逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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トラックで起きている事態の全容は概ね把握された。鍵を握る瑞鶴の元へと向かう南洲達一行。対する加賀を中心とするトラック勢もその迎撃を準備する。


22. 裏の裏の裏を読む

 堕天(フォールダウン)、か…。南洲は最近艦隊本部内で認知され始めた言葉を思いだし、思わず秋月から視線を逸らしてしまう。フォールダウンを端的に言えば艦娘が深海棲艦化することを指す。実際、深海棲艦の鬼級・姫級と艦娘の類似点について多く語られ、その関係性についても大本営内の技術本部主導で解析が進み、ある程度のことが判明している。

 

 艦娘達の魂は、愛する人を、国を守りたい、というかつての船魂と共に戦い没した軍人たちの純化された想いの結晶といえる。その純化と定着のプロセスこそが霊子工学として体系化され、艦娘という生体兵器足らしめている訳だが、一方で、その魂が純粋であるがゆえに、怒りや恨み、悲しみに呑み込まれてしまうと属性反転を起し、深海棲艦化を引き起こす。その現象に堕天(フォールダウン)の用語が用いられ、それが最近増加傾向にあることが認められる。

 

 「つまり、前回のニセ査察官の問題を解決するだけじゃ足らず、瑞鶴を正気に戻さなあかん、そーゆーこっちゃな」

 考え込むように腕組みをしながら龍驤が話をまとめる。南洲を除く全員が深く頷く。春雨はイクとニムの拘束を解き、ビスマルクはどれだけ日本の海軍は腐っているの、と怒りを露わにしている。南洲はイクとニムが立ちあがるのに手を貸しながら考え込んでいる。その様子に気づいたニムが声を掛ける。

 

 「ねえねえねえ、一体どうしたの?」

 後ろで手を組みながら、下から覗き込むように顔を見上げるニムに生返事をする南洲の頭は一つの疑問で占められている。

 

 -なぜ遠藤は、トラックの提督に手を出す必要があったのか?

 

 その一点だけがすっきりしない。まとわりつくニムを手で制し、南洲は秋月に声を掛ける。

 

 「秋月、瑞鶴はどこにいるんだ? できれば穏便に事を運びたいが…加賀の反応を見る限りまず無理だろうな」

 「そうですね…。ご指摘の通り、加賀さん赤城さん、それに霧島さんが艦隊本部との一戦を厭わない強硬派の中心です。そして彼女達のグループが警護する管理棟奥の提督室に提督と瑞鶴さんはいます。少佐の部隊を襲撃し、ビスマルクさんを狙ったのは、加賀さん達に従う水雷戦隊と潜水艦隊のグループで、トラックに接近してくる艦艇や他根拠地の艦娘の排除を積極的に行っています。…なので納得させるのは容易ではないと思います」

 

 イクとニムが気まずそうな表情で、ビスマルクに深々と頭を下げている。不承不承(ふしょうぶしょう)、といった面持ちで謝罪を受け入れながら、ビスマルクは秋月に質問する。

 

 「ということは、違う考えを持っている艦娘達もいるっていうこと?」

 

 「瑞鶴さんを守りたい、という根っこの所は全員同じです。ですが、その方法は何がいいのか、誰も分かっていません。こうやって艦隊本部と対立したりトラックに籠っていても何も変わらないです。皆、何とかしたいと思っていますが、どうすればいいのか…先が見えなくて、雰囲気もどんどん悪くなるし…」

 

 そこまで言うと秋月は顔を覆い、肩を震わせながら泣き始めた。秋月だけではなく、気持ちの限界が近づいている艦娘も多そうだな、と南洲は考え始める。

 

 「春雨、鹿島と羽黒と連絡を取ってくれ。30分後に宿舎で合流だ。秋月、イク、ニム、お前らも一緒に来てくれ。作戦会議を始める」

 

 

 

 秋月を先頭に宿舎へと進む一行の背中を眺めながら、南洲と龍驤は最後尾を歩く。

 

 「…なあ隊長、聞いてええか? 『艦隊本部が本気を出せばどうにでもできる』ってゆーてたやろ? せやけどこの泊地の戦力は決して侮れんで。どうするつもりや?」

 頭の後ろに手を組み、歩幅の違う南洲に追いつくことを諦めのんびり歩く龍驤が南洲に問いかける。

 

 「やりようはいくらでもある」

 龍驤の方に横顔だけを見せるように振り向きながら、左の拳を右の掌に叩きつけた南洲は醒めた目で答える。

 

 「グアム・ラバウル・エニウェクトの各拠点から一斉に空襲、パラオ・ラバウル・ショートランドの各艦隊が接近し包囲戦を開始。その間に艦隊本部の連合艦隊が接近し、南北から挟撃する…まぁそんな所かな。時間をかけていいなら海上封鎖で済む。トラックがいくら強力でも所詮は一泊地、各種補給を外部に依存している以上、いずれ備蓄している資材資源は尽きる。完全放置していれば勝手に自滅する」

 

 「…隊長、ひょっとして怒ってんの?」

 「…まぁ、な。こんなことをしても意味がない、と加賀もおそらく分かっている。彼女が考えているのは、艦隊本部との間に戦闘を誘発させることで世間の耳目をトラックに集め、事の真相を世に問うことだ。そのためにもできるだけ派手に死ぬつもりだろう。だが、その過程でどれだけの艦娘が巻き込まれると思ってるんだ?」

 

 南洲はふと歩みを止め、龍驤の方に完全に向きなおる。

 

 「ほんとうは加賀(あのバカ)をひっぱたいて説教してやりたいところだが、まずは瑞鶴の状態を確認するのが先だ。龍驤、お前は今回の作戦のために参加してくれた艦娘だ。おそらくは俺達の監視も兼ねているんだろう? だがな、俺はこんな事で艦娘達に傷ついてほしくないんだよ。()()()力を貸してくれないか?」

 

 一瞬きょとんとした顔をした龍驤は、バイザーで顔を隠すようにしながら、小さな声で敵わんなぁホンマに、と呟く。南洲の指摘通り、大本営の艦隊本部から派遣された龍驤は部隊のサポートと同時に監視も兼ねている。どう言っても、問題児だらけの部隊なのだ。これがトラック泊地の艦娘と意気投合し合流でもされたら、問題がさらに大きくなる。だが目の前の南洲は本気でトラックの艦娘達の身を案じている。向けられた本気の思いを誤魔化すほどに、龍驤は冷めた気質ではなかった。むしろ昔気質というか、まっすぐな艦娘である。

 

 龍驤は無言で右の拳を差し出す。そして今度は聞こえるようにはっきりとした声で言う。

 「敵わんなぁホンマに。ウチのこと(そそのか)すなんて悪い隊長や…いざとなったら、責任とってぇな」

 

 差し出された拳に、南洲は左の拳を指し出し軽くぶつける。そしてお互いニヤっと笑い合う。

 

 

 

 「全員作戦は了解したな? なるべく派手にやってくれた方が助かる」

 

 南洲は宿舎で行われた作戦会議をこう締めくくった。割り当てられた宿舎の各部屋には当然のごとく盗聴器が取り付けられていた。クリーニングと称する作業でそれは当然発見され無人の部屋に集められていたが、南洲は敢えてその一つを、作戦会議を行う部屋に戻し、盗聴を行っている相手に作戦を暴露した。

 

 -さて、相手はどうでてくるか?

 

 この宿舎から司令部施設までは、北回りと南回りの2通りの経路がある。距離は短いが目標とする提督室まで司令部施設を通り抜けなければならない南側ルートと、遠回りだが司令部施設の背後に出る北側ルート。打ち合わせは南側ルートを行く少数の陽動部隊が迎撃の艦娘を集めているうちに、北側ルートを本隊が行く、と決定した。だが実際の作戦決定は筆談で行われていた。

 

 -部隊の過半を投入した南側ルートで陽動を兼ね強行突破する一方で、南洲とサポートの艦娘が北側を進み提督室を目指す。

 

 全員が声を出さずに静かに頷き、文字に起こされた様々な情報を見落としがないよう食い入るように見つめている。

 

 

 

 「加賀さん、聞こえましたか? 北側に兵力を重点配備し、私と比叡、それに一航戦のお二人、それに重巡部隊で一斉に叩きましょう。『査察部隊が瑞鶴さんの抹殺を決めた』と言えば中間派の艦娘達も参加してくれるはずです」

 

 司令部施設の一角にある一室に、複数の艦娘が集まっている。盗聴器から齎された情報を聞くと、すぐさま策を立て眼鏡を光らせたのが金剛型戦艦四番艦の霧島。その主張に同意するように、赤城型航空母艦一番艦の赤城も深く頷く。

 

 一方で強硬派の中心となる加賀は、サイドテールの毛先を指先でいじりながら、何も答えずに深く考え込んでいる。

 

 -あの査察官と部隊はむしろ修羅場慣れしていると見て間違いないはず。そんな連中が私たちの仕掛けた盗聴器を見過ごすことがあるかしら。むしろそれを利用しようとするはず。

 

 部屋に集まった一同は加賀に注目し、その言葉を待っている。自身に集まる視線を気に留めず、いつも通りの無表情で加賀は南洲達を迎え撃つための布陣を伝える。

 

 「いいえ霧島さん、それこそが罠です。南側に私と赤城さん、それに霧島さんと比叡さんを中心とする迎撃部隊を配置します。北側には」

 「俺が行こう」

 

 部屋の隅に陣取り、壁に凭れるようにして立つ一人の艦娘、木曾が声を上げた。今度は注目が木曾に集まったが、加賀の返事を待たずにすたすた歩きだしていった。

 

 「どこへ行くの、木曾さん? 私の話はまだ終わっていないわ」

 ニヤッとした笑みを浮かべ振り返った木曾は、ひらひら手を振りながら歩みを止めずに加賀に答える。

 

 「こういう時に俺の勘は外れた事がないんだよ。部隊全体の動向は知らないが、あの査察官は北側から来るはずだ。お前らは南側に部隊を縦深配置しておくんだな。間違っても戦力の逐次投入なんてするなよ」

 

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