逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん- 作:坂下郁@リハビリ中
この物語での『渾作戦』は史実と艦これを踏まえたアレンジとなりますので予めご承知おきください。
重巡一、軽巡一、駆逐艦は私を含め七―――これがウェダ基地、いいえ、『南方鎮守府』の現在の戦力です。もう少しすれば戦艦一、重巡二がさらに加わり、連合艦隊が編成できる数の艦娘が司令官の指揮下に入ります。秘書艦として誇らしいです、はいっ! 交代要員がいないことと、航空戦力を担う空母がいないことは心配ですが、無い袖は振れないので、今は考えないようにします。
そう、私、春雨はこの南方鎮守府の秘書艦ということになりました。なっちゃったん…です。
お話は昨日の夜まで遡ります。昨日は簡単な歓迎会が行われ、司令官と私でいろいろお料理を用意してみんなに振舞いました。その際、司令官が作れるお料理がなめろうとそのアレンジ系、あとは卵焼きや焼き魚など、手がかからないものに限られているのも分かりました。村雨姉さんによれば、昔から『男性のハートを掴むには胃袋から』と言うそうです、心の中でガッツポーズをしながら、私は料理を続けました。家事関係、特にお料理はちょっとだけ自信があるので………はっ、私、一体何を考えているのでしょう?
ぱしゃぱしゃっ。
急に眼の前で光が明滅します。なんでしょう、このシノヤーマ鬼神みたいに取り憑かれたようにシャッターを切り続ける人は。…言うまでもなく青葉さんです。
「いい感じのツーショットですねー。あぁっ、どこに行くんですかぁ、春雨さん」
思わず司令官の背中に隠れてひょこっと顔だけ出します。話には聞いていましたが、本体がカメラの艦娘という噂は本当かも知れません。司令官も困ったような声で青葉さんを嗜めています。
「相手の承諾も得ずに写真を撮るなよ…。もう少しで準備できるから、大人しく座って待っててくれ」
おどけるようにしてぺろっと舌を出しながら、青葉さんは一緒に着任したみんなのもとに向かいます。
すぐに色々なお料理が出来上がり、テーブルに並べられます。みなさんと一緒に到着した補給物資にはお野菜やお肉も多く、作り甲斐がありました。施設設営の監督のため先に着任していた司令官が『暇だったから作ってみた』という
「
グラスを傾けながら司令官が呟きます。どうやら司令官も少し酔っているようで、動作が緩慢になっています。同じピッチで飲んでいた青葉さんはゆらゆら揺れ始め、鬼怒さんはいわゆるオニオコのポーズでがおーがおーと誰もいない所を威嚇しています。何が見えてるのでしょう?
拠点の業務全てを司令官一人で処理するのは大変です。事務作業、作戦立案、装備開発や編成の補佐、身の回りのお世話のため、秘書艦が必要です、はい。経験値、情報処理能力、戦闘力、抗甚性などなどを冷静に考えると、青葉さんか、まだ到着していませんが羽黒さん、駆逐艦なら時雨姉さん、の誰かだろうと思います。ちなみに移動中の超弩級戦艦の扶桑さん、彼女も私と同じく派遣ではなく転属する方ですが、『秘書艦にならないこと』が転属の条件らしいので除外です。でも、なぜでしょう?
「あー…司令官、申し訳ありませんが青葉は秘書艦にはちょっと…」
ゆらゆら揺れながら青葉さんは立ちあがると、ポケットから一通の手紙を取り出し司令官に渡しています。それを読んだ司令官の顔が一瞬だけ曇りましたが、何事もなかったように分かった、と告げています。後で分かった事ですが、派遣元のトラックの司令官から『拠点の中枢業務に就けない事、後方警戒等安全な業務を割り当て必ず無事にトラックに帰す事』等の条件が付けられていたようです。青葉さんも申し訳なさそうな表情で、揺れながら敬礼をすると回れ右をして自分の席に戻ろうとしました。ですが、酔いのため足元が覚束ないようで、司令官の膝の上に尻餅をつくように座るとはっ!
「ちょおっと酔っちゃいました…。ど、ども、恐縮です、司令官」
謝りながらふらふらしたまま青葉さんは席に戻ってゆきました。すると、どこか思わせぶりな表情で私の方を見ながら時雨姉さんが司令官の方へと近寄ると、尻餅どころか横座りに膝に乗り、首に腕を回していますっ!! 司令官も何でされるがままなんですかっ!!
「どうかな…まさか駆逐艦が秘書艦になれない、なんて言わないよね? 白露型の胸部装甲は結構いい感じなんだけどな。それに、身の回りのお世話、特に料理には自信が…」
がたんっ!!
イスを倒しながら立ち上がった私にみんなの注目が集まります。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かります。
「あ、あの…わた、春雨がひしょきゃ…」
ここで噛むか自分。語尾が急速に小さくなり俯いてしまいました。それを見ていた時雨姉さんが司令官に話しかけます。
「どうかな、本人もああ言ってる事だし、春雨を秘書艦にしたら?」
え?
俯いた顔を上げると、時雨姉さんは既に司令官の膝から降りていて、にやっとしながら私に話かけてきます。
「春雨、一言でも僕は『自分が秘書艦に』って言ったかな? 料理が上手な妹をアピールしてただけさ。ん、膝に乗った理由?
「詳しい話は明日にしたらどうかな? 三人ともほら、こんな有様だし」
時雨姉さんの言葉で見渡せば、司令官は椅子に座ったまま、青葉さんはテーブルに突っ伏して、鬼怒さんは壁に凭れるようにして眠っていました。
◇
翌日、作戦会議の議題は、『渾作戦』の作戦目標の説明でした。司令官の執務室に集まった九名の艦娘に、リンガ泊地で天候の回復を待っている羽黒さんと妙高さんが電話会議で加わり、作戦目標の共有から話が始まります。
「羽黒と妙高はまだだが、諸君、よく集まってくれた。ここウェダ基地は新たに設けられた前進基地であり最前線だ。我々の作戦目標は、まずハルマヘラ島東部を南進する輸送艦隊と合流し、これを伴いながらニューギニア方面、ビアク島に展開する味方部隊に輸送物資を届け支援することだ。作戦は『渾作戦』と号する」
ニューギニア方面の戦況は芳しくありません。私たち艦娘の必死の戦いで、ニューギニア東部からソロモン海、珊瑚海にかけての方面はいったん解放され、各地に拠点が設けられました。それもつかの間、再び勢力を盛り返した深海棲艦の攻勢が続き、ニューギニア東部は再び敵の手に落ちました。ポート・モレスビーには陸上型深海棲艦の港湾水鬼や飛行場姫が進出、間断ない激しい空爆により中部太平洋側の拠点と南太平洋側の拠点は分断され、ショートランド・ラバウル・ブインは無力化されました。その間にラエ、マダン、ウェワクなどの要衝が次々と陥とされ、敵の西進は止まりません。
そして今、深海棲艦と私たちはニューギニア西部の要衝ビアク島を巡り激戦を繰り広げています。チェンドラワシ湾に蓋をするように横たわるビアク島は平地が多く飛行場の建設に向いています。そこに目を付けた大本営は大勢の兵隊さんを送り込み航空隊用の基地を整備しました。そして同じ目的でビアク島に目をつけた深海棲艦との間で激しい戦いが続いています。ここが敵の手に落ちると、今まで安全圏だったパラオや東部インドネシアが敵の空襲圏内に入ります。必死にビアク島を守ってる航空隊と兵隊さんを何とか助けなきゃっ。このままだと守備隊は補給さえ受けられず磨り潰されちゃいます…。
「はぁーい!はいはーいっ! いっちばんにしつもーんっ!」
座学で教官に質問するように、白露姉さんが手を大きく伸ばしています。半袖の制服から伸ばした腕、腋まで見えそうですよ、姉さん…。
「この作戦がビアク島の応援なら、パラオから一直線に南下する方が早くない? なんでこんな辺鄙な島に前進基地を作ったのー?」
もっともな質問と言えます、はい。うんうん、と私は頷きながら白露姉さんに答えるため、司令官に目線で許可を求めます。静かに小さく頷いたのを確認してから口を開きます。
「現状この近辺の制空権制海権は私たちのものです。けれど目的地のビアク周辺では押され気味、さらにその東方は完全に敵の勢力圏です。パラオからビアクまでは一直線に突入できる分秘匿行動が取れず、途中で奇襲や空襲を受けても退避する場所が無いのです…はい」
おぉ~という表情で白露姉さんと五月雨が感心したように私の方を見ています。ちょっと、照れますね。もちろん司令官からの受け売りです。司令官は満足そうに頷きながら私の言葉に続けるようにさらに詳しい話をしてくれます。
「その点
その後もいろいろ議論は続きましたが、大本営の強い
ちなみにニッパワイン (地域によりランバノフ、アラックとも言う) は、ヤシの樹液を集め発酵させ砂糖を加えた東南アジアのお酒です。約10日間の発酵後、簡単に蒸留します。アルコール度数は25度程度。