエスデス将軍が、制圧を完了し、こちらに既にこちらに帰還し始めていたはず。
(ようやく制圧完了のところエスデス将軍には申し訳ないですが、チョウリの始末を頼んどきましょうか……)
思いつくや否や、行動は早い。
オネストは帝都に帰還途中であるエスデスの下へ伝令を送った。
そして伝令を送り終えたオネストは骨付きの太もも肉にかぶりつき、一言。
「あぁ、イライラしますね……このままではストレスでまた体重が増えてしまいます!」
オーレリア・グラディウス
・二話目にしてようやく名前が出た将軍。ブドーと同じく代々将軍の家系に生まれる。両親とは既に死別。
・愛国家であった父親の影響を受け、自身もまた帝国に対し、重度の愛情を持っている。第一に帝国の繁栄と存続を願っており、帝国の衰退と滅亡を招く輩は許さない。
・初めて皇帝に謁見した際、その純粋な願いとあどけない容姿に心を打たれ、彼に一生涯の忠誠を誓う。またの名をショタコンに目覚めたとも言う。
・一族に代々伝わる帝具を所有している。
・かなりの軍事力を持っているらしい。
ショウイ
・見直した政策を発表したら民衆に喜びと戸惑いを持たれた。ちなみに割合は二対八くらい。まぁ、今までの仕打ちを考えたら無理もないよね。
・オーレリアとチョウリを結び付けたキーマン。チョウリの下で政治を学んだ経験があるらしい。オネストにたてついたのもそんな彼の影響があるのかも。
・オーレリア不在の間、皇帝のサポートを頼まれた。やったね、大活躍だよ! この調子で頑張ってね、おじさん!
オネスト
・皆さん、ご存じ諸悪の根源。オーレリアはデブ、豚小屋が似合う、等言いたい放題。かつて皇帝に気に入られていたので、オーレリアに嫉妬の視線を向けられていた。その視線に気づいていたかどうかはわからない。