将軍が行く!   作:イチ

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 2017年って嘘だろ……?
 大変お待たせいたしました。



第6話

 

 グラディウス家先代当主――オーレリウス・グラディウスは、同じく将軍の家系に生まれたブドーとは共に認め合う好敵手(ライバル)であり、戦友(とも)だった。

 

 ブドーとオーレリウスは国の情勢を憂いていた。

 このままでは千年栄えてきた帝国が滅んでしまうと。

 大臣の暴政によって堕落しきったこの帝国を立て直さなければならないと。

 

 だからこそまずはこの帝国の存続を脅かす外部からの敵を処理する。外敵を全て始末した暁には自分たちの手で民を先導し、この国を立て直そうと。

 

 ブドーとオーレリウスは互いにそう、誓い合っていた。

 

 そんな彼が北の戦乱で戦死した報せを耳にした時、ブドーは我が耳を疑った。グラディウス家に代々伝わる帝具を継承し、千の光刃で戦場を蹂躙するオーレリウスの実力は間違いなく屈強な人材が揃う帝国の将軍たちの中でもトップクラスであったからだ。

 

 ――また一人、大切な同志を失った。

 

 ブドーは大きな喪失感を抱いていた。共に国を救おうと誓い合い、その為に日々を戦い抜いてきたはずだった。

 周囲にはオネストの息がかかった敵しかいなかったとしても……彼がいてくれたら乗り越えていけると。大将軍であるブドーにとってもオーレリウスは大きな精神的な支えだったのだ。

 決して血のつながりはない自分でさえ、そうなのだ。オーレリウスの愛娘であるオーレリアが心にどれだけの傷を負ったというのか。

 

 しかし彼女(オーレリア)は一日とまたずとして現れた。ブドーが日々、兵を鍛え、己が鍛錬を行う練兵場に。

 唖然とするブドーを余所にオーレリアは静かに口を開いていた。

 

 ――父はこの国を愛していました。いつかはお前も将軍となり、この国の繁栄の為に力を尽くすのだと、そう言い聞かされてきました。ですが私は戦う術を知らない。今の私には……何もできない。

 

 だから私は……強くならなければならないのです。

 

 一般兵に配給される一振りの剣。華奢で小柄な彼女の身体では支えきれない不釣合いなその剣を携えた彼女はその琥珀の瞳に悲痛な涙を湛えながらもそう言って、微笑んだ。

 

 戦で父を亡くし、周りには将軍の名門グラディウス家の持つ莫大な遺産を狙うハイエナのような大人達が舌舐めずりをして好機を覗っている。

 厳しい現実は――腐敗しきったこの帝都の現実は――たった一人の少女に家族を失った悲しみに涙を流すことすら許さなかったのだ。

 

 おそらく、このまま何もしなかったら、満足に剣も持てないこのか弱い少女はこの腐敗した帝都の荒波に揉まれて瞬く間に潰されるだろう。

 この過酷な世界を生き抜く為には何よりも力が必要。その事実を誰よりも理解しているからこそ彼女はこの場所(練兵場)を訪れたのだろう。

 本来なら教えを請うはずだった父に先立たれ、唯一頼れるのは父親の親友であり、大将軍である自分以外いなかったが故に。

 

 そしてその父親の代わりに彼女を鍛えるのは親友である自分の使命なのだと練兵場に現れたオーレリアを見て、ブドーはそう悟ったのだった。

 

 「お前がこの練兵場を訪れるのは何年振りだ――オーレリア」

 「修行の為に祖国を回る以前からだと思いますので……およそ五年ぶりかと。ブドー大将軍」

 

 あれから五年後。今、こうして自分の前に立つ帝国が建国されて以来最年少の将軍はそう言ってから丁寧に頭を下げた。

 

 「それで何用だ? 確かお前は西の異民族の討伐任務が与えられたと聞いているが」

 「はい。ですから、私は貴方に頼みたい事があるのです」

 

 オーレリアはブドーを見据える。その瞳に込められた明確な覚悟をブドーはすぐさま見透かした。が、ブドーは自分から動かない。

 しばらく押し黙っていたオーレリアであったが、やがて静かに一つ、息を吐きだすとブドーに向けて告げる。

 

 「私が西方征伐で帝都を不在する間、私の守護する帝国改革派の者達を護って頂きたいのです」

 

 その先の言葉は言わなくてもわかる。オネストの魔の手からだ。

 

 「……」

 

 ブドーは押し黙ったまま答えない。

 

 「武官は政治に口を出すべからず――ブドー大将軍の考えは理解しております。しかし今はそのような事を言っている場合ではない事くらい貴方も理解しているはずです」

 

 今が立ち上がる時なのだと、オーレリアは告げる。

 

 「陛下は厳しい現実を目の当たりにしながらも逃げませんでした。最後まで国のため、民のために戦い抜くと告げたのです。

 ──陛下が戦うと決めた今、陛下の盾であり、剣である我らが立ち上がず誰が立ち上がるというのです!」

 

 ──俺とお前、二人で帝国を建て直すんだ。俺たちならできるさ。なぁ、ブドー。

 

 力強く込められたオーレリアの言葉。

 その時、ブドーは記憶の彼方でオーレリウスから語られたかつての光景を幻視した。

 

 「余からも頼む、ブドーよ」

 「「!」」

 

 修練場に響く、幼くも凛とした威厳のある声。

 オーレリアと共に修練場の入り口を見ると、そこには今、この場にはいないはずの皇帝の姿があった。

 

 「すまぬな……たまたまどこかへ向かうオーレリア将軍の姿を見かけてな。悪いとは思ったが後をつけてしまった」

 

 慌てて膝をつこうとするオーレリアにそのままでよいと制した皇帝はそのままブドーの前へと歩んだ。

 そして──

 

 「すまなかった」

 

 ブドーに向かって頭を下げたのだ。

 思いがけない皇帝の行動にオーレリアもブドーも言葉を失った。

 

 「な──」

 「頭をお上げください! 皇帝陛下!」

 

 ブドーの言葉にしかし皇帝は被りを振って頭を下げ続けた。

 

 「余が不甲斐ないばかりに帝国は乱れ、腐敗しきってしまった。ブドーにもたくさん迷惑をかけてしまったな……」

 「そのような事──」

 「だがな」

 

 ブドーの言葉を皇帝は静かに遮った。

 

 「もう諦めたくないのだ。余は皇帝としてあまりに未熟だとしても、帝国がもはや救いようのないところまで堕ち切ってしまっているとしても」

 

 千年続いた帝国としての歴史を。

 その歴史を築き、今も支えて続けてくれている臣民を。

 今は遠き、理想と平穏を。

 

 「諦めたくは、ないのだ」

 

 そう告げて顔をあげた皇帝は、目尻に涙を浮かべながらも毅然とした笑みを浮かべていた。

 

 「──っ!」

 

 そんな皇帝の姿にブドーは衝撃を隠さなかった。

 あの皇帝陛下が。

 大臣の操り人形にされるがままだった幼子が。

 今、こうして自分の足で立って志を新たに立ち上がっている。

 

 対して自分はどうか。

 いつしか家訓に囚われ、自ら動くこともせず。

 今は亡き友との約束からも逃げ、大将軍としての職務を理由に現実から目を背けていた。

 

 (私は……私は今までいったい何をやっていたのだ!)

 

 あまりの情けなさに涙が出そうになる。

 しかし、涙を流す事は許されない。

 今、眼前にいる幼き皇帝が懸命に堪えているのだ。そんな陛下を差し置いて己の不甲斐なさを嘆いている場合ではないのだ。

 

 「陛下……」

 

 ガシャン、と鎧を鳴らし、ブドーは膝跨いだ。

 皇帝のその小さな手を取り、告げた。

 

 「陛下のご覚悟しかと受け止めました。そして改めて誓いましょう。我は陛下の盾──この身に代えても陛下を護り続ける事を」

 

 その言葉に皇帝はぱあっと、顔を明るくさせた。

 

 「ありがとう……ありがとうブドーよ!」

 

 改めて皇帝に向かって頷いてから立ち上がったブドーは、その光景を見守っていたもう一振りの剣(オーレリア)を見据えた。

 

 「オーレリアよ、今まで陛下を護り、導いてきてくれた事……感謝する」

 「お礼など結構です。これから先、陛下のお力になってくれるのであれば」

 

 ──それにブドーさんが力になってくれるのなら百人力ですから。

 

 そう言ってニヤリと笑ったオーレリアの表情は普段の将軍としてではない、かつての親友の愛娘として、そして修練場で共に鍛錬に明け暮れた愛弟子としての表情だった。

 そんなオーレリアにブドーもまたニヤリと不敵な笑みを返した。

 

 「ああ、任せておけ。帝国改革派の者たちはこれより我が軍の庇護下に入る。オネストには指一本触れさせやしない。だからお前も早く帰って来い。帝国の夜明けはこれからなのだからな」

 「当然です」

 

 今ここに最強と最強が一つに結ばれた。

 これを機に帝国内部の勢力図は大きく変わっていくことになる。

 

 変革の時は近い。

 




 オーレリウス・グラディウス
・オーレリアの実父。将軍同士馬が合い、ブドーの親友であり、共に国の未来を想い、外部の敵を全て処理した暁には共に帝国を建て直そうと誓い合っていた。北の戦乱にて戦死したが、その想いや志は娘のオーレリアに引き継がれている。

 ブドー大将軍
・原作ではエスデスと最強を二分化する帝国の大将軍。本作では主人公の父親と親交があった。オーレリウスの死より長らく燻っていたが、愛娘であるオーレリアの言葉にかつての親友との誓いを思い出し、さらには成長著しい皇帝のカリスマに当てられて完全に立ち直った。
これからは絶対帝国改革成し遂げさせるマシーンとして大将軍としての力を遺憾無く発揮させていく予定。武官は口出すな?家訓?何それおいしいの?それで国立て直せるの?オネスト発狂不可避。

 皇帝
・まだまだ未熟だが、そのカリスマは本物。本話で後世に語り継がられる伝説の皇帝としての片鱗を見せつける。ブドーを引き込むための最後の一押しをしたのは間違いなく彼の功績。

 オーレリア・グラディウス
・ブドーが説得に応じない場合は最悪のケースとしてエスデス、オネストの抹殺を企てていた。間違いなく国は更なる混乱に見舞われるし、勝てる見込みが見えないので、こうなったら帝国改革派としても帝国としてもほぼ詰みだった。陛下の成長ぶりに感無量。ブドーがいる今、安心して西の制圧に向かえることになった。

 オネスト
・\(^o^)/

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