逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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立ちはだかる木曾と激闘を繰り広げる南洲は苦戦を強いられる。追い込まれながらも、南洲は自分自身に深く向き合う。


24. 透き通った思い

 地下の緊急避難経路から地上に出ると提督室のある管理棟は目と鼻の先だ。だが今、南洲と秋月は、管理棟の前にある、左右を建物に挟まれた少し広めの踊り場で木曾と対峙している。

 

 木曾は重雷装巡洋艦のはずだが…南洲は鋭い目で木曾を見つめる。白黒の虎縞模様に塗装された右舷の単装砲と腰に巻いた弾帯以外に目立った装備はなく、その性質を特徴づける五連装魚雷発射管がどこにも見当たらない。南洲の視線に気づいた木曾は、静かに微笑みながら左腰に佩びた刀を抜き、ついっとごく自然に踏み出してくる。

 

 

 「陸上で雷撃戦をするほど酔狂じゃないんだ。魚雷発射管があると、とにかく重くて自由に動けなくてさ。それよりもこれなら俺もお前も楽しめる、そうだろ?」

 

 -強い。

 

 自然だが隙のない動きだけで木曾の技量の程は十分に伝わってきた。南洲は無意識に秋月を庇うような位置取りを取る。

 

 秋月もここで木曾に会うとは予想外だった。南洲達に協力していることが知られれば、自分はただでは済まないだろう。けれど今の加賀のやり方では誰も幸せになれない…南洲の広い背中に思わず縋るようにしてしまった自分に気づき顔を赤らめる。

 

 南洲は右脇のホルスターから左手で銃を抜く。自分も日本刀を佩いているが、あくまでも人間を斬るための物だ。おそらく木曾の刀は艤装の一部だろう、そんなものをまともに受けたら一撃で叩き折られる。南洲は秋月を振り返り二、三耳元で囁く。コクコクと頷いた秋月はたっと軽く駆け出し南洲から離れる。

 

 「…引いてくれって言っても引かないんだろ、まぁいいさ。そうだ、秋月は俺に脅されてここに来ただけだ、いいな?」

 「いいねぇ、そういうの。心意気に腕が見合ってればもっといいがなっ」

 

 南洲の視界は一瞬で低い姿勢で懐に入り込んでくる影を捉えた。裂帛の左逆袈裟で木曾の刀が閃く。

 

 「ちいっ」

 短く声を上げた南洲は間一髪で大きくステップバックしながら銃を構える。だがそのまま木曾は距離を詰め南洲に銃を撃つ暇を与えない。二撃三撃と刀が振るわれ、下がりながら躱し続ける南洲にみるみる傷が増え、あっという間に壁際近くまで追い込まれた。秋月は声も出せず見守るしかできずにいる。

 

 「どうした査察官、そんなもんかっ!? 期待外れだぞっ」

 さらに迫る木曾に対し、南洲はさらに大きく下がり距離を取る。ただし真後ろではなく斜め上に跳ぶようにし、壁を蹴る反動で斜め前方に跳びあがると、木曾の頭上を越えながら体をひねり彼女の脚を狙って銃を撃つ。

 

 勢いがつき急に止まれない木曾が何とか踏みとどまるが、壁と自分の間にある空間では刀を構え直すのに十分ではなく、左足を無理矢理外向きに踏み込み力を流す方向を変え、その流れに沿うように壁と並行に側転し銃撃を躱し切った。

 

 「いいぞっ! やるじゃないかっ!! さぁ、もっとだっ!」

 歓喜に耐えない表情で南洲の方に刀を構え直した木曾だが、ふと構えを解く。

 

 

 「…ちっ、完全にクセになってやがる」

 またしても無理な姿勢で大型拳銃を撃った南洲は、左肩にかかった反動を逃がし切れず再び脱臼し、苦い表情のままそれを右腕で無理矢理嵌めていた。銃撃音で我に返った秋月が慌てて南洲に駆け寄ると、艤装を展開し四基八門の長10cm砲を木曾に向け威嚇する。

 

 「秋月、お前脅されてるんだろう、一応? まぁそういう事にしておくけど…。それよりもだ、査察官」

 苦笑いを浮かべながら刀の峰で肩をとんとんと叩く木曾が、まるで世間話でもするように口を開く。

 

 「目的以外のことはするなよ、って言っただろ? だから俺がこんなことをする羽目になったんだ、少しは反省しろよな」

 そこまで言うとニカッと歯を見せて笑いかけてくる。まるで敵意は感じられない、だが何故木曾は戦う? 南洲は左肩を回しながら再び秋月の前に出る。

 

 「査察官の目的が査察以外にあるかよ。瑞鶴の一件には、裏がある。それもトラックだけに留まらない何かが。ここに来て俺はそれを確信した。俺は遠藤大佐を起訴する。そのために瑞鶴には協力してほしい」

 「なるほどな…そういうことなら、ここはやっぱり通せないな」

 

 少しだけ残念そうな表情を浮かべた木曾は、再び刀を構える。これは…南洲の背中に冷や汗が流れる。先ほどまでとは打って変った殺気を帯びた木曾の姿。さっきのはあれでまだ本気じゃなかったってことか…。

 

 「…これ以上瑞鶴を傷つけるな。俺は死にたがりの加賀に付きあうのはごめんでね、瑞鶴を連れてその地下通路から逃げるつもりだったのさ。やっとの思いで見つけた経路だってのに、お前ときたらあっさり侵入しやがって…。なあ査察官、人の手で造られ、人のために戦い、人の手で傷つけられ、そして人の裁きに付き合わされる艦娘(俺達)…お前たち人間は一体何がしたいんだ?」

 

 南洲の視界から、文字通り木曾が消えた。本能か経験か、いずれにせよ真正面から斬り込んできた木曾の刀を、間一髪銃身で受け止めた南洲だが、そのまま力で押される。銃身との間で金属音を立てながら滑り落ちる刃は、銃を持つ左手の親指と人差し指の間の肉にそのまま食い込んだ。

 

 咄嗟に銃を離すと右脚の上段蹴りで木曾の顎を狙う南洲だが、木曾に苦も無く躱される。双方ともにいったん距離を取るが、南洲の左手からの出血は止まらない。

 

 「…人の身でよくここまで戦ったな、査察官。感動すら覚えるぞ。秋月に今手当させれば大事には至らないはずだ、早く引き揚げろ。ここで止めても恥ではないぞ」

 初めて見せた優しそうな表情で、木曾は南洲を諭すように語りかける。秋月はおろおろしながらも自分の頭に巻いたペンネントを解くと、南洲の左手にぐるぐる巻きつけ止血を試みる。銃を拾いに行く猶予を木曾は与えてくれないだろう。なら今自分が使えるのは…南洲は腰に佩いた刀に目をやる。

 

 

 「…逃げ出した先には何もない、あるのは後悔だけだ。あいにくだが、俺はもうこれ以上艦娘が傷つくのを見たくない。だから瑞鶴を、加賀を、お前たちを追い込んだ連中こそ止めなきゃならないんだ」

 

 秋月の手当のおかげで多少はマシになったが、依然として血は止まらない。それでも南洲は、右脚を前に出しわずかに重心を前に掛ける。そして左手を鞘に、右手を刀の柄に掛け端然とした表情で集中する。

 

 「立居合か…いいだろう、受けてやるぞ」

 木曾はゾクゾクとした表情を浮かべ、頬をやや紅潮させている。まともに戦えば人間に勝ち目がない艦娘との戦い。それでも目の前の男は逃げるどころか全身全霊を尽くし立ち向かってくる。

 

 「嬉しいぞ、お前のような相手と戦えたことが。そして悲しいぞ、その相手を失うことが」

 正眼に刀を構え、木曾が南洲に正対する。

 

 南洲は集中の度合いを深める。人間の限界を超えた速度での抜刀で斬り伏せ攻撃力を奪う。そのために扶桑の力があれば-その力を利用してでも復讐に凝り固まっていたかつての自分。だが、その力の過半を失ったことで、初めて自分の無力さに、そしてその力とは裏腹に艦娘は人間以上に純粋で、それゆえに傷つきやすい存在であることに気が付いた。

 

 それでも、いや、だからこそ、力が欲しい。

 

 壊す力ではない。春雨を、鹿島を、羽黒を、ビスマルクを、そして瑞鶴、目に映る全ての艦娘を傷付ける連中を倒すための、守る力。

 

 -扶桑、もし聞こえていたなら、もう一度力を貸してくれないか。

 

 自分自身と対話するような深い呼びかけに答はない。だが、まるで自分の手を誰かが支えてくれているような感覚に南洲は包まれていた。

 

 秋月が自分の目を疑う様にぱちぱちと瞬きを繰り返し、木曾が唖然としたような顔をする。

 

 「ハ…ハハハッ。面白いぞ、査察官、それが貴様の力という訳か……いくぞっ」

 

 二人の艦娘の目には、半透明の姿で、南洲と二重写しになるように立居合の姿勢を取る、凛々しい表情の扶桑の姿が映っていた。

 

 

 万が一の時は…撃ちます、と腹をくくり用心深く注視していた秋月でさえ捉えられない、閃光の速さで踏込み距離を一気に潰すと正眼の構えから突きを放つ木曾。同時に踏み込むと鞘走りを利用し紫電の速さで抜刀した二人(南洲と扶桑)

 

 甲高い金属音が鳴り響き、折れた刀身がくるくると宙を舞い、地面に刺さる。

 

 南洲の刀は単装砲に阻まれ木曾の体には届かず刀身を折られてしまった。そして木曾の刀は切っ先が南洲の喉元あと数ミリの所で止まっている。

 

 

 「…俺の負けだ。艤装を動かさなきゃ今頃俺はそこに倒れていたろうよ。それにしてもお前は一体…」

 

 視線で地面を指すと、さばさばした表情で木曾が言い、刀を鞘に納める。がっくりと膝をついた南洲を庇うように秋月が二人の間に割って入り、木曾を警戒する視線で睨みつける。木曾は両手を軽く上げおどけながら秋月に対する。

 

 「おいおい、俺の負けだって言っただろう? それとも何か、そんなにそいつの事が大事なのか、秋月?」

 

 真っ赤な顔で反論しようとする秋月の言葉を遮るように砲撃音が続き、瑞鶴のいる管理棟に至近弾が落ちる。

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