逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 渾作戦はすでに始まり、情勢は悪化の一途を辿る。そんな中ついに着任した最後の艦娘・扶桑。


43. 閉ざした心

 「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。到着が遅くなりまして申し訳ございません」

 長い黒髪と真っ白な肌が印象的な扶桑さんは、深々とお辞儀をしています。佐世保鎮守府から遠路はるばる単艦で航海を続けてきた彼女は、早朝の水平線に姿を現しました。

 

 司令官は急きょ今日の出撃を中止、作戦を再検討し明日再度出撃するとの判断をしました。現地の航空隊と兵隊さん達は頑強に抵抗を続けていますが、ビアク島の情勢は悪化の一途を辿っています。そんな彼らを支援すべく、合流した輸送船団を護衛しながらビアク島を目指しました。ですが迎撃態勢を整えていた深海棲艦隊-重巡一、軽巡三、駆逐艦一四からなる部隊の待ち伏せを受け、さらにホーランジアまで進出してきた飛行場姫による空襲で、足の遅い輸送船団を伴っての作戦遂行が難しくなり、何も得る事なく引き上げました。

 

 それを受けて、大本営の判断で高速の駆逐艦だけによる輸送が指示されました。司令官は激怒し、すぐさま大本営の作戦本部に通信を開き、作戦参謀に激しく抗議していました。見ているこちらがハラハラするくらいの怒りようです。

 

 「ホーランジアに飛行場姫が展開してんだよ、知らないのか? そんな中を直掩機もなく駆逐艦たちを突入させろっていうのか? 何が『天佑を確信しろ』だ、俺にはテメエがバカだってことしか確信できないね、辻柾参謀。とにかく空母を俺たちに配備するか、ホーランジアの飛行場姫を排除しろ。こっちのことはこっちで考えて作戦を進める。余計な口出してる暇があるなら補給を滞らせるなっ」

 

 受話器さんが気の毒になるような叩き付け方で司令官は電話を終えました。そんな時に齎された扶桑さんの到着の知らせに、南方鎮守府は沸き立ちました。これで予定通りの全ての戦力が整ったことになります、はいっ!!

 

 元々は超弩級戦艦として誕生した扶桑さんですが、第一次改装を終えた今、最大35.6cm連装砲六基の砲戦能力から最大四〇機もの水上偵察爆撃機による航空攻撃まで、武装の組み合わせでその特性を大きく変える航空戦艦として多用途性を獲得しています。私たちのような部隊にとって、彼女の存在は作戦の性格を変えるほど重要なのです。

 

 

 

 「……………………」

 

 説明が長くなっちゃいました。それにしても扶桑さんはいつまでそうしているのでしょう? ずーっとお辞儀をしたまま頭を上げようとしません。こちらから見ると、艦橋のような立体的な髪飾りが目に付きます。ひょっとして、こちらから何か言うまでそうしているのでしょうか? 私はちょっと困ったように司令官に視線を送ると、司令官も同じことを考えていたようでした。

 

 「あー…扶桑、遠路はるばるよく来てくれた。こちらこそ着任を歓迎する」

 司令官がそう言葉を掛けると、やっと扶桑さんは顔をあげました。不思議さを隠せない色が赤い瞳に浮かんでいます。どこか儚げで、壊れてしまいそうな雰囲気を漂わせている、何というか、大人っぽい感じです。

 

 「あの…着任が遅れた罰は………?」

 

 今度はこちらが不思議そうな表情になる番でした。白い顔をさらに青ざめさせ強張った表情の扶桑さんに対し、司令官は『そんな事を気にしてたのか』と言わんばかりに、軽く右手を振りながら気軽そうに答えます。

 「そんなのはない。折々貰っていた連絡で状況は掴めていたしね。だいたい満足な整備もせずに出航させるなんて佐世保は何を考えてるんだか…。まず入渠、その後補給を済ませてくれ。じゃぁ扶桑を案内…そうそう、秘書艦の紹介がまだだったな、春雨だ」

 私も深々とお辞儀をします。顔を上げた私の目に入ったのは、どこか冷めたというか、醒めた表情の扶桑さんでした。

 

 「そう、ですか…。ではお言葉に甘えさせていただきます…ありがとうございます。それにしても、メイド服の駆逐艦が秘書艦…今度は()()()()()()がお好きな『上』ですか」

 言葉の後半はひとり言のような小さな呟きでした。私は再び深々とお辞儀をしている扶桑さんが顔を上げるのを待って、彼女の方へと歩き出しました。ドアを開け退出しようとする私たちを司令官が呼び止めます。

 

 「ああ扶桑、誤解がないように言っておくけど、秘書艦の役割は俺の業務補佐だ。()()()()()()を想像したか見当はつくが、うちの秘書艦にあまり無礼なことを言わないでほしい。以上だ、招集をかけるまでゆっくりしてくれ」

 

 司令官の言葉に一瞬揺らぎながらも、扶桑さんの表情は冷めたままでした。でも、扶桑さんも司令官も、いったい何が言いたかったのでしょう? そういうこととかどういうこととか、私にはよく分かりません。思わず首を傾げてしまいました。

 

 

 

 各種施設を扶桑さんに案内しながら色々な事を話し合いました。話し合ったというか、扶桑さんの質問に私が言わなくてもいいことまで喋っちゃったというか…。そんな私を、優しそうに、それでいて悲しそうな視線で見つめながら扶桑さんはぽつりとこぼします。

 

 「そう…、あなたの司令官はそういう人なのね。よかったわね、優しそうな人と両想いになれて。…あら、違うのかしら?」

 真っ赤になりながら慌てて顔の前で手をぶんぶん振る私を見て、扶桑さんは首を傾げます。ちょっとした仕草一つとっても、本当に綺麗な人です。私の方は何も違わないんです、はい…でも、ちょっと優しくされたり二人だけの思い出があるからってこの有様ではあまりにもチョロすぎるというか。そもそも、というか、私がそうでも司令官はどう思っているのか分かりません…です。いえ、それよりも。

 

 「違いますよ、扶桑さん」

 ここだけははっきりしておかないと。歩みを止め、真剣な表情で扶桑さんを見てはっきりとした口調で告げます。

 「『わたしの』司令官ではないです。『私たちの』司令官です」

 

 司令官がどんな思いでこの地にいるのか、どんな気持ちで私の事を『家族』って呼んだのか、少なくともそれだけは分かっているつもりです。扶桑さんも派遣ではなくこの地に転属になった以上、司令官との間に壁を作るような言い方は、止めてほしい…のです。私の表情から何かを感じてくれたのでしょうか。扶桑さんは何も言わず、ただ静かに微笑んでいました。

 

 「えっと、ここが入渠施設です。今の時間は誰もいないと思います、何かあれば室内のインターフォンで知らせてください」

 赤字に白抜きで『女湯』と書かれた暖簾を潜ると更衣室があり、その奥には岩風呂が広がります。ちなみに右隣には青字に白抜きで同じように『女湯』と書かれた暖簾があり、こちらは普通のお風呂です。時間帯によっては『男湯』、つまり司令官専用となるので要注意です。

 

 「ありがとう、春雨さん。ここままでいいので…。でも本当に入渠させてもらえるなんて…」

 聞き流すには妙な事を扶桑さんが言い、声を掛けようとした私は思わず息を飲んでしまいました。肩が露出した白い着物をすでに脱ぎかけている扶桑さんの胸元の迫力は…。私も決して小さいとは思いませんが、これは次元が違うというか…。こほん、とにかく超弩級の名に恥じません、はい。

 

 ですがそれ以上に目を引くのは、その白い豊かな胸元に幾筋も残る蚯蚓腫れのようなアザや傷跡です。私の視線に気が付いた扶桑さんは、なぜか薄く笑いながらこちらを向いて胸元の傷を指さします。あの、いくら女同士だからといっても、これは何と言うか、目のやり場に困ってしまいます。

 

 「秘書艦に求めることは、司令官や提督によって様々です。佐世保提督(あの人)は私に艦娘としての誇りを持たせず、女としての尊厳まで奪おうとしました。どうしても拒み続ける私が鬱陶しくなったのでしょう、佐世保での最後の出撃の後、そのままここに転属するよう命じられました」

 

 着任が遅れたのは損傷が癒えないままのギリギリの航海だったから―――。私は固まってしまいました。赤いミニスカ―トや下着までも脱いだ扶桑さんは、背中越しに言葉を残しながら、そのまま浴室へと向かって行きます。私はその背中を見送ることしかできませんでした。

 

 

 「あなたが幸せな秘書艦でよかったわ、春雨さん。でも、ここを()()()()場所と言い切る自信は、今の私にはありません…」

 

 

 入渠施設を後にして、思わず駆け出した私の頭の中は混乱していました。以前いたパラオは明確に軍事施設で、効率的に戦い戦果を挙げる事、そのために全てが整備されていました。そしてここ南方鎮守府で私は司令官に『家族』と呼ばれ、私もここを自分の家のように感じています。

 

 でも扶桑さんがいた場所は―――。

 

 とにかく司令官に会いたい、その思いしかなく、気づけば執務室のドアの前に立っていました。

 

 「どうした、春雨?この世の終わりみたいな顔をしているぞ?」

 どこかに出かけていたのか、司令官が廊下から現れました。その姿を見た瞬間に、私は堪えきれず泣き出してしまいました。

 

 「…なるほどな、そういうことだったのか」

 私は扶桑さんとの会話の全てを司令官に伝えました。そうしなければ、自分の大切な物が否定されてしまうように思えて…。泣き腫らした目のまま、私は司令官を見つめます。何か言ってください、お願いですから―――。

 

 席を立った司令官は私の方へ近づいてくると、そのまま私を抱きしめ、耳元で一言だけ言いました。

 

 「大丈夫だ、春雨」

 

 ありきたりな言葉、でも信じている人の口から出るとこれほど心にしみる言葉もありません。私はそっと司令官を抱きしめ返しました。その後は取り止めもない話をしばらくして、私は司令官の執務室を後にしました。あれだけ乱れていた気持ちが嘘のようです。執務室のドアに凭れて、自分が何をして、何をされたのかを思いだし、頭から湯気が出るほど真っ赤な顔で、ふらふらと自室に戻りました。

 

 

 

 翌朝―――。

 

 「やあおはよう。今日は僕がピンチヒッターで秘書艦をするよ。春雨は昨日の夜から顔が真っ赤で、熱っぽいんだ。作戦の前だし、大事を取って今日はお休みにさせたいけど、いいよね」

 「へぇ…艦娘でも風邪ひくのか? 分かった。今日一日よろしく頼むぞ、時雨」

 

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