逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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南洲、ついに辻柾を捉える。彼の抱えるもう一つの姿も明らかに。

※この回は残酷な描写がありますので、気になる方はブラウザバック推奨。


10. ダークネス

 左舷方向からのエンジン音に最初に気が付いたのは羽黒だった。やや遅れて口論に夢中になっていた鹿島と辻柾もその轟音に気付く。水面を水切りの石のように跳ねながら急速に接近してくるLCAC-1、その挙動から見ればほぼ空荷の最大速度は出ているだろう。辻柾の座乗するPG艇は緊急脱出用とはいえ、後部に主武装となる対艦ミサイル、前部に76mm速射砲を備えるミサイル艇である。深海棲艦相手には気休め程度にしかならないが、現用兵器には十二分に対抗でき、この場合も即座に迎撃態勢に入らねばならない。とはいえ、提督と秘書艦だけでは操船しかできず、今は単なる飾りにしか過ぎない。

 

 あっという間に視認可能な距離まで接近してきたLCAC-1は速度を落とさずPG艇の寸前で右へ急転舵するが、大きく傾きながら船底に相当するエアクッション部を露出させたまま遠心力でPG艇に衝突した。その直前にLCAC-1から3つの人影が飛び出したことには辻柾を始め誰も気づいてはいない。

 

 LCAC-1の衝突程度で沈む様なPG艇ではないが、その衝撃で艇は大きく揺らされた。

 

 「うぉっっっ!」

 「きゃぁっ!」

 

 全員が甲板に倒れ込み体を甲板に打ち付ける羽目になり、それぞれに痛む箇所を押さえながらよろよろと立ちあがる。その3人が目にした()()は、76mm速射砲の砲身を止まり木のようにして四肢で留まる、月明かりを背に受けた黒い影だった。背中に負った月光が逆光になり表情等は良く分からないが、鹿島と辻柾、そして羽黒を見下ろすようにしている赤く光る両目だけがやけに目立つ。

 

 

 「あのLCAC、あなたたちのモノなの?」

 「潜入時には予め複数の脱出路を確保しなきゃ、ですから、はい」

 転舵により浮き上がった船体を陰にしながら海に出て艤装を展開したビスマルクと春雨は、それぞれ右舷と左舷からPG艇を挟むような位置に立ち、喫水線に砲口を向ける。右舷からちらりと船上に視線を向けたビスマルクがボソリとつぶやく。

 

 「…さっさと済ませなさいよ、アトミラール。事情は後でゆっくりと聞かせてもらうんだからね」

 

 

 

 時間は少し遡る―――。

 

 春雨の22号対水上電探改四が捕捉したのは、PG艇を目指し進む軽巡洋艦2、駆逐艦2。これに辻柾に合流していると思われる羽黒が加わると立派な水雷戦隊の完成だ。

 

 当初ビスマルクは現在地からの砲撃を主張した。ビスマルクの38cm連装砲4基と南洲の35.6cm連装砲1基、計5基10門の主砲にとって好適な砲戦距離であり、こちら側に被害を出さす一方的に叩くことができる。

 

 だがこれには、辻柾と羽黒の確保を優先するとして南洲が反対した。南洲とビスマルクの間に不穏な空気が流れたが、春雨の次の言葉でビスマルクもしぶしぶ納得した。

 

 「ビスマルクさん、南洲は確保するとは言いましたが、()()()()とは言っていませんよ?」

 

 ビスマルクと南洲がにらみ合ってるうちに、春雨は港の外れに偽装して隠していたLCAC-1を回航してきた。本来は脱出用に準備していたものだが、状況が変わった今、最も有用な道具となった。空疎重量なら最大70ノットもの高速を発揮するこの上陸用舟艇なら、10分以内にPG艇まで到着可能だ。そして南洲がPG艇に乗り込み辻柾を確保する間、ビスマルクと春雨は護衛部隊をけん制する。彼我の位置関係からして護衛部隊より10分ほど早く到着できる。

 

 

 一方左舷に陣取る春雨は不安な表情を隠せずにいる。

 

 人の身でありながら、部分的とはいえ艦娘の能力を振るう南洲だが、その稼働時間はおよそ1時間。これまでの作戦では制限時間を超えずに済んでいたが、今回ついにそれを大幅に超えてしまった。予め聞かされているリスクはあるものの、実際にどうなるのかは南洲にも春雨にも未体験である。事情を聞けばやむを得なかった部分もある。南洲と春雨が分かれた後、砲撃で崩落した建物に生き埋めになった南洲は、右の脹脛だけでなく、あちこちに傷や骨折を負っており、その修復のために艤装を展開しておく必要があった。

 

 だが、LCAC内で、明らかに南洲の様子は通常とは異なっていた。どうやら怪我の修復は概ね出来ているようなので35.6cm連装砲は格納させたものの、何を話しかけてもぼんやりと上の空。身体的にも右眼に加え左目までも赤くなり、浅黒いはずの肌の色も白っぽく変わっている。心なし…いや、明らかに髪までも長く伸びている。

 

 「南洲…どうすればあなたを止められるのでしょう?」

 左舷からちらりと船上に視線を向けた春雨が小さくつぶやく。

 

 

 

 「な…なんだ貴様は?」

 絞り出すように乾いた声で辻柾が目の前のモノに問いかける。言葉の代わりに、砲身からふわりと飛び降りてくるものの姿を見て、ようやくそれが人間の形をしていると理解するに至った。同じようにそれを見ていた羽黒は衝撃を受けた。

 

 「ふ…そう…さん?」

 

 かつての基地で砲火に倒れたはずの秘書艦が突如現れれば、羽黒でなくとも驚くに違いない。白く嫋やかな巫女服様の衣装に長い黒髪がトレードマークの扶桑だが、今目の前にいるのは、NWUパターンのMCCUU(海兵隊コンバットユニフォーム)を少し改造した戦闘服にタクティカルベストをまとった、現代的な出で立ち。流し目から送られる涼しげな視線は妖艶さと殺意の両方を振りまいている。

 

 一方鹿島も月明かりに照らされ優雅とも言える動きで甲板に降り立つ扶桑の姿を、美しいとさえ感じながらぼんやりと見ていた。

 

 

 「久しぶりですね、辻柾大佐。いえ、今は戸越少将でしたか? まぁどっちでもいいですね。獣のような貴方の魂の臭いは名を変えたくらいでは消せませんから。それよりお忘れですか、貴方が南洲にしたことを? 私、妻として、今でもどうしても許せなくて…こんな機会なので無理を承知で()()出てきました」

 

 一時間という制約時間を超えた時に何が起きるのか、その答えが今、辻柾大佐の目の前に立っている。結論から言うと、南洲の内側に()()()()()封じられていた扶桑の分霊が主導権を奪い、()()()()()()()()()扶桑として現界した、そういう事象となる。

 

 かつて南洲が率いていた基地の二代目秘書艦にして、南洲の事実上のケッコンカッコカリの相手、基地が襲撃された際の戦闘で命を落としたはずの艦娘。大抵の損傷なら入渠により回復できる艦娘の数少ない例外が、頭か心臓を一撃で破壊されること。生体機能を司るこの2つの部位が停止すればいくら艦娘と言えどもその修復は行えない。扶桑の場合、心臓部の過半を破壊されていた。瀕死の重傷を負った南洲と扶桑…この二人を技術本部は融合させた。

 

 「…南洲? 扶桑? ウェダ基地の生き残りかっ!? いや…そんなはずは…この手で確かに…」

 

 にっこりと笑いながら右手を差し出して近寄ってくる南洲(扶桑)に、辻柾は恐怖を感じ後ずさりを始める。扶桑はごく自然に、それでいて人間の目では追えない速さでそのまま辻柾に近寄り、正面から辻柾の首を掴むと高々と持ち上げる。

 

 「…それでも私、あなたには感謝しているのよ? 私と南洲は、文字通り一心同体になれたのですから。でも、()が前に出過ぎると、どうやら南洲にはよくないようなので…。妻は三歩下がって夫の影を踏まず、と言いますし、仕方ないでしょうか。ですが…あなたに感謝することとあなたを許すことは別です」

 

 一つの体を共有する二つの魂。より強い扶桑の想念を抑えるための制限時間が1時間であり、それを大幅に超えた今、南洲の意識は扶桑のそれに侵食されていた。そしてそれが南洲という『個』の消失であることを、扶桑自身も理解しているようだ。右手に力がこもり、辻柾の顔が真っ赤になり必死に自分の首を絞めている手を外そうともがく。そのもがきを満足そうな微笑みを浮かべながら見つめる南洲(扶桑)は、さらに言葉を重ねる。

 

 「南洲はあなたに何か聞きたいようですが、夫が傷つくと分かっていながら、妻としてそれを見過ごす訳にはいきません」

 

 辻柾の首を絞める手にさらに力がこもる。もがいていた辻柾の手がだらんと力なく落ち、腰に吊るす拳銃に触れる。破れかぶれに銃を抜いた辻柾は発砲し銃弾は扶桑の左肩に命中した。辻柾を空中に吊るしていた力が無くなり、その体は甲板へと落ちる。撃たれた扶桑も弾き飛ばされた。咽こみながらひゅーひゅーと少しでも肺に空気を送り込もうと必死の辻柾と、甲板に体を横たえぴくりとも動かない扶桑。

 

 先に次の行動に先に入ったのは()()だった。長い黒髪は元の長さに戻り、肌の色も彼自身の浅黒い色に戻っている。左腰に吊るした銃を右手で何とか取り出し手の中で向きを変えると、そのまま撃つ。辻柾の絶叫が夜の海に響き渡る。

 

 「痛ぇなこの野郎、何しやがる。まぁいい、ウェダの元司令官が会いに来た、と言えば思い出すこともあるか?」

 銃撃を受けた衝撃で扶桑と入れ替わるように意識を取り戻した南洲が、自分の言葉で辻柾に相対する。溢れる血を止めるように、辻柾は右手で銃創と呼ぶには大きすぎる左肘の傷口を必死に抑えている。自分には理解できない物に触れた純粋な恐怖で支配された辻柾の目には涙が浮かんでいる。

 

 「簡潔に答えろ。誰の指示でウェダ基地の攻略作戦を立てた? 作戦参謀と言うだけあってあの作戦は見事だったが、誰が何の目的で攻撃を仕掛けた?」

 

 いやいやをするように辻柾は首を横に振り続け、その仕草が南洲の感情を爆発させた。続けざまに響く銃声と途切れない辻柾の悲鳴。それは海上で警戒を続けるビスマルクと春雨の耳にも届いていた。

 

 早く終わってほしい、と言いたげな辛そうな表情で頭を振りながら耳を塞ぐビスマルクと、まだ続けるのですか、と言いたげな悲しそうな表情で船上を見つめ続ける春雨。

 

 

 月明かりに照らされた暗い夜は、まだ終わらない。

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