逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
「お、おはようございますっ」
「おお、おはよう。よく眠れたか?」
ちょうど朝ご飯の用意ができたところでした。そんなタイミングで食堂に現れた槇原大佐、物凄く嗅覚が優れている方なんでしょうか? 昨日お風呂入ったし、私、臭くないよね? サイドポニーにした自分の長い髪を手に取りくんくん匂いを嗅いでしまいました。そんな私を不思議そうな目で眺めている槇原大佐ですが、貯蔵庫を確認しているようです。私も見ましたけど、保存のきく根菜類とか乾物が多かったです。
「ご飯を用意してくれるって言ってたから様子を見に…いや、それはそうと、まずギマラス組が到着するそうだ。続いてブルネイ組。あとはトラック組がパラオ経由でやや遅れて、夕方ごろになるのかな。セレター組は天候不良のためリンガ泊地に帰港中。後は…佐世保からはるばる向かってくるのもいる」
顎を支え思い出すようにしながら槇原大佐は説明してくれました。話通りならあと一時間半ほどでギマラスの人達が到着します。えーっと、じゃぁ急いで朝ご飯食べちゃわないと…あ、でもギマラスのみんなが着いてから全員で食べた方がいいのかな?
「すごく美味しそうだし、冷める前に食べちゃおう。俺と二人で嫌じゃなければ、だが」
何を言ってるんでしょう、槇原大佐は? 昨日だって二人きりでご飯食べてたじゃないですか。私は返事の代わりにご飯とお味噌汁、卵焼きと焼き魚、茹でたお芋をテーブルに並べます。ごめんなさい、こんな簡単な献立で…。
「ん、味噌汁いいなぁ、好みの味だよ」
貯蔵庫にあった干した海藻を戻したのが具の、質素なお味噌汁ですが、槇原大佐はうんうん、と嬉しそうに頷きながら、味噌汁を啜っています。そんな風に言われると私も嬉しくなっちゃいます。やっぱり派遣じゃなくて
「あっ、そこに置いておいていいですから」
槇原大佐は自分の食器を重ねて流しへ持っていこうとします。そんなの私がやるのに。これくらいはしないと、と言いながらすたすた歩いて行ってしまいました。そしてそのままお皿を洗おうとしているので、私も慌てて自分の食器を持って流しへすっ飛んで行きます。
「ああ、そこに置いておいてくれ」
私がやりますから、いやもう俺やってるし、などと流しであれこれ言い合ってるうちに、槇原大佐の手を握ってしまいました。
「「あ………」」
蛇口からちょろちょろ流れる水音だけが台所に響きます。しばらく見つめ合っちゃいました。私、何をやってるのでしょう。手を離し槇原大佐から距離を取ります。あぁもう、ダメだ。顔をぺしぺし叩きますが、やけに頬が熱いです。ちらっと槇原大佐の方を見ると、表情を変えずにお皿を洗い続けてます。むう…なんかつまらないです。よし終了、と言いながら槇原大佐は手を振って水気を払いタオルで手を拭くと、制帽を目深に被ります。
「春雨、港でギマラス組を待つとするか。だが…なんだ、着替えなくていいのか? まぁ、似合ってるからいいんだが、暑くないのか?」
私は、もちろんご飯の支度をするので、いつもの制服ではなく、頭にホワイトブリムをつけ、フリルで飾られた白いエプロンを付けた、いわゆるメイド服を着ています。暑くないか、の指摘にスカートの裾を持ち上げ、左右に軽く振ってみます。言われてみれば…あとで時間のある時に、夏国仕様に仕立て直しましょう。でも…似合っている、なんて言われると顔がにやにやしちゃいます、はい。
◇
今日もいいお天気です。太陽を遮るもののない港の突堤、日の光を避け少し離れた椰子の木陰に二人で座っています。真っ白な二種軍装が汚れないよう、私は持参した敷物を敷いてます。
ぼんやり海を眺めながら、槇原大佐が私に問いかけます。
「なぁ、聞いてもいいか? 知ってると思うけど、この基地は渾作戦のための前進基地で、着任するほとんどの艦娘は派遣、つまり指揮権が俺に一時的に委譲されただけだ。作戦が終わったら皆元の所属地に戻ってゆくだろう。けど、お前は最初から転属を希望してくれた…どうしてだ? 何かパラオで嫌なことでもあったのか?」
うーん、と組んだ両手を前に伸ばしながら、私は自分の思いを口にします。
「…パラオ泊地はとてもいい所でしたよ。司令官もしっかりした方で、先輩の艦娘の皆さんも練度が高く、東南アジア一帯を守る東方への壁です。私の着任は最近で、まだまだ練度が低くいつもお留守番か、よくて遠征です。だから、私はパラオにいてもいなくてもよかったというか…あ、いえ、もちろんそんなことを言われた事はありませんよ、はい」
槇原大佐が苦い顔で私の方を振り返ったので、慌てて手を顔の前でふり、自分の言葉を打ち消します。
「でも、私がそう思っていたのは確かで…。そんな時にこのウェダ基地…南方鎮守府の話を聞きました。ここでなら自分の居場所というかやりがいというか、自分にしかできない何か見つかるかなーって思って転属を志願しました…。だから、槇原大佐…いいえ、司令官と一緒に頑張りたい…です、はい! 輸送や護衛任務ならお任せ下さい…です」
そうか、と一言つぶやくと司令官は立ち上がります。椰子の葉から漏れる光が白い制服の背中に陰影を作り迷彩柄のようです。
「俺はさ、仲間だったり家族だったり、そういうのにこだわっている所がある。けど、現実はシビアというかドライというか、ほとんどの艦娘がいわば期限付きレンタルだ。作戦遂行のために置かれた前進基地に何を夢見てんだか、ってのは自分でも理解している。でもな、もしかしたらここには自分にしかできない何かがあって、自分のことを必要としてくれる誰かに会えるかも、なんて思ってな。だから、お前が転属を希望してくれたって聞いて、そして真っ先に駆け付けてくれて、ホントに嬉しかったんだ」
笑っているような泣き出しそうな、不思議な表情を司令官は浮かべ、私に語りかけます。こんなに自分の内面、しかも繊細な部分をさらけ出してしまうのは、指揮官としてはどうなんだろう、と思います。でも、私を私として見てくれている事は、伝わってきました。この人は私と同じなのかも知れない…です。
籠から自家製ライムジュースの瓶を取り出します。氷をぎゅうぎゅうに入れたのにもう溶け始まり、瓶の表面は汗をかいています。傍に行く理由を作りたかっただけですが、携帯用のアルミカップに注ぎ、司令官に渡します。今朝の食堂と同じように、また手が触れました。でも、今度は二人ともそのままにして、お互いから目を離さずにいます。
「いっちばーん! …と思ったら…なーんだ、もう先に来てる子がいたのかぁ」
何が何でも一番を主張する聞き覚えのある声が、携帯用の通信機から飛び込んできます。そのうち白露姉さんを先頭に、時雨姉さん、妹の五月雨がそれぞれ大発をけん引しながらこちらへ向かってくるのが視界に入ってきました。ギマラス泊地から派遣されてきた白露型のみんなです。
「白露型駆逐艦一番艦白露、同二番艦時雨、同六番艦五月雨、渾作戦実施のためギマラス泊地より派遣され、補給物資および建築用資材と合わせ、予定通り到着いたしました。これより槇原大佐の指揮下に入ります」
三人を代表して白露姉さんが綺麗な敬礼の姿勢で着任の挨拶をします。私と司令官も答礼をしますが、何でしょう、白露姉さんはにやにや、時雨姉さんはやれやれ、五月雨はてれてれ、といった表情でこちらを見ています。その様子に司令官も気が付いたのでしょう、その表情の理由を質問しますが、三人とも顔を見合わせてなかなか答えようとしません。そのうち時雨姉さんが肩をすくめながら口を開き始めました。
「本当はもう少し見物、ああいや、様子を見てから連絡、って思ったんだけど、各種資材もあるから、早く入港した方がいいかな、と思って敢えて野暮なことをしたんだけど、春雨、許してくれるかい?」
許すも許さないもありませんが…はい? いったい時雨姉さんは何を言ってるのでしょう? 司令官と私は思わず顔を見合わせてしまいました。それが白露姉さんを刺激するとも知らずに。
「ああーもう、またイチャイチャしてるー。もう、提督と春雨はさー、私たちの出迎えに来てくれたの? それとも二人のイチャつきっぷりを見せつけにきたの? あーもう熱い熱い、ヒューヒューだよっ!」
姉さん本当は年いくつですか、と突っ込みたい気持ちを抑え、やっと気が付きました。さっきから私と提督は手をつないだままでしたっ!! さすがに慌てて手を離しますが、もう時すでに遅し…です。
「も、もう、私と司令官は
と言い訳する私ですが、自分でも分かるくらい頬が熱いです。説得力はないかも…です。
「なるほど…。
冷静なツッコミを入れる時雨姉さんと、根掘り葉掘り聞きだそうとする白露姉さん。向こうでは五月雨が司令官に深々とお辞儀をしながら『春雨お姉ちゃんを末永くよろしくお願いします』と挨拶しています。や、やめてーっ!!
ぐったり疲れてしまいましたが、みんなを司令部施設に案内すると、午後にはブルネイから軽巡の鬼怒さんと駆逐艦の敷波ちゃん、夕方近くになり重巡の青葉さん、駆逐艦の風雲ちゃんと朝雲ちゃんが到着し、あっという間にウェダ基地は賑やかになりました。おそらく明日から、本格的に作戦が始まるはず…です。