逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
提督の暗殺-それが今回、南洲と春雨に与えられた
『今回の作戦目標は対象者の抹殺、その過程で大尉が
◇
「ビスマルク、確実な仕事には確実な『準備』が必要だ。そのためにわざわざ顔を出してくれたんだろ?」
南洲は空になった四合瓶を引っくり返し、いじましく底に残った滴を味わおうとしながら問いかける。
そんな南洲の姿を内心浅ましいと嫌悪感を覚えつつ、ビスマルクは、表面上平静を装って答える。
「それもそうね。まず
「…演習で艦娘が死ぬ? どういうことだ」
話の前半部分に不快感を覚えながら、南洲はビスマルクに対し後半部分への疑問を口にする。そうしながら、四合瓶に見切りをつけその辺に放り投げる。ビスマルクは肩をすくめながら答え始める。
「…そうね、あなたの疑問は正しいわ、大尉。でもこの
「同じ嗜好なのか、恐怖に縛られているのか、洗脳されているのか…何にしてもイヤな一心同体だな」
拝殿に寄りかかりながら、サングラスの位置を直す南洲とその横に立つ春雨。
ビスマルクの話が熱を帯びてくる。
「…私たちドイツ艦隊の指揮権が日本海軍に移譲された途端、やつの態度は豹変したわ。真っ先にこの私にヨトーギを命じてきたのよ。もちろん私たちは誇り高き
忌々しそうな表情を隠そうともせず、右の拳を左の掌に叩きつけ、南洲と春雨を睨みつけ叫ぶビスマルク。それに対し、口元を歪めた冷笑を浮かべ、南洲が彼女の悲鳴にも似た激情を斬って捨てる。
「どこの国にも、どこの軍にもクズはいる。ただそれだけのことだ。そんなに悔しいなら、ご自慢の38cm連装砲でその提督を撃ち殺せばいいんだ。諦めることも抗うこともできず、俺達のような部外者に泣きついたくせに誇りだなんだとご立派なことで。お前みたいなやつを…なんだっけ…
その言葉を聞いた瞬間、ビスマルクの感情は爆発した。春雨の存在などお構いなしに南洲に一気に詰め寄り、胸倉を掴み持ち上げる。185cmある南洲の体が宙に浮く。一瞬とはいえ油断した先ほどと違い、あまりの速さに春雨が全く反応できなかった。
「なんですってぇーーーっ!! あなたね、 言っていいことと悪いことがあるのよっ!! ………な、なによ…そんな言い方しなくても…」
そこまで言うと、力なく南洲から手を離し、地面に座り込む。そしてぐすぐすと泣きはじめ、最後にはわんわんと大泣きしているビスマルク。凛とした見た目とは裏腹に、繊細な少女の心は南洲の情け容赦ない言葉に耐えられなかった。
「…南洲、言い過ぎですよ」
春雨がぼそりとつぶやき、責めるような目を南洲に向ける。サングラスをかける南洲の表情はよく分からないが、はぁっとため息をつき、首を二、三度横に振った。自分の失敗を認めたようだ。
「まだ必要な情報を聞きだせていないのに、泣かせてしまって…」
自分たちの仕事に有益な情報を取れなかったことで南洲を責める春雨。南洲の言葉は確かに厳しいが真実である。それに、ビスマルクを傷つけたというなら、それは南洲ではなくその提督だ。ある意味では、南洲はビスマルクが鬱屈とため込んでいた感情を吐き出させる機会を与えたとも言える。ただそのやり方が乱暴だったのは否めない。
春雨はビスマルクに近づくと、儚げな表情を浮かべ地面に座り込む彼女に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ビスマルクさん、私にはあなたの気持ちが全部分かるとは言えません。でもあなたはそんなことを望んでいないかもしれませんね。だってあなたが私たちに頼ったのは、自分のことじゃなく、他の艦娘のためなんですよね? あなたはどこまでも誇り高い方です、はい」
自分より大柄のビスマルクを、前からそっと抱きしめる春雨。春雨の言葉にハッとしたような表情を見せ、先ほどとは違う種類の涙を流し続けるビスマルクの表情が徐々に穏やかなものになってゆく。が、ふと目が合った南洲に対しては思いっきり舌を出しベーッという顔をする。
「…
所々混じり込むドイツはよく分からないが、少なくとも好意的な言葉でない事だけはニュアンスで分かる。だがどうでもいい。唇の片側だけを軽く上げ笑う南洲は、脱線を続ける話を本題へ戻そうとする。
「…もう少し具体的な情報をくれ。その場にいるヤツしか分からない、生きた話だ。何でもいい、それが役に立つかどうかは俺達が判断する」
先ほどよりは多少マシになったが、腕を組みながら切り口上でビスマルクに問いかける南洲。きれいな形の顎に指を当て、色々思い返すビスマルクから提督の生活リズム、好みの酒やたばこの種類、キレるポイント…些細だが様々な情報が齎される。
「そういえば、なんだっけ…そう、マスオ式マリッジ? ケッコンを機に相手の姓を名乗り始めたって。この鎮守府に着任した時だっていう話だけど、以前は確か…ツジマサって名字のはず。秘書艦は…生え抜きじゃないわね、割と拠点を転々としてる娘…重巡洋艦のハグロよ」
南洲と春雨、二人の顔色が変わる。先に口を開いたのは春雨。複雑そうな表情で南洲のレザージャケットの右袖を掴み、躊躇いがちの口調で呼びかける。
「南洲、辻柾って…」
南洲は春雨の言葉に答えず、こみ上げる何かを耐えるように肩を震わせながら、ビスマルクに問い返す。
「ツジマサだと?
「え、ええ…。下の名前はノブヒコって言ってたわよ」
「…ククッ、そういうことかよ。こんな所に隠れていたとはね」
「何、もしかして知り合いなの? 今さら降りるなんて言わないでしょうね?」
立ち上がったビスマルクは、腰に両手を当て少し前屈みになり、やや不機嫌そうに南洲の顔を覗き込むと、すぐにそれを後悔した。こんな不愉快な笑顔を見たことがない。驚喜と狂気で歪んだ顔。サングラス越しの目が赤く光ったような気さえした。
「…分かった、ビスマルク、お前にも協力してもらう。作戦開始はマルマルマルマル、提督とその秘書艦の
提督のあまりの非道ぶりに、駐日ドイツ武官のツテでたどり着いた特務部隊に助けを求めたのは確かにビスマルク自身だ。だが、嬉しそうに胸の前で小さく手を叩く春雨と、歪んだ笑みを浮かべる南洲を交互に見やり、ひょっとしてこの依頼自体が間違いだったのではないか、そんな悪寒にビスマルクは襲われた。