逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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トラック査察の後日談。部隊の増員に難色を示す南洲。


間章 りこれくしょん-2
28. だからその手を離して


 「おお南洲、ご苦労さん。まあ座れ」

 大本営の管理棟にある将官室。南洲は上司である宇佐美少将に呼び出されて、トラック泊地での顛末、特に報告書の行間に滲む事柄について情報の共有を図ることとなった。

 

 トラック泊地は中部太平洋の要衝にも関わらず、()()()()により半ば海上封鎖を受けたような様相を呈し、周辺海域の航行は迂回を余儀なくされる状況が続いていた。そんな中トラックで起きた大規模戦闘は周囲の耳目を集めるのに十分だっだ。

 

 断続的に入る周辺拠点からの安否確認等を黙殺していると指揮機能の喪失と見做され、各拠点が威力斥候を派遣してきても不思議ではない。

 

 そのため南洲は、深海棲艦の強襲を受け大規模戦闘が発生、トラックの提督と翔鶴、瑞鶴が負傷したものの、査察中の特務少佐が指揮を代行し敵の攻撃を退けることに成功、という形で話をまとめた。こじつけだが仕方ない、前後のつじつま合わせと()()()時系列を操作するしかなかった。

 

 

 

 そんな南洲達がトラックを出立した日のこと-。

 

 「南洲、その刀はもうお前のものだ。あとはこれを持って行け、俺とお前の友情の証だ」

 木曾は言いながら肩のあたりの留め具を外し、羽織っているマントを南洲に差し出す。

 「な、南洲さん、そのペンネント…つ、次に会えるときまで大切にしてくださいっ」

 負傷した南洲の左手の手当に、自らのペンネントを止血帯代わりに使った秋月。湯気が出そうなほど真っ赤な顔をして、そのまま持っていてくれるよう南洲に頼み込む。

 

 「じとー」

 「じとー」

 「じとー」

 「………」

 「ほっほぉー」

 

 わざわざ効果音を口に出しながらジト目でその光景に刺さるような視線を送るのが春雨、ビスマルク、鹿島。無言で見つめているのが羽黒、それを面白そうに眺めているのが龍驤。

 

 「せやけど隊長、真面目な話、秋月には転属してもろた方がええんちゃう? ウチが見る限り、隊長のチームは対空戦闘に難ありやで。あとはそうやな、イキのいい航空母艦でもおればバランス良くなるんちゃうか?」

 

 

ぴくっ。

 

 今度は視線が一斉に龍驤に集まる。自分から売り込むっていう訳? でも確かに龍驤さん大活躍でしたし、などの声が飛び交うが、自然と全員の視線が龍驤と自分たちの部分比較を素早く始め、『ないない』と否定の意味を込め顔の前で手を横に動かす。

 

 音が聞こえそうなほど肩を震わせながら龍驤が爆発する。

 「何や君らっ!! この部隊の決め手はソコだけっちゅーのかっ!?」

 

 「おーい、何やってんだ? そろそろだぞ」

 グアムから南洲達を迎えにきたLST-4001おおすみは、ウェルドック内にLCACの収容を終え、後はグアム経由で大本営に戻る人員の乗船を待つのみとなっていた。

 

 きいきい。

 

 車椅子に乗るトラックの提督が現れた。遠藤大佐の刺突は複数個所に及び、その結果身体に麻痺を残している。もう一台はストレッチャーに乗せられた翔鶴。身体機能の修復は完了しているが意識だけが戻らない状態が続いている。二人は大本営の技術本部での治療を試みることが決定した。そしてもう一人―――。

 

 「おまたせっ」

 トラックの提督が乗る車椅子を押すのは瑞鶴である。明るく振舞ってはいるが、自分がトラック泊地でしてきたことは鮮明に記憶に残っている。それでも前を向き、南洲達への協力を申し出た。だが経緯が経緯なので、その身柄は大本営の艦隊本部の管理下に置くこととなり、事情聴取と技術本部での検査を経た後、遠藤大佐の捕縛後に行われる裁判では重要参考人として出廷する。

 

 「…少佐、お待ちください」

 南洲が振り向くと、そこには加賀が立っていた。

 「どうした、お前からそんな風に呼ばれるとはね」

 からかう様に南洲が言うと、加賀はぐっと詰まるような表情になり、それでも言葉を続ける。

 「…随分と貴方には失礼なことをしたような気がするので、一応はお詫びを、と。それと………良い作戦指揮でした。貴方となら、また一緒に出撃したいものです」

 

 南洲は苦笑しながら、機会があれば、と言い残し、そのまま船上の人となった。

 

 

 「まさか査察の報告書が偽造されているとはな。これも官僚主義と言うやつかもしれんが、そこまでは考えもしなかった。いずれにせよお前さんには迷惑をかけた」

 言いながら南洲に向かい頭を下げる宇佐美少将に南洲が答える。

 「そういうの、止めてくれるかいダンナ。こっちがどうしていいか分からない」

 

 宇佐美少将は頭を上げ南洲に向き直るとほろ苦い笑みを浮かべ、話を切り出す。

 「それでな、お前の部隊の話だ。出撃するたびに隊長直々に近接戦闘を行い、満身創痍で帰還するのは見過ごせなくてな。戦力を増強することに決定した」

 

 黙って話を聞いていた南洲の表情が変わり、以前同様の激しい目で宇佐美少将を見やる。復讐を果たすために、『狗』と呼ばれながらも手を血で汚してきた。自分だけならまだいい、春雨までも巻き込んできた-それでもそうせざるを得なかった事に対し、罪悪感と怒りを抱えているのが南洲である。

 

 「それじゃぁ…だめなんだよ。俺は既に春雨(ハル)を俺の都合に巻き込んでいる。あんなに優しいヤツなのに、望まない殺し合いに文句も言わずついて来てくれる。春雨だけじゃない、あと三人も抱えちまった。これ以上、こんなことに付き合わされるヤツを増やしたくない。それにダンナ、俺が遠藤に対しどんな思いを抱いてるか、分かってるんだろう?」

 

 複雑な表情を隠さない南洲の顔を宇佐美少将はまじまじと眺めている。部隊としての戦力増強に嘘はない、だがそれ以上に心の安住を得られない限り、目の前のこの男は遠からず破滅する、ある種の親心もあって宇佐美は動いている。

 

 「小なりとはいえ、お前も今や戦隊司令に返り咲いたんだ、余計なことを考えず、指揮と管理に集中しろ」

 

 ケッコンカッコカリを控えた舞鶴鎮守府提督への取材、それが大本営広報部に転属した遠藤大佐の仕事だ。遠藤大佐に手を出すな、暗に釘を刺す宇佐美少将。相手の動向は既に掴んでいるが、現時点では遠藤大佐に対する逮捕権を南洲は有しない。トラックの一件は証言はあっても物証がない現状、報告書の偽造でさえ彼が改ざんを行った証拠を掴まない限り、むしろ被害者としての振る舞いさえ許しかねない。

 

 

 南洲の右目が赤く光る。普段は一見すると両目とも黒に見えるが、感情が高ぶると右眼だけが赤く光る。危険な兆候だな…内心の憂慮を隠し、あえてからかうような口調で場の空気を変える。

 

 「カッコつけて言ってるが、要するに惚れた女に危ない橋を渡らせたくない、そういうことか。噂に反して色々“熱い”男だな、お前さん。俺は嫌いじゃないぞ、そういうの。ああ、一つ訂正な、お前が抱えるのは最終的に六名、二名の増員だ。まず一人目、本人の強い希望で、秋月はお前の部隊に配属となった」

 

 反論しようとした南洲を手で制し、宇佐美少将はにやにやしながら手で制する。

 「いやいや、皆まで言うな。よし、祝杯だ。お前も付き合え。大淀、お前もだぞ」

 

 手でクイッと酒を飲む仕草をしながら、秘蔵の日本酒を持ってくるよう少将は大淀に言いつける。

 

 

 

 「トラック泊地の提督な、あいつはリハビリが半年以上必要だろうが、何とか復帰できそうだ。それに翔鶴も意識を取り戻した。得体の知れない連中だが、こういう時は技術本部(技本)も役に立つ。

 

 技本の言葉に、南洲の肩がぴくっと動く。技本が艦娘に関する技術開発の総本山であることは事実だが、自分に扶桑の生体組織を移植、それにとどまらず一つの体に二つの魂を封じるようなことをした連中だ。トラックの二人に何もせずに済ませるのだろうか? 漠然とした疑問を腹に残しながら、南洲は別の事を宇佐美少将に訊ねる。

 

 「…六人目は誰なんだ、ダンナ」

 ぐびっとぐい飲みを呷りながら、普段と変わらない様子で南洲が尋ねる。床には大淀の性格を示すように、きちんと並べられた四合瓶が八本。その大淀はすでに「酔ってしまいました」と自室へと下がっている。宇佐美少将と南洲は、普段の様子と全く変わらず、水を飲むように杯を空け続ける。

 

 「まず翔鶴が着任を希望している。トラックの提督と瑞鶴を救ってくれた恩返しなんだとよ。あとは瑞鶴。色々事情が複雑だから時間はかかるだろうが、こっちは罪滅ぼしだそうだ。さらに…加賀も気分が高揚してるんだと。回りくどいが転属希望ってことだ。おっと、忘れる所だった、龍驤のやつは既に自室の片づけを始めてこっちの宿舎に移るつもりらしいぞ…モテるなぁ、おい?」

 

 酔いも手伝い少しイヤらしい笑みを浮かべる宇佐美少将に対し、南洲は何も答えず考え込んでいたが、ふと席を立つ。

 

 「空母、ねぇ…。じゃぁ、俺はそろそろ宿舎に戻るよ。こんなに遅くなるとも飲んでくるとも春雨(ハル)に言ってなかったんでね。明日も早いしほどほどにしないと」

 

 「何だ南洲、尻に敷かれてんのか? …まぁその方がいい、お前は一人だと碌なことをしないからな」

 

 南洲がふと足を止め、振り返ると告げる。

 

 「ああそうだ、宇佐美のダンナ。前から言ってる通り明日から不在だ、みんなによろしく言っておいてくれ」

 「そういうことは自分で言え。…おい、必ず帰ってくるんだぞ、いいな」

 

 宇佐美少将の言葉に返事はなく、ドアの閉まる音だけが部屋に響く。

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