逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
来客、と訝しむ南洲の前に、鹿島とビスマルクが現れた。
ビスマルクと鹿島は病室の入り口近くの壁に凭れたまま、何も言わず立っている。手を後ろ手にする鹿島と胸の前で腕を組むビスマルク。春雨はベッドを挟んだ反対側にある丸椅子に腰かけると、羽黒がしていたのと同じように、南洲の枕元に顔を埋める。ベッドに広がる桃花色の髪を不思議そうに眺める南洲だが、我に返ったように春雨に呼びかける。
「お、おい…」
「はぁ…南洲の匂いがします…。本当なら、今は私の時間枠ですが、ビスマルクさんも鹿島さんも涙目のままなので、仕方ないから連れてきちゃいました」
ベッドから上体を起こすと、春雨は鹿島に室内灯を点けるように頼む。LEDの灯りが室内を照らす。
「みなさんが気になっていることは色々あると思いますが、南洲の状態について、共有したいです」
唐突に春雨が口を開き、全員の視線が集まる。それを気にするそぶりもなく、春雨は南洲の目を見ながら、いいですよね、と許可を求める。南洲は苦笑いしながら、春雨の頭を撫でると、それに答える。
「まぁ、いいさ。それに今回のことは、俺自身もよく分かっていないんだ。むしろ教えてくれ、
こくりと頷いた春雨は、そもそもですね、と話を切り出し始める。
◇
「なっ! ってことは…アトミラールは既婚者だったっていうのっ!?」
「そんな…鹿島の王子様が…」
ビスマルクと鹿島が血相を変え、南洲のベッドの周りに駆け寄ってきたと思うと、鹿島はベッドの足元で南洲の脚に取り縋る様にしている。
「でも大丈夫ですよ、最初は二号さんからでも、鹿島は構いません。うふふ♪」
一方ビスマルクは羽黒を押しのけて南洲の胸倉を掴む。
「あ、あなたねぇーっ、ここまで人の気持ちをかき乱して置いて、実は既婚者ですってどういうことよっ!!」
「な、何がだ!? 話が全く見えないんだが…」
まだ話はほとんど進んでおらず、かつて南洲が渾作戦を遂行するため南方に設置された前進基地の長であったこと、春雨と羽黒はその頃からの部下であること、そして南洲は扶桑と事実上の婚姻関係、そこまでしか春雨は語っていないのにこの有様である。
「ビ、ビスマルクさん、司令官は怪我人ですからっ! 落ち着いてくださーいっ」
南洲の上体をがんがん揺するビスマルクを必死に止めようとする羽黒。その姿を見て春雨が笑いはじめる。
「実は私もその辺の詳しいことは知らないのです、はい…。むしろ羽黒さんの方がケッコンカッコカリの話は詳しいかも、です」
「と、とにかくっ。私は既婚者なんてごめんだわっ」
「ならその心配はありませんよ、ビスマルクさん」
笑顔のままやや昏い眼で、春雨はぽつりとこぼす。ビスマルクに揺さぶられふらふらしていた南洲も、落ち着きを取り戻し、その表情が苦い物に変わる。
「扶桑はもういない…というか…あの基地にいたほとんどの艦娘は戦没してしまった」
ビスマルクと鹿島の表情が変わったが、南洲は淡々と話を続ける。
「ある日の深夜の事だ。俺の治めていたウェダ基地は急襲を受け潰滅した。何が目的なのか、誰が実行犯なのか、いまだに分からない。たくみに計画されたもので、最初の攻撃で多くの者が斃れ、その後も続く戦闘…とは言えないな、一方的な虐殺で一人また一人と斃されていった。そして扶桑はその時に…。俺もほとんど死にかけの重傷を負ったが春雨に助けられた。羽黒は運よく大した怪我もなく生き延びてくれた。基地は廃止され、生き残った数少ない連中は各地に再配属されている」
病室を沈黙が支配していたが、ビスマルクがそれを破る。
「アトミラール、貴方はあの時、貴方の体の『四分の一は艦娘』だって言ったわよね? それってもしかして…」
「そうだ、死にかけの俺は九死に一生を得た。あの重傷から五体満足で復帰できたのはありがたいが、繋がれた右腕と右眼が扶桑のものだと知った時は、冗談じゃなく気が狂うかと思った。技本…技術本部には感謝もするがそれ以上に反吐が出そうだがな。だが、俺は俺の基地を襲った連中を許す気はないし、そのために
◇
「どうやら大尉の容態は安定しているようですね。でも右腕と右眼を失い、春雨さんに助けられた…大尉はそう
管理棟の一室で、病室を監視するモニターを見つめる二人。管理官を務める大淀と―――。
「彼のその理解は基本的に間違いではないよ。でも興味深いよね、最も深刻な損傷を受けていたのが
とてもそのように聞こえない口調で大淀に話しかるスーツ姿の細身の男-南洲の言う『いかすけない』上官である、
「彼は…大尉は、今後どうなるんでしょう?」
「んー、身体機能強化と生体修復と攻撃を同時に、しかも制限時間を遥かに超えて行っていたからね。霊子工学部門からの報告では、扶桑の分霊は接続を拒否してるんだってさ。完全に物質化させた
背もたれに体を預け頭の後ろで手を組み、椅子に座ったままくるくると回る遠藤大佐。大淀は、言葉ほどこの大佐が困っていないことを長年の付き合いで知っている。十中八九、遠藤大佐は大尉を切り捨てるつもりだ…管理官として
◇
再び病室へ話は戻る―――。
「そんなことが…」
それ以上の言葉が継げず羽黒は絶句してしまった。基地の潰滅後、自分は立ち止まってしまい、望まぬ形で転々とし解体まで考えるほど思いつめた。だが南洲は、自分の意志で炎の中に留まり、今もその身を焼き続けている。それは再び拠点長として返り咲き、自分を含む生き残った数少ない艦娘を迎えるため-それがどれほど辛い事なのか容易に想像がつく。そして、離れていてもどれほど南洲が自分のことを考えていたのか、それに思いが至り、羽黒は涙を止めることができなかった。
そんな羽黒を慰めるように背中からそっと鹿島が抱きしめている。それに気づいた羽黒も、自分を抱きしめる鹿島の手をそっと握り返す。同じ鎮守府で、お互いに傷つき傷つけ合いながら、何とかここまで生き延びてきた。命がけ、と口で言うのは簡単だが、それを本当に行動する南洲がどれほど得難い物か。もっと早くこの人に出会えていたら…と繰り返し鹿島は思うが、今さらどうなるものでもない。
「…でも南洲、扶桑さんの
言葉こそ沈んでいるが、その表情には嬉しそうな色が滲む春雨が、南洲の手を取りながら訴えかける。あの力があるからこそ、南洲は身の危険を顧みず復讐という考えを捨てない。それを果たす力があるからだ。南洲の願うことは全て叶えたいと思う反面、その願いが南洲自身を破滅へと誘っているように春雨は感じていた。共に堕ちる、それも構わないが、それ以外の道がもし選べるなら-。南洲も困ったような表情でため息をつきながら口を開く。
「まぁ、な。何となく分かってはいる。意識が戻ってから何回か扶桑にアクセスしようとしたが、まったく繋がっている感じがしない。一時的なものだとは思いたいが、技本の連中の話からすると、あまり期待はできそうにないな」
不愉快そうな表情で唐突にビスマルクが口を挟んできた。
「客観的に言って、アトミラールに施された実験は意味が分からないわ。砲は撃てても海に出れない、戦えるのは一時間、強化されているのは攻撃力だけで防御力は元のまま…何なのこれ、少なくとも深海棲艦とは戦えないわよ、こんなんじゃ」
◇
管理棟でモニターを引き続き眺めていた遠藤大佐が慌ただしく動き始める。
「大淀、私はちょっと大尉の所に行ってくるから。君はもう帰っていいよ」