逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
後方で連続して響く高角砲の射撃音に瑞鶴は足を止め振り返る。海まではあと少しだが、人差し指を口元に当て少し考え込んだ様な表情を見せ、そして宣する。
「…『邪魔シナイデネ』ッテ言ッタヨネ? 全機爆装、準備出来次第発艦! 目標、駆逐艦1…ト、アレ何ダッケ? マァイイヤ、ヤッチャッテ!」
左右の飛行甲板から次々と艦載機が発艦し、それが終わると背後に背負った単装砲二基と連装砲一基で無造作に砲撃を開始する。当たればそれでよし、だが砲戦そのもので秋月を仕留めようという意図はない。回避運動を強制し、対空射撃を自由に行えないようにしている。
その効果は覿面に現れた。もとより南洲を庇いながらの戦闘を余儀なくされている秋月が、さらにその行動に制約が加わったのだ。必死に対空射撃を続ける秋月への被弾が増え始め、目に見えて動きが鈍くなってきた。
「くっ! まだ行けます!」
必死の形相で戦い続ける秋月だが、特に背部に被害が集中し、その制服は破れ、背中から腰にかけての素肌が露出してしまっている。
-どうする? これ以上秋月の被弾は危険だ。だが、
ここまで南洲は出番がなく、むしろ秋月の足を引っ張っている。南洲が悔しそうに唇を噛む。
「被弾!? 誘爆を防がなきゃ! まだ……まだ大丈夫!」
気丈に振舞う秋月にも疲労の色は隠せず、被害は広がり、何故と思うほど丈の短いミニスカートまで破れ始めた。
瑞鶴は気が付いた。一機の白い艦戦が自分を目がけ飛んでくる。緊急着艦にしては飛行甲板への針路ではなく、明らかに自分に向かっている。制御不能? と訝しげに見た次の瞬間に、艦戦は口を大きく開け自分の首筋目がけ猛進してくる。一歩下がりその攻撃を躱す瑞鶴がその動きを追いながら頭を動かす。旋回する艦戦の姿を捉えたが、頭を動かしたせいで、自分の首元を走る鎖の存在に気付かなかった。
「グッ!!」
喉を潰される痛みに、咄嗟に両手を鎖にかけ引きはがそうとする。司令部から海へと続く道、司令部側から見ると右手に広がる小高い防風林の中から一つの影が飛び降り、喉への締め付けはさらにきつくなった。
「南洲っ!!」
瑞鶴が見た艦戦は、春雨が放った
-ぐいっ
瑞鶴の動きを止めようとさらにモーニングスターのチェーンを手元に引き寄せる春雨だが、ぴくりとも動かない。むしろずるずると瑞鶴の方へと引き寄せられる。春雨の約四倍の出力を誇る瑞鶴が右腕でモーニングスターのチェーンを無理矢理引き上げると、小柄な春雨が宙に舞い、驚きの小さな声が上がる。
春雨は冷静に空中で射撃姿勢を取り左手の12.7cm連装砲B型改二を頭部に集中して連射する。剥き出しになった春雨の殺意の現れ。瑞鶴にチェーンを振り回されたため着地姿勢が取れず、地面に叩き付けられる。
着弾、爆発、くぐもった悲鳴。黒煙が晴れた中から瑞鶴が現れる。一連の攻防の間に走り込んできた南洲は手にした銃を瑞鶴に向ける―――そして機銃掃射の初撃を行った瞬間に爆散する艦戦。爆散する機体の破片と爆風で吹き飛ばされる南洲。
「冗談ジャナイワ!!」
「やらせませんっ!!」
瑞鶴と秋月から同時に声が上がる。司令部では龍驤の頑強な抵抗に合い、ここでは防空駆逐艦の名に恥じない秋月の奮戦により、瑞鶴の航空戦力は想定外の大打撃を受けた。そして今また、こそこそ忍び寄る
秋月には最早戦力にならないほどのダメージを与えた。残るは春雨と…人間? 春雨さえ排除すればそれでいい―――瑞鶴の意識が完全に春雨に集中した。残った航空戦力は多くなく、これはエンドウを殺すために温存したい。痛みで自由に動けない春雨に瑞鶴は自身の砲を向ける。
瑞鶴を挟む様な位置にいる南洲と春雨。ふらふらと立ちあがった南洲に春雨の視線が届く。
『南洲、逃げて』
唇が動き、春雨が微笑む。南洲は決然と抜刀し、一気に飛び込む。フラッシュバックする、炎に包まれ燃え上がる基地、敵に追われ逃げる春雨、片腕を失いさまよう自分。
「…邪魔だ、
肺腑を絞る様な叫びと共に、飛燕の迅さで南洲は上段から瑞鶴に斬りかかる。木曽と戦った時と同様、南洲を後押しするように、二重写しで南洲を背後から覆うように重なる半透明の扶桑。瑞鶴を斬り伏せることはできなかったが、黒い装甲の一部を、斬るというよりは叩き割ることに成功した。
だが、そこまでだった。
瑞鶴が無造作に動かした左腕でのラリアットをまともに喰らい、体がバラバラになるような衝撃を受け、南洲は春雨のいる方へと弾き飛ばされた。口から血を流しながらも、それでも南洲は春雨を守るように立ちはだかり、刀を瑞鶴に向ける。春雨も必死に立ち上がり、南洲の前に出ようとするが南洲に阻まれる。
二人の様子を無言で見ていた瑞鶴は、不意に向きを変え、海の方へと再び歩き出す。
「オ願イダカラ、二度ト私ノ前ニ現レナイデ。バカナ人間…ダケド、エンドウトハ違ウミタイダカラ」
◇
その道が行き止まりになる頃、左側に深い入り江が広がる。内側を外海から守る様に左右から複雑な形状の岩場が広がり、外界へと通じるのはその間に開けた空間だけである。
「翔鶴姉ェ、ゴメンネ…。私、全然翔鶴姉ェノ気持チヲ知ラナクテ。テイトクサンモ本当は翔鶴姉ェノコト…。エンドウハ必ズ私ガ殺スネ。ソウスレバ、テイトクサンモ元気ニナッテ、翔鶴姉ェモ意識ヲ取リ戻シテクレル…ヨネ?」
静かに海へ降り立つ瑞鶴。腰から下が全て海水に浸かる頃、瑞鶴は何かに腰掛けるような姿勢に変わる。海中から、艦首にあたる部分に大きな口を持つ空母型の艤装が浮上してきた。静かに海を行く瑞鶴が入り江の中ほどまでたどり着いた時に、無線を通して一つの指示が下る。
「全艦突撃、雷撃戦開始してください」
左右の岩場の陰から三人ずつ駆逐艦が機関を全開にして突入を開始する。直進する瑞鶴の鼻先を四五度の角度で交差して駆けぬけると、左右から魚雷を一斉に放つ。完全に不意を突かれた瑞鶴は、成すすべなく複数の魚雷の直撃を受け、大破することとなった。
「提督さん、鹿島、やりました、うふふ♪」
◇
地下通路での鹿島の訴えは、トラック勢の心理に変化をもたらし、どうすれば瑞鶴を止められるか、少なくとも外海に出さずに済むか、真剣に議論された。だが泊地に残る戦力は皆程度の差はあれど損傷を負っている。
「…夜間哨戒の部隊が展開しています」
加賀が齎した一つの情報-トラック泊地の哨戒線警護のため展開中の無傷の水雷戦隊-。鹿島と加賀は水雷戦隊の旗艦を務める夕立に事情を説明し大至急帰投を要請、一方で春雨とも連絡を取り瑞鶴の位置を特定し、待ち伏せの体制を整えた。そして予定通り現れた瑞鶴に、作戦通りの大打撃を与えることに成功した。
◇
緩やかに寄せては返す波に身を預け、瑞鶴はゆらゆらと浜辺まで押し戻されてきた。
ばしゃり。
よろよろしながら、南洲が抜身の刀を持ったまま浜辺に降り立ち瑞鶴へと歩み寄る。その水音に気が付いた瑞鶴は何とか目線だけを南洲へと向ける。
「二度ト私ノ前ニ現レナイデッテ、言ッタヨネ?」
「お前はそれでいいかもしれんが、こっちはそうも行かないんだ。…遠藤大佐を捕え起訴する。お前には証人として裁判に出廷してもらいたい」
「…イヤヨ、アイツヲ殺サナキャ、提督サント翔鶴姉ェハ帰ッテコナインダカラ」
ふるふると首を横に振る瑞鶴は、明確な殺意を未だに保ち続けている。それに反応するように南洲の持つ木曽刀から淡い光が浮かび上がり、瑞鶴を包むように広がる。
「木曾の刀って、何か凄い特殊能力でもあるのか?」
右手を左右に動かし、刀をしげしげと眺める南洲。そうこうしているうちに、秋月と春雨はお互いを支え合いながら、鹿島は元気よく走って、他の艦娘達も徐々に集まり始めた。気を取られた一瞬に響いた水音に、南洲は警戒感を示す。
瑞鶴が立ちあがっている。髪も目も元通りの色に戻り、大破はしているものの、いつも通りの装束に戻っている。本人が何より自分の姿に驚いているようだ。
「………扶桑さんが…あんなことしちゃダメだって、叱ってくれたの…」
瑞鶴が言葉を紡ぐ。南洲の視線の先には、瑞鶴の横に立つ、月の光を集めたように儚い、半透明よりもさらに薄い扶桑の姿しか目に入っていなかった。
「貴方の心が黒く塗りつぶされている間は、私は
心に直接響くような声で、扶桑が南洲に語りかける。それは他の艦娘達にも同じように響いているようだ。
「貴方が自分の心を取り戻した今、私も私でいられます。…けれど、瑞鶴さんを堕天から引き戻したので、あんまり力は残っていません。せめてこれからは、その刀の魂として貴方を守りますね。もう会えないでしょうが、いつもおそばにいますから」
口元に手を当て、小さく笑う扶桑だが、その眼は涙で濡れている。そして光はさらに淡くなり、消えていった。
鞘に納めた刀を抱きしめながら、最後に囁くように残した扶桑の言葉を噛み締め、南洲はいつまでも動けずにいた。
-短い間でも、例え仮初めだとしても、貴方の妻でいられて嬉しかったんですよ、私