逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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一人で敵を追いかける決心をした南洲。そんな彼を彼を慕う艦娘達はどう受け止めるのか。

(20161117 サブタイトル変更)


29. 待つ人の元へ

 「槇原少佐はあの雨の中宿舎に帰らずそのまま出立したようです。春雨さん達が騒いでます…よろしかったのですか?」

 胸のあたりにファイルを左手で抱えた大淀がやや疲れたような表情で宇佐美少将のもとに現れた。

 

 休暇を取った南洲は今、舞鶴へと向かっている。そして遠藤大佐は今日舞鶴鎮守府を訪れる。

 

 「…なぁ大淀、お前の目から南洲はどう見える?」

 宇佐美少将はようやく書類から目を離し、大淀を見る。大淀は軽いため息をつきながら、ウェダ基地時代のことは知りませんが、と前置きし言葉を探しながら答え始める。

 

 「…感傷的な人だと思います。彼の元に集う艦娘達がいるのに、選択肢がある毎に一人になろうとする。逆にそんな人なので、女性として言うなら、彼から目が離せなくなる艦娘が出ても不思議はないと思います。ただ、今のあの人を私は自分の上官にはしたくないです」

 

 手厳しいな、と肩をすくめながら、少将は半ば南洲に同情、半ば大淀の意見に同意しているようだ。

 「ケリを付けなきゃ先に行けない過去もある、それは確かだ。けどな、それでも人は前を向かなきゃならん。とにかく、()()()()()()()()()()()()と良いんだがな…」

 大淀は深くシートに身を預け腕組みをする少将の背後に回ると、ふわりと後ろから抱きしめる。

 

 「ふふっ、あなたも感傷的で熱い方ですから。…でも少佐が戻ってくると信じておられるんですよね」

 

 

 

 早朝に舞鶴入りした南洲は、すでに目的の場所で身を潜めていた。

 

 -しばらく待ち時間はありそうだな

 

 南洲は自らの考えに入り込んでゆく。

 

 

 瀕死の重傷を負った自分に組み込まれた、かつてのケッコンカッコカリの相手だった扶桑。自分の体の四分の一は扶桑の生体機能に置き換えられ、挙句に彼女の魂の分霊まで封じられた。人の身でありながら、部分的とはいえ艦娘の艤装を展開できる能力と、自分の心や記憶が自分のものではないような感覚にもいつしか慣れていった。度重なる()()()()で心身ともに傷ついてゆく自分を救う様に、扶桑は分霊になっても自分をすり減らし、今では南洲の使う武装-副砲を鋳直した銃と、木曾から譲られた刀に霊力として宿る魂、それだけが名残だ。扶桑の面影が薄まるほどに、自分の心を覆う霧が少しずつ晴れてきたような気がする―――我ながらひどい男だ、南洲は自分自身を蔑むように歪んだ笑みを浮かべる。

 

 

 -短い間でも、例え仮初めだとしても、貴方の妻でいられて嬉しかったんですよ、私

 

 

 仮初め、か…南洲は扶桑の最後の言葉を繰り返す。南方鎮守府―渾作戦とその後に続く海域支配のためハルマヘラ島ウェダに作られた前進基地を、将来への夢と少しのジョークを込め勝手にそう呼んでいた。あの日々は、今となっては遠くに揺らぐ蜃気楼のようなものに思える。あの頃、俺も扶桑も、一人では立っていられなかった。俺は渾作戦の途上で春雨を失ったことに耐えられず、過去から逃れた扶桑は新たに手に入れた日々を失うのを怖れ、お互いに縋っていた。人は傷のなめ合いと言うかも知れない、だが俺達にしか分からないものは確かにあった。

 

 

 

 

失った? 誰が誰を?

 

 

 

 

 頭の中が明滅するような感覚と激しい頭痛に襲われ、南洲は思わず頭を抱える。しばらくの間そうしていたが、やがて何事も無かったように元の姿勢に戻る。

 

 「そうだ、俺は蒼龍を守らなきゃならない。せめてあいつだけでも…」

 

 

 ウェダ基地(南方鎮守府)の数少ない生き残りの一人が蒼龍であり、転属先の舞鶴鎮守府の提督とのケッコンカッコカリを控えている。そしてそこに向かう遠藤。トラックで起きたことを考えれば、手段はともかく何を目的にしているか推測はつく。

 

 

 

 舞鶴鎮守府は、東舞鶴港に広がる施設群の総称で、旧自衛隊の航空基地をはじめとする各種施設を併合した一大拠点である。情報によれば、遠藤大佐は舞鶴航空基地に空路で降り立ち、東舞鶴港の奥に位置する司令部施設へと車で向かう。

 

 -来た。

 

 航空基地から1kmほどの所にある、信号のない大きな交差点。道の脇から飛び出した南洲は交差点内に進入し、それを避けようとした遠藤大佐を乗せた黒いセダンは慌てて急ハンドルを右に切り、スピンアウトするようにしてようやく止まった。怒った表情で車から降りてきた運転手の動きが、南洲が手にした銃を見て止まる。南洲はつかつかと近寄ると、運転手に手錠をかけ拘束する。そして後部座席のドアを開ける。中には組んだ足の膝に肘をつき、目線だけをこちらに向けてくる遠藤大佐がいた。南洲は銃を突きつけながら同じように大佐を拘束する。運転席に座った南洲は、車を動かし海側に曲がる道へと進んでゆく。

 

 「おやおや、犬は捨てられても飼い主の元に戻ると言いますが、()は噛みつきに戻ってくるんですね」

 

 遠藤が後席から投げる皮肉を無視し、南洲は車を走らせる。

 

 

 

 「…そろそろ答えろ。お前がここに来た目的は、舞鶴の提督に危害を加え、秘書艦を精神的に追い詰めるため、そうだろ?」

 

 森には何度目かの悲鳴が響き、血しぶきが至る所に飛び散っている。鎮守府からは低山が、航空基地からはそれ自身の設備が、それぞれ陰となる死角までやって来ると、二人を車から降ろし森へと入ってゆく。その後に始まった陰惨な光景に、ドライバー兼SPは完全に凍り付いている。

 

 「い、いち少佐風情がっ…。宇佐美少将に気に入られたくらいで、いい気にならないことで………ぎゃぁあっ! も、もう止めてくれっ!! 分かった、分かったからっ。そこの、舞鶴の秘書艦をフォールダウンさせる指示を三上大将から…。深海棲艦化させ、中臣(なかとみ)様に貢献さ…」

 

 安全な場所から南洲に汚れ仕事を押し付けていた男が、南洲の()()に耐えられるはずもなく、ついに遠藤は落ちた。だがそこで隣に転がしていたはずの運転手が体を震わせ始めたと思うと、唐突に大佐の首筋に深々と噛みつき、食いちぎった。噴水のように血を噴き出す遠藤は間もなく絶命、当の運転手も舌を噛み切り同じく絶命。

 

 「………何なんだ、一体…。だが手がかりは増えた、か…」

 

 SPを兼ねていた運転手は後催眠-三上大将とフォールダウン、そして中臣、この三つが同じ文脈に現れた時、相手を殺し自分も死ぬこと-による操作を受けていたと、南洲は後に知ることとなる。

 

 

 森を出て道沿いに出ようとした南洲は、目にした光景に心臓が止まるほど驚き、そのまま森に留まる。

 

 

 「な、なんでこんな所に…?」

 

 

 汗に濡れたTシャツ、ハーフパンツにウォーキングシューズ、手にはペットボトルを持つ少女-蒼龍。ケッコンカッコカリを間近に控え、少しでも痩せてウェディングドレスが似合う様にと、蒼龍が毎日この海沿いをウォーキングをしてることなど知る由もない南洲だが、その姿を忘れるはずも見間違うはずもなかった。

 

 躊躇いがちに手を伸ばし声が喉まで出かかったが、南洲は唇を噛み締め俯いていた。

 

 

 -ああ、俺はコイツが幸せになろうとしているのを見たかったんだ。誰か一人でもいい、触れれば消えてしまうような儚さではなく、血塗れで泥に這いつくばる俺と違い、しっかりと前を向いている誰かを。

 

 

 何も言わず南洲はただ微笑み、ふと自分の頬を手で拭い、それが赤黒く染まったことに気づきぎょっとする。

 

 -ああ、こんな血の匂いにも気づかなくなるほど麻痺していたんだな、俺は…。

 

 

 「さよなら、元気でな」

 

 

 -これでいいんだ。俺がいなければ、皆前に歩き出せる。もっと早くからこうすればよかったんだ、春雨(ハル)達のことは宇佐美少将がきっと悪いようにはしないだろう。血に塗れるのは、俺だけでいい。待ってろよ、三上。

 

 

 

 「あれは…ハンヴィー?」

 交差点まで戻ると、見慣れた一台の車が近くの空き地に停まっているのが見えた。車のまわりには4人の艦娘がいる。ハンヴィーに寄りかかる様にして立つ春雨、ボンネットに仰向けで寝そべるビスマルク、後部ゲートを開け腰掛けているのが羽黒と鹿島。そうこうしているうちに、羽黒が駆け寄ってきた。

 

 -ぱぁん

 

 南洲の頬が高くなる。一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐに羽黒に平手打ちをされたと気づいた。ボロボロと大粒の涙を流しながら、羽黒には珍しく感情を露わにする。

 「あ、あなたは、また私を置いていく気だったんですかっ!? なら何で助けたりしたのっ!?」

 

 遅れてきた鹿島もまた南洲の反対側の頬を張ると、自分を落ち着けるように大きく深呼吸をする。一転、イタズラな笑顔を浮かべ、指を立てると南洲に諭すように言う。

 「いいですか、外出する時は必ず教官の許可を得てくださいね。そして必ず帰ってくること。約束ですよ」

 

 金髪を夕陽に照らしながら、ゆっくりとビスマルクが近づいてくる。南洲の手を取ると、不安そうな表情を浮かべ潤んだ瞳で訴えかけ、そのままぽすんと頭を胸に預ける。

 「もうこんなことしないで、お願いだから…。私たち、家族じゃないの…?」

 

 視線の先にもう一人、いつものメイド服ではなく、濃紺のセーラー服にピンク色のコートを着た春雨が近づいてくる。夕陽に照らされた表情は、泣くような笑うような、不思議な色を浮かべているが、その目の端には涙が浮かんでいる。

 

 「…おかえりなさい、南洲。し、心配したんで…す、よ」

 

 そこまで言うのが限界だったのだろう、顔を覆うようにして激しく嗚咽を始めた。

 

 

 

 「大淀、アイツらに何を言ったんだ?」

 将官室で宇佐美少将が尋ねる。

 

 「特に何も…。ただ、帰ってこないなら迎えに行けば?、と言っただけです」

 眼鏡をくいっと持ち上げながら、しれっとした顔で言う大淀。

 

 「なるほどな、どうりで誰もいない訳だ」

 「何かご用事でもあったのですか?」

 

 「二つ程な。一つは、新人の受入れ二名分、用意しとけよ、って話だ。もう一つは…まぁこれは南洲が帰ってきてからの方がいいか。次の任務の話だ。南洲達には大坂鎮守府に向かってもらうことになりそうだ」

 




 次回からは、とある作者様とのコラボ回になります。シリアス&ギャグ&カオスで人気の、ファンの方も多い作品なので、坂下はかなり緊張しています。ですが、せっかくご快諾いただいた機会なので、思い切って楽しもうと思っています。
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