逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 第4章スタートとなります。章の前半は春雨の目を通して、後半は南洲の目を通して、南方鎮守府(ウェダ基地)時代の二人の過去が語られます。

 今話は、春雨がある事をキッカケに現在から過去へと思いを巡らすお話です。


Mission-4 在りし日の男
39. でこぼこ道、二人で


 目が覚めると、必ず横を確認する習慣がついてからどのくらい経ったのかしら。うん、ちゃんと南洲が寝ています、安心しました。もぞもぞとベッドの中を探していろいろ身に付けてパジャマ姿に戻り、上半身だけを起こして、んーっとベッドで伸びをします。私と南洲が暮らしているのは、査察隊に与えられた1LDKの宿舎です。広めのリビングダイニングと寝室、それしかお部屋はありません。査察で飛び回っている時はハンヴィーやPG829(しらたか)で過ごすことが多いので、これでも全然十分です。その代り、ちょっとだけ贅沢をしてクイーンサイズのベッドを買いました。二人で過ごす大事な場所ですから、はい。

 

 

 おはようございます、春雨です。

 

 最近、南洲は以前に比べて落ち着いているように見えます。何て言うか、重荷は重荷として背負ったまま前を向いているというか…うーん、上手く説明できません、ごめんなさいっ。前の部署(諜報・特殊任務群)から今の部署(査察部隊)に異動して少しずつ仲間が増えて、そして舞鶴の一件を境に、南洲の変化ははっきりしました。それは喜ぶべきと思う反面、私は南洲のために何ができたんだろう、そう思ってしまいます。

 

 あの時から今に至るまで、南洲とはずっと一緒です。あの事件の後も、南洲の復帰を信じて待っていました。何があっても傍にいる、それが私にできる全てでした。生き残った他のみんなが他の道を選んだことは、むしろ仕方ないと思います。ですがこれだけは言えます。南洲が死の淵から生還してから今に至るまで、その全てを見てきたのは私と、望まない形でしょうけど扶桑さんです。でも、南洲に触れられるのは私だけ…。

 

 寝ている南洲の髪を撫でベッドから抜け出て、朝ご飯の用意をしにとてとてとお台所に向かいます。何かいまいち足腰がふわふわしていて頼りないです。まったく南洲ったら…あ、いえ、これはこれで嬉しいというか…。ごほん、今日の朝ご飯は洋風の感じで攻めてみたいです。トーストとスクランブルエッグと厚切りのベーコン、それにお野菜。あとは…人差し指を顎に当て少し考えて、今日は紅茶を淹れることにしました。えっと…思い出しました、上の棚にしまっていたんでした。扉を開けると缶が見えます。

 

 んー、ちょっと手が届きません。んしょ、んしょ、軽くジャンプするようにして缶に手を伸ばしますが、むしろ触れた指先のせいで少し奥に入ってしまいました。…あと一回だけ挑戦して取れなかったら、諦めてイスを持ってきます。思いっきり背伸びしたら、バランスをくずして倒れそうになってしまいました。

 

 「きゃぁっ」

 ぽすん、と背中を預けます。背の高い誰かが厚い胸板で私を支えながら、右手を伸ばして楽々と紅茶の缶を取り出しています。誰か、とか言ってますけど南洲以外にいません。見上げると、ほら、南洲です。思わず微笑んでしまいます。Tシャツにハーフパンツということは、着替えた、というか服を着たんですね。

 

 「お、おはようっ! 起こしちゃったかな、ごめんね」

 「手の届く所にしまっとけよ、ほら」

 南洲は優しい。だからあんまり使わない物は手の届かない所にしまっておくの。そうすれば、ほら、こうやって甘えることができるから。ん、と軽く唇を突きだして目を閉じます。軽く唇同士が触れる感触、いつでも嬉しくなっちゃう。さぁ、南洲がシャワーを浴びてる間に朝ご飯つくらなきゃっ!

 

 

 

 準備ができました。テーブルを挟んで向かい合い、二人同時に両手を合わせてから、いただきます。

 

 食事中の会話は、いつも私が話しかけて話題を振って、南洲が返事をする、そんな感じです。でも私は満足しています。南洲が私の話をちゃんと聞いていなかったことは一度もないから。そうして私たちはいつも通りありふれた毎日の出来事を話しながら食事を終えました。私は食器を片づけて洗い物、南洲は第二種軍装の制服に着替えています。

 

 「じゃあ行ってくるよ」

 「…南洲、今日の予定は?」

 聞くまでもなく知ってますけど、念のため。南洲は、宇佐美少将のもとを訪れて大坂鎮守府査察の報告を行うはずです。私は南洲をじっと見つめます。

 

 「宇佐美少将(ダンナ)への報告が終わった後か? 特に決めてないけど、たまには俺が晩飯作ろうか?」

 「わっ、珍しいっ! でも南洲はいつも同じのしか作らないから、どうしようかな…」

 

 でも、とても嬉しいです、はいっ。

 

 

 「悪いな、呼び出して。ほら、焼き芋がある、食べるか?」

 私は宇佐美少将から将官室に来るように命じられました。もちろん南洲の上司ですから、私を呼び出しても全然悪くないです。ただ少将が艦娘を呼び出すのはとても珍しい事です。

 

 沈黙が流れます。

 

 宇佐美少将が頭を掻きながら、唐突に口を開きます。後ろで大淀さんが口を手で隠しながら笑っています。

 「あぁもう、俺はこういうの苦手なんだ。それより春雨」

 

 焼き芋おいしい…とはむはむしていた私の動きが止まり、少将の顔をまじまじと見つめます。

 

 「アイツはいつになったら真面目に報告書書くんだ? 今回も大坂鎮守府の査察報告書の件で俺と大淀で説教する羽目になったぞ。まぁそれはさておき、秘書艦のお前に頼みたいことがあってな。南洲の健康管理だ。かつてのあの状態から復帰しただけでも大したモンだが、今も作戦に参加するたび満身創痍で帰ってくる。今回は多少マシだったが代わりに毒なんぞ盛られやがって…。しかもだ、南洲のヤツ何度言っても健康診断に来やがらない!」

 

 やれば出来るのに書類が嫌いな南洲の報告書が適当なのはいつもの事です。でも二人がかりでのお説教とは相当適当だったのかな。まぁそれは自業自得ですね。でも、その後の話は…いけないです、はい。私が南洲の健康管理をきちんとしなきゃ。少将は私の方を向き直り、心から心配そうな表情で言います。

 

 「春雨、以後の予定はいったん白紙にして、南洲には精密検査を受けさせる。お前からも言っといてくれ。ヤツがゴネたら、モーニングスターのチェーンで縛り上げるなり、食い物(くいもん)に痺れ薬でも眠り薬でも混ぜるなりして、医局まで引っ張ってこい。ん? そうだ医局だ。いや、技本じゃない、あんな連中に任せられるか」

 

 

 宇佐美少将の部屋を後にして、お部屋に戻ります。寄り道でもしたのか、私より帰りが遅かった南洲は、執務室に籠って報告書を今日中に仕上げなきゃ、とぶつぶつ言ってました。制服から私服に着替え、多分徹夜仕事だ、ごめんな、と言い残し慌ただしく部屋を出て行きます。残された私は、ソファに座りながらクッションを抱きしめ、こてんと横になります。

 

 健康診断のこと、言えなかったな。でも昔から頑丈な人でしたよね―――これをきっかけに私は、南洲と初めて会った頃の事を振り返り始めました。

 

 

 

 ハルマヘラ島ウェダ―――。かつてここに、渾作戦遂行のため設けられた前進基地がありました。ハルマヘラ島はメナドとラジャアンパット諸島の中間で、山がちで全島を熱帯雨林に覆われている島です。島の中南部にある小さな街ウェダの少し南に作られたこの前線基地はハルマヘラ海に面し、ニューギニア島ダンピール海峡まで一直線です。

 

 渾作戦は、ニューギニア方面、特にビアク島周辺で深海棲艦と戦う味方を支援するための作戦で、竹一輸送をはじめとする輸送作戦が悉く失敗に終わったことを受け発動された強行輸送作戦です。輸送作戦が成功したらニューギニア西部からインドネシア東部にかけての海域支配を確立する二段構えの作戦でした。私は、この作戦の発動に歩調を合わせ、パラオ泊地からこの新設されたハルマヘラ島の前線基地に転属を命じられました。

 

 造り立ての小さな港の突堤には、私の到着を待っている人影がありました。第二種軍装を着こなした、綺麗な敬礼の姿勢を取る大柄の男性です。

 

 「君が白露型駆逐艦五番艦春雨か。ようこそ『南方鎮守府』へ。君が一番乗りで、他の艦娘達は明日から到着し始めると聞いている。これからよろしく頼むぞ。申し遅れた、自分は初代司令官、槇原南洲大佐だ。これから力を合わせて暁の水平線に勝利を刻んでゆこうっ!」

 

 私は背負っていたドラム缶を降ろすと、緊張しながらも敬礼の姿勢を取り、同じように自己紹介を済ませました。それが済むと、槇原大佐は私に手を差しだしてきました。私もおずおずと手を出し、握手をします。それにしても南方鎮守府? 私はウェダ基地と聞いていたのですが? 槇原大佐は、少しバツが悪そうな表情で教えてくれました。

 

 「いや、そうなんだよ。ここウェダ基地はさ、渾作戦遂行のための前線基地で、しかもまだ建設が終わってないんだ。でもな春雨、俺はこの作戦を成功させ、ここを鎮守府みたいにでっかい基地にしたいんだ。バカみたいだろ、でも結構本気なんだ。やっぱり自分の家はおっきい方がいいよな? これからどんどんいろんな艦娘が着任してくる。みんなで力を合わせて頑張っていこうっ!」

 

 熱帯雨林を突貫工事で切り開いて造成中という司令部施設。そこへ向かう道も、これまたやっつけ仕事っぽくでこぼこ。躓きそうな私に槇原大佐は手を差しだします。司令部につくまでの間、真っ赤な顔をしながら私はその手を離さず、むしろぎゅっと握っていました。

 

 南方特有の真上から降り注ぐ強い日差しは、道の左右に広がる熱帯の植物の緑を強く輝かせます。私は空いてる方の手で日差しを遮りながら、少し前を歩く槇原大佐をこっそり見上げます。今日からこの『南方鎮守府』でこの人と一緒に頑張るんだ、そう思うと自然と笑みがこぼれてきました。

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