逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
(20160928 改題)
「護衛部隊の距離10,000まで接近…ビスマルクさん、直ちに砲戦開始っ! 相手は深海棲艦ですっ」
「はぁっ!? ちょっと春雨、一体どういうことなのっ!? てっきり鎮守府から誰かが接近してきてるのだと…」
「春雨に聞かれても分かりません。でも、お話合いができる相手ではないことは確かです、はい」
春雨とビスマルクが忙しく通信を交わしながら行動に移り、月と星が見守る黒い海面に突如沸き起こる轟音とブラストが砲戦の開始を告げる。南洲のいるPG艇に敵を接近させないため、加速に優れる春雨が先陣を切り、牽制の全門斉射を加えた後にビスマルクが疾走を始める。
PG艇の甲板上では、血だまりで激痛にのたうつ辻柾相手に、笑みを浮かべた南洲がよろめきながら近寄る。撃たれた左肩からの出血は止まらない。
「そろそろ俺の質問に答える気になったか? もう一度聞くぞ、誰の指示でウェダの攻略作戦を立てた? 誰が何の目的で攻撃を仕掛けた?」
息も絶え絶えな辻柾が口をパクパクと動かすが言葉にならない。目の前にいる男の赤く光る右眼を見ると、先ほどまでの異様な光景が思い出される。さっきまでは艦娘の扶桑だった。それが今は筋骨逞しい男。言葉にすればただの気持ち悪いジョークだが、そんなものが突然海から現れ自分の首を絞めてきた。扶桑? 南洲? ウェダ基地での
自分の立てた作戦の結果をどうしても見届けたい、そんな理由で現地に乗り込み陣頭指揮を取った。一部想定外の事態が起きたようだが、それを除けば攻略部隊は順調に作戦を遂行し、残るは目的としていた艦娘の回収と司令官の死亡を確認するだけだった。そこに司令官の奪還のため襲いかかって来たのが扶桑である。戦線は大混乱となり多くの犠牲者を出したが、辛くも鎮圧した。辻柾は、本気で荒れ狂う艦娘の姿を見たのはその時が初めてであり、正直に言ってビビった。遅れて来た別働隊が扶桑を取り押さえている間に、這々の体で逃げ出した。最後まで見届けずにその場を立ち去ったから今自分はこんな目に合っているー辻柾の後悔は “作戦を細部まで完遂させずに終了させたこと”に向けられていた。
甲板に体育座りで膝を抱える羽黒は、悪い夢でも見ているような気分で、その光景をぼんやりと眺めていた。海から突如現れたかつての司令官。前後の脈絡など思いつかず、自分をこの牢獄にも似た生活から助け出しに来てくれた、一瞬目を輝かせもした。だが、目の前に立つソレは、自分が見知った男の形をしているが中身はまるで異質な何か、そう思わざるを得ない。
槇原南洲という司令官は、いたずらっ子のような無邪気な笑顔の似合うどこまでも陽性の青年士官だった。どの艦娘にも分け隔てなく接する公正さと堅実な部隊運用を是とし、頼りになる長として多くの艦娘が南洲に上官への敬愛の念を超えた想いを寄せ、羽黒自身も淡いながらその気持ちを自覚した時は彼の顔をまともに見られなくなったものだ。
その思い出と自分の目の前に広がる血腥い光景がまったくつながらない。自分の知る南洲は、嬉々として人間に銃弾を撃ち込むような男ではない。見た目の異質さよりも、その歪んだ言動が何より心に刺さる。これでは今の司令官と何も変わらない、むしろより酷い。幾度目かの辻柾の悲鳴が、自分の考えに逃げ込んでいた羽黒を現実に引き戻した。
「も、もう止めてくださいっ!! 司令官、どうしてこんなことをするんですかっ!?」
南洲と辻柾、二人がその声に反応する。一人は恐怖に怯えた涙目で、一人は狂気に濁った赤い目で、自分に向けて視線を送る。
「た、たす、助けて…。わた、私が悪かった…」
「待ってろ、もう少しで終わる。つーかそんな所に座ってないでお前も手伝え」
ゆらり。
どちらの声に呼応したのか、立ち上がる。ふらふらと歩き辻柾が手放した銃を拾い上げると、再び南洲と辻柾の元へと方向を変える。
すてん。
血で濡れた甲板は滑りやすく、思わず転んでしまった。
制服の白い上着が赤く染まるのを気にせず、鹿島は立ち上がると、辻柾を挟んで南洲と向かい合わせの位置に立つ。銀髪のツインテールにやや釣り目の青い瞳、白い頬には転んだ時に付いたのだろう、跳ねた血が筋を作っている。これがビスマルクの言っていた、鹿島という艦娘か-南洲は二重の意味で怪訝な表情を浮かべる。一つは情報でしかこの艦娘を知らない、もう一つは、その知らない艦娘がなぜ銃を持って自分に相対しているのか? まさか辻柾を助ける気だとすれば、この艦娘も倒さねばならない。南洲の顔が苦くゆがむ。
「お、おい…」
戸惑いながら鹿島に声を掛ける南洲だが、鹿島の返事に慄然とさせられた。
「…ぇへへ♪ やっと来てくれたんですね、私の提督さん。…血まみれでも鹿島には王子様です、うふふっ。え、あ、な、何でも無いです! それよりも、
-正気じゃない、のか?
血で汚れた頬を赤く染める鹿島は、少し釣り目の目を微笑みの形に変えながら、銃を構える。本人の言う通り拳銃での射撃経験はないのだろう、必要以上に腰を引いた何とも言えない格好で銃口を辻柾に向けている。
鹿島自身も気づいていないが、彼女は限界寸前の心を抱えながら日々を送っていた。辻柾の排除を決心して以来、なかなか隙を見せないこの男を油断させるため、あらゆる手段、それも仲間である艦娘達がいかに苦痛に思うか、それだけを考え進言し、同類と思い込ませることに腐心しながらもその裏で艦娘達を励まし勇気づけてきた。仲間を右手で殴り左手で撫でるような、矛盾した行為に鹿島は自らの心を苛まれながら、自分を解放してくれる存在がきっと現れると信じること、それだけに縋る様になっていた。
それはたった今訪れた。海から突然現れたかと思うと、大きな拳銃を振るい、自分を、仲間を傷つけてきた敵に苛烈な懲罰を加える背の高い赤い目の男。鹿島の目には、最早南洲しか映っていなかった。
その南洲の目が遠くにブラストを捉えた。黒い塊が夜空を切り裂きながらぐんぐん迫ってきたと思うと、離れた左右に大きな水柱が立ち、PG艇が揺らされる。鹿島は悲鳴を上げながら甲板に倒れ込み、羽黒は自分の体を抱えるようにして動こうとしない。南洲も体勢を大きく崩す。
『南洲、ザザッ洲、聞こえますか? あぁ、やっとつなザーッた、早く脱出してザザザッツいっ。深海棲艦4、ザザッ中ですっ!』
突如飛び込んできた春雨からのノイズ交じりの通信。南洲がつけているヘッドギアに内蔵されているインカムだが、これまでの戦闘でどうやらほぼ使い物にならなくなっていたようだ。だが通信が無くとも状況は分かる。4対2では、敵が懐に入るのを抑えきれないのだろう。ここにいては、二人は自分を守りながらの戦いで思う様に動けない。
仕方ない、二度手間だが辻柾と羽黒と鹿島を連れて脱出するか-そう思い周囲を見回した南洲の目に、銃を持った鹿島が辻柾によろよろと近づいてゆく姿が飛び込んできた。
「おいっ、止めろっ」
艦娘が人間に危害を加えた際には極刑、この場合は解体処分しか用意されていない。ここには南洲と羽黒以外に目撃者はおらず、辻柾のこれまでの行いを考えれば止める必要もない。だが、人を殺すということは自分の心を殺すことでもある。情報を聞き出すことなどすっかり忘れ、南洲の心持ちは在りし日の司令官のそれに戻っていた。
一気に鹿島に駆け寄ると、手にした銃を取り上げようとし、もみ合いになる。最中、銃声が二発響く。一発は南洲の右わき腹に、もう一発は辻柾の胸部に、それぞれ命中した。ぐっと短い声を発し、一瞬だけ体を跳ねさせ、辻柾はそのまま動かなくなった。硝煙を上げる銃口を上に向けるようにして鹿島の手を抑える南洲も堪らず蹲る。自分が何を撃ったのか理解した鹿島は青白い顔でガタガタ震え出し、『あ…あ…』と震える声しか出せずにいる。
「心配するな鹿島、ただの事故だ、これは。お前は揺れる船の上で
さすがに血の気を失い青ざめた表情のまま、南洲は無理矢理笑顔を作り鹿島に言い聞かせる。ゆっくりと鹿島も甲板に膝をつき、震える手を南洲に伸ばしてくる。
「で、でも…私、あなたと戸越提t-」
「辻柾はすでに死んでいた。俺がさんざん撃ったからな。お前のせいじゃない」
真っ直ぐに手を伸ばした南洲は、やや乱暴に鹿島の頭をくしゃっと撫で、弱々しいが、それでも再び笑顔を見せる。それを見た鹿島はぺたんと甲板に座り込み、ぼろぼろと泣き出しながら、一気にまくしたてる。
「も、もう…みんなを実弾演習に駆り出したり、ひどい懲罰を考えたり、え…えっちな命令を強要したりしなくていいの? 羽黒さんにイヤな役を押し付けなくていいの? わ、私…私…」
ぐいっ。
そのまま鹿島を自分の方に抱き寄せた南洲が、優しい声で一言だけ告げる。
「もう、お前が自分の心を傷つける必要はない。いいな?」
そしてゆらりと立ち上った南洲は、甲板の隅で身を守るように自分の体を抱いている羽黒に歩み寄る。膝をついて目線の高さを合わせ優しく話しかけると、羽黒の肩がびくっと大きく震えた。
「羽黒…俺h――」
「いやぁぁぁーーーっ、来ないでぇーーーっ!!」
羽黒の甲高い絶叫が、南洲を拒絶した。