逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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南洲と春雨の『仕事』が始まる。


02. 狗の仕事

 『狗』。

 

 小さな犬、卑しいもの、取るに足らないもの。

 

 槇原南洲(ナンシュー)は特務大尉の肩書を持つが、多くの人から『狗』と呼ばれる。叶うかどうかも分からない提督への復帰、その願いを捨てきれず利用され、色々ある()()の中でも、誘拐、脅迫、などの汚い仕事-もちろん暗殺も含まれる-を押し付けられ、生と死の瀬戸際にいることが多い。彼自身、かつて自分の基地を襲った敵の情報、それも表に出ないものを集めるため特務部隊に属することを良しとしており、その意味ではお互いの利害が一致しているとも言える。

 

 南洲は()()をしくじったことはない。彼自身の()()()能力に負うところも大きいが、彼を支える春雨の存在が大きい-それが部隊内での一致した見方だ。

 

 人の身とは異なる艦娘、その能力そのままに、特務部隊への異動後に春雨が身に着けた刀術と体術。人間に比べはるかに高い身体能力を持つ艦娘とはいえ、もとより穏やかな性格をしている彼女にとって決して楽なことではなかったが、ひた向きなまでに努力を重ねるとすぐさま結果に現れる。わずか1年も経たず、彼女の技量は教官を追い抜き、部内でも指折りのものに昇華された。

 

 そうなると、南洲から春雨を取り上げ自分のパートナー(仕事道具)に、という者も出てくる。そういう輩は少なくはなかったが春雨が頑として首を縦に振らない。ある時、春雨に目を付けた少佐がいた。それにしてもこの少佐はしつこく、役割以上に春雨に対し劣情の目を向けていたのは明らかだった。春雨と南洲が暮らす宿舎の部屋までわざわざ押しかけ、執拗に自分と組めと迫る。春雨は、招かれざる客に相対するためドアを少しだけ開けてすり抜けるように外に出る。紅の瞳に昏い陰を宿しながら、誰に言うともなく発した言葉は---。

 

 「私は、司令官を…南洲を…今度こそ護るんです。なんで邪魔をするのですか…?」

 

 そう言い放ち、腰の後ろに隠し持っていた短剣を抜き少佐を刺殺しようとした。古来より確実を期すなら斬より突、そう言われる。肉を切るだけに終わる怖れもある斬撃より、内臓を確実に貫き死に至らしめる刺突-つまり春雨には一切のためらいが無かった。

 

 初撃は躱された。少佐が優れていたのではない、来客かと南洲がドアを開け、春雨が体勢を崩したからだ。間髪入れずに少佐が走って逃げだし、無言のまま春雨がそれを追いかける。

 

 南洲はすぐさま事態を把握し、突進する春雨を追いかけ追い越し、少佐との間に割って入る。

 

 背後から少佐を引き倒した勢いで体を回転させ向きを変え、左の掌を短剣に刺させる。そのまま刃は掌を貫通し、勢い余って体ごとぶつかってきた春雨を抱き止める。この間わずか数瞬。南洲がいなければ、この少佐は命を落としていただろう。

 

 「どうして邪魔をするんですか、南洲?」

 「お前にこんなくだらないものを斬ってほしくないんだ、春雨(ハル)

 「斬りません、刺すんです。確実に仕留めなきゃ、あなたを護れない…」

 

 

 騒ぎを聞き駆けつけた人々が目にしたものは、腰を抜かし失禁している少佐に目もくれず、無理矢理刺突を素手で食い止め血まみれになった南洲の左掌を愛おしそうに頬に当て、流れ落ちる血で自らを濡らす春雨の姿だった。

 

 「忠誠も度が過ぎれば狂気と変わらぬ。狗にふさわしい狂犬ぶりよ」

 

 それ以来、南洲と春雨のコンビに口を挟む者はなくなった。もとより南洲と春雨は、例の閉鎖された基地以来の上司部下であり、美しく言えば一心同体、有態に言えば共依存とも言える関係である。半端な考えで他者がこの二人の間に割り込むことは血を見る、周囲にそう訴えるのに十分な出来事だった。

 

 

 

 話を戻そう。

 

 気配に気づいた春雨が、いつでも飛びだせるよう腰溜めに身をかがめる。なめろうをつまみに酒を啜る南洲は、わずかに眉を動かし、春雨を制止する。南洲は起き上がると、拝殿の廊下に座り直す。手には日本酒の瓶がある。

 

 「ちっ…切れたか。よう、そこに隠れてるヤツ。できれば辛口の純米酒でも持ってねーかな?」

 

 

 隠れている気配に気づいている事、とりあえずはこちらに戦う意思がない事、それらを暗に伝え、向こうの茂みに隠れている誰かに、姿を現すよう促す。

 

 がざがさと茂みが揺れ、一人の長身の女性が現れる。長い金髪に引き締まった体躯、それでいて女性らしい曲線やふくらみも十二分に併せ持つ彼女が、凛とした表情を崩さずに近寄ってくる。それを見た春雨は素早く拝殿の廊下を下り、近づく女性と南洲の間に立つ。

 

 「私はビールかワインなの、残念ね。手土産にと思ってプリンツレゲンテントルテを持参したけど、嫌とは言わないわよね?」

 

 ビスマルク級超弩級戦艦のネームシップ、ビスマルクだ。持参した土産を見せるように、ひょいと紙包みを持ち上げながら、じゃりじゃりと玉砂利を鳴らしながらこちらに近づいてくる。

 

 「へぇ…ドイツ娘の私服姿というのもなかなか新鮮だな」

 南洲が軽口を叩きながら話しかける。

 

 「さすがにあの格好(艤装)で街中を歩けないでしょう? …おかしいかしら、プリンツに頼んで選んでもらったんだけど?」

 自分で自分の体をチェックするように、右に左に顔を動かし自分の服を眺めるビスマルク。その間も歩みは止めず、拝殿すぐのところまでやってきた。

 

 「生憎俺は服よりも()()にしか興味が無くてね」

 平然と言い放つ南洲。これではプリンツも服を選んだ甲斐がない、ビスマルクも春雨も苦笑する。

 

 「へぇ…貴方のパルトナーは春雨なの? とても強そうには見えないけど…。まぁ、メイド服(そういう姿)も悪くないわね、可憐だわ。ねぇ、ハグしてもいい?」

 「ハグ、ねぇ………まあいいけど。コイツ、可愛い顔してるけど、噛むぜ」

 

 -ピクリ

 春雨の肩が動く。も、もう一度言ってくれませんか、南洲?

 

 南洲の言った『可愛い顔』の言葉に反応してしまった春雨は反応が遅れた。その間、するすると近づいてきたビスマルクに、春雨は身をかわす暇もなく正面から抱きかかえられそうになった。

 

 「そのようね。こんな立派な牙を隠しているから、いつ飛び掛かられるかとヒヤヒヤしていたのよ」

 

 ビスマルクは春雨を抱きしめるような仕草をしながら、後ろ手に短刀の柄を握る春雨の右手を左手で掴み、勝ち誇った笑顔のままぎりぎりと手に力を込める。

 

 「ドイツ人が初見の相手にハグなんかする訳ねーだろ。だが、春雨がこうも簡単にあしらわれたのは初めて見たよ。さすが友邦ドイツの誇る歴戦の戦艦様、というところか。けどよ、その辺にしといてくれねーかな、俺もいつまでも笑ってられないからさ」

 楽しそうにしゃべる口調とは裏腹に、南洲の左手に握られた拳銃は、ビスマルクの頭部に狙いを定めている。

 

 「誰のせいだと思ってるのですか、全く。こういう場面で私を褒めないでください…その…反応してしまいますから」

 赤い顔をしながら、ビスマルクなど眼中にないかのように南洲に視線を送る春雨。そう言いながら、左手に持った別な短刀をビスマルクの顎に突き付けていた。

 

 ビスマルクは一向に怯むことなく、むしろ感嘆したような面持ちを見せる。さすがにもう春雨から手を離し、少し距離を取る。餞別と言わんばかりに、持参したプリンツレゲンテントルテに結んだ手持ちの紐が、春雨の右手の短刀の柄に掛けられている。

 

 「凄いのね、二人とも。特に大尉が拳銃を抜いたのには全く気付かなかったわ。…まぁ、それが艦娘相手に役に立つかどうかは別だけど、見事なクイックドロウね」

 

 南洲はそれに答えず、銃を腰のガンホルダーに仕舞う。ビスマルクから距離を取り短刀を仕舞った春雨は、改めてその手に短刀を握り、ビスマルクをけん制している。

 

 「そろそろ本題にはいろうぜ、ビスマルクさんよ」

 円満にお互いの力試しが終わって気が済んだだろ、さっさと本題に入れ-南洲はビスマルクを急かす。ビスマルクは動じることもなく、顎に手をあてながら意味ありげに思案するような表情を浮かべ、話を切り出す。

 

 

 「それもそうね。既に依頼内容は知っていると思うけど、私たちの鎮守府の提督と秘書艦を殺してちょうだい。私がその手助けをするわ」

 

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