逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 なぜハワイなのか、が明かされる回。


104. ハワイの二人

 深海棲艦との戦争勃発当初、アメリカ海軍の太平洋における要石だったハワイ要塞から大規模な艦隊が勇躍抜錨したものの二度と帰る事は無く、制海権を失ったハワイはまさに捨石、孤立無縁となった。

 

 それでも人間は自分の意志で生きる事を止められない。残された人々は自治政府を設立し、助け合いながら生き続けていた。国際法上は依然としてアメリカ合衆国を構成する州の一つだが、今は半ば独立国家の様相を呈している。かつて観光と漁業、軍需が産業の中心だった島だが、このご時世で観光客が来るはずもなく、手元にあるのは、人間の活動が低下する事で本来の美しさを取り戻した海と空、飽きることなく溶岩を噴き出し続ける5つの盾状火山、座すべき軍艦()を失った巨大な軍港・パールハーバーとその関連設備、そして在りし日の戦船を記念館とした第二次世界大戦武勲記念史跡(アリゾナ・メモリアル)と戦艦ミズーリ記念館―――。

 

 「…大鳳、誰に説明をしているのですか?」

 「あっ…大佐、すみません。一応やっといた方がいいかなあって…」

 「まあいいです、それよりも次はどこですか?」

 「は、はいっ! えっとですね…」

 

 へんたいさとへんたいほう、二人は今、ホノルルの中心街にある巨大なショッピングモールに来ている。巨大なのはハコだけで、外部からの物資搬入が著しく減少している現状では多くのテナントが休業中、地元ハワイの産品を取り扱うテナントだけがのんびり営業を続けている。市街地から離れた静かなエリアで暮らす二人も自給自足の生活をしている訳ではなく、やはりたまには市中に出て買い物もしなければならない。

 

 公園と一体化して作られたショッピングモールは、緑豊かな芝生が続く敷地の中を縫うように整備された遊歩道を進んだ先にある。半歩だけ先を行く大佐にちょこちょこついてゆく大鳳は、ちらりと大佐の左手に視線を送る。大佐は大鳳に合せ少しゆっくり目に歩いてくれているが、それでも大鳳の歩幅と比べると少し歩くのが速い。

 

 -手をつないだら、きっとちょうどいいかな。

 

 右手を出したり引っこめたりしながら、慎重に手をつなぐタイミングを計る大鳳。

 

 -今っ!!

 

 さりげなく差し出した手は、大佐の左手を握る代わりに、急に立ち止まり振り返った大佐の股間にぴとりと吸いついた。

 

 「む?」

 「なっ」

 

 単音だけで意味が通じるお互いの気持ち。平然としている大佐とみるみる顔を赤らめる大鳳。

 

 「大鳳、こういう時何と言えばいいか、私は一つしか知りません。それは私のおいなりさんです」

 「単なる事故ですっ!! もうっ、周りの人ドン引きですっ」

 「おや、そうですか。それにしても、いつまで手を添えているのです。どうせなら、こちらにしませんか?」

 

 大佐は大鳳の手を取り、指と指を絡めるいわゆる恋人繋ぎで手をつなぐ。

 

 脇から脇腹にかけて大きく開いたデザインが特徴的な長袖のノースリーブのシャツに赤いミニスカート。そこからちらりと覗くスパッツと、形の良い脚を覆うサイハイソックスが織り成す絶対領域の眩しさ。艤装がなければ大鳳はどこから見ても美少女である。

 

 一方手をつなぐ男は、腰部から股間、太腿の上部にかけて大鳳とお揃いのスパッツがある以外は、帯状の黒い布を縦横に組み合わせ体を格子状に覆うだけの装束(ホットリミットスーツ)。顔の上半分は目の部分をサングラスにしたベネチアンマスクで多少変装しているが、どこから見ても通報ものである。

 

 「もうっ……最初からそうしてくれればいいのに……」

 

 てれてれとにやける顔を隠せず、嬉しそうに眩しい笑顔で大佐を見上げながら、二人はホノルルでも評判のジェラートショップを目指し歩いてゆく。

 

 

 

 「それにしても大佐、そろそろ教えてくださってもよいのではないしょうか?」

 「何をですか?」

 

 はむはむとジェラートを食べながら大鳳が問いかけ、はむはむとジェラートを食べながらベネチアンマスクが問い返す。

 

 「ハワイに来た目的です」

 「言いましたよ。貴方とのハネムーン、そして真の技本を再興する。その二点です」

 「は…ハネムーンは、その…とっても嬉しいのですが、技本の再興…なぜハワイなのでしょう」

 

 大佐はぎいっと椅子を鳴らしながら足を組み替え、話が静かに始まる。

 

 「なに、簡単な事です。太平洋地域最大の宝の山があるからです」

 「宝の山、ですか…」

 

 おうむ返しに大鳳が繰り返す。深く頷くと、再び手にしたジェラートをスプーンですくいはむはむ食べる大佐。ひと段落し、話は続く。

 

 「私は技術者(エンジニア)であり、錬金術師(アルケミスト)ではありません。技本再興といってもおおすみから持ち出した機材資材では心許ない。ゆえにこの宝の山が必要なのです。ここ真珠湾(パールハーバー)は、あなたもよく知る通り、南雲機動部隊が大空襲を行い往時の米軍に大きな損害を与えた場所です。現代の深海棲艦との戦争の序盤でも出撃拠点でしたが、参加した戦力の殆どは帰ってきませんでした。その後日本海軍艦娘の活躍を見たアメリカ軍は、実験台(テストベッド)にアリゾナを選び、艦娘として復活させるため数多くの実験機材をパールハーバーに運び込んだのですが…戦争の激化により、島嶼防衛戦で勝ち目がないと悟りハワイを放棄しました。誰からも顧みられることなく、アメリカ本土へ帰ることも他国へ脱出もできない住民を残したままで」

 

 ここまで一気に語ると、興奮したホットリミットスーツはがたっと椅子を倒し勢いよく立ちあがると宣する。

 

 「主のいない巨大な軍港と実験設備、これを宝の山と呼ばずしてどうしますかっ!! しかも孤立した住民(実験材料)付きです。いいですか大鳳、技本再興の拠点として、私はパールハーバーを手に入れます。今の所アメリカとは協力関係にありますが、それでも私のラボに不法侵入を試みる無頼の国ですからねえ、いつまでこの関係が続くか見ものです」

 

 不法入国の自分を棚上げし、自信満々に宣言する目の前のボンデージ男に大鳳は何の疑問も抱かなかった。自分には見当もつかないが、きっと大佐はどうすればいいか分かっているから。やると言った事は必ずやる人、私はそれを見届ける。

 

 「はいっ、大佐! この大鳳、どこまでもお供しますっ!」

 

 

 

 ジェラートを食べ終え買い物を済ませた二人は、今日のメインイベントです、という大佐の言葉に従い、駐車場まで戻ってきた。

 

 二人の足となる一台の軍用特殊車両。戦場から逃亡した北太平洋海戦時、LST4001(おおすみ)から強奪した資材や機材の中にあったものだ。外観的にはランボルギーニとハマーを組み合わせたような形状で、一言でまとめろ、と言われればビギンズやライジングに登場したバット○ービル的なソレである。500馬力超の大排気量V8エンジン+小型ジェットエンジン搭載、前輪20inch、後輪44inch×4でその暴力的なパワーを受け止める。本来強襲作戦に用いるため用意されたこの車を、『無粋の極み、ですが極めればそれもまた粋』と、何故か大佐が気に入り持ち出されていた。以来大佐はこの車を自分好みの改造を加え乗り回している。

 

 「少しドライブでもしてから家に帰りましょうか」

 大佐は指紋認証と虹彩認証でエンジンを起動させる。V8エンジンの重低音と甲高いジェットエンジンの吸気音がハーモニーを奏で、背中を蹴っ飛ばす様な加速が始まる。

 

 ホノルルから61号線パリ・ハイウェイをカイルア方面へ向かうと、ウィンドワードへと向かう峠の途中に、ヌアヌ・パリ展望台がある。雄大なコオラウ山脈からカイルアやカネオヘ湾が一望でき、男性的な荒々しく雄大な自然を見渡すことができる。

 

 

 「わぁ……。こんな所もあったんですね、大佐。それに…いい風」

 

 ヌアヌ・パリは風の名所としても有名で、身体を支えられない程の強風が吹くこともあるが、今日の風は強いもののそこまでではなく、大鳳を空へと誘うように、茶色の髪と赤いミニスカートを大きく揺らす。

 

 

 ー一般市民を実験材料と呼んでも疑問を抱かない自分に疑問を持たない艦娘…大鳳、アナタには伝えてない事が多いですが、これから起きるであろう事、風を抱くように受け止められるのでしょうかねぇ…。

 

 両腕を大きく広げ背伸びをし、風を全身に感じようとする大鳳の姿を、少し離れた所から見守る大佐。強い風は彼のベネチアンマスク型サングラスを揺らすが、体にフィットしすぎるほどフィットするホットリミットスーツには何の影響も与えない。

 

 大鳳はくるりと振り返ると、満ち足りた表情で大佐の元に駆け寄ってくる。

 

 「ありがとうございます、大佐っ。本当に…嬉しいです。私、この場所が大好きですっ。でも、どうしてここに連れてきてくれたんですか? 他にもいろんな場所があるのに」

 「別に理由などありません。ただ…強いて言えば、貴方はきっと風を感じられる場所が好きだろう、そう思っただけです。さあ、帰りましょうか」

 

 大鳳から見えるのは、うっすらと微笑む口元だけ。それでも、大鳳は大佐が照れていると思った。表情や口の端に登る言葉と、その心の内の差に気付くには大鳳は一途過ぎたとも言える。

 

 それ以上大佐は何も言わず、車へ向かい歩き始めた。慌てて追いかけようとした大鳳だが、不意に吹いた強い風に押され、大きく体勢を崩しつんのめるような姿勢で大佐に追いすがる。

 

 

 がきょん。

 

 「む?」

 「なっ」

 

 午前中の再現ドラマのように、大鳳の手は吸い込まれる様に大佐の股間を直撃した。

 

 「大鳳…ひょっとして、ワザとですか?」

 

 大佐のその声だけは、男にしか分からない感情を載せ、ちょっとだけ涙声だった。

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