逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁@リハビリ中

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 第4章前半最後のお話です。悪化する情勢の中で強行される渾作戦は、ついに成算の低い駆逐艦による強行輸送作戦へと局面を移す。


44. 途切れた記憶

 春雨()の秘書艦としての日課は、体を動かして汗をかいた司令官に、ふかふかのタオルとよく冷えたライムジュースを届けることから始まります。ほら、今日もいつも通り―――。

 

 南方特有の、朝でもまとわりつくように濃密な空気を鋭い刃風が切り裂きます。もう何度目にしたでしょう、司令官の朝の日課。司令官の修めている剣術の(かた)だそうです。私には剣術の良し悪しはよく分かりませんが、まるで燕が空を舞う様に、澱みなく滑らかに朝の光を煌めかせながら刀を振り続ける司令官の姿は美しいと思います。

 

 でも今日の姿は、いつもと違います。なんかこう、荒々しいというか、剣を振ることで不安を斬り払おうとしているようにも見えます。

 

 それは、今日の夜からついに始まる、強行突入輸送作戦に纏わり付く影なのかなーーーー。

 

 

 

 渾作戦は最早その様相を変えてしまいました。ビアク島沖に遊弋する深海棲艦の艦隊が睨みを利かせ、私たちと現地は完全に分断されています。

 

 司令官にバカと言われた参謀さんは、よほど腹に据えかねたらしく、その後も執拗に強行輸送作戦の実行を迫ってきました。秘書艦として司令官と参謀のやり取りを見てきた私には、大本営、いいえ、その参謀さんの圧力が日を追うごとに高まって行ったのを知っています。ある日、司令官は諦めたような表情で作戦の実行を受諾しました。それでも突入の可否判断は現地に一任する、という線だけは死守したようです。電話を静かに置くと、私の方を振り向き、自嘲気味に言いました。

 

 「済まないな、春雨。駆逐艦による高速強行輸送、これ以上拒否するなら抗命罪で俺の首を飛ばして()()()()()()()後任を送り込むんだそうだ。こんな無理筋の作戦にお前やみんなを巻き込むことは本意ではないが、やるしかない。大本営の、いや辻柾参謀(あのバカ)の息のかかったヤツにこの基地を任せるくらいなら、俺の手で絶対にこの作戦を成功させる」

 

 司令官は立ち上がると私の左肩に手を掛けます。そうすることが自然であるかのように、私は司令官の手を自分の肩と頬で挟みすりすりと温もりを確かめます。ここに来て、結構な時間が経ちました。今でははっきり自覚しています、私は司令官の事が好きです。こんな気持ちになったのは初めてで、自分でもどうすればいいのか分かりません。思い切って時雨姉さんに相談したら、その…何と言うか、大人すぎるアドバイスをもらい、そのまま熱が出てしまったこともあります。でも司令官が望むなら私…。

 

 肩に載せられた司令官の手に力が入り、その僅かな動きを利用するように前に、つまり司令官の方へと体を預けようした瞬間、ドアがノックされました。口から心臓が飛び出そうになるというのはこういうことを言うのでしょう、そのまま勢いに任せてドアまで突進し、思い切り開くと、そこには扶桑さんが立っていました。

 

 「あの…もしかしてお邪魔でしたでしょうか?」

 申し訳なさそうな表情で私と司令官を交互に見る扶桑さんですが、雰囲気がいつもと違いますね。お着物は同じですが、長い黒髪を頭の高い位置で一本に縛る、ポニーテールみたいな感じの髪型です。ショートとかポニーは、顔の形がはっきり出るので美人さんじゃないと本当は似合わないんですが…扶桑さんはいつにも増して綺麗です。静かにほほ笑むと、私の頭をぽんぽんとして執務室の中へ進み、扶桑さんは司令官の前まで行き敬礼を取りながら報告をします。

 

 「南国の空はどうしてこんなにも青いのでしょう…。こんな日の私は……計画通り瑞雲の哨戒攻撃訓練の時間になりましたので、司令官をお呼びに参りました」

 

 そしてぱぁっと花が咲くような笑顔を司令官に見せます。わざわざタメを作ってからの訓練実施の連絡。むう…やりますね、扶桑さん。着任の日の固い青ざめた表情が嘘のようです。かつての戦場、西村艦隊で一緒に戦った時雨姉さんの存在は扶桑さんにとって大きかったようです。もう一人は青葉さん。持ち前の明るさで扶桑さんの心を巧みにほぐしてゆきました。そしてもちろん司令官。特別扱いや腫れ物扱いではなく、ごく自然に扶桑さんに接し、そうしているうちに、司令官がどのようにここを運営していて、私たち艦娘にどういう風に接しているのか、それが伝わったようで、笑顔や今日みたいな冗談が増えてきています。

 

 それだけではありません。多くのみんなが、派遣期間が終了した後もこの基地に残りたい、そう言ってくれるようになりました。羽黒さんと妙高さんはすでに派遣元の司令官さんの許可を既に取りやる気満々、時雨姉さん達や鬼怒さん達も同様です。ただ、トラックの青葉さん達だけはどうしてもダメみたいです。その分青葉さんは以前にもまして写真をたくさん撮るようになりました。この楽しい時間をずっと忘れたくないから、そう言いながらいつもカメラを片手にうろうろ被写体を物色しています。

 

 -だからこそ、今回の強行輸送作戦は成功させなきゃっ!! みんなのために、何より司令官のためにっ!

 

 両手で小さくガッツポーズをしたところを、青葉さんに撮影されちゃいました。ホントにもう、この人は…。

 

 

 

 

 一七〇〇(ヒトナナマルマル)、羽黒さんを旗艦に、以下扶桑さん、妙高さん、青葉さん、風雲ちゃんに朝雲ちゃんから成る戦闘哨戒部隊の抜錨を見送りました。低速艦の扶桑さんに合わせた18ノットの艦隊速度での航行、ワイゲオ島の東端を過ぎる夜明け頃から扶桑さんが二〇機の瑞雲による入念な哨戒で敵情を探りながら先行するそうです。

 

 そして、鬼怒さんを旗艦とし、敷波ちゃん、白露姉さん、時雨姉さん、五月雨、私から成る強行輸送隊は大発を曳航しながらの航海となります。〇一〇〇(マルヒトマルマル)の抜錨に備え、既に出航準備を終え港に待機しています。九時間の時差がある出航で、二つの部隊は一〇三〇(ヒトマルサンマル)頃ワルマンディ沖で合流することになります。そこから瑞雲隊の護衛を受けながら最大船速でビアク島に突入し、輸送物資を引き渡したらウェダに一目散に帰ります。ビアク島の航空隊が敵を何とか抑えてくれれば、損害は局限できるはずです、はい。

 

 司令官は出撃前で旗艦の鬼怒さんと打ち合わせを続けています。私たち駆逐艦六人も同じですが、身が入りません。ついつい少し離れた所にいる司令官と鬼怒さんに視線が向いてしまいます。

 

 ぱんっ。

 

 目の前で軽い音がしました。誰かが私の目の前で手を叩いたのです。時雨姉さんと白露姉さんがにやにやしながら、五月雨と敷波ちゃんがうんうん頷きながら、私の方を見ています。

 「春雨、話聞いてたかな?」

 「もうさぁ、そんなに気になるなら行けば?」

 

 瞬間的に顔が赤くなったのが分かりました。それでも…いいえ、私たちは今から戦場に行きます。迷っている暇があるなら…。私はたっと駆け出しました。

 

 

 「し、司令官っ」

 鬼怒さんとの話が終わった司令官は、少し驚いたような表情で私を見ています。司令官は朴念仁ではありません、細かな所まで気の付く優しい方です。きっと私の気持ちにも気づいている…はず。それでも自分の言葉で、伝えたいことはあります。けれど…結局私は自分の気持ちを口に出来ませんでした。いいえ、させてもらえませんでした。一瞬ですが抱きしめられ、司令官は私の耳元で一言だけ囁きました。今はもう十分…です、はい。

 

 

 「作戦が終わったら大事な話がある。必ず帰ってこい」

 

 

 月と星だけが煌々と照らす深夜の海面に、三〇ノットで一路ビアク島を目指す私たち。航跡に群がる夜光虫が淡い光の帯を描きます。

 

 

 一一〇〇(ヒトヒトマルマル)、西部ニューギニアの要衝マノクワリ西方約140kmワルマンディ沖。この海域で先行している戦闘哨戒部隊の羽黒さんたちと合流しました。合流地点(ランデブーポイント)で再会を喜びあったのもつかの間、私たちの緊張は一気に高まりました。大本営の情報、さらにそれを裏付ける扶桑さんの偵察結果で、ビアク島の守備隊は粘り強く戦っているものの、空襲は激化し強行突入などできる状態ではなかったのです。加えて敵艦隊が北方から猛烈な艦砲射撃を加えており、私たちは輸送作戦を成功させるために空と海の双方に陣取る敵を排除する必要に迫られています。

 

 「マノクワリまで進出し、時間を調整して夜間突入するべきです、はい」

 羽黒さんと鬼怒さんはワイゲオ島西方まで一時後退を主張し、司令官もそれに同意していましたが、私だけは突入を強硬に主張しました。普段はあまりこういう自己主張をしない私の見幕にみんな驚いています。情勢は…はい、分かっています。でも、この作戦を成功させないと、司令官が更迭されてしまう-――そう考えると、私には撤退の選択はできませんでした。紆余曲折の末、作戦自体を放棄する訳にいかず、マノクワリまで進出し、以後は敵情を詳細に把握して対応する、ということで議論は決着しました。

 

 

 そして私たちは、私たちを含め誰もが現地の情勢を甘く見ていた事を思い知らされることになりました。

 

 

 

 「みんな、大発を切り離してっ! 対空戦闘開始、指揮は僕が取るよっ」

 

 ワルマンディ沖を出発して約1時間、そろそろマノクワリ沖に差しかかろうと言う所で、私たちは高高度からの水平爆撃を受けました。その知らせに後方を進む戦闘哨戒部隊も慌ただしく増速し始めたようです。おそらくホーランジアを拠点とする飛行場姫が発進させたものと思われますが、かなりの数が見えます。直掩の瑞雲は一〇機、扶桑さんが搭載数の約半数を回してくれました。フロート付(ゲタバキ)とは思えない運動性能で一気に上空の敵を目指して上昇してゆきます。

 

 時雨姉さんの指揮のもと大発を切り離した私たちは輪形陣へと移行し、次々と対空射撃を行います。空の至る所に黒煙で出来た花が咲きますが、なかなか撃墜にはいたりません。全員の目が上空に釘付けになったのを見計らうように、今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()深海解放陸爆が低空から突入してきました。ビアク島の航空隊は潰滅し、すでに飛行場は敵の手に落ちているなんて、この時は誰も知りませんでした。

 

 激しい機銃掃射で、時雨姉さんが、五月雨が、敷浪ちゃんが傷ついてゆきます。

 

 「や、やめてーっ!!」

 

 白露姉さんを狙う機との間に割り込み体を張って機銃掃射を受け止めます。私のせいだ。私が無理に突入を主張したから。こんな所で誰一人沈んでほしくないのですっ!!

 

 一機の急速接近してきた深海解放陸爆が爆弾倉のハッチを開き、そのまま投弾を始め私たちの頭上を飛び越え逃走してゆきます。はっと気が付き視線を戻すと、猛烈な勢いで四発の爆弾が水面を跳ねるようにしてこちらに向かってきます。回避っ!! 間に合ってっ!!

 

 

 

 「「きゃぁぁぁぁぁぁ―――――っ」」

 

 

 

 がばっと、ソファから起き上がります。はぁはぁと荒い息をしながら肩を大きく上下させます。びっしょりと冷や汗をかいています。まったく、なんて夢なんでしょう…。見渡せば既に部屋を沈みかけの夕陽が照らす時間です。どうやら私は昔の事を思い返しながらそのままソファで眠ってしまったようです。

 

 ぺしぺしと顔を叩き、意識をしゃっきりさせようとしますが、まだ心臓がばくばく言ってます。南洲はまだ戻っていないようです、むぅ…。私はソファから立ち上がりシャワーを浴びに浴室へと向かいます。汗でべったりとお洋服が背中に貼りついて気持ち悪いです。嫌な汗を流してすっきりしたら、お夜食を作って南洲に届けることにします。作るとしたら、やっぱり麻婆春雨(特製のアレ)しかないです、はい。

 

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