逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 この物語も、今回と次回でいよいよ完結となります。南洲と春雨が、旅の終わりに目指す場所。多くの艦娘を救ってきた彼らを、同じように支えようとする艦娘達が待っていた。


101. 逃げ水の鎮守府-前編

 明石と大淀が張り巡らせた水面下のネットワークには、二人が想像していたよりも多くの艦娘、さらに一部の将官が参加し、南洲一行の逃走計画は急速かつ具体的に整えられた。『あとは槇原少佐次第』-図らずも大淀の言葉は、南洲の率いていた査察部隊が多くの艦娘を救ったのかを示すものであった。

 

 「横須賀から南西諸島、台湾、フィリピンを経由するのが一番早くて安全なんですけど…。支援者の大半が中部太平洋に偏ってる以上、こんなルートに…。トラックから約2500km…ここが最大の難関ですね。特にパラオは艦隊本部のタカ派が押さえている拠点ですし…」

 

 

 

 「横須賀鎮守府付拠点防衛任務部隊、抜錨しまーすっ! 目標硫黄島基地、現地到着後は同地の部隊に船団護衛を引き継いで帰投です。みなさーん、頑張って行きましょう、うふふ♪」

 

 抜けるように広がる青い空、吹き渡る潮風、波穏やかに広がる海を進む大規模輸送船団とその護衛の艦娘達。

 

 旗艦鹿島以下、羽黒、秋月、吹雪、龍驤、そして飛龍からなる6人の部隊が、大型6中型4で構成される計10隻の輸送艦隊、その左右に白い航跡を残しながら素早く展開する。今日の任務はこの大規模船団を無事硫黄島まで送り届ける事。伊豆諸島の御蔵島近海で合流した小型の輸送船1を合せ計11隻、うち中型の4隻はそのまま硫黄島基地の所属となる輸送船で、鹿島達の任務はそこで終了となる。その後残りの7隻は引き続きトラック泊地を目指し、船団警護は硫黄島基地の部隊へと引き継がれる。

 

 「うちらは鎮守府近海海域の航路護衛が役割やからなー、硫黄島から先は任務外や」

 空を舞うのは時折見える海鳥だけの順調な航海に、退屈そうに龍驤が頭の後ろで手を組みながら呟く。

 「何だかあの日々が嘘みたいですね。ささ―――」

 同じようにやや退屈そうな声で吹雪が龍驤に続いたが、前を行く羽黒が振り向き、立てた人差し指を口に当て軽くウインクするのを見て慌てて口に手を当てる。

 

 リンク通信で、お互いの会話はリアルタイムで共有されている。吹雪が言いかけた言葉のその先は、誰しも胸の奥に仕舞っていること。潮風にツインテールを揺らしながら最後尾をゆく鹿島は、船団の最後尾についた小型輸送船を後方から眺めながら一人物思いに沈んでゆく。それは解体された旧所属部隊、艦隊本部付査察部隊でありそれを率いていた一人の男のこと―――。

 

 今思えば過酷な日々だった。部隊の特性上、人間の二面性とそれによって傷つく艦娘を嫌と言うほど見る事になった。戦ったのは深海棲艦よりも味方のはずの艦娘や仕立てられた堕天(フォールダウン)艦がほとんど。自分も含め査察部隊にいた多くの艦娘も、程度の差はあるが、贔屓目に見て結構ヒドい目にあい、逃げるように救われるように所属した部隊。でも、私達は出会う事が出来た。そして過去を振り返えらなくなった。『全ての艦娘の権利のために戦う』-その言葉を拠り所として。

 

 部隊の最期の戦いとなったミッドウェー沖での激戦。上官の指示に逆らい甚大な被害を受けながらも、多くの艦娘を助け出し敵の黒幕を葬ることに成功した。解体を覚悟の上で、ついてゆくと決めた部隊長の決断に従った。いや、従ったとかそういうことじゃない、彼の言葉は彼の意志だが、同時に自分たちの想いを自分たちに代わって言葉にしてくれただけ。艦娘がこんなことを考えること自体、どこか壊れているのかも知れない。兵器? 兵士? 何でもいいです、好きに呼んでください、とにかく、私達は軍であり日本政府のものであり、自律して戦っても自立して生きてゆくことは許されていない。でも、私達は選ぶ機会を与えられた。同時に選んだことに責任を負う覚悟を持たせてもらえた。全てあの人のお蔭。

 

 色んな政治的な動きがあったみたいです。そして私たちは逆転満塁ホームランみたいに、解体を免れるどころか新たな部隊に配属されました。その代り、彼は全てを失った。元々色んな物を失って、ボロボロになりながらそれでも前を向き続けた彼。彼に残っていたのは曲げられない生き方だけ、それさえも奪うの? 彼が病院を脱走して舞鶴に向かい堕天艦を救おうとしている、そう聞いた時、部隊長代行として彼のため出撃を命じようかと思ったほどです。でも止めました。それこそ血が滲むほど唇を噛み締めて、何とか自分を抑えました。

 

 私たちに出来るのは、今の部隊を守り続ける事、それが一番重要な任務だから。空席のままの部隊長席、そこに座る人は一人しかいない。例えそれがいつになるか分からなくても、もしかしたら永遠にこないかもしれなくても、それでも待ち続ける。横須賀に残る私たちは、彼の『家族』だから、彼がいつでも帰って来られる場所であり続けなきゃ。

 

 

 

 「では、以後の航路護衛、引き続きお願いします。私たちはこれから横須賀へ帰投します」

 目の前には硫黄島の司令官と秘書艦。硫黄島は、私達の横須賀同様に最近刷新された基地で、今後急ピッチで拡充が進むんだって。司令官は前舞鶴鎮守府の人で、やっぱり政治的なごたごたでこっちに回されたみたい。でも、とっても優しそうな人で、秘書艦でケッコンカッコカリの相手の蒼龍さんを大切にしているのがとってもよく伝わってくる。

 

 硫黄島の港を抜錨した輸送船団と護衛の艦娘達。秘書艦の蒼龍さん直卒なんて、気合い入ってますね。海上でその後ろ姿を見送る私たちは、輸送船団の中の小さな輸送船に向けて一斉に敬礼の姿勢を取ります。その船の後部甲板に人影が見えます。大柄の体躯の男性が左手でこちらに答礼しています。右袖は肘から下が風にたなびいていますね。

 

 「秋月ちゃん、泣いたら…ダメですぅー…ぅうわーん」

 言ってる吹雪ちゃんがガン泣きしてどうするんですか。ああもう飛龍さん、しゃがみ込んで泣いたりしないで。駄目ですよ、私達が胸を張って立っているところを覚えていてもらうんですから。

 「そんなん言うても、鹿島やって泣きすぎで化粧ぼろぼろやないか、鼻まで出てるで」

 涙で顔をくしゃくしゃにした龍驤さんがからかってきます。ううう〜っ、しょうがないじゃないですかっ。羽黒さんがそっと私の傍に立ってくれます。泣き腫らした目で、それでも懸命に笑顔で敬礼しています。

 

 ー南洲さん、またいつか会える日を待ってますね。

 

 私達は見えなくなるまでずっと遠ざかる船団を見送っていました。

 

 

 

 「護衛ご苦労様です。ここから先は我がトラック泊地の哨戒圏です。何人たりとも輸送船団には指一本触れさせません」

 静かな、それでいて確固たる自信の籠る声。合流地点に指定されたポイントでは、トラック泊地の誇る精鋭、一航戦の赤城と加賀、五航戦の瑞鶴、木曾がすでに輸送船団の到着を待っていた。硫黄島の蒼龍が加賀に引継を行った後、目を潤ませながら加賀の手を取り、頭を深々と下げながら頼み込む。

 

 「くれぐれも…くれぐれもよろしくお願いします。私、知らなかったの…。司令官が…あの惨劇を生き残って、その後も私達のために戦い続けてくれていたなんて…。絶対、絶対これ以上…」

 それ以上は言葉にならず肩を大きく揺らしながら泣き続ける蒼龍に、僅かに表情を緩めながら加賀は語りかける。

 

 「安心しなさい二航戦、私達を誰だと思っているの。一航戦の誇り、今こそ示す時です。それに…このトラック泊地は総力をあげて()()()の味方です」

 

 

 

 波静かなトラックの環礁内に停泊する輸送艦隊。6隻の大型輸送艦の運んできた貨物はあっという間に揚陸され、乗員はつかの間の休息を取っていた。だがもう一隻、小型の輸送艦は何の荷物も陸揚げしないまま、秋島と冬島の間に目立たぬよう停泊していた。

 

 下弦の月が照らすのは、鏡のような水面と島影、輸送船。その後部甲板に立つ二つの影。

 

 「ようやくここまで来ましたね、南洲。それにしても、本当にびっくりしたというか…私たちのしてきた事を、感謝してくれている人がこんなにたくさんいたなんて…」

 感慨深げに言葉を漏らす春雨は、泣き顔を見られないよう右側から南洲に抱き付いている。右肘から下を切断されたままの南洲は、抱き返すことができず、そのまま春雨の思い通りにさせていた。

 「査察部隊…そんなの俺にできるんかね、正直そう思っていたよ。むしろその前は艦隊本部の狗で、人に言えない汚い仕事ばかりだったのにな」

 「南洲、一つ聞いてもいい? どうしてあの場所に行こうって思ったの?」

 月を見上げていた南洲が春雨に視線を向ける。どうしようもなく優しく、それでいて悲しそうな目で、胸中を吐露する。

 

 「理由は一つじゃないけどな。行くまでは大変だが、着いてしまえば後は何とでもなる。周りは山がちな無人島だらけで、どこにだって隠れられる。何より春雨(ハル)、お前と二人…じゃないけど、とにかくお前とまたゼロから何か始めるにはちょうどいいだろう。それに………ひょっとしたら()()()にとってもそれがいいんじゃないかな、そう思ってな」

 

 南洲が言う()()()-それは自身の主人格のヨシクニを指す。北太平洋海戦後の入院時に受けたDID(解離性同一性障害)の診断では、第一人格(ハル)は大湊で春雨と再会した事で消失、北太平洋海戦時に覚醒した主人格(ヨシクニ)は、記憶と現状の混交に混乱したまま重傷を受けた事で『死』を認識しながら深層意識に沈み込み、結果、第二人格(モゲロ)を個性の一部として取り込みつつ第三人格(ナンシュー)のみが支配的人格として唯一残っている、そう結論付けられた。

 

 「今でも、ヨシクニ(アイツ)に会いたいんだろ? 自由に人格が交替できたらいいんだがな…」

 

 はあっと深いため息を付いた春雨は体を離すと、ちょいちょいと指先だけを動かして南洲を呼ぶ。腰をかがめ春雨に目線を合わせた南洲は、春雨に両頬を挟まれ唇を奪われる。月だけが見守る長い長い口づけの後、真っ赤な顔をした春雨が迫力のない抗議をする。

 

 「分かってもらえたかな、これで…。私は…ナンシューと一緒に居たくて、今ここにいるんだけどな…」

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