逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
秋月に肩を貸されながら立ち上がる南洲。木曾を含め全員の視線は管理棟に集中するが、どうやら致命的な被害は出ていないようだ。全員が安どのため息を漏らし、木曾はふと昔を懐かしむような表情で南洲に語りかける。
「…かつて俺はマニラ湾で大破着底したんだ。あの時、俺に動ける足と戦える手があれば、どこまでも
往時の記憶を色濃く残す木曾にとって、手にした刀は思いの象徴なのだろうか…そんなことを思いながら、南洲は木曾を誘いかける。
「瑞鶴の所に行く。お前も一緒に来てくれないか?」
木曾は無言のままで秋月が支える左側と反対の右側に回り、南洲に肩を貸す。秋月が不満そうな表情を浮かべるが、木曾は一向に気にしない。
「ふっ…水臭い、俺とお前の仲じゃないか! 刀で語り合った以上、もう俺達は莫逆の友だ。お前、名前は何と言うんだ? いつまでも査察官というのも変だしな。なに…ふむ、分かった。よし、行くぞ、南洲っ!」
豪快に笑いながら、とにかく嬉しそうな木曾。一方秋月は真剣な顔で何かをぶつぶつ呟いている。
「南洲さんですか…照れずに呼ぶ練習をしなければなりませんね…」
そして管理棟から、唐突に悲鳴とも嗚咽ともつかない、人の心を不安させるような叫び声が響く。
◇
時間は司令部施設の南側で加賀たちと春雨たちとの戦いが続いていた頃まで戻る―――。
飛行甲板を破壊された自分たちは、この場面で足手まといになるーそう割り切った加賀は、霧島に作戦指揮を任せ、南洲達の部隊を分断するように囮として赤城と共に走り出す。それを追う龍驤、春雨、鹿島。
加賀と赤城を建物越しに左右から挟むように並走するのが龍驤と春雨。すでに日は完全に暮れ、さすがの龍驤も夜間着艦になるため艦載機の運用は考慮に入れてない。鹿島はいったん別な建物の上にあがり、二人の『目』として屋上から屋上へと跳躍を続ける。
元々が巡洋戦艦天城を改装した赤城、加賀型戦艦一番艦としての開発から改装された加賀は、並の空母を超えるタフネスさと火力を有する。二人は囮として走りながら、隙あらば空母に有るまじき砲戦をしかけようと虎視眈々と狙っていた。一方鹿島からもたらされる情報を元に、春雨と龍驤は最短距離を走り加賀と赤城に接近する。
建物と建物の間に一瞬だけ姿を現した赤城を捉え、春雨が
赤城の悲鳴で思わず足を止めた加賀の背後で龍驤の声がする。自分の頭に砲口を突き付けられているのが分かる。いくら小中口径砲とはいえ、頭部に至近距離から直撃を受ければ致命傷だ。加賀はため息をつくと、両腕を上げ、抵抗の意がないことを示す。
「げーむせっと、やな。ごくろーさん。にしても鹿島の誘導はほんま的確やな、助かったでー」
「どういたしまして、龍驤さん♪」
屋上から降りてきた鹿島が駆け寄ってくる。大漁大漁と言わんばかりにずるずると赤城を引きずってくる春雨も合流し、加賀と合わせて雁字搦めに縛り上げる。
「さて、アンタらにはこの泊地に残っている艦娘達に武装解除の指示をだしてもらおーか」
「………軍法会議にかけなさい。私は解体処分になるでしょうが、裁判の場でこの泊地で起きた事を白日の下に晒すことができるなら悔いはないわ」
身動きができないようモーニングスターのチェーンで縛り上げられた加賀は、静かに自らの主張を述べる。その言葉を聞いた龍驤の様子が変わり、突如加賀の背後に回った。
「…加賀ぁ、随分と偉くなったもんやなー。お前さん一人の処分で軍が変わるとでも
徐に加賀の弓道着の袷に手を突っ込んだ龍驤は、これでもかと言わんばかりに加賀の豊かな胸を上下左右にたぷたぷたぷたぷし続ける。
「なっ…何をっ! アン こ、こんなこと… アァッ や、やめて…」
加賀の困惑と懇願を龍驤は気にすることなく、このバルジが、モノホンやないか、とうわ言のように言いながら手の動きを止めない。しばらく経ち、ぐったりした加賀と次は自分の番かと警戒する赤城とドン引きしている春雨と鹿島の間に沈黙が訪れる。その沈黙を、手をわきわきさせオヤジくさい笑みを浮かべた龍驤が破る。
「まぁなんや、ウチが言いたいのは、こーんな狭い世界で悶々と思いつめてたらロクな事を考えへん、ちゅーことや。ウチらの隊長は頼りになるで、後でゆっくり話しーや。何なら赤城もどうや、発散するか?」
◇
龍驤がセクハラに夢中になっていた頃、羽黒は建物の陰から建物の陰へ、時にはいったん地下通路に退避しまた地上に現れる等、砲戦部隊の霧島・比叡・古鷹・加古を翻弄し続けていた。四人はたった一隻の重巡を捕捉し切れないことに苛立ちを強め、知らず知らずのうちに動きが単調になる。
「さあ、やっと私の出番ねっ!! 私の
交戦を開始した地点と目標の管理棟の中間地点にある建物の屋上で、ビスマルクが見栄を切り、
この場にいる全員が思わず砲撃の元であるビスマルクを見上げるほどの激しい轟音が響き、着弾点には朦々と土煙と黒煙、その奥には一部火災も見える。誰かが被弾したのは確実だ。ビスマルクが警戒の視線を送り続けるうちに、猛煙が薄まり、その奥から発砲炎が光る。
「舐めるなぁーっ!!」
加古大破、古鷹中破、古鷹を庇った比叡大破、唯一残った霧島も大破に近い中破。しかしその闘志には衰えは見えず、損傷を物ともせず応射を敢行してきた。ビスマルクがいた建物を中心に無差別に続けられる砲撃が次々と司令部内の建物を破壊し、やがて一発の流れ弾がよりによって管理棟への至近弾として着弾した。
状況に気付いた霧島が慌てて砲撃を中止する。砲煙が晴れ、管理棟そのものに大きな損害がないことに胸を撫で下ろしたのもつかの間、管理棟から、唐突に悲鳴とも嗚咽ともつかない、人の心を不安させるような叫び声が響く。
◇
断続的に続く衝撃に揺れる管理棟。一際大きな衝撃で部屋の中に飾られた品々が床に落ちる。
ぱりーん。
写真立てが床に落ち、ガラスが割れる。白く細い指が伸び写真立ての中の写真を取り上げる。感情のこもらない赤い目で写真を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
「敵ガ来タノネ…。テイトクサン…大丈夫、モウ二度ト貴方ヲ傷ツケサセタリシナイカラネ」
銀のロングヘアーをツインテールにまとめる。黒い肩出しのニットワンピースのような衣装にひざから下がかなりゴツいサイハイブーツを履いた少女が、窓越しに戦場と化した司令部の敷地に目を向ける。
「翔鶴姉ェ…格好ダケデモオ姉チャンニ似セテタケド…ドウカナ? サア、稼働機、全機発艦! ヤッチャッテ!」
壁ごと砲撃で吹き飛ばし、室内には砲煙が満ちる。そして悲鳴とも嗚咽ともつかない、人の心を不安させるような叫び声を上げ、瑞鶴は艦載機を発進させ始めた。白い球体に大きく開いた赤い口、通称タコヤキとも呼ばれる艦上戦闘機と艦上爆撃機が大量に発進し、司令部の空を埋め尽くす。
「な…なによアレは…」
接近する艦載機群を見上げるビスマルク。位置を入れ替えるような形になり、管理棟に最も近い場所にいる彼女が最初の標的になった。攻防ともに高い水準の能力を誇る超弩級戦艦のビスマルクだが、設計思想上近距離砲戦を念頭に置き堅牢な垂直装甲を備える一方で、長距離砲戦や航空攻撃への防御に影響する水平装甲は薄く、また設計年次の関係から対空兵装も脆弱である。何より、太平洋戦域での日米海軍の猛烈な航空攻撃の記憶を欧州生まれの彼女は持たず、対応が遅れてしまった。それがどれほどの危機を齎すか知らずに。
ビスマルクは猛烈な急降下爆撃に晒される。必死に回避を続けるが次々と命中弾が増え、爆炎と煙にその姿が隠されてしまった。
「テイトクサンヲ守ルノハ、翔鶴姉ェノ恨ミヲ晴ラスノハ…私ニシカ出来ナインダカラネッ」