逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 着任初日、完成間近の南方鎮守府で南洲のアウトドアライフに付き合う春雨。


40. それは、忘れられない一日

 でこぼこ道を手を繋いだまましばらく歩くと、目の前にウェダ基地、あ、いいえ、南方鎮守府の司令部施設が見えてきました。突貫工事、って聞きましたが、ホントにそうなんですね。思わず苦笑いを浮かべてしまいました。伐採した樹木を最低限度の加工で利用したログハウス風の平屋の建物、屋根は板張りの上に椰子の葉で葺いてる…ト、トロピカルですね、はい…。施設を囲むように立てられた壁も、丸太を半分に割ったものを地面に突き立てています。でも、これでは敵の砲撃や爆撃に到底耐えられないように思えます…。さすがに不安が押し寄せてきました。ですが司令官の槇原大佐は気にする様子もなく、明るく言ってのけます。

 

 「明日予定通りに作業応援の妖精さんが来れば、取りあえず仕事ができる状態にまで仕上がるかな。支給されたコンクリートや鉄筋の量なんてたかが知れてたし、港の造営と重要施設の地下埋設化に使ったよ。万が一の時はむしろ避難を最優先に、いいね? 上物(うわもの)はどうせ丸太を組んだだけの建物、吹っ飛ばされたらまた建てればいいのさ。材料はほら、周りに無尽蔵にあるしね」

 

 周囲に広がる広大な熱帯雨林を私に紹介するようにして、槇原大佐は笑っています。話を聞いてぽかーんとしてしまいました。施設内を案内するから、と槇原大佐は言い、歩き出します。もうでこぼこ道じゃないから…さっきみたいに手を差しだしてもらえなかったことを寂しく思う自分に戸惑いながら、小走りに槇原大佐の後を付いてゆきます。私と槇原大佐の身長差は結構あります。後で聞いたら185cmだそうで、当然私と歩く速さが全然違います。歩幅と歩く速さの違いに気付いた槇原大佐は、ごめんね、とゆっくり歩いてくれます。

 

 見渡せば施設はぜーんぶログハウス、キャンプ場みたいです。

 「これが俺の執務室兼私室、あっちの建物が食堂、君たち艦娘の宿舎は向こうだ。そっちは倉庫で、渾作戦のため輸送物資の一時集積所も兼ねている。入渠施設を含めた工廠、海水淡水化設備は地下にある。万が一敵襲を受けた際に備え、島の反対側まで地下緊急避難路を貫通させる予定だ。まぁそんなの使わずに済むよう頑張っていこうな」

 

 -くぅ~

 慌ててお腹を押さえます。歩き回ってお腹が空いちゃいました。不覚です。

 「…聞こえました、よね?」

 「もうそんな時間か、なかなか正確な腹時計だな」

 「もぉ~っ!!」

 

 

 

 そして私たちは港にいます。突堤でのんびりと釣り糸を垂らす槇原大佐の背中を眺めながら、私は持参した飯盒(はんごう)でご飯を炊いてます。バケツを覗いてみるとすでに何匹かの魚が入っています。見るからに手製っぽい簡単な釣竿ですが結構いい腕の釣り人さんなんでしょうか。槇原大佐は私を振り返ると、にやっと笑いながら種明かしをしてくれます。

 

 「この辺の魚は人スレしていないんだよ。だからちょっと糸を垂らすとガンガンかかってくるんだ。春雨もやってみるか?」

 

 ちょこんと横に座り、竿の持ち方や餌の付け方を教えてもらい、釣り糸を垂らします。青く澄んだ海、色とりどりの大小のお魚さん達が踊り、海の底に広がる岩場まで見透せます。するとほとんどすぐにくんくんっと竿の先が動き始めました。

 

 「春雨っ、アタリが来てるぞ。合せなきゃっ」

 「えっ、えっ!? えいっ!」

 思いっきり竿を振り上げるようにして引っこ抜くと、反動で私もひっくり返りそうになり、槇原大佐が慌てて支えてくれました。見上げた青い空、視線の先には大きめの魚が放物線を描いて飛んでゆきました。二人で顔を見合わせて笑い合った後、飯盒を確認するとちょうどよくご飯が炊けたみたいです。蒸らしている間に、槇原大佐がナイフを取り出すと器用にお魚を捌いてゆきます。

 

 「これだけ新鮮な魚が手に入るから、やっぱりこれを作らなきゃな」

 そう言いながら近くに置いてある籠から味噌とお酒とショウガ、あとは何でしょう、現地産の葉野菜を取り出して、俎板がわりの板の上でとんとんとんとんナイフで叩いています。

 「さぁできた。本当はネギとシソがあるといいんだけど、仕方ない。南国風なめろう、ということで勘弁してくれ」

 なめろう…ですか、初めて聞くお料理です。不思議そうな表情で見ている私を余所に、槇原大佐はてきぱきと準備を進めます。海水で洗ったおっきなバナナの葉っぱによそった炊き立てご飯、その上にどっさりとなめろう、これまたそこらで手に入れた枝を加工して作ったお箸が並べられます。この人、サバイバビリティ高いですね。

 

 「「いただきまーす」」

 ん! おいしいですっ!! 新鮮なお魚とお味噌の味がよく合いますっ。私の箸が進むのを満足そうに見ていた槇原大佐も食べ始めます。

 「これはさ、俺の地元の魚料理なんだ。ん、俺の地元? 千葉の外房、太平洋に面した小さな漁師町だよ。ここみたいに白砂で透き通った青い海と空、って訳じゃなく、黒砂の浜に太平洋の荒い波、同じ海でも全然違うよ」

 

 それにしても槇原大佐は故郷を離れてずいぶん遠くまで来たんですね。ご家族は心配されていないのでしょうか?

 「オヤジは漁師でいつも海に出てて、母親は俺が随分小さい時に病気で死んだらしく、顔も覚えていないよ。出来のいいアニキと比べられて荒れてたんだよな、俺はいつもケンカばかりしててさ、性根を叩き直せってオヤジに海軍に入れられたんだよ。そうこうしてるうちに、漁に出ていたオヤジは深海棲艦に襲われ行方不明。その後アニキはどこか安全な海外へ行く、ってそれっきりだ」

 

 聞いちゃいけないことを、聞いてしまいました…。私はきっと申し訳なさそうな顔をしていたのでしょう、槇原大佐は私の横に来ると急に肩を抱き自分の方へと引き寄せますっ。きゃあっ、顔っ、近いっ!!

 

 「まぁ気にすんなそんな事、昔の話だ。それよりも、この『南方鎮守府』に来るやつはみんな俺の家族だ。だから春雨、お前は家族第一号だ、いいな?」

 

 

 

 南方鎮守府で過ごす初めての夜。満天の星空の下、焚火を挟んで槇原大佐と二人、晩御飯を済ませました。開いて陰干ししておいたお魚を焼いて食べました…美味しかったですっ。でも、お野菜が足りなくなりそうなのは注意した方がよさそうですね。明日には食堂が使えるみたいなので、次は私がご飯を用意します、そう言ったら槇原大佐は、すごく嬉しそうな表情を見せてくれました。

 

 「誰かが自分のために何かしてくれるのって、いいもんだな」

 それは私も同じですよ、槇原大佐。大がかりなキャンプ生活みたいな南方鎮守府での初日、驚くことばかりでしたけど、なんだかとても楽しいです。

 

 でも…困った問題が起きました。

 

 

 ちゃんとしたお風呂場がありませんっ!

 

 もちろんまったくケガをしてないので入渠施設は使えず、いえ、それ以前にまだお湯の配管などが工事中らしく…。今あるのはドラム缶のお風呂が一つあるだけで、シャワーはもちろん脱衣所さえないんです…。

 

 「あー、そうか…。悪ぃ、まったく何も考えてなかった。そうだよな、女の子だもんな、俺みたいに簡単じゃないよな…。明日資材と一緒に建築担当の妖精さんも来るはずだから優先してやってもらうけど、取りあえず今はこれで我慢してくれないか」

 

 え、えええぇぇぇーーーっ!!

 

 槇原大佐が困ったような申し訳なさそうな表情で私の方を見ています。いえ、その…ドラム缶のお風呂自体はいいんですよ、別に? で、でもですね、薪の火加減を調整したりするのは一人じゃできないです。それに脱衣所もないんですよ? そして今この鎮守府にいるのは私と槇原大佐だけ。今までどうしてたんですかと聞くと『熱かったら我慢、ぬるかったら我慢。熱すぎたら冷めるまで待つ』との答え。

 

 これだから男の人は…。

 

 

 

 「お願いですから、こっちを見ないでくださいねっ」

 「分かってるって」

 

 ドラム缶のお風呂から少し離れた所、焚火のそばでこちらに背を向けて体育座りをしている槇原大佐。それにしても…はぁー、気持ちいいですねー、湯加減サイコーです。ドラム缶の側面が熱くならないのは意外でした。背中をドラム缶に預け、夜空を見上げると満天の星空です。パラオの夜空も素敵でしたが、手つかずの自然が残るハルマヘラ島の空はもっと澄んでいます。

 

 ぱしゃぱしゃとお湯を揺らし、んーっと小さな声を漏らしながら目を閉じ、両手を上げて伸びをします。次に目を開けた瞬間、森の奥から野生の豚さんが走ってきたのが見えました。

 

 「きゃぁぁっ!!」

 思わず大きな声で叫ぶと豚さんは逃げてゆきましたが、槇原大佐が何事だ、とこちらを振り返り固まっています。慌てて顔をそむけながら、両手を繰り返し上から下に動かし、まるで早くしゃがめ、と言いたいような動きです。私は、豚さんにびっくりして立ち上がりかけ、上半身をそのまま槇原大佐に見せちゃっていることに気付きました。慌ててお風呂の中に戻ります。

 

 「…見えちゃいました、よね?」

 「一瞬、ほんの一瞬っ。でも、駆逐艦にしては結構立派な…」

 「もぉーっ!! わ、忘れてくださいっ!」

 もし今私の手に鈍器、例えばモーニングスターとかがあれば、槇原大佐の記憶を物理的に消すことも可能なんですが。

 

 

 明日から新しい艦娘のみんなが着任し始める予定です、こんなのんびりした時間はきっと今日だけ。でも、槇原大佐のことを色々知ることができました。いい思い出になる…かな?

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